25話 本質的な孤独
とある日のこと、ネズミ地区の教会にて金属音が鳴り響く。
金槌に叩かれて釘の悲鳴がトンチンカン。
「よし出来た!」
ロスト・ララはこの出来栄えに胸を張る。
「これなら誰も通れまい。」
彼の目線の先には例の隠し通路。ある日見つけた嫌な場所。いまや木板で封鎖済み、これでもう誰もうっかり行ってしまうことはない。
昨夜から続いた工事もこれにて一件落着。
そうやって安堵している所に周りから哀れみの念が注がれる。
(そりゃ、傍から見ればただの壁だからねッ!!)
ただし、これは本当に一時的な予防策。
いつまでもこうする事が出来ないのは自明の理。中のモノはいずれ腐るし、それを用意した人が来ないとも、孤児達が板を剥がさないとも限らない。
だが、それは後々に考えることにしたようで。
彼は工具を片付けて辺りを掃除した。
仕事を終えて新鮮な空気を肺に取り入れ吐き出した。
すると、何処にも無いのにレモンティーの香り。
思わず肩の力が抜けて宙ぶらりん。気怠さを振り払わねば動かせない。
ここでやっと自分が疲れていることに気が付いた。笑えない事に痛みも感じている。それでも、これが普段よりも平凡な内に入る。
「違う。」
いまさら平凡であろうとした現状が今なんだ。正義に目覚めた死刑囚みたいな。逃れられないものから逃げようとしているだけだ。
だって、あの死体は――――――。
「やっぱり、言えないなぁ...。」
彼には誰が犯人なのかすぐに察しが付いた。
でも本当にそうなのか聞けない。聞きたくない。アリスさんは簡単に答えてくれるだろうけど、その先はどうすれば良いのだろうか。
そうだ、何も分からない。何も分からずに僕は何かをやろうとしている。
(いつもだ。)
例えばそう、魔力操作の練習とか。
「リックさん元気かな。高純度の魔石を忘れているけど。」
ロスト・ララは自らの行いに迷いが出ていた。かつて決意したデノム人達の行く末を手助けしたい気持ちは今もあれど、行方不明になっていた。
どうすれば助けになるのかよく分からなくなっていた。
しかも、そればかりではない。生きるだけでも大変なのに、地球帰還や孤児の救済、勝手にとは言えども背負ったものが多過ぎて潰れそう。
こうも場が鬱屈としていた所に彼女は突如として現れた。
太陽に見守られながら扉を開けました。
「おっはようございます、ララさん!!!」
素敵な笑顔につられてララも笑った。
「エルモさん、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
けれど、疲労の所為か産業廃棄物みたいな笑顔にしかならない。
それどころか今にも倒れそうな程にうつらうつらと。
一方で、エルモはクルクル回って髪を嬉しそうに躍らせた。今日の彼女はいつもの宗教的な白い服装から一変して、裾や袖が短く動きやすい作業服へ。
ギャップ萌えを狙っていたのに相手が残念でした。
「えぇ、それはもう! あっ!! え???」
会話の途中で彼女はギョッと驚く。
「指が腫れていますよ?!! 大丈夫ですか!??」
「えっ、そうなんですか?」
ロストは自らの手を確認すると左手人差し指に炎症を見つけた。奇妙なぐらいに赤黒く膨れており、少なくない出血もしてはいたが、痛くな~い。
試しにグーパーと開閉運動をするも、痛くな~い。
大丈夫だ。慌てふためく彼女を面白可笑しく思いながら今度は直接触れてみた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァ!!!!!!」
怒涛の勢いで畳み掛けてきた。患部から全身へと鳥肌が走り抜き、寒いのか暑いのか自律神経の暴走、これに加えて肘から先が麻痺してきた。
目が覚めた。いや、眠気が寝込んだ。
「い、い、い、いつの間にか怪我していたみたいです。多分、金槌で指を。」
同意するかのように手が痙攣。
「相当な重症ですよ。よく見ると目の下が凄いですね。さては寝てませんな。」
