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追放聖女の気ままな旅 〜遺物技師と動く家で世界を巡る〜  作者: ポムの狼


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第1話 追放された聖女?

「ヨシュカ。すまないが、明日にも神殿を出て行ってくれ」


「……はい?」


 大神官のヴァシル様にそう告げられた私は、自分の耳を疑った。あまりに急なことで事態が吞み込めない。めまいがして、ヴァシル様の後ろ――大神官室の壁に掛けられた綴織の創世の女神が微笑を浮かべた気がした。


「大丈夫、安心しなさい。お前はもう十分に聖女としての役目を果たした。相応の退職金は出そう」


 (何か、言わなきゃ)


 孤児の私は物心ついた時から、この神殿で過ごしてきた。寝るのも起きるのも、食事も仕事も、私は神殿の中の世界しか知らない。なにより私はここが好きだった。


 仕事も今まで以上に頑張るから、置いてくださいと言いたかったが、父親同然のヴァシル様に歯向かったことなどない私には、そんな言葉を口に出すことはできなかった。


「……わかりました」


 その言葉を聞いて、ヴァシル様は心底安心したような顔をした。


「今日のうちに他の聖女たちとの別れを済ませておきなさい」


「……はい」


 私は、頭を下げた。もう一度ヴァシル様がどんな顔をしているのか気になったが、顔を上げることはできなかった。

 視線を石の床に落としたまま、そっと大神官室を出た。






 他の聖女たちと使っている共同の部屋で少ない荷物を鞄に詰めた。

 豪華でもおんぼろでもない、簡素な寝台と小さなクローゼットがいくつも並んだ大部屋。他の聖女たちは仕事をしているのか、昼間のこの時間には、私以外誰もいない。


 (これは、所謂追放というやつだろうか)


 私の数少ない趣味の一つは、読書だ。最近他の聖女に面白いからと勧められた本にも、無能だと罵られ追放される聖女の話が書かれていた。

 物語の中の聖女は無能じゃない。特別な力があり、追放した側が後悔する——そんな話だ。

 

 だけど反面、私はどうだろう。

 神聖力も並。一応聖女だが、畑一面に雨を降らせたり、大病を治療したりは出来ない。

 取り立てて特技と言えるものもなければ、美人でもない。

 髪だって地味なこげ茶だし、瞳の色も目立たない灰青だ。


 これはきっと、紛うことなき追放なのだ。


 最近大神官のヴァシル様が経理の者と一緒になってため息を吐いているのを何度か見た。神殿に住むものたちの衣食住に関わる費用や神殿の運営費は、聖女の仕事の報酬と貴族の寄付で賄われている。

 国内での魔物の発生が増え、孤児が増えた。それを引き取っている神殿の財政は、きっと苦しいのだろう。


 口減らし——それに一番無能な私が選ばれただけのことなのだ。


 先輩の聖女や歳の近かった聖女は、皆嫁に行き神殿を去った。ヴァシル様もお優しいから言わなかっただけで、内心ではさっさと嫁の口でも見つけて、私に出て行って欲しかったのかもしれない。


 そう考えると私の口から、勝手にため息が漏れた。


「あ、いたいた!」

「ヨシュカ先輩、みーっけ!」


 部屋に入ってきたのは、後輩聖女で双子のカリーナとマリーナだ。二人ともブロンドの髪を頭の高い位置で二つ結びにしている。


 マリーナは、私の手を取ってぐいっと引っ張り、カリーナが私の背中に回り込んで、背中を押した。


「ヨシュカ先輩、雑巾がけ手伝ってください」

「私たち、怪我人の治療で忙しいんです」


 二人は可愛らしい見た目も相まって、今神殿で一番人気のある聖女だ。多額の寄付をしている貴族なんかは、誰に仕事をさせるのか指名したりしてくる貴族もいる。二人は引っ張りだこなのだ。

 指名の入ることなどなく手が空いている私は、こうやっていろいろな人に雑用を頼まれる。それもあって、最近は聖女の本業であるはずの神聖力を使った仕事をほとんどしていない。でも、仕方がないと思っている。だって手が空いているのは事実なんだから。


「どこをやればいいの?」


 マリーナとカリーナは私の腕に両側からひっついて、ぴょんぴょんと跳ねた。こういうところが可愛くて憎めない。二人とも幼いころから一緒に過ごした私の可愛い妹のような存在なのだ。


「私とカリーナの分。大聖堂です」

「午前中には終わらせてくださいね」


(一人で午前中までに大聖堂の掃除か……)


 私は頭の中で時間が間に合うか逆算した。今日の料理当番の聖女にも代わってくれと頼まれていたから、昼餉の準備の前までに終わらせないといけない。休憩せずにやればなんとか間に合うか……


