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ダンジョン最底辺の芋虫に転生した俺は、寄生能力で美少女を支配する  作者: 葉月


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第38話 商業都市オールセルテスの事件簿 その4

 市場の朝は早い。


 日が昇り切る前から商人たちが店を開き、買い物客が行き交い、威勢のいい声が飛び交う。ハミルトンとして市場を歩くこの時間帯は、情報収集の意味でも悪くない。人々の会話の端々から、街の空気を読み取ることができる。


 俺は市場を横目に見ながら、頭の中ではヴェルテ商会のことを考えていた。


 奴隷商人――アブダブル=ヴェルテ。


 セリーヌが集めた情報によれば、かつて王都で商売をしていたが、違法な取引で摘発されて以来、各地を転々としているという。本来なら斬首刑ものの罪。それがなぜか、法の網を抜けて釈放されている。単に金を積んだだけで、王法の死罪が免除されるはずがない。その影には、国家を揺るがすような巨大な後ろ盾が控えているはずだ。


 それほどの怪物が、なぜわざわざ場末の奴隷商ごときを囲っているのか。


 稀代の悪党であるアブダブルが、このオールセルテスの街に腰を落ち着けている事実も、いまいち腑に落ちない。



 井戸に薬物を流し、人間を道具として使い捨てにし、街を静かに蝕んでいく。これが単なる商売目的でないことは明らか。


 この事件の裏に、一体何がある。


 そんなことを考えながら果物屋の前に立っていると、隣に人の気配がした。


「あんた、ヴェルテ商会を調べているらしいな」


 低い声だった。俺は果物に目を向けたまま、その声の主を横目で確認した。黒髪の青年。年は十代後半。鍛えた体に、使い込まれた装備――って、こいつキリトじゃないか!


 キリト=キリーガー。


 エルメスが過去に散々な目に遭わせた男だ。アズナという恋人を奴隷商に売り飛ばされた件の、被害者でもある。


 そして、俺とエルメスの出会いのキューピッドくんでもある。


「……場所を変えようか」


 俺は店主に断りを入れてから、ゆっくりと歩き始めた。



 ◆



 人気のない路地裏に入ると、キリトへ向き直った。


「ヴェルテ商会の件を、どこで」

「小耳に挟んだだけだ。この街には何でも知ってる奴がゴロゴロいるからな」

「なるほど」


 キリトが周囲を見回した。探るような目だ。警戒している。当然だろう。俺は彼の警戒を解くように、できるだけ穏やかな表情を作った。


「……それだけか?」

「他に何か?」

「いや、俺からいきなり話しかけておいて言うのも変だけどさ、もっと警戒するとかないのか? 俺、どう考えても怪しいだろ。――って、自分で何言ってんだよ。……ああ、もうっ!」


 と、言われてもな。こいつが敵じゃないことは分かってる。エルメスちゃんを殺そうとしたヤバイやつではあるんだけど、意外と良いやつなんだよな。そもそも、あれはエルメスちゃんが悪い。


「俺がヴェルテ商会を調べている理由を聞きたいか」


 別に知りたくない。というか、大体察しがつく。どうせ恋人のアズナの行方を探しているんだろ。


 ま、一応流れにしたがって聞いておくけどさ。


「ええ。差支えなければ」

「条件がある。そっちの理由も知りたい」


 少し考えてみるが、キリトに話したところで支障はない。


「……問題ないか」


 俺は今この街で起きている事件の全貌を、包み隠さず話した。そこにヴェルテ商会が絡んでいることもしっかり伝える。


「……そんな重大な機密を、どこの馬の骨とも知れない俺に話して大丈夫なのか」

「君になら、問題ないでしょ」

「なんで?」

「うーん」

「その根拠は?」

「なんとなく、ではダメかな?」

「軽っ!」


 キリトが呆れた顔をした。それからため息をついて、それ以上は追及してこなかった。


「……約束通り、俺がヴェルテ商会を追っている理由も話しておく」


 別に話してくれなくてもいいんだけど……。


 キリトの答えは予想通りのものだったので、特になんとも思わない。


「では、手を組むのはどうかな」


 今は時間がない。猫の手も借りたいほどだ。ということで、使える駒は使うことにする。


「僕が掴んでいる情報は、すべて君に開示する。その代わり、君が得た情報も共有してもらいたい」

「……それは構わないけど、勘違いしないでくれ。俺はあんたを信用したわけじゃない。目的の方向が一致しているだけだ」

「それで十分。ビジネスとはそういうものだからね」

「……連絡はどうすればいい」

「ギルドの受付にセリーヌという職員がいる。僕のハニーだ。彼女に僕への伝言だと告げれば取り次いでもらえる手はずになっている」

「は……いや、なんでもない。分かった。覚えておく」


 握手を交わし、俺はそそくさと路地裏を後にする。思わぬ駒を手に入れたことで、にやけた口元を見られないためにも。



 ◆



 キリトと別れた後、俺はハミルトンを自動(オート)操作に切り替え、意識を背嚢の中の芋虫本体に戻した。


 伯爵家を後にし、ドラゴン調査へ向かう背嚢から顔を出した俺は、一度ダンジョンにいる兄弟へ同調(リンク)する。


 普段本体が座る芋虫ソファによじ登り、セリーヌからの報告書を読み直す。


 アブダブルに関する情報はあるにはある。過去の摘発記録。各地での商売の足跡。オールセルテスへの入市記録。だが、どれも決定的ではない。井戸への薬物混入を直接証明するものがない。遺体との繋がりを示す証拠もない。今の段階でヴェルテ商会に乗り込んでも、証拠不十分で終わるだけだ。


