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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
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38話 アーマレント軍


 下火となった勢いでも、敵を睨む事だけは忘れない。

 ダンカンの戦いは忍耐勝負へと(もつ)れ込む。


 ド派手な攻撃が雨あられ、苛烈を極めた。

 魔導ゴーレムの重い一撃は瓦礫を粉砕し、吹き飛ぶ破片は刃のように肌を裂き、いつの間にか忍び寄った水蒸気に喉を焼かれる。

 歯痒い、ダンカンにはその環境を耐える事しか術がない。

 死が自分の背中に抱き着いているような気がした。


 「なんだ。」


 いつの間にか攻撃が止んだ。

 それは決して、故障したとかでは無さそうだ。

 鉄の獣は今も爪を研ぎ、獲物の目をしっかりと見つめて、殺せる機会を見極めようとしていた。


 「何か手は..。」


 じり貧な状況、正直に言って彼に勝ち目は無いも同然な展開。

 これを覆せる転換期をどう生み出そうかと、頭の中で巡らせようとも、いつまで立っても浮かんでくるのは出来もしない夢ばかり。

 これがいつまでも続くならば、つい判断を見誤るかもだ。


 (それで。)


 ギリギリと耳を防ぎたくなるような金属音。

 頭の中で反響し、鬱陶しくて堪らない。


 (次の攻撃はいつか。)


