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帰還志望の受難生  作者: 白ム月比心
一章 魔王の支持者
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40話 一方その頃。

唐突ですけど、読者に感謝


 これらはロスト・ララの現状になる。

 激しい戦場に背を向けて、まるで若い逃亡兵のように、今まで息を切らしながらもロストは走っていた。

 まだ壊れていない市中を駆け巡っては、脇目で誰とも分からない落とし物を見つける事もあり、それらを火事場泥棒がみっともなく集めている事もある。

 水に浮く油のように、人の屑がよく見えた。


 どうにかしてやりたいが、けれども構うことは出来ず、やきもきとこんな光景を後ろに置いて走るしかなかった。

 そこでようやく目的地に辿り着く。


 「あそこだっ!」


 長かった、余りにも、体感的には数週間も彷徨っていたような気さえして来る。

 ゴーレムの魔の手を逃れてやって来れた、非常に喜ばしい事の筈なのだ。

 けれど、ここにやって来た事が意味を持つのだろうか、何もかもが手遅れなのでは、とそんな心配がロストを素直に喜ばせないでいた。


 あんまりにもウジウジしているのは他人に見せられないな。

 そういった諸所を一旦捨て去り、開かれない筈の扉の前に立つ。 

 そしてララは視線を上に移し、誰かが縄梯子を落としてくれる事を期待して、合言葉を脳裏から外へと吐き出した。


 「合言葉は...デノムの魂よ糧に成れ。だったっけ。」


 これで反応があるなら来た甲斐があるのだ。

 しかし、いつまで経っても自分の求める姿は現れない。

 ロストは溜息を飲み込んで、せめて、基地の中を暴こうかと思い、何か台になりそうな物は無いかと背後ろを振り向いた。

 すると、丁度良い所に打ち捨てられた樽がある。


 「おぉ、これなら。」


 それを窓際まで運ぼうとして。


 「ん?」


 そしたら扉に樽ごと吹き飛ばされた。

 この予期しない攻撃にララは若干取り乱す。


 「すみません!」


 これを見た女性の謝罪がララの背中へ。

 無論、それはアリスさんの声ではないが、何処かで聞いたような覚えある声、そこで土まみれの顔を動かして僕は見た。

 そこにはデノム人の女性がいた。

 それも一人ではなくて複数人、よく見たら子供もいて、戦えない負傷者もそこにいて、きっと非戦闘員がここに隠れていたのだろう。


 密かに心が沸き立つ、自分は一つ目の壁を超えたのだ。

 取り敢えず、どうやらロストの銀行強盗の裏切り行為を知らなかった様子で、彼女らは隠れ家の中に招き入れる。

 それで中に入れば、怪我はないか、腹は減っていないか、と手厚い心配をしてくれて何だか騙しているようで悪い気がしてきた。


 (さて、どのようにして説得しようか。)


 ロストは婦女に手当をされながら考えていた。

 椅子に座らされ、それなりに貴重な医療品を塗り込まれ、手際良く進んで行くのをぼんやりと眺めながら。

 ふと、手当に使う道具がやけに摩耗しているのを見て、こう考え直す。


 (その前に、ここの事情を聴いてみよう。)


