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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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王宮の引きこもり魔術師(1)

ロイクールという新人魔術師が模擬戦で騎士を負かしたという話は、王宮中に瞬く間に広まっていた。

翌日の朝、ロイクールが朝食を食べるために食堂に行くと、ある者は遠巻きに噂の人物が来たと声をひそめ、ある者は睨みつけてくるような状態だったのだ。

自分が部屋に戻って寝ている間、夕食の時間にでも広まってしまったのだろうと思いながらも、二日目にして早速、居心地の悪さを感じていた。

当たりを見まわしながら様子を伺ってみると、自分を見てどういう反応をしているかで、そこにいる誰がどこに所属しているのか察しが付いた。

おそらく睨んでいる者や嫌みを言っているものは騎士で、様子を伺っているのが魔術師だ。

騎士は昨日のことが信じられないのだろうし、魔術師もその目で見たわけではないから半信半疑だったようで、しばらくは皆がロイクールの様子を伺っている状態だった。

だが、騎士のロイクールへの態度を見て、その噂が本当なのだと確信に変わったようで、徐々に魔術師の見る目が変わっていくのも見て取れた。

そしてその変化も大別すると二種類で、怯えた様子や羨望の眼差しを向けている。

けれどもロイクールが魔術師の救世主になると純粋に考えるものと、騎士を負かすくらい強いならば、自分たちに対する支配者が増えるだけなのではないかと考える臆病なものとに分かれているようで、彼らも基本的に様子見を決め込んでいてロイクールに話しかけてくることはない。



ロイクールが食堂の様子を伺いながら食事の時間をずらすか諦めるかしようと考えていると、後ろから声を掛けられた。


「すっかり有名人だな」

「おはようございます……。こんなことになるとは思わなかったのですが」


ロイクールがそう答えると、彼に食事を注文するように促されたのでとりあえず注文した。

そして、出された食事を受け取ると、彼と二人で席に着く。


「いや、それだけ君はすごいことをしたぞ?ここでの勢力図が書き変わるんじゃないかって言われているくらいだ」

「模擬戦でのことによってですか?」

「そうだ」


食べながら二人が食事をしていると、遠くから騎士が野次を飛ばしてきた。


「まぐれで一回勝ったくらいでなぁ。それにそいつ以外が弱っちいのは変わんねぇだろ」


その野次に賛同するかのように、その場にいる騎士たちは笑い声を上げて、囃し立てる。

それによって食堂にいた魔術師は気まずくなったのか静かに席を立って次々と退席していった。

だが、ロイクールは食事を続けながら向かいに座っている先輩に尋ねる。


「まだ来たばかりなので他の魔術師の能力とか全然知らないですが、そういうのはどこかでわかるものですか?」

「そんなことに興味があるのか?まぁ、そのうち模擬戦で被害者が出るだろうからそれでわかるかもしれないな」

「被害者ってことは、負けることが前提なんですね」


ロイクールが先輩の言葉にため息交じりで答えると、彼は周囲を気にしながら小声で答えた。


「そりゃあ、強いやつはいるけど加減できない攻撃魔法が使うなって言われるし、条件が魔術師には不利なんだ」

「そうでしたね」


そこで先輩が、聞いている騎士と揉め事にならないよう、魔術師は基本的に模擬戦では負けるものだと新人に教えるフリをしていることに気が付いたロイクールは、先輩に合わせて小声で答えた。

騎士たちはロイクールが負けること前提と言ったのを聞いて満足したのか、特に二人の会話には介入してこない。

だから今のうちだと二人は残りの食事を平らげてから会話をしながら席を立ち、食堂の出口に向かった。

その内容は当たり障りのないものだ。


「君はこの後何をするんだ?」

「魔術師長のところに仕事内容を聞きに行くところです」

「ああ、そうか。じゃあ、俺はこの辺で」


食堂を出て少し離れ、騎士の目が届かなくなったところで、ロイクールは彼に改めてお礼を言った。


「ありがとうございました」

「ありがとうって、俺は何もしてないが」

「あなたに話しかけてもらえなかったら、多分、ここで食事をするのを止めていたので」


彼に声を掛けられなかったら食事をせずに魔術市長の話を聞きに行こうと思っていたのだ。

彼がいたから朝食を食べることもできたし、騎士たちのいる食堂から上手く脱出することもできた。


「なるほどな。じゃあまた一緒になったら飯食おう。ゆっくり話したいこともあるしな。お前からも気兼ねなく声掛けてくれ」

「はい」



こうして先輩と別れたロイクールは、本日からの仕事内容を確認するために魔術師長の部屋を訪ねた。


「おはようございます。本日からのお仕事を伺いにまいりました」

「おお、よく来た。とりあえず座ってくれ」

「失礼します」


ロイクールが勧められるまま椅子に腰を下ろすと、魔術師長は上機嫌でロイクールに言った。


「昨日はよくやってくれた」

「何でしょう?」

「模擬戦だ。見ていて実に爽快だったわ!」


普段の模擬戦では、魔術師がぼろぼろにされたのを治療することが多い上、騎士たちの魔術師たちに対する扱いがあまりにも酷かった。

苦言を呈することはできるが、攻撃力という意味での力は圧倒的にあちらが強いこともあり、あまり強く出ることができなかったのだ。

だが今回は、相手に挑まれた模擬戦で圧倒的な勝利を勝ち取った。

少なくとも彼のいるところで騎士が大きな顔をすることはできなくなったはずだ。

それはつまり、師長である自分だけが魔術師を守る必要はなく、彼にもその役割を分担できるということである。


「……魔術師長でしたら、あのくらいできるのでは?」


機嫌の良さそうな魔術師長に対して、ロイクールは冷静に尋ねた。

すると彼は一瞬だけ眉間にしわを寄せて、険しい表情になったが、すぐに口元に笑みを浮かべて言った。


「まあ、できんこともないが、なにぶん年寄りなもんで、あんなことしたら翌日使い物にならん」

「そうですか……」

「だから正直、今日一日、お前は部屋でくたばってると思っていたのだ」


話しながら繕う気力もなくなったのだろう。

もともと目元は繕いきれていなかった魔術師長の声がだんだん低くなっていく。


「……つまり」

「今日の仕事は用意しておらん。だから一日休みにするつもりだ」

「わかりました」


今日の仕事はない。

ロイクールはそれが確認できれば満足だった。

仕事がないのなら、部屋で寝るくらいしかやることはないだろうが、さすがに今日、こうして仕事の予定を確認に来たのだから、明日からは仕事があるだろう。

暇つぶしをしなければならないのはきっと今日一日だけだ。


「その感じなら明日は仕事に入れるか?何か希望があれば融通するが」

「いえ、特にありません」


ロイクールはもともと仕事の種類など知らない。

だから有無を聞かれても答えようがない。

もし何かあるとしても具体的な希望をと言われたらむしろ困るだけだ。


「そうか。ではこちらで配慮しておこう。決まったら連絡する」

「よろしくお願いします」


話が終わるとロイクールはすぐに魔術師長の部屋を出て自室に戻った。

食事はさっきしたばかりで、そんなにおなかがすいているわけでもないので、すぐに食堂へ行く理由はない。

外に行くのも悪くはないが、昨日の今日だ。

王宮内を一人で歩いていて変なのに絡まれたら厄介だ。

結局ロイクールは魔術師長に労われただけで、新しい仕事を与えられることはなく、その日は一人自室で荷物の整理をして過ごしたのだった。

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