26.アドルフからの贈り物
「このドレスが着たいか? 着たくないか? という話だ」
ミネルヴァはしばらくのあいだ思案した。
その質問は難しい。
ミネルヴァにとって、ドレスは自分で選べるものではなかったからだ。
完璧な淑女であるための鎧のようなものだった。
「可愛いです。ひらひらして、ふわふわしてるのは好きです」
「そうか。好きならよかった」
アドルフが目を細めて笑う。そして、ミネルヴァの頭を撫でた。
鼓動はずっと速いまま。しかし、この手はひらひらふわふわしたドレスよりも好きだ。
「でも、肩と腕がスースーします」
「そうだな。これならどうだ?」
アドルフがふわりと肩に布をかけた。
袖もない、短い布にミネルヴァは目を瞬かせる。
ふわふわの白い毛がミネルヴァの頬をくすぐった。
「もこもこです」
「ケープだ」
胸あたりまでしかない布は、ふわふわの毛でできていた。
肩のスースーが消えて、なんだか地に足がついた気分だ。
「このケープならすぐに取り外しがきく。どうだ? これは好きか?」
「好きです」
ミネルヴァは何度も毛を触った。
顔を埋めたいくらい、ふわふわの毛だ。
アドルフは嬉しそうに頷く。
「これからは、好きなものを着ればいい」
「好きなもの?」
「ああ。はやりとか完璧な淑女とか、そういうのは考えなくていい。ミネルヴァが好きだと思ったものを着るのが一番だ」
「……難しいです」
ミネルヴァは唇を噛みしめる。
まだ「はやりの物を着なさい」と言われるほうが簡単だった。
しかし、アドルフはすぐにミネルヴァの頭を撫でる。
「少しずつ慣れればいい。時間はたっぷりあるんだ」
「はい。ありがとうございます」
胸がドキドキする。アドルフの顔を見ることができず、ミネルヴァは俯いた。
やっぱりおかしい。
この胸のざわめきはなんなのだろうか。はじめには感じなかったものだ。
沈黙が続くと、アドルフにミネルヴァのうるさい心音が聞こえてしまうんじゃないかと心配だ。
ミネルヴァは慌てて口を開いた。
「アドルフさま、お友達はどう作ればいいですか?」
「そうだな……」
アドルフはわずかのあいだ思案する。
そして、すぐに思いついたと言わんばかりに口角を上げた。
「素直になることだ」
「素直、ですか?」
「ああ、ミネルヴァの今の気持ちを素直に口にすれば、きっと、みんなミネルヴァのことが好きになる。ここのみんなと同じように」
ミネルヴァはわずかに頬を朱に染める。
「私もみんなが好きです」
「ああ」
シュダルン公爵家は不思議な場所だ。
いつもあたたかい気持ちになる。
ミネルヴァはふわふわのケープに顔を埋めた。
◇
馬車に乗り込むタイミングで、アドルフは心配そうに口を開いた。
「本当に一人で大丈夫か?」
サリが呆れたように笑う。
「旦那さま、お茶会は女性が一人で参加するものですよ」
「だが、ついて行ってだめなわけではないだろう? そうだ。馬車で待機しているのはどうだ? いや、サリ、おまえなら会場の中まで一緒に行けるんじゃないか?」
「たしかに私ならつきそうことはできますが……」
アドルフはミネルヴァのことが本当に心配なのだろう。
しかし、アドルフがついてくるのは困る。だって、今日は友達を作ること以上の目的があるからだ。
そこにアドルフやサリがいては、何もできないではないか。
ミネルヴァは慌ててぴょんぴょんととびはねた。
「アドルフさま、サリ。一人で大丈夫です!」
アドルフとサリが顔を見合わせる。
「そうだな。ミネルヴァなら大丈夫だ」
アドルフはいつものようにミネルヴァの頭を撫でた。
もう撫でられることにも慣れてしまったと思う。
ミネルヴァはわずかに目を細め、彼の手を受け入れるのだ。
「たくさん、友達を作ってこい」
「はい。頑張ります」
ミネルヴァは小さく拳を握った。
◇
ミネルヴァはいつになく緊張していた。
お茶会が初めてというわけではない。継母が選んだお茶会に何度か参加している。
けれど、自分で選んで、自分で返事を書き参加するお茶会は初めてだ。
ミネルヴァは飛び交う会話に目を白黒させた。
「ごきげんよう」
「お久しぶりですわね。ご旅行から戻られましたの?」
「あら、素敵なイヤリング」
しかし、ミネルヴァが会場に入った瞬間、シンッと静まり返る。
そして、みんなが立ち上がり淑女の礼をとった。
すぐに主催の令嬢が出てきて、ミネルヴァを迎え入れる。
「シュダルン公爵夫人、ようこそお越しくださいました」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「みなさま、夫人とお会いできるのを楽しみにしておりました」
「私もです」
令嬢が優しい笑みを浮かべる。
案内された席にミネルヴァが座ると、すぐに令嬢が尋ねた。
「公爵夫人は、スイーツが苦手……でしたよね?」
ミネルヴァはそう尋ねられ、しばらくのあいだ沈黙した。
ずっと、「スイーツが苦手」ということになっていたのは確かだ。
けれど、今は苦手ではない。いや、それどころか毎日の楽しみになっている。
継母の教えと、アドルフの言葉がせめぎ合う。
ここでスイーツを我慢することは苦ではない。長年そうしてきたのだ。それに、屋敷に戻ればサリがスイーツを出してくれるだろうから。
しかし、ふとアドルフの言葉を思い出す。
『素直になることだ』
ミネルヴァはグッと拳を握った。