 説得が失敗した後では聞けそうにない。

 いや、まぁ、失敗する気はさらさら無いが念のため。


 「一体、この場所では何をしているんですか。えっと、怪我した人とか沢山いますけど。」


 包帯を巻き付けている人から、かなり重症な目を潰した人まで。

 この前の記憶では、ここは確か指令室的な扱いをされていた筈であり、発言力のある人間がいるべき場所である。

 ロストはそれを理解して来ていたが、この様子ではどうしようも無いだろう。


 「ここは臨時の病院みたいなもんだね。」


 だとすれば、デノムの偉い人は何処へ。


 「にしても、坊やは運が良い。ついさっきまで人が溢れかえっていて、何だかギクシャクしてたから。」


 まったく男共は、と呆れるような表情を浮かべる。

 それを、ロストは目をぱちくりして。


 「その人達はどこに行ったんですか?」


 これも興味本位で聞いた筈だ。

 すると彼女の表情が一変して。


 「止めときなさい。」


 「...それは、城を襲撃する為に別の場所で集合中なの。子供が行っても死ぬだけさ。本当に。だから止めときなさい。」


 彼女は慈愛に満ちた目で、諭すように言ってくれた。

 ロストはそれを、目の奥では、この戦いは本当にどうしようもない物なのだと、諦めと腹立たしさを語っているように感じた。

 それから少しの間、そこで熱くなったことを自認したのか。


 「おっと、ゴメンね。驚かすつもりも無かったの。」


 この頃にはもう、手当は完全に終わっていた。

 それで、婦人は次なる病人の元に向かい始めていたが、大変忙しそうなのに、でも去り際にこう言い残すのだ。


 「そもそも坊やは争いごとが苦手だったかね。みんな覚えているよ、あの教会で精一杯頑張っていた事を。」


 これを聞いて、ちょっと口がにやける。

 そんな場合じゃないのに、空気の読めない自分に泣きたい、でも嬉しい、他人に認められるのがとても心地良いから。

 生まれて初めてでも無いのに顔がグニグニしちゃう。


 これを目を覚ませとでも言いたげに、何かが脚にすりついた。

 何だ、何だ、と見てみれば可愛い子猫がそこにいる。

 この猫は、充分に手入れされた毛並みからは気品が漂う、そうだ、いつも幸運を持ち運んでくれる黒縁猫にそっくり。

 それはそう、もしかしなくてもその猫であった。

 彼女が持ち運んだ幸運は、今日だけでも、ギガスから命を救われた事もあったのにも関わらず、この猫、名前はまだない。

 こうなれば意地でも名前を付けずに、ララはネコと呼び続けることも考えていた、日本の文豪、夏目漱石がそうしていたように。


 そんな考えはさておき。

 友との再開に喜ぶロストは、他にも、誰かがいることに気が付いた。


 「こんなところで何をしているんですか?」


 聖女がいました。


 「エルモさんも一体どうしてこんな所で。」


 戦場の長い時の所為か、とても懐かしく感じてしまう。

 あの何とも言えない柔らかな雰囲気とか、無差別に与えられるその微笑み。

 周りに配慮してか、彼女は扉を静かに閉じてから答えた。


 「フフッ、猫様に導かれてです。」


 ララは話題のそいつを見てみた。


 「やっぱり犬っぽい。」


 この言葉へ反抗するように猫はニャーと鳴く。

 ここまで来ると、もはや人並みの知恵が宿っているのではと勘ぐってしまう。


 それとは別に不思議なことが一つある。

 ここにいるデノム人の誰もが、明らかにデノム人では無い彼女の存在を認知してはいるが、どうしてか騒ぐ事は無かったこと。

 その原因はいまいち分からないが、現状は有難い。

 そこでロストは少し前のことを思い出し。


 「お願いがあります、エルモさん。この場にいる人達をアーマレントの外まで連れて行って貰えませんか。」


 へっ、と驚く彼女にララは頭を下げて。


 「他の人種はともあれ、きっとデノム人は避難所に受け入れられないです。」


 これは避難所が問題と言うよりは、避難した人が反対する可能性が非常に高い。


 「それだと、いずれにしても、まともな治療が出来ずに死んでしまう人が出てしまいます。僕は、それだけは避けたいんです。」


 見た限りだと、包帯や人手も足りない。


 「本当はこの地に執着するのを止めて、そのまま、もっと安全な場所で暮らしていて欲しいのですが。」


 ロストは頭を上げてエルモを見た。

 ここまでは、天の教えを聞くみたく聴聞していた様子だったが、ララの視線に気付くや否や羨ましそうに返事をする。


 「はいはい、分かりましたよ。」


 投げやりな返答の割にはニッコリ笑顔。

 それでも、最近の頼み過ぎから来る、ちょっとした罪悪感からこんな事を訊ねてしまった。


 「良いんですか?」


 「可愛い弟分の願いを叶えるのがお姉さんの役目ですから。」


 そう言って彼女はデノム人の元へ向かう。

 かなり自信満々に行ったので、何やら策ありと見えたが、はて、一体全体何をするのか見当も付かない。

 しばらく見ていると、話をしたと思いきや握手を交わした。

 やはり分からない、ララは戻って来る姿にこう尋ねる。


 「エルモさん、何をお話しされたんですか。」


 「ここを離れてアーマレントの外に行くよう説得したんですよね。そうしたら、みんなが納得をしてくれたんです。」


 「すごい、すごい。こんな短時間でしてしまうなんて。」


 自分なんか彼女の足元にも及ばない。

 だって僕は、この期に及んでどう言えば良いか悩んでいたのに、そんな僅かな間で解決するとは、彼女の知らない一面を見てしまったようだ。

 この始末、やっぱりエルモ様には敵わない。

 そんな自虐を含めた称賛をしていると彼女は言う。


 「別に何でもありません。私はただ、ララさんが先程まで喋っていた思いを純粋に伝えただけですよ。」


 ロストは赤ん坊のように赤面した。

 彼の中では、言葉にすることの出来ない何かが心を氾濫している。

 なんだこれ、分からない、恥ずかしいと言うには暖か過ぎて、嬉しいと表現するにしても色々と入り混じったこの感情。

 混乱する、複雑過ぎるこの気持ち。


 「...では、私は彼らを門まで案内して行きますね。デノム人だけでは、門番に止められそうですから。」


 何かを気遣ってか、エルモは集団と一緒に外出。

 そういった優しさから、涙を堪える理由がなくなってしまい、少しずつ瞳から水滴が落ちていった。

 なんで泣いているか自分でも分からない。


 そんな時、空気を読まずに地面が揺れ動く。

 あぁ、泣いている場合ではない、自分の荷物をすかさず手に持ち、余韻も残さず扉を開け放ってご対面。

 どうも遅かったらしい。


 「ねぇ、なんか面倒な事をしてるみたいだねぇ。」


 いつもと様子の違う魔導ゴーレム、その背後に彼女はいた。

 ゴーレムの背中は黒い物体に支配されており、そこからは奇妙な魔力をジットリと感じ取れる。

 ララは、ダンカンさんは無事かと心配する一方、これからどうすれば良いか算段が付かない事に大変焦りを覚えてしまう。


 「なんでなの?」


 信じられないものを見るような目付き。

 堪らず、息を呑んだ。


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