31話 人の為
ギガスは深い目をしていた。
彼の一動で自分は死ぬ、そんな時にロストはギガスの目を見ていたのだ。
身体を見ていてもどうせ動きを捉えられないのだから、それよりも相手の目を見る事でほんの少しでも反攻の意志を大きく与えたいとの思いから。
「あぁ、餓鬼の癖してよう頑張ってる。日々進化してると言っても良い。だが今日でもう終わりだな。」
巨人はなにやら嬉しそうに言っていた。
それは季節の変わり目を楽しむ感情みたいな。
「終わりじゃない、自分が良しとするまでは。」
自分には帰るべき故郷がある。
そこへ戻るまでの命は何としても諦めない、その上で自分が助けたい人を守って生きていく、それが至上の生き方。
にしても気になる事がある。
「ところで今日はよく喋りますね。何かあるんです?」
ララの怪しむその問いに対して一言。
「自分で確かめろ。」
次の瞬間、ギガスは手の平を広げては空を握りしめた。
そこで終わらない、更に腕を振りかぶれば大気を揺れ動かす結果となり。
真っ赤な波動に包まれて、あってはならない事象を呼び込んだ。
「空間が割れたッ!?」
それは比喩でもなんでもなくて。
ギガスは空間を引き裂いた、紙を破るかのようにあっさりと、その隙間からは光を見通せない亜空間が広がっている。
ギギギギ...そこから聞こえる声、世界が痛みで泣いているようだ。
(かなり卑怯だ。)
ロストはそう思いながらスピットライフルを構えた。
銃身は真っすぐに巨人の足を狙っている、これが当たれば当然痺れて動けなくなるとの算段だったがしかし。
「いけ!」
ギガスは高らかに叫ぶ。
それに従ったのか空間の裂け目は無数に、でたらめに広がって行く。
あるものは沼を喰らい、あるものは地面を抉り、触れる物は全て破壊される異形の攻撃、その一つがロストの喉元へ走って向かう。
全身が凍えたように感じた一瞬。
「うわぁっ!?」
ズサッとロストは倒れてしまうが、辛うじて避けられた。
そんな自分の頭上で、大切な武器はバラバラに砕け散って降り注ぐ、一歩遅かったら肉片混じりの雨となっていただろう。
この恐ろしい攻撃は今をもって止んだ。
空間の裂け目は全て閉じていた。
今の内に、ロストは反撃できないかと自分の装備を考える。
スピットライフルの予備はあるにはあるが教会の中。
ナイフを懐に忍ばせているけど役に立ちそうにもない。
だったら何がある、僕には何がある。
悩む合間の沈黙に。
「もういい。」
聞き間違いではない、ギガスは確かにそう言った。
紅のたなびく体を動かして。
「片手で戦ってやるよ。少しはましになるだろ?」
この言葉の後で、次々に彼の発する魔力の気配が消え失せいく。
残ったのは強化魔法すらされていない肉体が、どうやら魔法を使わない純粋な戦いをしようと。
完全に遊んでいる。
「あぁ...。」
無性に腹が立つ。
「こんな事に...。」
時間を浪費してる暇は無いのに。
「こんなの...こんな...一人で勝手に戦ってろよ、このバカ!!」
すぐにロストはこの教会から、ネズミ地区から駆け出した。
なのに追っての影は一つも見せずに怪我人を取り逃す。
「ハァ...ハァ...何で追って来ないんだ。」
こんな疑問が湧くけれど、今は考えてる暇がない。
満身創痍であったがロストは生きている。
ならばそれで十分だろうと、目標に向かって進み行く。
収穫祭はもう始まろうとしていたからか、どの道にも今日を楽しもうと闊歩する人々の群れ、どうやら国王の祝辞を聞きに行こうと沸いていた。
(不味いぞ。)
完全に出遅れた事に焦りを覚える。
ロストは革命軍の拠点のある辺りの、その上空を目を張って眺めた。
そこで最近エルモさんと話した内容を一つ一つ、頭の中でラジカセみたく再生していくと、ララの顔は罪悪感が募り始める。
「すぐにそっちへ向かいます。」
一度、目を力強く閉じた。
エルモは祭りの空気から一歩離れて地面に立つ。
そんな姿でも立派な画材になりそうだ。
「...ララさん、無事でいてください。」
まさか逃げるとは思えない、だから何かがあったのは事実だろう。
彼女は昨日の、ロストとの会話を思い浮かべて胸を押さえた、昨日の夜に言ってくれたあの言葉を抱くように。
「エルモさん、どうか革命軍を止める為に手伝ってくれませんか。」
その時に、私は頷いた。
「自分を信じてくれるなら、首謀者はデノム人を私欲の為に利用していた。ずっと傍で見て来たから言える確かな事なんだ。」
何をすれば良いでしょうか?
