〔3〕
容疑者の名前や住所がわかっても、本人を確保できる可能性は低い。逃走先、潜伏先を探すのが刑事の仕事だ。
移動中、無口な早川は神崎の話に「ええ」「はあ」などという曖昧な返事しか返さなかった。生真面目なのは良いが、もう少し愛想がないものか。さらに本件では、ことさら口数が少なかった。
「ペットショップには、飼い犬の餌とか買いに行くのかい?」
この辺りが例のケーキ屋の近くだと気付いて、神崎が声をかけた。
「……捜査には関係ありませんよ」
聞いてはまずいことなのか? 彼女の返事に所在なさそうな神崎に、自らの態度を思い直したのか早川は態度を和らげた。
「実家に犬と猫がいます。私は待機寮で、ハムスターを飼ってるんですよ」
「へえ、動物が好きなんだな」
「……そうですね」
あまり、嬉しくはなさそうだ。気まずさを取り繕うために神崎は、話題を探す。
「あっ、そうだ……俺の実家には九官鳥がいてね。もともと一番上の兄が飼っていたんだけど、転勤があったときに預かって、そのままなんだ。結構、よくしゃべるんだよ……兄がイタズラで教えたんだけどね」
早川の表情が、少し興味深そうになる。
「カンザキクン! ジケンダ!」
九官鳥の口まねで神崎が言うと、早川が初めて笑った。
美人と言うほどではないが、笑うと結構いいな、と神崎は少し驚く。そう言えば早川が捜査一課に来てから一年以上経つが、笑った顔を見たことがない。
「その九官鳥、名前はなんて言うんですか?」
「ダミアン。何かの映画から取ったらしいんだ」
「一度、声を聞いてみたいですね。神崎さんの口まねでなくて」
「今度、紹介するよ」
ぴりぴりした空気が少し和んで、正直、神崎はほっとした。
容疑者の一人を確保して署に戻ると、濱田に取り調べを頼み神崎は書類の作成に向かった。
取調室に連行していったのは早川だが、どうもいつもより厳しい態度に感じるのは、かつて少年課に居たためか?
この容疑者は、十八歳の少年だった。
地道で、根気強い聞き込みが早川の定評である。しかし今回に限って、根強い怒りが感じられるのは何故だろう。
パソコンのモニターを、ぼんやり眺めながら考え事をしていると後ろから聞き慣れない女の声で名前を呼ばれた。
「神崎さんっ! 濱田さんから聞きましたよ。エリート商社マンと合コンのお話があるそうですねっ!」
「えっ、あぁ、まあ……」
交通課の若い婦警、片桐留美香が神崎の顔を覗き込む。
「俺の兄が出版大手のM社に勤めているんだけど、そこの独身男性数人と一緒に食事の場を設けたいって言うんだよ。無理ならいいんだ、直ぐに断れるから」
「何人、行けるんですか? 希望年齢層は? そちらの人数と、年齢、出来れば写真付きでお願いします」
別の声に振り返ると、片桐の後ろに女の子が二人増えている。神崎は思わず身を引いた。
「詳しいことは、追って連絡するよ。相手の情報もメールで貰っておくから……俺は取り敢えず仕事に戻りたいんだけど」
「わかりました、連絡待ってますね。あ、それから神崎さんは参加予定なんですか?」
「多分……人数によると思うけど」
参加したくないのは山々だが、どうも神崎は昔から長兄に逆らえないところがあった。
三人の婦警は、くすくす笑いながら神崎を伺い見る。
「神崎さん、女の子より男の子が好きなんじゃないかって噂されてたんですよ?」
「はあっ?」
思わず素っ頓狂な声をあげて神崎は、慌てて口をふさぎ辺りを見回した。
「数日前、色の白い、すごく綺麗な男の子と館山のコーヒーショップに居たでしょっ? あたしの実家、そっちなんです!」
多分それは、秋本遼くんだ。
叢雲学園の事件絡みで館山を訪れたとき、濱田が田村さんと釣具屋に行ってしまったので、一時間以上の時間つぶしに付き合ってくれたのだ。
「私が見たのは、ちょっと野性的な感じのする背の高い子でしたよ? スポーツマンタイプで、カッコよかったな。大学病院の駐車場でした」
篠宮優樹くんの母親を、見舞ったときか……。
「あたしはねぇ……」
これ以上、つまらない詮索に付き合ってはいられない。
「勘弁してくれ、まだあるのかい? どれも叢雲学園の事件で関係してた子達だよ。立件のために会ってただけだ」
「なあんだ、そうなんですか!」
「あたりまえだっ!」
三人は顔を見合わせ、イタズラっぽく笑う。
「ちょっと、からかっただけですよ。神崎さん、真面目で付き合い悪いんだもの。合コン、楽しみにしてますから、よろしくお願いしますね!」
片桐の言葉に、神崎は疲れて椅子に寄り掛かった。
「了解、頼むからもう、仕事をさせてくれないかな?」
女の子達は顔を見合わせ意味ありげに笑うと、ようやく神崎を解放してくれた。
それにしても、何処で見られているのやら……。
「あ、ところで三人目は誰だい?」
思いついて、自分が話を遮った子に神崎は声をかけた。
「知的だけど、ちょっと冷たい感じのする子でしたよ。つい先日、署内で一緒にいらしたでしょう?」
須刈君か……。
三日前、報道部にいる佐野くんの叔父を訪ねてきた彼を、ついでで成田まで送っていった覚えがある。
女子の観察眼は、侮れないということか?
神崎の悩みの種は、また一つ増えてしまった。