「……めんどくさいけど、直接見に行くか」


 客を装って乗り込む。それが今できる最善だ。俺は再びハミルトンに同調(リンク)し、ヴェルテ商会へと足を向けた。



 ◆



 ヴェルテ商会は、東区の南端から少し奥まった場所にあった。表向きは普通の奴隷商だ。看板が出ていて、扉が開いていて、商売をしている。だが、通りから見える範囲にいる人間の目が、どこかぴりついている。


 俺は商人らしい余裕の笑みを顔に貼り付け、扉を押した。


「これはこれは」


 店内に入った瞬間、奥から男が出てきた。小太りの男だった。年は五十前後。脂の乗った丸い頬に、細くつり上がった目。額がやや広く、薄くなった髪を丁寧に撫でつけている。指には金の指輪が光り、仕立ての良い上着を着ているが、どこか薄汚い印象がつきまとう。笑っているのに笑っていないような、そういう顔をした男だった。


 アブダブル=ヴェルテ――こいつが奴隷商か。


 ハミルトンの顔を見た瞬間、アブダブルの目が微かに細くなった。男の後ろには、がっしりとした体格の用心棒が控えている。


 ……用心棒、ね。

 疚しい人間だと喧伝しているようなものだな。


「フィールド商会のお坊ちゃんがこのような所に何用ですかな」


 声は穏やかだったが、その奥に鋭い警戒心が滲んでいた。視線だけが、静かに俺を測っている。


「少しばかり、奴隷に興味がありましてね。信頼できる筋から、ヴェルテ商会の奴隷は確かだと聞きまして」

「……はあ」


 アブダブルが疑惑の眼差しを向けてきたが、「まあ、いいでしょう」と言って店の奥へと促された。


「ほお」


 店の奥には、奴隷たちが檻の中に収められていた。彼らは重い鎖で繋がれ、冷たい床に直に座らされている。だが、その姿はこの街の奴隷市場に出回る類のものとは明らかに一線を画している。驚くほどに肌は清潔に保たれ、身に纏う布地にも汚れ一つない。何より、その瞳には死んだ魚のような濁りがなく、はっきりと理性の焦点が結ばれている。


 路地裏で無残に腹を割かれ、ゴミのように捨てられていた遺体とは、明らかに別の扱いを受けている。


「奴隷の質がかなり高いですね」

「うちは街一番の奴隷商という自信があります。丁寧に扱っておりますので、逃げようとする者もおりません」


 アブダブルが言った。嘘か本当か分からない笑顔だった。


「失礼ですが、元は王都で商売をされていたと聞きました。なぜわざわざこちらへ?」


 何気ない調子で問いかけると、アブダブルの目が一瞬だけ鋭く光った。だが、彼はすぐに元の笑顔に戻った。


「風が吹けばそちらへ行く。元来、商人とはそういうものではありませんかな。お父上から教わらなかったですかな?」

「我が家は曽祖父の時代からこの地で商売をしておりますので、行商のような真似は不慣れでして。しかし、とても為になるお話です」


 お前こそ、本来なら斬首刑に処される身だろうに。何を偉そうに。


 穏やかな笑みを貼りつかせたまま、俺は内心で毒づいた。


「ご商売の方は、順調ですかな」


 アブダブルが探るように聞いてきた。


「おかげさまで。ただ、近頃は街の様子が少々気にかかっておりまして。東区の南端……この辺りで体調を崩す者が増えているでしょう?  商売をする身としては、街の治安や衛生には敏感でして」

「……ほう、それはご心配なことで。しかし、商人がわざわざ奴隷商(ここ)へ足を運び、街の衛生の話をなさるとは。ずいぶんと、幅広いご関心をお持ちで」


 アブダブルの目が、笑顔の裏でじっと俺を観察している。


「商人たるもの、街の隅々まで関心を持たねば。そうは思いませんか」

「はて。街の隅々まで、とは大きく出ましたな。フィールド商会のお坊ちゃんが、なぜこの辺りの路地裏事情まで? ご自分の商会の帳簿だけ見ておれば十分ではありませんかな」


