第12話 護符
「チクショー、まだ響いてやがる……」
昨夜、シャネルを使ったクロエへの寄生に失敗した。
だが、ただの失敗じゃない。
問題はあの"光"だ。
シャネルの右腕を焼いた衝撃は、意識の同調を逆流し、ダンジョンの最奥でふんぞり返っていた俺の脳まで直接揺さぶりやがった。最悪か。
「極楽やわぁ〜……」
現在、俺は青パイセン(スライム芋)特製スライム風呂に全身を沈めている。そこに白パイセンのヒールを少々。うん。ぬるぬるしてるけど治りが早い。
「やっぱり、接続が不安定だな」
あの光を浴びてから、シャネルの操作にラグが出ていた。Wi-Fiで言えば、電子レンジ起動したときの途切れ方。シャネルちゃんの視界だけ、壊れかけのテレビみたいなノイズが走りはじめていた。
原因を調べるため、街から呼び戻している。
「戻った、主」
噂をすれば。
「ちこう寄れ」
どこぞの悪代官スタイルで手招きして、触手による触診を開始する。ぐふふ。
い、いや、別にえっちなことをしてるんじゃないからねっ!
俺は触手でシャネルちゃんの胎内をゆっくり探る。
「やっぱり、か」
植え付けていた寄生虫の群れが、右腕の付け根から先だけ、綺麗さっぱり消滅していた。
「あの光、寄生虫だけをピンポイントで殺しにきやがったのか」
クロエちゃんを掴んでいた右腕がいちばん操作しにくくなっていた理由も、これで説明がつく。
肉体を焼くためのものじゃない。異物(寄生虫)だけを狙う、対魔物専用の波動だ。
ぷす、ぷす。
指先を向け、欠員が出た箇所に卵を一粒ずつ再装填していく。
「これで様子を見るしかないな」
しかし厄介だ。あの光の正体がわからない以上、うかつに寄生できない。
俺はさっさとハミルトンに連絡を取り、商人御曹司の情報網をフル回転させることにした。
◆
それから数日後。
ハミルトンから連絡が入る。
『で、例の光については何かわかったのか??』
『イエス、マイロード! このハミルトン=カーキフィールドッ! 主の望みを叶えるため、全身全霊をもって命を懸け、不眠不休で――』
『いいから本題に入れ。三行で言え』
『一、光の正体は教会が配る“魔除けの護符”! 二、選定基準は“神眼の聖女”の直感! 三、僕の愛は、全100枚の報告書に認めてシャネルに預けました!』
……最後の一行はいらん。
『聖女……?』
『ええ。最近、教会の“神眼の聖女候補”が街を徘徊しておりましてね。彼女が“この人”と思った人物にだけ、無償で護符を配り歩いているとか』
脳裏に、ギルドで一度だけ会ったあの少女の顔がよぎる。
神眼。
エルメスの二種の魔力を見抜いたあの瞳が、今度は街全体に"検閲"をかけ始めたってことか。
『主よ! 報告書には僕の愛を綴った99枚のラブレターも同封してあります。ぜひ一文字も漏らさず音読を――』
ブチッ。強制切断。
優秀なんだよ、こいつ。情報収集能力だけなら、間違いなく“飛車”の駒だ。でもなんでこうなんだ。
前世の後輩にも似たような奴がいたけど、ここまでじゃなかったぞ。
◆
「……ふむふむ」
シャネルから報告書を受け取り、愛のポエムが綴られた99枚を即座に焚き火へ放り込み、残りの1枚を熟読する。
「……ちっ」
護符は対象者の黒い魔力を感知し、さらに燃料にして発動する自律防衛型。一度発動すれば、対象に害をなす不浄なエネルギーを霧散させる。
「余計なことしやがってッ!」
おかげで完璧な計画が台無しだ。
「……でも、なんでこのタイミングで? 無償で? 特定の人物だけに?」
……。
「……やっぱ、あの神官は要注意だな」
頭の片隅には置いておく。
それよりも今はクロエちゃんだ。前回の失敗で向こうも警戒を上げているはず。
護符を外させるには――理由がいる。
自然に。違和感なく。本人の意思で。
人間、信頼関係は大切である。
――俺が言うな。
「不本意だけど、『適任者』に行かせるか」
俺は意識を切り替える。
ターゲットは、貧困街の連中にも献身的に尽くす孤独な薬師、クロエ。対するこちらの駒は――顔はいいが性格は最悪、金と話術だけは腐るほど持っている若手実業家、ハミルトン。
「さて、商談開始といきますか」
俺は芋虫ソファの上でくねりと体をくねらせ、悪役らしい笑みを浮かべた。




