和人2
それから2日が立った。
母親が仕事を無断で休んだことを心配した人が母親の死体を発見して警察に通報。
スマホに入った遺書から、母親は自殺だと断定された。
俺が、殺したんだ。
悪魔を、俺が始末してやった。
だが、誰も母親の自殺を疑いはしなかった。
母親の葬式は、母親の弟、俺のおじさんが取り仕切った。
「かわいそうに。自殺だって。よほど苦労していたんでしょうね」
「70過ぎても仕事をしないといけないって言ってたわ。年金だけじゃ生活がやっとで息子にお金が残せないからって」
「心配で子供を残して死ねないって口癖だったわねぇ」
「必死に働いて、なんとか自分が死んだあとに息子にお金を残そうとしているのに、ゲームやらなんやらに全部使われちゃうんですってよ」
「ああ、それも聞いたわ。思うようにならないと暴れるらしいわ」
「大変だったわねぇかわいそうに。そりゃ、死にたいって思うわね」
「60代のころは良かったけれど、70過ぎると、一段と体が重くなってくるからねぇ。このままどうなってしまうのか不安だったんでしょうね」
引きこもって人付き合いのない俺の顔を誰も知らない。
息子本人がいるとも知らずに、母親の知り合いはひそひそと噂話を続けている。
誰一人として自殺を疑うようなことは言わない。
あんな悪魔なのに、外では息子思いの母親を演じていたのか。
お前らは知らないんだ。
子供の寿命を親がもらえるように法改正を求める署名運動をして、俺の命を取ろうとしていたってことを。
「そういえば、最近は署名活動もしていたわねぇ」
「ああ、あれでしょう?親がいないと生きていけない子どもを持つ親の会っていう」
「そう。事情がある親子に限り、子どもの寿命を親にって。残りの寿命を一緒にして、同じ日に死ぬことができるようにとかいう」
「泣けちゃうわよねぇ。子供を置いて死ねないって……。親は子供より先に死ぬのは当たり前なのに……子供を残して死ぬことができないって思い詰めるの……」
え?
「だけど実際、残された息子さんはどうなるのかしら?」
「さぁ。別に障害や病気で働けないわけじゃないんでしょう?もう年齢的に大人なんだし。何とか生きていけるんじゃない?」
「そうよねぇ。残して死ねないって、本来は人の手を借りないと生きて行くことすら難しいような子に対して抱く感情だものねぇ。働かなくて親のすねをかじって、あまつさえ暴力をふるうような子供はねぇ……」
「むしろ、早く死んでほしいって思いそうなものよね。一緒に死んだら全く自分の人生楽しむ時間がないものね」
「そこは親子の情でしょう。どれだけいない方がマシだと周りが思うような人間でも、親からすれば大切な息子」
母親は悪魔で、俺の寿命を奪おうとして、俺は悪魔を……。
両手を広げてみると、見えるはずのない赤い染みが広がっていく。
俺が、俺が……。
殺した。
自殺じゃない。
俺が、俺が……。
俺が殺したんだ!
「俺が!俺が!」
椅子から立ちあがり、棺桶まで駆け寄る。
小さな母親の体が棺桶に横たえられている。
「俺が殺したんだ!母さん、母さん、俺、俺っ!俺が、殺してしまった。母さん」
棺桶にしがみつくように泣き崩れる俺の肩をおじさんが叩いた。
「和人君……確かに、君が姉さんが命を絶つ原因の一つになったかもしれないが、そうじゃないよ。健康の不安もあったし、元々、このくらいの寿命だったんだ……。人の寿命をもらってまで生きて行くことに葛藤もあったんだろう……自分のような年寄りではなく、若くて命を落とす人に渡るべきだったんじゃないかと……」
健康の不安?人の寿命で生きて行く葛藤?
違う、違う、違う!
「俺が、何もわかってない俺が、殺した。この手で……自殺じゃない、他殺、殺人なんだよ」
母さんは、俺のことを心配して。
俺を一人にできないって思って。
俺と一緒に死ぬ覚悟で。
俺のことだけ考えて。
だから、母さんは必要ないんだねって笑って。
もしかして、俺がもう、母さんなしでも一人で生きていけるとそう思ったのか。
俺が母さんを刺したことで、母さんがいなくても一人で大丈夫だと主張したと思ったのか。
違う、違う。
何もかも違うんだ。
「自分が殺したと、そう自分を責めるものじゃないよ。後悔があるなら、これからしっかりと生きなさい」
殺したと言っても、誰も信じない。
母さんは自殺したんだと。
誰も、疑わない。
そして、皆が俺のせいで母さんが死んだと口をそろえて言う。
しっかりと生きるってなんだ。
俺は人殺しだぞ。
母親を刺殺したんだぞ。
働きもせず毎日家で無駄飯を食い、惰眠をむさぼり、親の金を暴力で奪うようにして、ただただ人に勝ちたいというそれだけで何も残らまいものにお金を使い続けていた。
税金なんて払ったためしもなく、社会になんら貢献もせず、この先も、人に白い目で見られながら税金に頼りに生きて行くクズだ。
誰から見たって、クズのろくでなし。生きている価値なんかない。
誰から見たって……でも……母さんの目から見たときだけは、生きているだけで価値がある人間だったのだろう。
世界中で、唯一……。俺のことを、価値のある人間だと思ってくれていた。
母さんを殺したことは、俺自身が、俺の存在価値を殺したようなものだったんだ……。
母さん……。母さんが望んだこと。
俺を一人残して死ねない。
寿命を合わせて一緒に死にたい。
その望み……。
俺は俺を殺した。あの日、俺は、俺自身を殺したんだ。
だから、死んだのは母さんだけじゃない。俺も死んだ。
自殺だ。
すでに、俺は自殺していた。
あの日。
『母親がいなければ生きていけません。
どうぞ、本来あった残りの寿命は、子どもを残して先に死ぬわけにはいかないと思っている方々のために使ってください』
俺にはやらなければならないことがある。
俺だけにしかできないことだ。
手紙を書き終えると、ロープに手をかけた。
お前と呼んで悲しませてしまったから。
母ちゃん、今までありがとうと、伝えなければならない。
ときどき更新なので、きりがいい部分で完結に切り替えながら更新していきます。




