第86話:世界料理サミット
弟子たちが集まって3日後。
朝、店の準備をしていると――
急ぎ足で、レイナさんが入ってきた。
「ケント、これを見ろ」
手渡されたのは、豪華な封筒。
差出人は――『世界料理連盟』
「世界料理連盟……?」
「ああ。各国の料理協会が集まった、国際組織だ」
封を開けると――
『世界料理サミット開催のお知らせ』
『日時:1ヶ月後』
『場所:王都大会議場』
『議題:世界の料理文化の未来について』
そして――
『ケント殿を、特別代表として招待いたします』
「特別代表……」
「すごいですね、ケント師匠」
ソラが、驚いている。
「世界料理サミットって、5年に一度しか開かれない」
エマが説明した。
「世界中の料理界の重鎮が集まる、最高峰の会議です」
「そこに、師匠が招待されるなんて……」
「ケント校長、これは行くべきです」
リオが言った。
「世界の料理文化を決める、重要な会議ですから」
「……」
「でも、店は……」
俺が言うと、ソラが笑った。
「大丈夫ですよ、師匠」
「俺たちがいます」
「1ヶ月くらい、任せてください」
「そうです」
エマも頷いた。
「私たちが、師匠の代わりに店を守ります」
「みんな……」
「行ってきてください、ケント校長」
リオも言った。
「世界のために」
「……分かった」
俺は決めた。
「行こう」
---
**1ヶ月後。**
王都の大会議場。
巨大な建物の前には、世界中から料理人が集まっていた。
「すごい人だ……」
「各国の代表が、全員集まってるんです」
リオが説明してくれた。
「フランス料理界の重鎮、イタリア料理の巨匠」
「中華料理の大家、和食の名人」
「世界中の、トップクラスの料理人たちです」
会場に入ると――
「ケント!」
アルフォンスさんが、手を振っていた。
「アルフォンスさん」
「よく来てくれた」
「七賢人も、全員来ているのか」
「ああ。我々も、招待された」
アルフォンスさんは、会場を見回した。
「今回のサミットは、特別だ」
「何か、大きな発表があるらしい」
「発表……?」
「ああ。何かは分からないが」
「おそらく、料理界全体に関わることだろう」
---
**開会式。**
大会議場に、300人以上の料理人が集まった。
壇上に、一人の老人が立った。
「皆様、ようこそ」
老人は、世界料理連盟の会長――グランシェフ・アンリだ。
90歳を超える、伝説の料理人。
「本日は、世界料理サミットにお集まりいただき」
「ありがとうございます」
会場が、静まり返った。
「さて――」
アンリ会長は、深刻な顔をした。
「皆様にお伝えしたいことがあります」
「実は――」
「世界の料理文化が、危機に瀕しています」
「――!」
会場がざわめいた。
「危機とは、どういうことだ?」
「近年、ファストフードや加工食品が急速に普及し」
アンリ会長は続けた。
「伝統的な料理文化が、失われつつあります」
「家庭で料理を作る人が、減っています」
「料理人を目指す若者も、減っています」
「このままでは――」
「料理文化そのものが、消えてしまうかもしれません」
会場が、深刻な雰囲気に包まれた。
「だから、我々は決めました」
アンリ会長は、宣言した。
「『世界料理文化保護計画』を発動します」
「各国で、料理文化を守る活動を行います」
「学校での料理教育を強化し」
「家庭料理の大切さを伝え」
「料理人の地位を向上させます」
「そして――」
アンリ会長は、俺を見た。
「この計画の責任者として」
「『世界料理大臣』を任命します」
「世界料理大臣……」
「そうです」
「料理文化を守る、最高責任者です」
「そして――」
アンリ会長は、はっきりと言った。
「ケント殿に、就任していただきたい」
「――!」
会場が、どよめいた。
「ケントに!?」
「確かに、世界料理大師だが……」
「でも、まだ若いぞ」
様々な声が飛び交う。
「静粛に」
アンリ会長が、手を上げた。
「ケント殿は、世界を救った英雄です」
「料理で、魔力のバランスを回復させました」
「世界料理学院の名誉校長でもあります」
「そして――」
「何より、『心を込めた料理』の伝道者です」
「料理の本質を、理解している」
「だからこそ、世界料理大臣にふさわしい」
会場が、静まった。
「ケント殿」
アンリ会長が、俺を呼んだ。
「壇上へ」
「……」
俺は、ゆっくりと壇上に上がった。
300人以上の料理人が、俺を見ている。
「ケント殿」
アンリ会長が聞いた。
「世界料理大臣に、就任していただけますか?」
「……」
俺は、深く考えた。
世界料理大臣――
料理文化を守る、最高責任者。
重い役職だ。
でも――
「すみません」
俺は答えた。
「お断りします」
「――!」
会場が、驚愕した。
「なぜだ!?」
「理由を聞かせてください」
アンリ会長が、落ち着いた声で聞いた。
「俺は――」
俺は、はっきりと言った。
「辺境の村で、小さなカフェを営む料理人です」
「そこで、毎日料理を作る」
「お客さん一人一人と向き合う」
「それが、俺の生きる道です」
「世界料理大臣になれば」
「その日常を、失ってしまう」
「だから――」
「お断りします」
会場が、静まり返った。
アンリ会長は、しばらく黙っていた。
そして――
微笑んだ。
「素晴らしい答えだ」
「え?」
「あなたは、料理人の本質を忘れていない」
アンリ会長は言った。
「権力や地位ではなく」
「日々の料理を大切にする」
「それこそが、真の料理人だ」
「……」
「では――」
アンリ会長は提案した。
「名誉世界料理大臣では、どうですか?」
「名誉……?」
「はい。実務は、他の者が行います」
「あなたには、時々助言をいただくだけでいい」
「そして――」
「あなたの『心を込めた料理』を」
「世界中に広める活動をしていただきたい」
「村のカフェを続けながらでも、できることです」
「……」
それなら、できるかもしれない。
「分かりました」
俺は答えた。
「名誉世界料理大臣、引き受けます」
「ありがとうございます」
会場が、大きな拍手に包まれた。
「ケント!」
「名誉世界料理大臣!」
こうして――
俺は、また新たな役職を得た。
でも、変わらない。
俺の居場所は、あの小さなカフェ。
それだけは、絶対に変わらない。
--第86話へ続く




