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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
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23話 聖職者の娘


 カーラス地区で大きな変化。誰のお陰なのかと問われれば不幸な地球人が、彼の行った下手くそなりの努力は意外な形で良好な変化を(もたら)していた。

 例えば、奇妙な縁による池の水質改善や孤児絡みの犯罪減少に伴うあれこれ。

 だが、根本的に良くなった訳じゃなし。

 あと一歩が足りない男、それがロスト・ララだ。


 教会にて、響いた足音に子供らはざわめく。


 「また誰かを連れてきたのかよ。よくもまぁ、懲りないね。」


 「オレさ、前に猫抱えて泣いてたのを見たことあんだけど...。」


 「もう、バカだろ。悪魔に知性を食べられたとかじゃなきゃ信じられねぇ。」


 非難一色、エルモ様はララに顔を向けて苦笑い。

 絶妙な顔付きで彼女は言った。


 「一人かと思ったら沢山いたんですね。あと、泣いていませんか?」


 「えっ、泣いでまぜんよ?」


 ちょっと目が濡れているだけですと心の内で彼思う。

 精神が強いんだか弱いんだか訳分からん。

 そんな男の意地にエルモ様は微笑みを浮かばせられましたが、予想よりも人数が多い、それからこの事態について考え始めました。


 (困った人ですね。誰だって出来るわけじゃないのに、これほどの人数を本気で悩み助けようとするなんて...。)


 「素敵ですけれども。やっぱりお馬鹿さん。」


 やれやれとするエルモにロストは猫を抱えて撫でて現実逃避。


 「それってどう受け取っていいか分からにゃい。」


 「もちろん、貴方が好きってことです。」


 彼女は時間差で顔を赤らめつつ。


 「あっ、えーっと、友達としてですよ...?」


 語尾を強調しながら放った言葉。それをララは指摘する事がなんとなく(はばか)られて、そっと笑顔を返すに留める。

 ただし、頭の中ではこんな事を思っていた。


 (大親友の間違いでは?)