 今の段階で七つ、これはゴーレムに与えられた傷の数。

 どれも底冷えするような痛みだが、現状は、意識を高める薬となってダンカンを強力に支援した。

 戦士にとって痛みこそ最高の薬。

 実感するのはこんな時だけ。


 「早く来い!」


 因みに、火炎放射器がなかなか厄介。

 それが行われる度に、肺を焼かれるような思いをするから。


 魔導ゴーレムもこう言われて思う事があったのか。

 水蒸気を背中から排出し、火炎放射器の備え付けられた腕を動かして、発射準備に取り掛かる。

 不思議な事にダンカンに向けられた物でない。

 では、誰だろう。


 悩めるダンカンに、微かに届いた音がある。

 それは数多くの足音であった。


 「応援に来ました!」


 それは間の悪い援軍。

 間抜けにも大声を出して、顔をこちらに見せて来た。

 不味い事にあの位置からだと、ゴーレムは瓦礫に隠れ、ダンカンしか見えていない、なので、そのまま進めば、彼らは無防備なまま攻撃を受ける事になる。

 呆けて見殺しにしてしまうダンカンではない。


 「っ、避けろ!!」


 残念ながら咄嗟の叫びは間に合わない。

 産み落とされた火炎は空気を食べ尽くし、岩に亀裂を走らせて、暴力的な熱量を我ら軍隊に吹き付けられてしまう。

 一瞬にして人間は火達磨(だるま)へ、弓や槍は溶かされた。


 「うがあああアアァ!!?」


 焦げた兵士は生々しく泣き叫ぶ。

 焼かれた痛みを引き金に、彼らは必死に地面を転がるぐらいしか出来ず、その合間に、ゴーレムの追い打ちによって骸と化す。

 こんな状況下で、ダンカンは自らの行動を決めかねていた。

 だが、その必要性は無いかもしれない。


 流石、軍隊はやられてばかりではなかった。

 隊長格が敵を視認するや否や魔法を使って、水の障壁で以って、火中の仲間を次々と救い出しては号令を飛ばす。

 そうしていたら、小隊単位の防御陣形が出来上がり。

 前方が体を張って盾を構え、それを後方が援助する、基本的な陣形である。


 これに応戦して、魔導ゴーレムは瓦礫を投げるなどの攻撃を開始する。

 でも不思議なことに、ゴーレムには何か制約でもあるのか、ダンカンが危険視していた、あの驚異的な加速力を出す事は一切無かった。

 それでも優位に立てた訳でなく、丁度良い均衡を保つのみ。

 けれど、これに甘んじれば後が無い、何故なら相手は機械で、こちらは人間、長引けば体力面で不利になるのは言うまでもない。


 状況を見るだけでは何も変わらない。

 ダンカンは陣の後方で指示を飛ばす人に、恐らくはその分隊の隊長だと思わしき人物に、手早く事情を伝えに駆け寄った。

 その人は鼻に火傷を負っていた。


 「隊長が貴方だとお見受けして相談がある。私は...。」


 ダンカンはその先を言わずして終わる。

 相手が自己紹介を遮って、こう言ったからだ。


 「貴方は知っている、有名人だ。」


 彼はこうも言った。


 「収穫祭の前日で貴族の指示に反発し、憲兵隊長を辞めた元憲兵ダンカン・ライト。それで一体、どんな相談があるのか。」


 どんな風に自分の事が伝わっているかは定かでないが、それなら話は早そうだ。

 ダンカンはすぐに、崩壊した建物の合間に見える壁に指差して、ずっと頭の中にあった事を見せびらかす事にした。


 「では、壁上にある対城兵器を、あのゴーレムに撃ち込むよう指示を出して欲しい。非常時だから受理される筈だ。迅速に頼む。」


 小隊長はギョッとして、ダンカンの目を深く見る。

 それから思い出したように、部下へ指示を一旦まとめて出した後、再度、彼の眼にはダンカンが映り込むのだ。


 「待ってくれ、そんなことをしたら街が壊れる。私では責任が取れない。」


 そんな彼を説得するに言葉数は必要ない。


 「なら、周りを見てくれないだろうか。」


 たった一言、それだけで良かった。

 周りの状況はもうロストと来たばかりの時とはまるで違う。

 散々に破壊された家屋は血の混ざった赤い水滴に(いろど)られ、焼け焦げた肉の臭いがあちらこちらに広がり、そこへ幾つかの遺体が転がっている。

 小隊長は無意識に鼻先を掻いて、痛くなって止めて。


 「あぁ...。」


 ようやく、気が付いた。


 「すまない。少し、保身に走ってしまったようだ。」


 僅かなお辞儀と謝罪を一つ。

 それから彼は魔法の援護を飛ばしながら、脚力に自信がある部下を呼び、すぐ壁に伝達するよう指示をする。

 そして、その部下と共にダンカンも行く事にした。

 この先もあるであろうデノム人や暴徒の襲撃を危険視した故に。

 悩む時間よりも早く戻る為、二人は早速、近場の通信機もとい通信用魔法陣に向かって、脇目も振らずに走り出す。

 背中に撃ち付けられた、悲鳴の数だけより速く。


 ダンカンがそうする間、ここ以外にも戦いがあった。

 それは子供の描く儚い夢のように終わっていく。

 目に見えるは死体の山、デノム人が軍の本隊を襲ったからこそ起きた悲劇、その殆どは逃げ遅れた国民の遺体である。

 場所は壁際、ギリネス工房地区の壁際付近。


 血の香る、こんな悲惨な所に居座る奴はそういない。

 現在、軍以外にここに残るのは、誰とも分からない死体から親を見つけ出そうとする子供が一人と、この場に留まって敵を掃討するべきと主張する貴族が一人。

 その貴族とはアンドレア・ド・ギリネス、彼のこと。


 「もう一度言う。駄目だ。」


 彼は部下の提案を断った。

 そんな顔を真っ赤にして断言する事でも無いのに。


 「敵は王ではなく国を狙っている。だとしたら、国を救うのが定め、この場でデノム人を皆殺しにすることが今一番の責務であろうことは歴然。」


 「なのに、何を迷っている?」


 こんなに強情な貴族様とは困った。

 でも諦めずに、部下の軍団長は疲れた目に気力を灯して言ったのだ。


 「そこまで言うならば、本隊の半分、三千の兵士で良いので中央に向かわせて下さい。指揮は私が取りますので。」

 

 これも即答で。


 「ならん。王には騎士団がいる。それで充分だ。」


 これを聞いて驚きを隠せない軍団長、頬が引きつる。

 いくら騎士団でも、そこへ逃げ延びた国民を守るには数が少ない、それに疲労も溜まっているだろうからやっぱり向かった方が良いに決まっている。

 よし、これを貴族向けに加工して...。

 とかなんとか奮闘する彼に振りかけられたお言葉がこれ。


 「こうしている間にも逆賊討伐をした方が良い。軍団長はもう下がれ。」


 これで話は終わりと、アンドレアは颯爽と戦列に向かって歩き出す。

 その姿をそのまま見過ごしたらもう挽回出来ない気がして、でも話をしてくれないだろうと分かっていて、心労はピークへと駆け上る。


 「いくらなんでも。まっ、待ってください。」


 慌てて軍団長は彼を追い。


 「しつこいぞ。私の権限で今の階級を剥奪されたいか?」


 貴族は毒づいて、さっさと行ってしまった。

 どうして、貴族なんかに指揮権が与えられているのか、そんな疑問が浮かんでしまうのは彼の所為だろう。

 取り敢えず、自分の配下だけでも無理やりに出発してしまおうか。

 それを検討中に部下がやって来た。


 「失礼します。お耳に入れたい事がありまして。」


 「なんだ、肝心な時に。」


 「臨時の通信設備が出来上がりました。早速ですが、壁上兵器の使用許可を求める声がやって来ております。いかがなさいますか?」


 少し考えて、軍団長はこう言った。


 「そうか。許可する。」


 これはそれで終わる筈だった。

 けれど、貴族様がご登場なさったのだ。


 「待て、軍団長。私が指示する。」


 「壁上の兵器と言うと、かなり威力のある物だった筈だ。それをこんな時、何に向かって撃つつもりなのか聞いてくれ。」


 「えっと、少しお待ちください。」


 そのやり取りを聞いた通信兵がこう言った。


 「ライト地区にて、街中でゴーレムが暴れまわっており、それを撃破する為に兵器を使用する。」


 「...とのことです。」


 その最後を、部下が申し訳ない程度に付け加えた。

 アンドレア公は静寂を知らない、この報告をどう受け止めたのか、次の瞬間にはもうご決断なされていました。


 「駄目だ。代わりに対魔物部隊を送り込むと伝えろ。」


 これに異を唱えるのは軍団長。


 「いくら何でも遠すぎます。到着するのに地区を一つ跨いで進まないと。それにここは壁際でもあり、到底間に合いそうにありません。」


 「しかしだな!?」


 声を荒げて、ほんの反論も受け付けないこの態度。

 これには呆れてしまって溜息を隠せない、ならば、無礼を承知でやらねば国の為にならない、そんな決意が何処からか湧いてくる。


 「私が許可する。行け。」


 王侯貴族の意思を無視、大罪だ。


 「軍隊長。」


 貴族の呼び止める声、通信兵は反応に困っている。

 まだ、恩赦があれば微罪で済む話だろうけど。


 「全ての責任は私が負う。早く行け。」


 ここまで言ってくれる上司がいる。

 それで通信兵は決心が出来たようだ。


 「了解しました。」


 さっそく、通信兵は機械を通して許可を出した。

 もう後戻りの出来ない領域にようこそ。


 「貴様、何をしたか分かっているな?」


 軍団長は胸倉を掴まれた。

 どんなに怒り狂おうが、慣れない睨みに、服が多少伸びる程度の腕力、この後に待っているであろう裁判、どれを取っても怖くない。


 「国を救いました。それが何か?」


 心にあるのは達成感のみ。


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