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ハッピーエンド

午前十一時。


明人は工房から自宅へ電話をかけた。


夏未のスマートフォンを間違えて持ってきてしまった。


そう嘘をつき、工房へ取りに来てから駅に向かうように伝えた。


夏未が工房へ来たら言うことは決めていた。


ただ一言。


――今日は、行かないでほしい。


それだけだった。


自分の顔を見ながら、それでも今までのように嘘をつくのか。


最後に、それだけを確かめたかった。



おそらく夏未は、また平然と嘘をつくだろう。


その場しのぎの笑顔で誤魔化すんだろう。


今の電話でも、夏未は明人を「カズさん」と呼び間違えた。


その声は、明らかに上ずっていた。


彼女は、どうやっても自分の物語から降りてはくれない。


明人も、和宏も夏未の物語を盛り上げる脇役でしかないのだ。


もう、理解し合えるとは思っていなかった。


それでも。


明人は最後まで見届けるつもりだった。


夏未が到着するまで、あと五分ほど。


明人は窓の外へ目を向けた。


日の光を浴びた湖の水面が、きらきらと輝いている。


あの夜、白い月が浮かんでいた湖とは、まるで違って見えた。


明人は一度俯いた。


大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。


そして顔を上げた。


工房の入口では、餌を食べ終えたハッピーが眠っていた。


明人はそばへ行き、その頭を静かに撫でる。


「なあ、ハッピー」


ハッピーが眠そうに目を開けた。


「次は、ハッピーエンドにしたいな」


ハッピーは小さく鼻を鳴らす。


そして、再び目を閉じた。


自宅の方から夏未がやってくる。


それを見た明人は、工房の中へと戻って行った。



監禁二十三日目。


薄暗い地下室。


和宏の、今にも消え入りそうな声が響く。


「み……水……」


「夏未……水を……」


和宏が座る椅子のすぐ横には、夏未がいた。


目を閉じ、両耳を塞いだまま、俯いて座り込んでいる。


「……知らない」



『【裏】知らない方がいいこと』 完


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