33話 別れは三度も訪れた
遅くなってすみません
ダンカンとオキュマスは対面していた。
双方共に相手を許してはいけない存在だと見なしている。
そして、この二人以外で状況を理解する者は現れず、それをただ混乱で満ちた眼差しで、静かな情景に風だけが虚しく蠢く。
「どれほど立派な大義名分を持ってきたところで、それがどうして人を殺す道理になると思うのか。私には分からない。」
オキュマスの内心は相当に荒れていた。
また一つ、計画が狂ったのだからそれはもう雷雨の如く。
「この地の罪を清算するにはそれしか無い。」
しかし、彼は冷静を作った。
それがオキュマスの強み、己の感情を偽れる。
「元とは言え、憲兵なら分からない話じゃない筈だ。憲兵は法の下に罪人を殺して来た。私達は正義の下に国を殺す。なにも変わらない。」
そんな時、ダンカンはチャールズを思い浮かべた。
彼の前に倒れ伏して、言われた事が脳裏にふっと蘇えったのだ。
「報復に正義があるのか。そこに正しさがあるのか。...誰にも決められない。だからこそ法律があり、私はそれに従う。貴方の正義と一緒にしてくれるな。」
それに対してオキュマスは言った。
本心なのだろうか、素足で虫を踏み潰した如く顔を歪ませて。
「家畜のような考え方だな。たかが国に定められた形の無い物に忠義を尽くすとは、道理で分かり合えない訳だ。」
法に裏切られたことでもあるのだろうか。
雑念混じりに、もうすぐだとダンカンは魔導銃の握りに触れ。
「ただ自分が産み出した正義を絶対とするのは、高慢だと思ってるだけだ。」
ズタァッーーーン!!
乾いた破裂音が砲身から溢れ出す。
気になる弾丸の行く手はオキュマスの手元、たった刹那の合間に、見事に研ぎ澄まされたセンスがそれを成し遂げた。
(はぁ...。)
それを見ながら、オキュマスは頭の中で溜息を吐いた。
妙に加速された意識でどうにかする訳では無く、ゆったりと近づく聖石の弾を邪魔だと思うだけで、貴重な時間を費やした。
(今日一日、憲兵は町の見回りや家の捜索に徹している筈だったのになぁー。)
他人の所為にしたい気持ちを持て余して。
計画の全てが壊れていくのはどうしようもなくて。
「これはもう、強硬手段だね。」
斜め上、弾丸が吹き飛んだ。
「それはどうやった。」
「教えない。」
突然のことに困惑する彼を差し置いて。
足早にダンカンから距離を放していく。
数々の裏工作は殆ど無駄になってしまったが、悔しむよりも残りを活かす立ち回りをしていこう、それだけが今の自分を支えている。
「全くだ。」
こんな予定外はそうそう見当もつかない。
しかも先程から人形が来るように指示を出しているのに反応が一つも無い。
あの男に先回りされて消滅させられていた可能性があるな。
「本当に全くだっ!!」
人形は呪術の産物、素材集めに苦労したのだ。
それなのに、わざわざあのヤバイ人に協力を願い出てまでやったと言うのに、こうも簡単にやられたとなると涙が出る。
そんな私の苦労を知らずに、一体を簡単に消耗してくれた狂人もいることだし。
「待て!」
それをダンカンは追うのだが、そこで人影が現れる。
鼠のように湧いてきたデノム人が二人ほど目前に立ち塞がったのだ。
「させるかよ!!」
そうして一人が拳による大振りの一撃。
ダンカンは左手で受け止めては、相手の顔を右手の裏拳で倒した。
間髪なく二人目が剣を持って迫って来たのだが、なにやら腰の引けた幼稚な構え方、剣を知らない人らしい事はよく分かる。
「では。」
ダンカンは相手に押し迫る。
