第3話 お父様とお母様に
……ありがたくゼリー寄せをいただいて。
空腹はおさまったけど……。やっぱりお茶漬け食べたい。
食べたいのなら、行動だ。
「エリン、お父様とお母様のご予定は? 今夜は観劇か夜会かどこかに出かけるのかしら? 屋敷に居らっしゃるのなら、少々お時間をいただきたいのだけれど」
「今、執事に確認をしてまいりますね」
聞いてもらったら、今夜は屋敷に居るとのこと。ラッキー。着替えて、サロンに向かう。
似非中世ヨーロッパ的世界では、親子であろうとも、そう簡単には会えないのだ。
昼食は、可能であれば一緒に取るけれど、それ以外で会いたいのなら、アポイントメントが必要。
服装もテキトーではダメだ。きちんと自宅用のドレスを着て、髪も整える。
ぐるんぐるんのドリル巻き髪……。
こ、これは、誰の趣味なんだろう……?
エリンかしら?
それともお母様……?
少なくともわたしの趣味ではないのよね。服も髪型も化粧も、これまではずーっと侍女たちに任せきりだったけど。
……ちょっと大人しめの髪型にしてもらえないかな。いやいや、髪よりも米っ!
そのためには、お父様とお母様の許可が必要。
わたしはエリンと共に長ーい侯爵家の廊下を歩き、そして、サロンにたどり着く。サロンのドアをエリンではない別に使用人が開けてくれた。
「お父様、お母様、お時間をいただきましてありがとうございます」
ドレスのスカートを摘まんで、きっちりと淑女の礼を行う。
「トリクシー、話とは何だ? 王城で何かあったのか?」
「ええ、お父様。わたくし、もう、王城には行きません。王太子妃教育も受けません。貴族学院も単位は取得済みですから、あとは卒業式と卒業パーティだけ出席しまして、それまでは休学いたしますわ!」
一応、お父様とお母様に向けてだから、丁寧に話す。一人称もお嬢様っぽく「わたくし」だ。
「王城に行かない? 王太子妃教育も受けない? 学院も休学? トリクシー、どうしたんだ?」
わたしはこれまでのことを話した。
王太子との交流のために王城に行っても、王太子は来ないこと。
遅れてくるならまだマシで、わたしは昼から夜までいつもずっと待っていること。
さすがにご不浄に行きたくなり、ちょっと席を外した間に王太子がやってくれば、
「この俺様を待たせるとは。トリクシー・フォン・ラインシュ、侯爵家の令嬢というのは、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国の王太子であるこのアントン・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルクよりもよほど偉いのだな」
と怒鳴られ、延々と嫌味を告げられること。
転生前の記憶を思い出す前のトリクシーが王族に逆らうわけにはいかないからと、がんばって王太子に嫌な顔一つしないで従ってきたことのすべてをぶちまけた。
「そんなことが……」
「酷いわね……」
お父様とお母様は驚きの顔だ。
「いつも長い時間王城にいるから……、てっきりアントン王太子殿下との仲も良いのかと思っていたのに……」
「いいえ、全く。真っ当に話したことなどございません。嫌味を言われるか、待たされるか。交流のために王城や貴族学院に行くことは無意味です」
「そうなのか……。すまない、トリクシー」
「こちらこそ申し訳ございません」
お父様もお母様は親としてまともだ。さっさと相談していれば、王太子殿下との婚約もなくせたかな……って、さすがに無理か。王命だしねえ。でも、クレームくらいなら入れてくれそう。
「お父様、お母様。わたくし、お二人に心配をかけたくなくて、これまでは王太子殿下との仲は良好……と、嘘をついておりました。王命である以上、こちらから婚約を破棄はできないのだから……。長時間待たせられることと嫌味を言われる程度、わたくしが我慢をすればいいだけだから……と」
「我慢はよくないわ……。つらかったでしょう」
「……ええ。殿下は、王命による婚約者のわたくしなど邪魔だと思っているのですわ。それを証拠に貴族学院でも、殿下は平民上がりの桃色髪の女生徒とばかり親密になり、わたくしなど、蛇蝎のごとく嫌っているのです……」
サクッと王太子殿下の浮気情報も盛り込んでおく。
「まあ……。もしや、その平民上がりの女を愛人にでもするおつもりなのかしら……」
お母様は美しい形の眉を顰めた。
我が国の法律では、貴族も平民も基本的には一夫一婦制。
だけど、こっそり愛人を抱えている男性は多いし、貴族なんかは正妻が跡継ぎになる男子を産めなかった場合に限って、第二夫人だとか第三夫人だとかを作ることは認められている。
だけど、婚姻前から愛人がいるのはさすがに常識外。
「かもしれません。わたくしをお飾りの王太子妃にして、実生活はそちらのご令嬢と……」
仕事だけを行わせて、妻扱いはしない。
それはべつにいいんだけど。
好きでもない男の子どもを産むなんて、冗談ではないからね!