そこでエルモは鈍く睨んでロストが竦む。
「どうして自分を大切にしないですか。もう怒りました、貴方には就寝刑を言い渡します。」
そう言った後にララを教会の奥に連れ込んだ。べッドを探して、見つけて、健全に押し込もうとした所で彼はちょっとだけ抵抗を露わにした。
では、被告人による自己弁護をどうぞ。
「しかし、裁判官。孤児の朝ごはんとかの準備がっ...。」
「安心してください、私がやり遂げますっ!」
彼女が言うなら間違いないとロスト・ララは横になった。肌触りの悪い布を体に乗せて、あっという間に何処とも分からない深い闇に沈み込む。
よっぽど疲れていたようだ。おやすみなさい。
そして懐かしい夢を見た。地球で家族と一緒に食卓を囲む夢、待て、ちょっと違う、そこにはエルモの姿も入り込んでいた。
「これとっても美味しいですね。〇〇さん。」
夢だからか違和感は感じない。
疑いようもなく家族の一員だった。
この世界、魔法を使えば大抵何でも出来る。飛翔に爆発なんでもござれ、自らの死後に敵を討つことであっても努力と才能さえあれば手が届く。
魔法とは願いを叶える力である。魔法使いとは夢を見る者達である。
世界が許す限り何処までも行ける超常技術なのだ。
それが大きな罠だった。魔法というのは万能であっても全能ではない。最期まで、人々は可能性を捨てられずに手を伸ばすのだから。
「良し!」
エルモはララの手の甲に触れて目を閉じる。
そうすることで可能性に手を伸ばす。どんな努力も才能なくしては前進はなく、どんな才能も努力なしには開花せず。やってみないと分からない。
どうやら、その二つを彼女は持ち合わせていたようだ。
目を開けた時、彼女の腕は優しい魔力を掴んでいた。
だがそこまで、魔法には至らなかった。魔力は単なる動力です。それ以上のことを行うには知識が足りませんでした。
でも、それは彼女にとって些細な事らしい。
「海洋神ポポネオテよ。どうか、彼から痛みを連れ去ってください。」
ただただ祈る。
するとどうだ。ロストの寝顔が少しだけ和らいだように見える。
本当に僅かな変化であったが彼女は満足した。
「よかった。」
彼女はホッと胸を撫で下ろす。そして、ちょっと大げさ過ぎたかなと頬を真っ赤にするが、それでいいやと頷いた。
「さーてと、子供の様子を見に行きますか。」
エルモ様は彼を背にして今日も進む。
朝食時、孤児達は驚きながら目をパチクリとしていた。
見知らぬ美少女の用意したご馳走を見て。
皆が躊躇う中で、たった一人が恐る恐る口へ運ぶ。
「こっ、これっ!」
目に輝きが灯る。
「美味しいッ!? とっても美味しい!!」
美味しい料理に引き出された歓喜の声。これが引き金となって「俺も!」「私も!」の大合唱、一人また一人と食事に手を付けて腹を満たす。
だが、ここで悲劇が起こる。需要と供給のミスマッチ。
これを察知した子供らによっておかわり争奪戦が始まった。
他者よりも素早く食べて素早く次を皿に注ぐ、暴力沙汰にならなかったのはなによりだが、こんな様子なので鍋はすぐにすっからかん。
エルモはあまりの食べっぷりに目を丸くする。
「凄いです......。」
そこへ女の子が申し訳なさそうにやってきて、お皿を差し出しました。
「ごめん、お姉さん...。私、まだお腹が空いているの。」
どうやら奪い合いに負けたようだ。
「良いんですよ。お腹いっぱい食べましょうね。」
エルモはそれ受け取って自分のものを分け与える。
「ありがとう!」
そうして孤児達と仲良く食べた後のこと。
(ふんふん、美味しい食事でした。これも神の思し召し。)
この後は何をしようかとエルモは悩んだ。親睦を深めるのにどうしようか、遊んでみようか、ならどんな事をしようかな。
お昼寝、運動、おままごと。
そこで妙案がふと浮かんだ。
(仲良くなるのに読書はどうでしょう。私ならあの図書館から借りて来れますし。それならば、いつものあれを借りてきて...。)