エルモがそう聞いた時、彼はこう言った。
「...デノム人を恨まないでください。」
「そして彼らに家を与えて欲しい。安心出来るような故郷を、皆それを夢見て生きている。子供も、老人も、全員が。」
まるで自分もその一員だと言いそうな口調。
とても実現しそうに無い話だがどうしてだろう。
私は笑顔で彼の手を取って、その望みを助けると答えてみせた、それが昨夜に起こった一連の流れなのである。
「私も頑張れてましたか。」
その後で、エルモは自分の父親に相談したのだ。
そしたら最初は渋っていたが、最後にお父様はこう答えた。
「良いだろう、私から大司教様に頼んでみる。無魔人達を保護するように言ってみよう。だからもう眠ろう。」
真夜中な事もあってか凄く疲れ果てた顔だった。
これは長時間の説得が功を成した瞬間でもある。
そして順調にも今日の早朝から大司教様もこの一件を了承してくれたので、あとはもう今日を乗り越えれば良いだけ。
こうやってエルモが思いを馳せる時、ロストの足は止まっていた。
カーラス地区のとある路地裏。
ララが近道として踏み入れたこの場所、そこで出会うは機械の悪魔とその生み親である彼女。
どうしようもなく体が震えて。
「どうして僕の目の前にいるんです。その魔導ゴーレムを連れて来るのをオキュマスさんは許したんですか!?」
ロストの叫びは虚しく届かず空へ消えた。
この日の為に産まれて来た、魔導ゴーレムは怪しくモノアイを光らせて、ロスト・ララの目の前に立ち塞がって譲らない。
理解できないこの事態、作戦の要だと思っていたゴーレムが僕を殺しにやって来るとか。
その後ろ、愉快な声でアリスは言った。
「ありがとうね、ギガスちゃん。」
(何のことだ。)
そう思ってるとロストの体に猛火が襲った。
それはゴーレムから放射された炎の柱、これは彼の皮膚を焼き尽くし、じっくり肉を蝕んで離さない。
「なっわああぁぁッ―――!!」
ロストはそうなる前に火の群がる上着を捨てた。
素早い判断で軽傷で済んだが、それでも火傷した箇所がヒリヒリと後から後から追いかけている。
「フハハッ...。」
アリスはそれを見て不気味にも笑っていた。
これの何が楽しいと唇を噛む、だがそんな思いは更なる追撃に阻まれる、強力な鉄拳がロストの鼻先に突き付けられたのだ。
死の気配が身近に感じる、次から次へと弛まない攻撃の連鎖。
疲れ知らずの猛攻。
どれもこれも敢えてロストの避けれるギリギリを狙った一撃だ。
それは明確に、より疲れるようにロストは導かれていた。
「もうやめてくれ!」
「なんで?」
ゴーレムの攻撃が止む。
「そんなの決まっている...僕が死ぬから。」
息絶え絶えにそう言うと。
「死んでいいじゃない?」
彼女は顔を歪ませてはっきり答えた。
安定しない脆い声は、ロストが悪いと言いたげだ。
「むしろどうして生きてるの、自分の為じゃない誰かの為に。普通に気持ち悪いよ。」
「あっ、馬鹿かな? 馬鹿なのかな? もしかして気持ち良くなりたい偽善者かぁ。なるほど、だったら死んで、不快だから、私の為にここで死ね。」
彼女は心の底から怒りを声に纏わせる。
自分からしたら怒られる筋合いなんてこれぽっちも存在しないが、ゴーレムはアリスに味方した、力強い攻撃が頬を掠めてた。
今度のはララを殺しにかかった一発目。
ロスト・ララはただの子供だ、鉄の戦士に為す術なし。
それは何回目の攻撃だったのかロストはやがて倒れ伏していて、その時の記憶をどうも思い返せずに呼吸を繰り返している。
何が原因で倒れたのか、痛覚もよく分からないでいる不思議な状態。
自分が何者かさえ忘れかけてた。
「正義ぶった結果がこれか、随分な醜態を晒すんだねぇ。」
笑われたが反論する気力も無い。
そもそも体が動かない、元々そうであったかのように。
ボロ雑巾みたいなララを見てどう思ったのかアリスは苛ついていた、まだ足りない、そんな境地があふれ出しているようだ。
「死んでくれれば文句は無いと思ってたけど、どうも違ったわ。」
アリスは頭を抱えて本気で悩み始めた。
どんな風に苦しめてやろうか、どんな顔をさせてやろうか、どうしてそんな事に本気になれるのか自分には想像すら出来ずにいる。
やがて顔を明るく開かせるとこう言い始めた。
「君が見つけられなかった孤児の一人、会いたくない?」
きっとジェドのこと。
彼はまだ生きているのかさえハッキリしない状況、だが生きているとロストは心の底から信じていた、甘い幻想だと言われようともだ。
そんな希望も刹那。
「ほら、ここにいるよ。」
アリスは見せて来た。
ジェドの生首を。
「お゛前はあ゛あ゛あああああぁぁぁッッっっーーー!!!」
そんなに苦しむ顔を見たいのか!
お前はどこまで性根が腐ってる、どんなに!
アリスと僕の機嫌は反比例するらしい、彼女はエメラルド色の瞳を大きく広がせてご満悦の様子で言ったのだ。
「そんなにこれ大事だったのか、ビックリ。」
アリスはそう言うと地面に生首を投げ捨てた。
すると、生首は黒い靄となって地面に沈む。
「まぁ、まぁ、落ち着いて。これ偽物だから、それとも本物が良かった?」
それは魔法なのか。
どうにしろロストは彼女を睨んだ。
「クフフフ、最後に殺してあげるからよく見てろ。お前が守ろうとしてる人間がどれほど薄汚れているか、しっかりとね。」
それを最後の言葉にして彼女は去った。
ロストを遮る者はもういない、だがギガスに与えられたダメージも相まって立ち上がれないでいる、血の気も少し薄れていて危険だ。
どう足掻いても僕は勇者じゃないし、ましてや英雄でも無い。
だからここで寝てしまっても咎める者は誰も居ない。
「でも僕だから。」
立ち上がる義務がある。
「全身が痛いや...まずは治療からか。」
ふと彼女の通った道を眺めて、ロストは口にした。
「アリスさん、僕は偽善者じゃない。だって正義なんて興味の欠片も無いんだ、そこらの人々を助けてるので精一杯だからさ。」
それが彼を動かした原動力。
理解される事の無いであろう信念。
ロスト・ララの戦いはまだまだ続く...




