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【完結】堅物軍人公爵様は、規律に縛られた妻を甘やかしたい  作者: たちばな立花


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32.墓前の誓い

 ミネルヴァはアドルフとともに庭園を歩く。

 目的は庭園の散歩ではない。その先にある母――ミネルヴァの実母の墓だ。

 ここはヴァイゼン侯爵家から少し離れた場所にある。

 母の墓を建てるため、父が購入した土地だ。年中花が咲く素敵な場所だった。

 ミネルヴァは墓の前に立って、ホッとため息をつく。


「ようやく来られました」

「今まで来ていなかったのか?」

「はい。本当は来たかったんです。けれど、来るとあの人が悲しむので来ることができませんでした」


 ミネルヴァは眉尻を下げる。

 継母はミネルヴァが実母の墓に行くことを嫌った。

「やっぱり私を母とは思えないのね……」と悲しそうに言うのだ。

 実母との記憶はない。だから、そう言われてしまえば、ミネルヴァは行かないという選択をするしかなかった。


 ミネルヴァは胸に手を当てる。


「おかあさま、ご挨拶が遅くなって申し訳ございません」


 ミネルヴァにとっては生みの母である実母も、そして育ての母である継母もどちらも大切な存在だから、とても苦しんだ。

 父から聞く母はとても優しさに満ちた人だった。会えないのが寂しいと思うほど。


「それもあの女の意地悪の一つだったんだろう」

「そうですね。もっと早く気づくべきでした」

「一人で気づくのは難しいものだ」

「はい。気づかせてくれてありがとうございます」


 ミネルヴァはぺこりとアドルフに頭を下げる。

 アドルフが恥ずかしそうに頭をかく。


「ミネルヴァ、あの日『ビジネスライクでいよう』などと言っただろう?」


 あの日、とは結婚式の日のことだろう。

 まだ右も左もわからない中、アドルフから激励された日のことだから、はっきりと覚えている。


「はい! 私、頑張ります!」


 ミネルヴァは両手の拳を握って頷いた。

 まだわからないことも多い。けれど、これからは公爵夫人としてもっと頑張るつもりだ。


「いや、いまさらだが、あの話は忘れてほしい。悪かったと思っている」


 アドルフの言葉にミネルヴァは目を瞬かせた。


「ビジネスライクではだめなのですか?」


 次第に悲しくなり、眉尻を下げた。


(やっぱり私には公爵夫人のお仕事は任せられないということかしら?)


 思えば、散々迷惑をかけている。

 完璧ではなくていいと言ってくれたが、アドルフの基準には到達していない可能性は大いにあった。

 けれど、また何もできない生活はしたくない。


「私、もっと頑張るので、お仕事任せてくださいっ! お掃除からでも構いません」


 アドルフがポカンと口を開けてミネルヴァを見下ろした。


「一つ聞くが、ミネルヴァは『ビジネスライク』をどう解釈している?」

「公爵夫人のお仕事をしっかりやるということですよね?」


 ミネルヴァは首を傾げた。


「まあ……そういう意味で間違いはないのだが……」


 アドルフが大きなため息をつき、頭をガシガシとかく。彼は「よかったと言うべきか」と独りごちる。

 ミネルヴァは彼の言いたいことがわからず、目を瞬かせた。


「もちろん、これからもミネルヴァには夫人として頑張ってほしい」

「本当ですか? ビジネスライクでいいのでしょうか?」

「いや……。とりあえず、だ。ビジネスライクの話は忘れてくれないか?」


 アドルフの言葉にミネルヴァは小さく頷く。

 公爵夫人の仕事ができるのであれば、ミネルヴァには問題ない。

 みんなの役に立てることがとても嬉しくて、胸がいっぱいだ。


「これからは夫婦として、ともに歩んでいこう」

「私たちはもう夫婦です」


 それとも、アドルフはまだ夫婦とは認められないのだろうか。だから、ビジネスライクの話をなしにしたいということかもしれない。

 嬉しい気持ちが一転、ミネルヴァは眉尻を下げる。

 ミネルヴァの気持ちが伝わったのか、アドルフがオロオロと両手を右往左往させた。


「いや、違うんだ。……困ったな。いいや、遠回しな言葉を使った私が悪かった」


 アドルフはミネルヴァの前で地に膝を立て、跪いた。

 彼がミネルヴァを見上げる。

 いつも見上げているからだろうか、変な感じだ。


「ミネルヴァ、愛してる」


 ミネルヴァはぽかんと口を開けたまま、アドルフを見下ろした。

「愛してる」という言葉くらい、ミネルヴァだって知っている。


「それは恋ということですか?」

「恋? ああ、そうだな。私は君に恋をしているということだ」


 ミネルヴァの顔がパッと明るくなった。

 まるで霧が晴れたような気分だ。

 ミネルヴァはアドルフの手を取った。


「嬉しいです。私も、アドルフさまに恋をしています」


 お互いが恋をすれば、両思いだと令嬢たちは言っていた。

 それはとてもいいことなのだと。


「本当か?」


 アドルフが驚いたように目を見開く。


「はい。今もドキドキしています」

「これからも妻として、ともに生きてくれるか?」

「もちろんです。ずっと、ずっと、一緒がいいです」


 アドルフがふわりと笑う。

 その笑顔にミネルヴァの胸が大きくはねた。

 やはり、ミネルヴァはアドルフに恋をしているのだ。


 風が吹いて、花びがらが舞う。

 アドルフが立ち上がり、墓に一礼した。


「お義母さま。ご挨拶が遅れました。アドルフと申します」


 真面目な顔でアドルフが言う。

 ミネルヴァは彼に釣られて背筋を伸ばした。


「私はミネルヴァを生涯、大切にし幸せにすると誓います。どうか、ご安心ください」


 アドルフが再び墓に頭を下げた。彼の言葉に胸がいっぱいだ。


(おかあさま、私はもう幸せです。だから、大丈夫です)


