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第五話【世羅町】:わらじの妖怪「わらじろう」× 才能のなさに悩む陸上部員

今回の主人公は、足の遅さに悩み、陸上部で周囲から置いていかれる焦りを感じている中学二年生の少年・かけるです。


「はぁ、また最下位か……」


 世羅町の中学校に通うかけるは、部活動のジャージ姿のまま、夜の「修禅寺しゅぜんじ」の境内へと続く石段に腰掛けていました。


 世羅町といえば、全国高校駅伝などで何度も日本一に輝いている「走りの町」として全国的に有名です。そんな町で陸上部に所属していながら、駆は短距離走も長距離走もチームで一番遅く、周囲の俊足の仲間たちと自分を比べては、劣等感を募らせていました。明日はいよいよ、部内の記録会。これ以上恥をかきたくない駆は、足腰の神様として知られるこのお寺に、神頼みにやってきたのでした。


 夜の境内は静まり返り、本堂の軒下には、名物の「長さ一メートルを超える巨大な大わらじ」が、月明かりを浴びて厳かに吊るされています。


「神様、僕に一瞬でもいいから、誰も追いつけないような韋駄天いだてんの足をください」


 駆が手を合わせてそう呟いた、その時でした。


「おいおい、そんなところでウジウジしとったら、自慢の足が錆びついてまうど!」


 頭上から、からっとした、少しべらんめえ調の威勢の良い声が降ってきました。驚いて駆が顔を上げると、本堂の屋根の上に、おかしな影が立っていました。


 そこにいたのは、身長は駆と同じくらいなのに、足元にあの長さ一メートル以上ある巨大な「大わらじ」を左右しっかりと履いた、不思議な少年でした。

 頭には手ぬぐいを粋に巻き、身体はなぜかわらの編み目のような模様の服を着ています。


「だ、誰ですか!? っていうか、それ、お寺の奉納品じゃ……!」

「へへん、わしは『わらじろう』! この修禅寺に何百年も捧げられてきた、旅人やランナーたちの『もっと速く走りたい』『健脚でありたい』っていう強い願いがギュッと集まって生まれた、わらじの妖怪よ!」


 わらじろうは屋根の上でフンスと胸を張ると、

「よし、夜のパトロールの時間じゃ。お前もついてきんさい!」

 と言った次の瞬間、屋根から飛び降りました。


 バッ! と地面を蹴ったかと思うと、その巨なわらじを履いているとは思えないほどの猛スピードで、境内の石段を駆け下りていってしまったのです。あまりの速さに、残像と、夜風に舞う藁のいい香りが残るだけでした。


「待って! 早すぎるよ!」


 駆はあわててその後を追いかけ、夜の世羅の町へと走り出しました。


「ひぃ、ひぃ……無理、追いつけない……!」


 世羅の広大な田んぼのあぜ道を走る駆の遥か前方で、わらじろうは楽しそうにステップを踏みながら走っています。その巨なわらじが地面を捉えるたび、「サクサク! サクサク!」と心地よい音が夜のしじまに響き渡ります。


「ほらほら、世羅のランナーがそんなことでどうする! 足元を見るな、風を見ろ!」


 わらじろうはそう言うと、パトロールと称して、風で倒れそうになっていた農家の看板をサッと直したり、道に迷っていた野良猫をダッシュで追いかけて安全な茂みへ戻したりと、凄まじいスピードで町中を駆け回りました。


 ついにへたり込んでしまった駆の元へ、わらじろうが涼しい顔で戻ってきました。


「やれやれ、お前さん、走るのが嫌いそうな顔をしとるなぁ」

「嫌いじゃないよ! でも……僕の足は、みんなより短くて、不器用で、どれだけ練習しても追いつけないんだ。才能がないんだよ」


 駆が悔しそうに地面を叩くと、わらじろうは自分の履いている巨大なわらじを見つめ、にやっと笑いました。


「才能、ねぇ。なぁ、駆。このわらじ、お前さんから見たらどう思う?」

「え? 大きすぎて、不恰好で、走りにくそう……」

「そうじゃろう! 普通の陸上シューズの何倍もある。でもな、この大きなわらじは、それだけ『地面を力強く踏みしめられる』んじゃ。一歩で進む距離も、普通の靴よりずっと広い。不恰好ってのはな、見方を変えれば『誰にも真似できない特別な武器』なんよ」


 わらじろうは駆の目の前にしゃがみ込み、駆の履き古されたスポーツシューズを指差しました。


「お前さんの走り方を見ていたが、周りの速い奴らの真似をしようとして、自分の足の形を無視しとる。お前さんの足は、一歩一歩が重くて力強い。だったら、回転数ピッチで勝負するんじゃなく、この世羅の土を誰よりも深く踏みしめて、一歩で大きく進む走りをすればええんじゃ!」


「ほれ、これを貸してやる。明日の記録会、お守りに持ってけ!」

 わらじろうは自分の懐から、手のひらサイズの、藁できれいに編まれた「ミニチュアの大わらじの根付」を取り出し、駆の手のひらにポンと置きました。


「これを……?」


「おうよ。これにはな、この町を走ってきた何万人もの韋駄天たちの魂が込められとる。お前さんの大きな一歩を、必ず支えてくれるど!」


 気づけば、東の空がうっすらと白み始め、世羅の美しい山並みが朝焼けに染まりつつありました。


「おっと、朝が来る。わしはお寺の軒下に戻らんといけん。駆、自分の足を信じるなよ、自分の『土を踏む力』を信じるんじゃ!」


 わらじろうが大きく跳躍したかと思うと、朝霧の中にその姿はすうっと消えていきました。耳に残ったのは、「サクサク」という小気味よい足音だけでした。



 その日の午後、中学校のグラウンド。

 ユニフォームに身を包んだ駆は、スタートラインに立っていました。ポケットの中には、あの小さなわらじのお守りがしっかりと入っています。


「位置について、よーい……」

 パァン! というピストルの音が響きます。


 いつもなら周りのスピードに焦り、足元がバタついてしまう駆でしたが、今日の中身は違いました。脳裏に浮かぶのは、あの巨大なわらじで夜の世羅を爆走した妖怪の姿。


(周りの真似はしない。僕の、僕だけの力強い一歩で――!)


 駆は、これまでにないほど深く、力強く、世羅のグラウンドの土を蹴り上げました。

 一歩、また一歩。まるで足元に巨大なわらじを履いているかのように、地面からの反発をすべて推進力に変えて、ストライドが大きく伸びていきます。周りのランナーたちが、驚いた顔で駆を見るのが分かりました。


 結果は、見事トップ……とまではいきませんでしたが、自己ベストを大幅に更新する大激走。ゴールした駆の顔には、これまでにない晴れやかな笑顔が浮かんでいました。


 その日の放課後。駆は再び修禅寺の境内を訪れました。

 本堂の軒下に吊るされた巨大な大わらじは、昨夜と変わらず静かに佇んでいます。しかし、夕日に照らされたそのわらじは、どこか駆に向かって「ようやったな!」と、満足げに笑っているように見えるのでした。




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