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第十三話【因島】:影の守護者「黒御影」× 一発逆転を狙う無鉄砲なフリーター

 今回の主人公は、人生の一発逆転を狙って「村上海賊の隠し財宝」を探しに島へやってきた、少し欲張りで無鉄砲な20代のフリーターの青年・れんです。



「絶対にこの因島のどこかに、村上海賊の金塊が眠っているはずだ……」


 五月の深夜、午前一時。激しい雨と風が吹き荒れる中、れんは因島の南端にある海岸「地蔵鼻じぞうばな」のゴツゴツとした岩場に立っていました。


 一攫千金を夢見て、古い古文書やネットの噂を頼りに、瀬戸内海をかつて支配した最強の「村上海賊(因島村上氏)」の財宝を探し回っていた蓮。借金に追われ、後がない彼は、嵐の夜にだけ道が開くという奇妙な伝説を信じて、懐中電灯一つで立ち入り禁止の岩窟へと足を踏み入れていました。


 瀬戸内海特有の、激しい濁流のような潮の流れ(潮流)が、岩肌にぶつかって不気味な咆哮をあげています。


「見つけた……! あれが財宝の隠し穴か!?」


 岩壁の奥に、人の背丈ほどの不自然な空洞を見つけた蓮が、歓喜の声を上げて中へ飛び込もうとした、その時でした。


「止まれ、欲深き迷い人の子よ。それ以上進めば、お前の命の灯火をここで消し去ることになるぞ」


 激しい風の音を切り裂いて、冷酷で、地を這うような低い声が暗闇から響きました。


 蓮が恐怖で凍りつき、懐中電灯の光を声の方へ向けると、そこには信じられない光景が広がっていました。

 洞窟の壁に映った蓮自身の「影」が、壁からぬっと立体的に剥がれ落ち、漆黒の煙のような巨体を形成していったのです。

 それは、実体を持たない「影」でできた、甲冑をまとった戦国時代の水軍の姿をしていました。その顔には目も鼻もありませんが、暗闇の中でふたつの冷徹な赤い光だけが、らんらんと輝いています。手には、同じく影でできた鋭い日本刀を握っていました。


「ひ、ひぃぃっ!? 妖怪……!?」


「わしは『黒御影くろみかげ』。五百年の昔、この海を支配した因島村上水軍の頭領と、命の契約を交わした影の守護者じゃ。わしの役目はただ一つ。この洞窟に眠る、海賊たちの『真の財宝』を、悪しき掠奪者から守り抜くこと」


 黒御影が刀を一振りすると、洞窟の空気が一瞬にして凍りつき、蓮は身動きが取れなくなってしまいました。


「命乞いをするなら今のうちじゃ。お前のような小悪党、この瀬戸内の激しい潮流に沈めて魚のエサにしてやってもええんじゃぞ」


 蓮はガタガタと震えながら、恐怖のあまり涙を流し、白状しました。


「助けてください……! 僕は、ただお金が欲しかったんです。借金を返して、人生を一発逆転したくて……。村上海賊は、海でたくさんの財宝を奪い取ったんでしょう? 少しぐらい分けてくれたって……!」


 その言葉を聞いた瞬間、黒御影の赤い瞳が、怪しくゆらりと揺れました。しかし、怒るのではなく、どこか哀れむような「ふっ」という乾いた笑い声が聞こえてきました。


「愚かな。人間はいつも、金銀財宝のことばかりを口にする。村上水軍を、ただの野蛮な泥棒猫(海賊)だと思っておるのか」


 黒御影は刀を引くと、影の手を蓮の胸元にかざしました。


「見てみるがええ。これが、わしたちが命をかけて守り続けてきた、村上の『本当の財宝』の記憶じゃ」

影が蓮の身体を包み込んだ瞬間、蓮の脳裏に、五百年前の因島の光景が濁流のように流れ込んできました。

 そこには、金塊を数える海賊の姿はありませんでした。描かれていたのは、瀬戸内海の恐ろしい潮流を完璧に読み解き、荒れる海から旅人の船を安全に導く、勇敢な「海の案内人」としての水軍の姿でした。船乗りの命を救い、瀬戸内の平和を守り、島の人々と笑い合いながら、誇り高く生きた人間たちの姿。


