王宮魔術師と王宮騎士(4)
ロイクールが訓練場に降りて先輩のいる客席の方を見ると、観客席に人が増えているのが見えた。
団長と呼ばれた人は後から来た人に呼ばれて客席の近くに寄っていくと何やら話をしていて、こちらを見る様子はない。
ロイクールがしばらく壁側で話をしている二人を見ていると、後ろから準備を整え中央で待機していた騎士がロイクールに近付いてきて言った。
「はっ!魔術師長様がお見えか。無理だろうが、せいぜい恥をかかないようにするんだな」
騎士はよほど自信があるのだろう。
周囲に聞こえるよう大きな声でそう言うと、さらに大きな声で笑って所定の位置に戻った。
その声で団長はロイクールがすでにそこにいることに気がついたのか、話を切り上げてロイクールの元に来ると、最初の立ち位置を指定した。
その準備が始まったからか、対戦相手の騎士以外は気がつけば観客席側の壁により、対戦の邪魔にならないよう場所を空けて待機している。
ロイクールが指定された位置に騎士と向かい合う形で立ったのを確認すると、改めて団長は声を上げた。
「よし。それでは勝負は一対一、実践形式での対戦とする。両者それでいいな」
「はい!」
「構いません」
「では、両者、位置について。戦闘開始!」
戦闘開始の合図と同時に騎士がロイクールに襲いかかろうと剣を振り上げた。
だが彼は、振り上げた姿勢で動けなくなり、その形のままじたばたともがいている。
ロイクールは一歩も動かず、じっと相手を見ているだけだ。
その様子に魔法で動けなくなっていることに気がついた審判、もとい騎士団長は試合終了の合図をした。
「そ……、そこまで!」
そう、勝負は一瞬でついていた。
ロイクールが開始と同時に放った魔法で相手を拘束したのだ。
騎士団長はしばらく様子を見ていたが、動きを封じられた騎士が、どんなに体を動かそうとしても動くことはできなかった。
騎士がすぐに動けるようになる可能性を考慮してしばらく様子を見ていたが、その魔法が騎士の力で解けることはなかったのだ。
試合終了の合図でロイクールが彼を拘束していた魔法を解除する。
「お前、卑怯だぞ!」
ロイクールが魔法による拘束を解くと、彼は終了の合図を無視して、剣を振り上げロイクールに襲いかかった。
ロイクールはそんな彼を一瞥すると、今度は無言で風の圧を放ち、その圧で相手を壁に叩きつけると、騎士団長の方を見て言った。
「終了したと思っていたのですが、まだ続いていたんですね」
「いや……」
「ほら、また来ました」
騎士団長がロイクールの言葉を否定しようとした矢先、諦めの悪い騎士は壁に叩きつけられた痛みをものともせず再び雄叫びをあげて剣を持って向かってきていた。
そのため、仕方なさそうにロイクールは彼の方を見てまた彼の動きを魔法で拘束すると、騎士団長にこの先の対応について問うことにした。
「あの、死ななければいいんでしたよね。手加減しているのですが、しつこいので動けなくなるくらいまでにしたほうがいいでしょうか?何度も壁に叩きつけると、あなたの言う労働力としても見込めなくなるかもしれませんが……」
ロイクールが本気を出せば彼を一瞬で形なきものにできるし、死なない程度と言っても大けがを負わせる方法はいくらでもある。
実際に壁に何度も勢いよく叩きつければ、骨が折れたり、全身が酷い打撲になったりするだろうし、打撲なら痛みが引けば動けるようになるかもしれないが、骨折は場所によって直ったとしても日常生活に影響を及ぼす場合もある。
さすがのロイクールも何度彼を壁や地面に叩きつければ骨が折れるかまでは分からないので、加減をしているとはいえ何度も同じことは繰り返したくない。
これでも手加減をしているとロイクールが匂わせると、騎士団長はこれ以上闘う必要はないとロイクールの意見を却下した。
「いや、私が止めよう」
そう言うと、騎士団長はロイクールに拘束されている状態の騎士の元に歩いて行き、その近くで説得を始めた。
「もう勝負はついている。明らかにお前の負けだ。いい加減に認めろ!」
「ですが、こんなの戦いでも何でもありません!」
騎士が拘束されながらもどうにか自分の主張を繰り返し、試合続行を懇願する騎士に別の男が近付き言い放った。
「魔法を侮ったそなたの負けだ。騎士団長、その荒くれ者、どうしてくれる」
「魔術師長!」
騎士団長だけではなく魔術師長にまで負けを認めるように言われ、悔しそうにそちらを見た。
「勝負はついている。お前はあの場にいるのに、なぜすぐに止めない」
「私はもうこちらの負けを認めている」
「団長!」
魔法で拘束されているため何とか言葉で試合続行を訴えるが、そんな騎士を無視して魔術師長は彼にも聞こえる声で騎士団長に言った。
「お前そやつに伝えなかったのか。こやつが大魔術師の弟子だと」
「なっ……?」
騎士が驚いて魔術師長の方に耳を傾けると、騎士の驚いた反応を見てとった魔術師長が彼に残念そうなまなざしを向けた。
「彼は大魔術師の推薦でここに籍を置き、彼と国境警備の危険な旅をしていたからこの地に留まらんかっただけだ。有名な人物であろう」
「こいつが?こんなのが、かの大魔術師の弟子だったというのですか?」
「能力はお前が体感した通りだ」
魔術師長は捨て台詞のように騎士に向かってそう言うと、彼はロイクールと客席の方を見た。
「さあ、もう充分ここは見学しただろう。お前たちは次へ行きなさい」
「わかりました」
案内人の魔術師はすぐに了解の返事をした。
一方のロイクールは試合開始からほとんど動いていないが、彼を拘束する魔法は発動したままだ。
「あの、この魔法はどうしましょうか。ここを離れるまでこのままの方がいいでしょうか?」
すぐに返事のなかったため、再度ここを出るよう促しに来た魔術師長にロイクールは尋ねた。
「客席近くに戻るまでで充分だ。魔法は解いてもらっていい」
「わかりました。ではそうします」
ロイクールはとりあえず魔法を発動させたまま、案内人の魔術師のいる客席まで戻ると、魔法を解いた。
そして、先導する彼の後について訓練場を出て次の場所に向かう。
急に魔法を解かれた騎士は、体のバランスを失い、その場にしゃがみこむような形で膝をついた。
だがすでに彼は遠くにいるし、壁に叩きつけられた体に痛みが残っている。
何より、相手を追いかけるだけの気力は残っていない。
騎士は負けを認めるしかなかった。
だから騎士は、尊敬すべき、かの大魔術師の弟子だったという対戦相手が去りゆく姿を、そのままの体勢で見送るしかできなかった。
そして周囲にいた騎士たちも同様に、圧倒的な力の差を見せつけられて、やはり動くことができずにいた。
彼と同じように魔術師を見下していた者たちは、普段ならば彼の敵打ちとでも称して彼に戦いを挑んだかもしれないが、さすがにあの力の差を見せつけられてはそれもできない。
こうしてロイクールはその場にいた騎士たちに、自分の強さを印象付けて、模擬戦を終えたのだった。