「分かったわ」


 私の言葉を聞いたマリーナとカリーナは、ぱっと同時に私の腕を離して、走り出した。


「先輩、ありがとう!」

「先輩、大好き!」


 マリーナとカリーナは、振り返らずにそう言うと部屋を飛び出していった。きっと急ぎの治療の仕事でもあるのね。

 いつまでも追放だのとくよくよしてはいられない。今日で最後なのだから、今まで世話になった感謝の気持ちも込めて、きっちりと働こう。

 私は、ぱんぱんと自分の頬を手で叩いて気合を入れ直した。




* * *




 翌日の早朝。まだ他の聖女たちが寝静まっている間に私は起きた。

 いつも着ていた白い聖衣ではなく、街に買い出しをするときに着ていた生成りのブラウスとネイビーブルーのキュロットに着替えて、ブーツを履いた。昨日の夜にヴァシル様にいただいた退職金で重くなった革のリュックサックも背負って、準備完了だ。


 寝息を立てている他の聖女たちを横目に、そっと共同部屋を出た。

 できることなら飛ぶ鳥跡を濁さずで静かに消えてしまいたい。万が一、可愛い妹たちのような存在の他の聖女たちが泣いたりでもしたら、私まで悲しくなってせっかく固まった決心が揺らいでしまう。


(皆、元気でね)


 私は、心の中でそう呟いてから神殿を後にした。



 神殿を出て、神殿の周りに広がっている街、聖都へと足を踏み入れる。


 聖都は、朝から活気に満ちあふれていた。

 私はリュックサックの革の肩紐を固く握りしめ、体を小さくして流れる人の波に入った。


 この街は、いつ来ても好きになれない。お使いでたまに出なければいけない時以外、私はここには来たことがない。


 何が嫌かって、まず人が多い。

 聖女が多く住まう神殿は、怪我や病気の治療をしたり、はたまた雨ごいや魔物退治にいたるまでやる——それがこの国の神殿の仕事だ。だから、その依頼のために国内のみならず国外から訪れる客も多いのだ。


 私も他の聖女たちと同じように孤児だ。だから、行く当てもなければ帰る当てもない。何にも縛られていないと言えば聞こえはいいが、赤ん坊のころから神殿から出ずに暮らしていた私にとっては、外の世界の全てが恐怖だった。


 押し流されるような人の波は、歩いているだけで吐き気を感じたし、店先に立つ店員の威勢のいい呼び込みを聞くだけで肩に力が入った。


(この街を出よう……もっと静かな、新しく私が住める場所を探さないと……)


 神殿から離れることだけを考えて歩いていた私が、この街には住めないと結論づけるのに、さほど時間はかからなかった。



 俯きながら街を歩いていると正面から来た人にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 慌てて顔を上げるとそこには、銀髪の男が立っていた。年の頃は、五十路くらいだろうか。ヴァシル様がそのくらいだったから、たぶんそのくらいだ。着ているコーヒーブラウンの革のジャケットもこの辺では見たことがない形をしている。ジャケットにボタンはなく、細かな銀色の金具がジャケットの前に並んでいた。外国から来た人なのかもしれない。

 男はまるで信じられないものを見たかのように目を大きく見開き、私を見下ろし、動かない。どこかで会ったことでもあっただろうか。


「ぶつかってしまって、ごめんなさい」


 私は動かない男にもう一度謝った。

 その人は私に何か言いかけたが、私は人込みを縫うように走って、逃げ出した。神殿の人以外は、やっぱり怖かった。




 聖都の端までたどり着き、よぼよぼのおばあちゃんが一人でやっている店を見つけた。おばあちゃんは、カウンターの椅子に座って、うつらうつらと船を漕いでいる。ここでなら私でも、何か買えそうだと思えた。

 私はおばあちゃんにそっと声をかけて、パンと干し肉を一週間分買った。

 ついでにおばあちゃんにもっと静かな町が近くにないか聞いてみた。


「向こうにフェルネ山が見えるじゃろ? あそこのふもとにある町が静かでいい所だよ」


「へぇ」


 自分で聞いておきながら、気のない返事になってしまった。


「春になるとフェルネ山の雪解け水が小川になってねぇ、ふもとには翡翠色の湖があるんじゃよ」


 翡翠色の湖? もちろん神殿から出たことのない私には想像もできない世界だ。


「フェルネ山は活火山だから、あの辺は温泉もあるんだよ。私も若いころに爺さんと一緒に旅行に行ったことがあるんじゃ」


「へぇ!」


 湖も温泉も、私は物語の世界でしか知らない。それを実際に見ることができると思うとなんだか気持ちまで明るくなってきた。


 私はおばあちゃんに礼を言って、聖都を出ようとするとおばあちゃんが「ちょっと」と呼び止めた。


「一人で行くのかい? 一週間待てば、乗合馬車もあるよ」


 女の一人旅をおばあちゃんは心配してくれているらしい。でも、この煩い街で一週間も待つことは、私には考えられなかった。それにこの街はどこにいても高い神殿の塔が見える。それが追放された身としては惨めだった。


「ありがとうございます。でも行きます」


 聖都から街道へと出た。目の前には森。

 はるか遠くにおばあちゃんが教えてくれた山頂に白い雪の残るフェルネ山。

 私はフェルネ山を目指して歩き出した。

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