第68話:第六の試練「母の味」
翌朝。
第六の試練。
マザー・エレナが、穏やかな笑みで俺を見ている。
「おはよう、ケント」
「おはようございます」
「準備はいい?」
「はい」
「では――」
マザー・エレナは、優しく言った。
「あなたにとっての『母の味』を作ってちょうだい」
「制限時間は、3時間」
「食材は、何を使ってもいいわ」
「ただし――」
マザー・エレナは、真剣な目になった。
「本当に、心を込めて作りなさい」
「母への想いを、料理に込めるのよ」
「分かりました」
---
厨房に入る。
「母の味、か……」
前世の記憶が、蘇る。
小学生の頃。
学校から帰ると、いつも母が料理を作ってくれていた。
オムライス。
ハンバーグ。
カレー。
どれも、美味しかった。
でも、一番好きだったのは――
「肉じゃがだ」
母の肉じゃが。
醤油と砂糖の甘辛い味。
じっくり煮込まれた、柔らかいじゃがいも。
それを食べると、いつも幸せな気持ちになった。
「よし、あれを作ろう」
---
材料を準備する。
じゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉、糸こんにゃく――
一つ一つ、丁寧に切る。
母の姿を思い出しながら。
「健太、今日も学校どうだった?」
母の声が、聞こえる気がする。
「うん、楽しかったよ」
「そう、よかったわね」
「お母さん、今日は肉じゃが?」
「そうよ。健太の大好物でしょ?」
「うん!」
「……」
涙が、頬を伝った。
「お母さん……」
もう、会えない。
前世で死んで、この世界に来た。
母は、どうしているだろう。
息子が突然いなくなって――
きっと、悲しんでいるだろう。
「ごめんね、お母さん」
「でも――」
俺は、手を動かし続けた。
「お母さんの味は、忘れてない」
「ずっと、心に残ってる」
鍋に油を引いて、牛肉を炒める。
野菜を加えて、さらに炒める。
出汁を注いで、調味料を加える。
醤油、砂糖、みりん、酒――
母と同じ配分で。
じっくり、煮込む。
「お母さん、見ててね」
「俺、料理人になったよ」
「お母さんが教えてくれた料理で」
「たくさんの人を、幸せにしてる」
「だから――」
「ありがとう」
『調理の祝福』を込める。
```
【調理の祝福】が真・神級発動しました!
料理に『母の愛・極大』『感謝の心・極大』『家族の絆・大』『故郷の記憶・大』『温かな思い出・中』が付与されました。
```
「完成した……」
肉じゃが。
シンプルだけど――
俺の全ての想いが、込められている。
---
マザー・エレナの前に、肉じゃがを置く。
「お待たせしました」
「……」
マザー・エレナは、しばらく肉じゃがを見つめていた。
「肉じゃが……」
「はい。母が、よく作ってくれた料理です」
「そう……」
マザー・エレナは、箸を取った。
じゃがいもを一口。
「――」
マザー・エレナの目が、潤んだ。
「優しい味……」
肉を一口。
「温かい……」
全体を混ぜて、一口。
「……」
マザー・エレナは、目を閉じた。
涙が、頬を伝う。
「これは……」
「母の味だわ……」
マザー・エレナが、話し始めた。
「私にも、母がいた」
「もう、亡くなってしまったけれど」
「母も、よく料理を作ってくれた」
「特に、煮物が得意で……」
マザー・エレナは、微笑んだ。
「この肉じゃがを食べて」
「母のことを、思い出したわ」
「……」
「ケント」
マザー・エレナは、俺を見た。
「あなたの料理には、愛がある」
「母への愛」
「料理への愛」
「そして――」
「食べる人への愛」
「それが、何よりも大切なこと」
マザー・エレナは、立ち上がった。
「合格よ」
「いいえ――」
「満点以上だわ」
マザー・エレナは、俺の手を握った。
「ありがとう、ケント」
「素晴らしい料理だった」
「私も、母への感謝を思い出せたわ」
「母に、もっと優しくすればよかった」
「もっと、たくさん話せばよかった」
マザー・エレナは、涙を拭いた。
「でも、今からでも遅くないわね」
「母の墓に、お参りに行こう」
「そして、母の味を作って、お供えしよう」
「……」
「ケント、あなたは料理人として」
「最高の才能を持っているわ」
「技術じゃない」
「心よ」
「その心を、これからも大切にして」
「はい」
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**その日の夕方。**
6つの試練を、全てクリアした。
残るは――
最後の一つ。
グランマスター・アルフォンス。
七賢人の第一位。
「ケント」
アルフォンスさんが、店に入ってきた。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
「6つの試練、全て合格だ」
「素晴らしい」
アルフォンスさんは、席に座った。
「さて――」
「いよいよ、最後の試練だ」
「……」
「私の課題は――」
アルフォンスさんは、深い目で俺を見た。
「『世界を変える一皿』だ」
「世界を……変える……」
「そうだ」
「お前は、すでに世界を救った」
「料理で、世界の魔力バランスを回復させた」
「でも――」
「それとは違う」
「今度は、『変える』のだ」
「世界を、より良い方向に変える」
「そんな一皿を作れるか?」
「……」
「制限時間は――」
アルフォンスさんは、微笑んだ。
「ない」
「え?」
「好きなだけ、時間をかけていい」
「1日でも、1週間でも、1ヶ月でも」
「納得いくまで、考えろ」
「そして――」
「最高の一皿を、作れ」
「分かりました」
俺は、頷いた。
「時間をください」
「ああ。待っている」
アルフォンスさんは、立ち上がった。
「期待しているぞ、ケント」
ーー第69話に続く