王太子妃そして後の王妃としての政務だけなら、仕事として承っても構わないけどねえ……。
あ、やっぱり嫌かも。
一生約束も守られず、神経を擦り減らせるだけだものね。無駄働きよ。
……まあ、でも王命だからなあ。
婚約破棄なり解消なりは難しいかなぁ。
せめてしばらくは王太子殿下との交流は無くしたい。
そう言ったら、お父様とお母様は、難しいお顔になった。でも、何か考えているみたい。
婚約破棄に向けて、国王陛下と対峙してくださるおつもりなのかな?
だったら嬉しいなあ。
わたしのことをちゃんと考えてくれる良い両親だ。
だったら……。
お願いをしてみようかな。
わたしが、自由に国中を旅してまわって、お茶漬けが食べられるようにって……。
うん、黙っていても駄目だ。
まず自分のしたいことを主張する。駄目とか言われたら、その時改めて、交渉をしてみる。
「お父様、お母様。わたくしは、これ以上、王城に行くことも貴族学院に行くことも無意味だと考えております」
「そう……ね。時間をかけて身支度をして、待って、待ち続けても来ないというのなら……、時間の無駄よね」
「はい、ですのでわたくしの時間をもっと建設的なことに使いたいのです!」
「建設的とはどういうことだ?」
「わたくし、王太子妃教育を受けさせていただいておりますので、知識に関しては、他の令嬢の追随を許さないかと」
貴族学院の授業なんて簡単に思えるくらいの知識。
国内の地理、近隣諸外国との交易。歴史。経済動向。
書面に書かれていることなら、たいてい理解しているし、知らないことも、どの資料を見ればいいのか程度なら、類推することができる。
「わたくしに足りないのは知識ではなく実体験。たとえば王都から我が領地までの地理は知識として知っていても、実際どうであるかは知りません。たとえば小麦の産地で、年間の収穫量がどのくらいで、そこから領民たちの税収や、経済活動の規模は数字として知っていても、実際にこの目で見たことはないのです」
「そう言えば、そうね……」
「わたくしは、実際に見てみたい。小麦を生産しているのなら、その農地を、生産物を。品質を見極めるほどになりたいのです」
「なるほど。来ない相手を待ち続けて時間を無駄にするよりはよほど良いか……」
お父様は頷いてくださった。
「今は秋。冬になって貴族学院を卒業とあらば、そして、どうしても王太子殿下との婚約を無くすことができないのなら……。わたくしにもう自由に国内を見て回れる時間はないでしょう。どうか、お願いします、お父様、お母様。短い期間ではありますが、わたくしに学びの機会をお与えください」
学院の成績もトップ、王太子妃教育もほとんど終わっているようなものだ。あ、あとラノベでよくあるような、王家の秘密とかなんてないからね! やめても命の危険はない。せいぜい婚約を無くしたっていう醜聞程度。
その程度なら、別にどうでもいい。王太子と一生を共にして、その一生、嫌みを言われ、浮気され、馬鹿にされ、サンドバックのように暴言を叩きつけされ続けるのなら、婚約破棄の醜聞のほうが何千倍もマシっ!
熱く語った。
全てはお茶漬けのために……!
考え込んでいたお父様とお母様だけど、説得に説得を重ねたら、最終的には「……婚約を無くせるよう陛下に申し出よう」と言ってくれた。
「ありがとうございます!」
よっし! じゃあ、婚約のことはお父様とお母様にお任せして、わたしは早速今日からは無理でも明日から! お茶漬けを求めてし出発よーーーーーー!
足取り軽く部屋から出て行ことしたら。
「ああ、トリクシー。いきなり他の領地に行くのは無理だぞ。とにかく明日、陛下に謁見をして、現状を話し、まずはトリクシーの王太子妃教育を休みにしていただかなければ」
止められた。
「……そうですわね。そちらはお父様にお任せいたします。わたくしは領地に戻ります。その道中、いろいろ見て回り、見聞を広めますわ!」
見聞を広める……、便利な言葉ね。
でも嘘は言っていない。
わたしはお茶漬けのための食材を探すのだ!