それに驚き、剣を振ろうとするが遅いのなんの。
「ぐべっ!!」
咄嗟に突きをしようとしたがそれも遅い。
ダンカンの飛び膝蹴りの前に彼は地に堕ちた。
全体的に判断が甘くて剣筋もしっかりしていない、ただ突っ込んでくるしか考えられてない、なのに戦いへ参加するとは何事か。
「なにかあるな。」
アーマレントとの戦力差を覆せる何かが。
それがなければ革命なんて画策できた物ではないだろう、知っての通りデノム人は弱い、先程のは最弱の部類だとしても。
一方、オキュマスと言うと。
ダンカンから逃げおおせたかどうか判別つかない段階で。
「仕方なしだ。」
彼は特別な影を呼んだ。
すると大きな存在感を纏ってやって来た。
ダンカンは城から離れたある地点で立ち止まる。
最後にオキュマスを目撃したのはこの場所だったが、もしや逃したか、そう焦る気持ちはすぐに捨て去る事になる。
路地裏、黒い影がこちらを覗いていたのだ。
いつもと変わって影のままの姿で。
「闇討ちすらしないとは、事を焦ったな。」
ダンカンは魔導銃を引き抜いてタッンっと一発、音が鳴る。
発射物は思うがままに影を貫いて、霧散するそれから視線をはずした。
「種を知れば怖くない。」
あの影の正体が、純粋な魔力の塊であるが故の弱点。
術者の意志に応じて形を変えるなど、実に巧妙な魔術が込められてるようだが、聖石の前では意味を為さない木偶の坊。
ただのカカシですな。
圧勝、そんな言葉が良く似合う。
そうだ、弱点を突いて何事も無く処理した筈だった。
けれど彼は背後で蠢く物を感じ取る、背中を焼かれるような惨たらしい殺意が、戦場でもお目にかかれない見事な物が。
「まさか...。」
ダンカンは少し慌てて振り返ると。
あぁ、否定したいそれが視界へ堂々と入り込む。
元通りとなった影が一つ、無残に散ったのは嘘だとでも言うように、全身を脈打つように魔力が駆け巡る姿は、皮膚を失い彷徨う猛獣を思わせた。
...それは悪魔と呼ぶべきか。
「こんな物まで用意したのか! 革命王!!」
先程のデノム人から奪い取った剣を構えてみせた。
いままで握る事が無かった他人の剣はどうも違和感しか感じられない。
だが、やるしかない。
覚悟を決めた彼にどう思ったのだろうか。
不透明な体を震わせたかと思うと無数の顔がポツポツ浮かび上がる。
その中の大半は知る由もない人々の顔、これに交じってある友の顔があるではないか、ダットンの顔、私の幼馴染だ。
そこでダンカンは察したのだ。
「死人を材料に作ったのか。彼らの魂でアレを作ったのか。」
だとしたら何て酷い事を。
そこへ狙いすましたようにオキュマスの声が届いた。
「ご名答。ついでに言えば、聖石を撃ち込んだ時に誰かの魂が天にも地にも行けずに滅んだ。罪なことをしたな。」
その後、靴が地面を蹴る音がどこからかした。
それだけを伝えるためだけに留まってまで言う事なのだろうか。
いやいや十分な効果はあった、御覧の通りにダンカンは魔導銃を収め、かの怪物に向けて剣先を見せつけた。
もう一度、死なせるのは忍びないから。
「すぐにあの世へ行かせてやる。」
それは悪役の台詞だ。
でも、今回ばかりは英雄の言葉に足り得る。
「ダットン、今回はお前に負けない。」
その獣は嬉しそうに鳴いた。
これが攻撃の始まりとなったのだ。
なのに音がない、私の目の前では巨大な体格が地面を抉るようにして飛び跳ねたのに、静寂を保った最初の一撃。
「ぐっだ...。」
剣を通してこの化け物の体重がのしかかる。
プチプチ体の節々が潰れていくのを身に染ませて、このままでは死ぬ、ダンカンは魔法の籠手に魔力を積み込んだ。