 笑顔のまま、しかし刃のような言葉だった。


「なに、この街は我が家が長年商売をしてきた場所ですから。どの路地に何があるかくらいは把握しておかないと、商売に支障が出ましてね」

「左様で。それはご立派なことで。……しかし、知りすぎるのも考えものですぞ。この街には、知らぬ方が身のためということもございますから」


 脅しだ。満面の笑みを崩さぬまま、完璧に脅してきた。


 俺はにっこりと、余裕の笑みを返した。


「ご忠告、痛み入ります。しかし我が家は代々この街で商売をしてまいりました。今更、怖いものなどございませんので」

「……これはこれは、若さとは恐ろしいものですな」


 アブダブルが目を細めた。笑顔の温度が、少しだけ下がった気がした。


 いっそ、このまま寄生してやろうか。そうすれば、こんな回りくどい手間も省けるのではないか――。


 だが、すぐに思い直す。周囲には用心棒が控え、奴隷たちの目もある。ここで動けば、現場の全員を寄生して回らねばならなくなるだろう。そうなれば、リリアに察知されるのは時間の問題だ。


 最悪の場合、教会まで引きずり出しかねない。それだけは、何としても避けるべきだった。


 今日は様子を見るだけだ。


「本日はとりあえず、品を確認させていただきたかっただけですので。改めてご連絡します」


 俺はそう言って切り上げると、出口へと足を向けた。重厚な扉に手をかけたところで、ふと足を止め、背後を振り返った。


「そうだ、一つ伺っても?  数ヶ月前にこちらで取引された、アズナという娘をご存知ですか。知り合いが彼女の行方を探しておりまして」


その名を口にした瞬間、アブダブルの表情が、ほんの一瞬だけ凍りついた。


「……覚えておりませんな。取引は数多くありますので」

「そうですか。失礼しました」


 俺は愛想のいい会釈を残し、店を後にした。


 覚えていない、か。だが、あの一瞬の硬直がすべてを物語っていた。


 ま、俺には関係ないことだ。





 アブダブル視点


 フィールド商会の御曹司を送り出すと、アブダブルは用心棒に「店を見ておけ」と短く命じ、足早に奥へと向かった。廊下を抜け、応接室の扉を静かに開く。


 室内には、一人の老人が鎮座していた。白髪を綺麗に整え、上質な衣服を纏ったその姿は一見、品格ある紳士のようだ。だが、その瞳だけが異質だった。羽虫でも見るかのような、冷淡な光を宿している。


「計画は順調か」


 老人が口を開いた。挨拶の一言もない。ただ、事務的な進捗確認だけを求めてきた。


「はい。すでに数名、死人も出ております。このまま範囲を拡大すれば、何れ大問題になりましょう。すべての責任は領主――ボッテガヴェネタ=イントレチャート子爵へと向かうかと」

「ならば、計画を早めよ」

「そのつもりではあるのですが……」

「何か問題か」


 老人の声に、わずかに圧が増した。


「……実は、ネズミが一匹ほど嗅ぎ回っておりまして」

「先程の商人か」


 老人が、興味なさげに吐き捨てる。


「くだらん。さっさと始末しろ」

「……畏まりました」


 アブダブルは深々と頭を下げ、応接室を後にした。扉を閉めた瞬間、額に滲んだ汗に気づく。それを袖で乱暴に拭いながら、早足で廊下を突き進んだ。


「くそっ、あの若造、余計な真似を……」


 店内に戻るなり、控えていた用心棒に向かって声を落とした。


「オルダン」


 男が無言で視線を寄越す。


「アズナの件で嗅ぎ回っているガキがいるだろう。そいつを餌にして、フィールド商会の若造を例の場所へ誘い出せ。そこで……仕留めるんだ」

「了解した」


 オルダンは短く応じ、音もなく店を出ていった。その背中を見送り、アブダブルは深く息を吐き出す。厄介事が増えた。だが、あの老人の眼光を思えば、迷っている暇などない。命じられた通りに片付ける。それしかなかった。



 ◆



 夜。


 兄弟に同調(リンク)した俺はダンジョンの奥、芋虫ソファに身を預け、天井を見上げていた。


 疲れた。肉体が悲鳴を上げているわけではない。この芋虫の体に疲労など溜まりはしないのだ。だが、精神(こころ)が摩耗していた。


「街はわけの分からん事態になってるし、向こうは向こうでドラゴン調査なんて厄介なヤマを押しつけてくるし……もうっ!  何がどうなってんだ!」


 誰に言うでもなく、ダンジョンの天井に向かって叫んだ。兄弟たちが「もきゅ」と返事をした。


 ヴァールが示した期日まで残り僅。早いこと事件を解決し、エルメスかクロエのどちらかを領主に接触させなければ、地獄に送られてしまう。


 それだけは絶対に嫌だ!


 考えるだけで、頭痛がしてきた。


「……一つずつだ。一つずつ片付けるしかない」


 自分に言い聞かせ、気合を入れ直そうとした、その時だった。


『主様』


 セリーヌから念話が入った。


『どうした』

『キリトから連絡です。ヴェルテ商会の裏倉庫を突き止めた、と』


 俺は跳ね起きた。


『何だと!?』

『南口で待つとのことです。いかがなさいますか?』


 迷う余地などなかった。


『すぐに向かう!』

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