「村上の先祖たちがこの島に残したかったのはな、金塊などという汚れた金属ではない。どんな荒波(困難)が来ようとも、決して諦めず、仲間と共に海を切り開いていく『不屈の誇り』と『生きる知恵』じゃ」


 黒御影の声が、蓮の魂に深く響き渡りました。


「お前は、目先の金のために、自分の人生という航海を諦めて、泥棒に成り下がろうとしておる。そんな弱い心で、これからの厳しい人生の荒波を渡っていけると思うてか!」


 黒御影の叱咤が、蓮の凍りついた心を激しく揺さぶりました。一発逆転ばかりを狙って、自分で努力することを放棄し、人生の操舵輪かじを他人に預けていた。その自分の弱さが、何よりも恥ずかしく思えたのです。


「僕が間違っていました……。お金じゃない。僕は、自分の力で、もう一度人生をやり直したい……!」


 蓮が泥に塗れながら叫ぶと、黒御影の身体を包む黒い煙が、優しく穏やかな霧へと変わっていきました。

「……その言葉、嘘偽りはあるまいな」


 黒御影は、霧の中から小さな「古い漆黒の羅針盤コンパス」を取り出し、蓮の足元に転がしました。

「これは、かつて因島水軍の航海士が、潮の流れを読むために使った羅針盤じゃ。これをお前に授ける。これから先、お前の人生にどんな激しい引き潮や嵐が訪れようとも、これを見て、自分が進むべき『正しい航路』を、自分の力で見つけ出すんじゃ」


 黒御影が大きく手を翳すと、洞窟の外の嵐の音がピタリと止まり、瀬戸内海の激しい潮流が、嘘のように穏やかな朝凪へと姿を変えていきました。


「行け、若き航海士よ。お前の人生の海は、まだ始まったばかりじゃ」


 一陣の心地よい潮風が吹き抜け、黒御影の姿は、蓮の影の中へとすうっと溶け込んで消えていきました。


「う……ん……」


 蓮が目を覚ますと、太陽の光が顔を照らしていました。

 気づくと彼は、因島大橋が見渡せる美しい海岸のベンチの上で、仰向けになって寝ていました。昨夜の激しい雨が嘘のように、瀬戸内海はエメラルドグリーンに輝き、穏やかな波が「チャプチャプ」と音を立てています。


「夢……だったのかな」


 蓮は慌てて自分のポケットを探りました。すると、中からズッシリと重たい、使い込まれた鉄製の古い羅針盤が出てきたのです。その針は、東京の方向ではなく、蓮の進むべき「未来」を指し示すように、力強く北東を指していました。


「……夢じゃない。水軍の誇りを、僕も胸に刻むんだ」


 蓮は立ち上がり、因島の美しい海に向かって深く一礼しました。

 胸の中にあったあの卑屈な弱さは消え去り、代わりに、どんな困難も乗り越えてみせるという、海賊たちのような熱い魂が宿っていました。


 蓮はスマートフォンを取り出すと、ずっと連絡を絶っていた地元の友人たちに、「もう一度、一からやり直したい。力を貸してくれ」と、自分の本音のメッセージを送り、力強い足取りで島を後にしました。彼の影は、朝日に照らされて、まるで未来の大きな船のように、長く、頼もしく伸びているのでした。




 尾道市(因島など)の「村上海賊(水軍)」伝説:海を支配した海賊たちが、隠し財宝を守るために契約したという「影の妖怪」や、潮の流れを操る「海の魔術師」の末裔のお話です。

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