 ミネルヴァはアドルフから少し遅れて頭を下げた。

 風が吹いて再び花びらが舞う。

 まるで、二人を祝福しているようだった。


 ◇◆◇


 クロイは書類の山を見て、大きな拍手を送った。


「奥さま、さすがです! 素晴らしい! この大量の書類を一日で片づけてしまうなんて」

「ありがとうございます。他にはありますか?」


 ミネルヴァは嬉々として尋ねた。

 やはり、仕事は楽しい。いや、みんなの役に立つことは楽しい。

 みんなの笑顔を見るたびに、ミネルヴァの幸福は増えていく。


「奥さまはそろそろ休憩にしましょう。休憩を取るのもお仕事ですよ」


 サリがミネルヴァの顔を覗き込みながら言った。

 彼女はいつもミネルヴァの身体を気遣ってくれる。

 ずっと机に向かっていると、「お散歩に行きましょう。素敵な花が咲いていますよ」とミネルヴァを外に連れ出してくれるのだ。

 ミネルヴァは集中すると他のことを忘れるきらいがある。だから、とても助かっていた。

 すると、規則正しい音が響く。


 コンコンコンッ。


 ――アドルフだ。ミネルヴァは立ち上がり、パタパタと扉に駆けた。

 すぐにでも彼の顔が見たかったのだ。

 ミネルヴァが着くよりも早く扉が開く。アドルフがふわりと甘い香りをまとって現れた。


「アドルフさま、おかえりなさい」

「ただいま」


 アドルフの手には小さな箱がある。つい、目で追ってしまうのはしかたない。

 だって、この箱の形はケーキが入っていると、ミネルヴァは経験上知っている。


「王宮の近くできた新しいパティスリーの新作だそうだ」

「新作……」


 ミネルヴァはごくりと喉を鳴らした。


「あそこって、たしかすごい行列だって聞きましたけど?」


 クロイがすかさず言った。

 サリの手に渡った小さな箱をミネルヴァは見つめる。

 アドルフが並んで買ってきてくれたのだろうか。


「た、たまたま空いていたんだ」

「そうだったのですね。よかったです」

「それにしては遅かったですけどねー。たしか、会議は午前――……いてっ!」


 アドルフがクロイのみぞおちを肘で突く。

 二人はいつも兄弟のように仲がよかった。


「ミネルヴァはずっと働かされていたんだろう? 休憩しよう」

「はい」


 アドルフとミネルヴァはソファーに並んで座る。

 サリが二人分の紅茶を用意してくれた。


「ヴァイゼン侯爵夫人だが、生家で謹慎をしているそうだ。社交界には……。いや、王都には戻ってこないだろう」

「そうなのですね。なんだか申し訳ないです」

「ヴァイゼン侯爵家とうちを怒らせたんだ。あちら側はそれくらいで済んでよかったと思ってはずだ」


 継母にはミネルヴァのことも、そして『あの子』――ミネルヴァの実母のことも忘れ幸せに穏やかに過ごしてほしい。

 人を恨みながら生きていくのはとても苦しいだろうから。


「奥さま、ミルフィーユですよ」


 サリがケーキを並べながら言った。


「ミルフィーユ?」


 ミネルヴァは目を瞬かせる。

 皿の上には、変わった形のケーキが載っている。

 白いクリームと、穴がたくさん空いた生地が積み重なったケーキだ。

 今までのケーキとは雰囲気が違う。


「食べよう」

「はい」


 アドルフがナイフとフォークを使って器用にミルフィーユを倒す。

 横たわったミルフィーユを器用に一口大に切った。


「ほら」


 アドルフが一口に切ったミルフィーユを、ミネルヴァの口元に差し出す。

 ミネルヴァはそのままパクリと口に入れる。

 口の中に広がるバターとクリームの甘み。

 幸せの味だ。


 噛んだ瞬間、生地がホロッと口のなかでホロッと零れた。柔らかい訳ではないが、とても繊細な生地だったようだ。

 サクサクとした軽快な食感が癖になる。何より、クリームと合わせると、不思議なのだ。真逆の質感なのに妙な一体感がある。

 ミネルヴァはその一口を味わうため咀嚼した。


「うまいか?」


 いつもの質問に胸がいっぱいになる。

 ミネルヴァは何度も頷いた。


「アドルフさまも」


 ミネルヴァが同じようにミルフィーユを一口分差し出す。

 アドルフはためらいなく口に入れた。


「うまいな」

「はい。とてもおいしいです」

「ほら、もう一口」


 アドルフが笑う。その笑顔がミネルヴァの心を満たしていく。


(しあわせ~)


 彼とのこのひとときが、ミネルヴァにとって何よりの幸せだった。

 この先もずっとずっと続くと信じて、ミネルヴァはミルフィーユを口いっぱいに入れた。


 FIN

たちばな立花です。

最後までお読みいただきありがとうございました!


楽しんでいただけたでしょうか?

楽しく書いたので、みなさまにも楽しんでいたけていたら、嬉しいです^^

最後に★★★★★で応援していただけましたら、作者の活力になります。

感想もお待ちしております。

お返事をする時間的余裕がないのですが、感想はすべて読ませていただいております。


ではまた次の作品でお会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
楽しませて頂きました! ミネルヴァちゃん、シゴデキなのに浮世離れしててほんとに可愛い♡ これからたくさんお友達も作って、ずっと幸せでいて欲しい♪
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