そこからすぐに、恐ろしい暴風が地表を食い散らかさんと乗り出した。
だが化け物を殺すことなく地面に転がすだけに終わる。
そこで一瞬、剣を見た。
薄っすらと表面が凍結していた。
「...本当に現実の者か?」
ダンカンの体へ絡みつくように寒気が襲って来ていた。
何故なら、目で見えていると言うのに戦っている気が全くしない。
これを例えるならば、辺りに広がる空気に対して、足の速さを延々と競争する様なもの。
そうだ、アレは何も持っていない。
熱や、音も、存在感さえ、虚空だけが寄り添う存在。
あれは確かに魂を持ち触れて見えるがそこまで、何だ、生き物でも物質とも言えない出来損ないのあれの名前は。
ダンカンはわなわなと剣を持ち直した。
それだけでなく深呼吸も。
(落ち着きが何よりだ。)
私だって人の子、不安は当然付き纏う。
でもそれは、現在ばかりは邪魔にしかならない、だから剣と敵と自分、それだけに意識を尖らせて勝機を見出す。
敵は魔力の塊で、魔術によって体裁を成している。
魂を滅ばさずともこれを破壊すればいいだけ。
「さぁ、来い。」
その声に応答したか、化け物は地面を滑るように移動する。
ふざけているようで素早い動き、ダンカンは冷や汗を落とし、それを凍らせて、敵は憲兵を食い殺そうと襲い掛かった。
そこで彼は冷静を糧に、それを見極めた。
「全力で吹き飛べッ!」
左手の籠手から風とは思えぬ力が解き放たれた。
この激務に軽く暴走を引き起こしたが丁度良い、下手したら前方の家が潰れるが仕方ない、魔導の全力が開花する。
間近に受け止めた化け物は耐えられず、黒い靄となって空に舞う。
そして音も無く地に落ちた。
「あぁ...。」
ダンカンはそこで目撃するのだ。
黒い魔術石が、触手のような影を懸命に動かし、靄を搔き集めて元通りになろうともがく姿を複数も。
タッ-ン、そうして何度も響く銃声、ダンカンは丁寧に破壊していく。
今この時、彼に見逃しが生まれる余地は無かった。
「あっと言う間だったな。」
ダンカンは剣を捨て、銃をしまった。
彼は魔力を大量に消耗した対価として疲れていた、この後の事も考えずに使ったのだから当然、もしや革命王はこれが狙いだったのだろうか。
ならば十分に目的を達成してる。
「休憩をとる暇も無いのにな。」
けれど、体がそれを激しく求めていた。
片膝をついて呼吸を何度も、まだ動かないのか。
そう思った直後、物音がして、ダンカンがその方向へ振り向くと男が四~五人、私をじっくり静観していた。
揃いも揃って汚れた服装に棍棒を携えている。
「なぁ、あいつなのか。」
「そうだろ。おい、お前だろ、ダンカンっての。」
短い会話の後、お構いなしに駆け足で近寄って来る。
ダンカンは心臓が鼓動するのを聞き、捨てたばかりの剣に手を伸ばして握りしめる、今度は絶対に手を放さないと誓った。
だが、その必要は意外にも無かった。
「なんだこいつ!?」
一つの影が彼らを襲っていたのだ。
それに対して、不思議と焦ることが出来ないダンカン。
間も無くしてデノム人を倒した後、影はこちらを見た。
それでもダンカンは警戒するどころか思わず苦笑いしてしまう。
「良い所を持って行ったな。」
なぜならば、その影が誰かよく知っていたから。
親友の亡霊は頑張れと言ったつもりか、左腕を右手で二回叩く、そのアーマレント軍式の敬礼はとても印象深かった。
そして間もなく、身勝手に消えていく。
ダンカンはそれを泣いて笑ったあと、ようやく立ち上がった。