 やっぱ、こいつ駄目だわ。


 「おいッ!!!」


 ここでドンッと床が踏み鳴らされた。

 発生源には奴がいる。吊り目、黒髪、痩せ型、聞き出せずにいたので氏名不詳、予想だけれども11歳、ララの持つ情報はこれにて終了。

 殺意を振り撒く極悪フェイスでご登場。

 この前、金平糖を粉微塵にしたのはコイツです。


 「ララさん、随分と見境ないですね。」


 彼女に言われてしみじみと。


 「そうですね。最初に出会った時は随分と大人しかったのですが、次第に元気を取り戻してあのようになりました...。」


 あの時の光景を思い出すが。今や、違う。孤児というよりも虎児、身に纏う風格は肉食獣のそれである。

 この転身の速さに対して彼の考えはこうだ。

 そうだ、今までを自力で生きてきた筈で、そこを僕が身勝手にも助けてしまったのだから尊厳はズタズタだろう。たぶん。

 だとすれば当たり前の反発じゃないのか。


 「無視してんじゃねぇッ!!!」


 こう考えてる間もワザとらしく音を立てながら近づくアイツ。

 精神を逆撫でしないようにララは答えた。


 「分かった。それで僕はどうすればいい。」


 少し作為的な言い方だったかと固唾を呑む。


 「ここから消え去れ。」 


 即座にロストは目線の動きでエルモにSOSを送る。

 すると彼女は策ありといった様子の目配せ。

 これを見て取り、彼は要求通りにこの場を去ることにした。


 後に残るはエルモと孤児達と利かん防。


 「...そこの女...修道士なのか?」


 奴は稀代の変人に連れてこられた彼女のことも訝しむ。


 「えぇ、そうです。」


 エルモは愛らしい笑顔でこう言った。


 「ですが、私の名前は修道士ましてや女でもありません。」


 「エルモと言います。貴方にも素敵な名があるのでしょう? ぜひ、エルモにもその名前で呼ばせて下さい!!」


 その時、孤児達は人の顔が溶けた鉄のようになれると知った。もしも、吟遊詩人が居合わせていたならば夕日に例えていたことだろう。

 こんな彼を「ちょろい」とは言ってはなりません。

 なんたって、可愛さと包容力を併せ持った強気なお姉さんの強襲だ。


 「...ジェドだよ。分かったらお前もどっかに行けよ。」


 「はい、ジェドさん! また会いましょう!」


 これを聞いてエルモは満足そうに教会からご退場。

 で、あの人は何処に。裏手はどうだ。そこにてようやく彼女は教会の中を窓越しに伺っているロストの姿を見つけました。

 この鈍感野郎は何やら呟いている。


 「目測、摂氏38度5分。体温にしては少々高め、風邪が心配される。」


 エルモ様が隣で見つめているのにも関わらずにだ。

 肝心の本人は気付く様子もなく、しかも日本語による発音の為に現地人的には意味不明なぶつくさ。挙動不審とは正にこのこと。

 この有様を彼女は傍で屈んで観察することにしたようだ。

 しばらくした頃に――――――。


 「ん、なんだこのデジャブは?」


 ゆっくりとララが振り返れば。


 「やっと気付いてくれましたねぇー。」


 決意の溢れた凛々しい瞳。状況を考えるに何とも恥ずかしい事態。

 ネットでの性癖暴露と比べたらどうでしょう。

 それを隠してくれるような輝かしい笑顔でエルモは言った。


 「あの怒りん坊さんはジェドさんと言うらしいですよ。」


 「凄いですね。初対面で名前を引き出すとは尊敬します。」


 そこでロスト・ララは予兆もなく項垂れた。

 先程の件が効いたのはそうだけど、そうじゃない。


 「あの、エルモさん。急な話でごめんなさい。」


 「実は、いつか僕はアーマレントを離れて故郷に帰ろうと思ってるのですが、この通りに孤児達のお世話をしています。」


 「その時までに僕の代わりを見つけようと思っていまして...。」


 なんとなく情けないとは思う。


 「ここは元を辿ると教会の土地。なので、エルモさんの伝手で教会関係者を、えっと、ピッタリな人を紹介して欲しくて。」


 「その、どうでしょう...?」


 目を閉じて返事を待つ。


 この合間、彼の心情は穏やかなんてものじゃない。

 喋っている時でさえ言葉を綴るのがやっと。

 嫌われてしまう覚悟で言った。なにせ、勝手に始めた孤児の世話を誰かに押し付けてしまう訳なのだから無責任と言われても否定しようがない。

 だが、彼女は呆れでも怒りでもなく。


 「いま、ララさんは何歳ですか?」


 意図が分からずも彼は答えた。


 「...14歳です。」 


 すると、彼女は言った。


 「ふふーん、なんと私は15歳です。つまり私の方がお姉さんなんですから、このエルモ様よりも立派になろうとするのは許しません。拒否します。」


 「なので、遠慮なく相談しに来てくださいね!」


 ララは言葉に出来ない感謝を知った。


 (本当に凄い人だ。敵わない。)


 それからのこと、エルモは宿屋に用事があるということで別行動。一方で、遠退く影に取り残されたララは世界の色が変わっていく感覚に沈黙していた。

 だが、喪失感とは違う。また恋ですらない。

 名前の分からないこの事象にモヤモヤする。

 こうやって呆然とする彼の足元に子猫が訪ねてきました。


 「ミャウ。」


 黒縁猫は二本の尻尾をララの脚に器用に絡ませて彼の注意を引き。

 不意に走り始めた。と思いきや、立ち止まって振り返る。

 これをララは忙しない動作で「着いて来い」と主張しているように感じて、後ろを付いて行けば教会の通路のところ。


 「ここ? 何もないけど。」


 ようこそ終着点。猫は近場の壁を引っ掻いた。


 「あにゃたは猫だけど、ここ掘れワンワンってことかな?」


 くだらない事を言いつつ壁に体重を預けると。


 「うわっ!」


 すると、壁が無くなった。一瞬の浮遊感、次に出たのは焦燥感、何も分からず数度の衝撃を背中で受け止め、ガタンゴトン、ボールみたいに階段を跳ね落ちる。

 痛覚共々、平衡感覚が滅茶苦茶だ。

 そこから先は苦痛に潰れて意識が深みへ。


 (あれ、今日の晩御飯は?)


 再起動、目覚めたてはこんなもの。短期的な記憶喪失の状態で、ボーっと呑気な事を考えながら、無意識の内に自分の頭を片手で押さえていた。

 次に、ロストは何かを思い出せない事に気が付いた。 


 「いつから僕は寝ていた?」


 手に纏わりつく血痕を見ても分からない。

 この後、彼は光の降り注ぐ階段の上に心配そうな子猫の姿を見つけて、ようやく全てを思い出す。ついでに痛みが身を焦がす。

 納得の痛みだ。無防備に階段から転げ落ちたんだ。

 安全確認の為、すぐさま周囲を見回せば。


 暗闇に慣れた目が真実を捉える。


 階段の行きつく先次第では死んでいた。

 欠けていた記憶の最期の最後、遅れて再生、全身で感じた気味悪い触感が柔らかく自身の窮地を救っていたことを。


 「ぅあ。」


 どうやら、ここは一種の地獄であるようだ。無残に散らばる死体の山、それよりも酷い現実がいとも簡単に転がっていた。

 それら全てが上手く継ぎ接ぎされた妙な遺体。

 幾つかを寄り集めて作った加工品。


 掻き混ぜられた脳みそを口から吐き出そうとして駄目だった。


 彼は碌でもない何かが起きていることを否が応でも知る。

 ここがどんな世界なのか。身勝手で横暴かつ不条理、無秩序に振るわれる暴力、それらがどれほど身近に潜んでいたかなんて。

 これは憎たらしい神からの警告だと思わざる得ない。


 そんな物は存在していても知りたくなんて無かったのに。


 「平和に生きたいだけなのに。」


 以前よりも地球は遠くに感じていた。


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