〔8〕
街中を、色とりどりの電飾が飾り立てている。気付けばもう、十二月に入っているのだ。
あちこちで流れるクリスマスソング。購買意欲を誘う広告。溢れる色彩、赤、白、緑。
自家用車の窓から、神崎はぼんやり外を眺めていた。
クリスマスを十日後に控えた今日の合コンで、本番の相手を決めようと意気込む女の子達。その中に入らずに済んだことは幸いだったが、毎年仕事でクリスマスや正月を過ごすのが、そろそろ寂しくなってきたのも確かだ。
自分が送ってきた女の子達が、会場であるレストラン入り口に消える姿を見送って神崎は、車寄せからハンドルを切った。
その時、車の前を見覚えのある姿が横切る。
「あ、早川」
神崎の車に気付いた早川が、立ち止まった。
「神崎さん、参加するんじゃなかったんですか?」
「いや、俺は……仕事があるから断ったんだ」
人数に、入っていないとは言えない。
「私もルミちゃんに頼まれてきたんですが、終わってない書類仕事を思い出して……。ちょっと待っててもらえますか?」
神崎が了解すると、早川は携帯で合コン参加女子を仕切っている交通課の片桐留美香に断りの連絡を取った。
「今、断りましたから……すみませんが署まで乗せてってもらえませんか?」
「それは構わないけど……いいのかい?」
「いいんですよ、どうせ私が行っても浮いちゃいます。ルミちゃん、クリスマスまでに彼氏をつくるって意気込んでて、つい付き合う羽目になっただけなんです」
早川が、交通課の婦警達と付き合いがあるとは以外だった。
「あっ、そうだ。今、ついでですから渡しておきますね」
助手席に座った早川は、小さな紙袋を神崎に手渡す。
「神崎さんのカップ、底にヒビが入ってました。もしデスクで割れたら悲惨ですよ。これ、安物ですけど良かったら使ってください」
中には、手頃な大きさのマグカップの入った箱がある。
「えっ、ああ、有り難う……」
「濱田さんの湯飲みも縁が欠けてるから洗うとき危ないんですけどね、娘さんが修学旅行で買ってきてくれた物だからって、絶対に取り替えてくれないんですよ」
「じゃあ、何時もカップを片付けてくれてるの、君だったんだ?」
「あら、知らなかったんですか?」
早川が、笑った。そうか、職場でなければ彼女も笑うのだ。
「そうだ……署に戻る前に、何処かで飯でも食っていかないか? 気の利いた店は、知らないんだけど」
神崎の誘いに、早川は首を傾けた。
「私は縄のれんでも、赤提灯でも、屋台のラーメンでも構いませんよ? 濱田さんの誘いに乗らないのは、あの人が直ぐに『結婚しろ、相手を俺が捜してやる』って言うからです」
漂う破線の一つが、ふわりと目の前に落ちてきた気がした。
神崎は笑って、車を発進させる。
マグカップのお礼に『ラ・クレマンティーヌ』のケーキを買うべきか、それとも居酒屋に誘うべきかと考えながら……。
【終わり】
「宙の破線(「叢雲」番外・神崎刑事 編)」最後まで読んでいただき、ありがとうございました。「叢雲・青龍編」の番外になりますが、以外とPVがあり驚いています。真面目で正義感の強い神崎くん。第三部にも出番を用意していますので、よろしくお願いします。
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