この目論見は大成功した。本を持って椅子に座っただけで、子供達は目を輝かせ、興味津々に耳を澄ませているではないか。
ふふん、エルモは得意げに鼻を鳴らす。
(みんな良い子ですねぇ。)
超不幸な先人の苦労が分からずに事が進む。こうなれば彼が特別子供に嫌われているとしか思えないでいた。
まぁ、実際の原因はジェドであるが。
それはさておき、楽しい読書の始まり始まり。
「昔々、あるところにユーマと名の男が教会にやってきました。」
それが世間的に陳腐であっても彼らには新鮮に映り込む。
なんたって彼らにとっては人生初めて。恐れる必要のない声に導かれて、記憶にない扉の先、進もうと言うのだからワクワクとするのは当然だ。
その様子を見てエルモの声にはついつい力が入る。
「彼は神父様に尋ねました。困ったことはありませんかと。」
して、その内容とは勇者と魔王が戦う話。それは遥か昔にあったとされる事実で、幾つかの宗教で重要な立ち位置を得ている由緒正しき物語。
勇者の名はユーマ、有魔人の心の祖にして全人類の英雄である。
魔王の方は人類と相対する種族の長、あるいは個人。いっぱいいる。
全六巻、どれも勇者ユーマが人々の悩みを解決しながら旅をして、果てには悩みの大本である魔王をボコボコにする流れ。
「司祭は言いました。貴方こそが真の英雄だと。」
それと、読み手にも言い聞かせるような奇妙な印象を与えてくれる。
(ララさんも興味ありそうですね。)
この世界では古来より勇者と呼ばれずとも英雄達が魔王と戦ってきた。
いずれの時代も英雄が最後に立っていた。勝利を叫んだ。
でもそれが彼女にとっては腑に落ちない部分でもあった。
「はい、今日はここでお終いです。また明日に音読しましょうね。」
パタンと音を立てて終わりを告げると。
ただ楽しかったと喜ぶ声が彼女に届く。
(これは正真正銘の大成功と言う訳ですな。)
エルモが意気揚々としている所に質問が舞い込んだ。
「ねぇ、なんで勇者は強いの?」
これを嬉しく思いながら彼女は答える。
「それはですね!! 勇者には魔を追い払う力が備わっているんですよ。だから、どんな悪者もいちころなんです。」
そこに更なる質問の追撃。
「では、小鬼の魔王グルウルがユーマの技を受け止めたのはどうなんでしょう。いくら序盤の大技とはいえ情けない結果です。」
「これを切っ掛けに勇者が新技の習得を決意しましたけど...。」
うんうんと頷きながら論表しているのはロスト・ララ。
(なにしてるんでしょう?)
いつからか日を追うごとに逞しくなっているとエルモは思っていたが、今回を以ってようやく確信する。気の所為でした。
むしろ弱々しい、覇気が無いといった様子なのだ。
「やぁやぁ、ララさん。まだ寝ていた方が良いですよ。その間の事は私が全部完璧にこなしてみせますから。その時にまた驚かせてみせます。」
彼女の彼を困らせたくなくて発した言葉。
でも何故だろう。それが逆効果のようだった。
「それは頼もしいですね...。」
ララの表情が暗いのは決して蝋燭が消えそうだからではない。
エルモは思った。何を困っているか構わず言って欲しい、この前みたいに頼ってくれても良いですから。なんて、そうはなってくれない。
二人は肌が痛くなるような空虚な時間を確かに感じた。
「ねぇ。」
それに終りを告げたのは毛むくじゃらな頭をした一人の孤児だ。
何だろう。孤児は手に持っていた物をララの前に突き出して。
「知らないお姉ちゃんからお前にって。」
そうやって手渡されたのは一つの小瓶。謎の紫色の液体が詰めらており、ラベルはなし、それ以外は特段変わった様子はない。
だが、彼の直感だけはそれが危険物だと囁く。
「それと裏切り者だってさ。」
まばたきをすると、瞼の裏には悪魔がにっこり笑っていた。
どうしてそんなに楽し気なんだろうか。
「エルモさん、迷惑かけてごめんなさい。」
ララが無意識に出した言葉を彼女は返した。
「貴方なら構いませんよ。」
今日はもう夜が近い。




