第2話 ないのなら、見つけてみせよう、類似品
米がない。
そんな絶望になんて、浸っていられない。
わたしはお腹がすいた。
お茶漬けが食べたいのだっ!
「……こうなったら侯爵家の令嬢且つ王太子の婚約者という権力を使って、この似非中世ヨーロッパ的世界で米の類似品、鮭の類似品、梅の類似品を探す……!」
ラノベではよくあるじゃない!
転生日本人、どうしても米が食いたくて、コメ探すって!
「やる……、やってみせる……! 最低限米と鮭と梅! ゴマはめっちゃ高いけどあるから買うっ! 侯爵家の財力万歳! シソは……ハーブは嫌だ。ネギは……どうかな……。ほうじ茶は……、紅茶のある世界ではあるから、お茶はあるけど。製法も違えば原材料となる茶の木の種類も違うかも……? あー、緑茶と紅茶とウーロン茶っておんなじ種類の木で、焙煎とかなんとかの仕方が違うだけだったけ……? 紅茶の葉っぱを収穫した後に酸化発酵させないで、焙煎しちゃえばほうじ茶っぽくなるのかな? 駄目かな……。ううん、それより出汁は……、出汁はどうする……。昆布とかはないかな? 魔物がいるならクラーケン……。クラーケンを干物にしたら、スルメイカみたいになって、出汁が出ないだろうか……? 昆布出汁や鰹出汁と、クラーケンスルメ出汁では味が全く違うかも……?」
ぶつぶつぶつと言いながら、立ち上がり、ガゼボ内をうろうろと歩き回る。
「お、お嬢様……、お気を確かに……」
おろおろと、侍女のエリンが言うけれど。
わたしは正気です。
ただ、お腹がすいているの!
似非中世ヨーロッパ的世界であるブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国なんていう無駄に長ったらしい名前の国で、侯爵令嬢トリクシー・フォン・ラインシュとしての生を受けてから、お貴族様の高級フルコース料理なんて、毎日のように食しているけど。
今!
このときに!
食べたいのは!
ステーキ肉でもなく、エスカルゴでもなく、米なのよ米!
ぐるぐる鳴るくらいの腹減りにはお茶漬けがいいのよおおおおおおおお!
うろうろ歩き回っていた足を止める。
そして、拳をぐっと握って、それを空に向かって突き出す。
「ないのなら、見つけてみせよう、類似品! ぜったい食うぞ、お茶漬けを!」
そうと決めたらこんなところにはもういられない。
「エリンっ! 帰るわよっ!」
スタスタと歩き出す。
「お、お待ちください、トリクシーお嬢様っ! 王太子殿下がまだいらしておりません!」
「待っていたって来やしないわよ! 婚約を結ばされた十歳のときから約六年っ! わたし、毎週王城に来ているけどっ! 婚約者の交流時間だっていうのに阿呆が来たのは数回じゃないっ! 来たところで遅れたことを謝罪もしやしないしっ!」
「で、ですが……」
「来ない者を待つのは時間の無駄っ! エリンだって毎週毎週長時間立ちっぱなしでしんどいでしょう! 腰痛とかぎっくり腰にでもなったら大変よ!」
座り続けているわたしだって、尻が痛いのよ尻がっ! 乙女が痔にでもなったらどうしてくれるの!
立ちっぱなしのエリンなんて、文句も言わないけど、当然足腰、相当痛いはず。
わたしは薔薇園のガゼボから少し離れたところに立つ護衛や城の使用人たちをじろりと睨む。皆、エリン同様おろおろと「お、お待ちください……」なんて言ってくる。
「あなたたちに怒っても仕方がないけど! もう! これ以上! わたしは王太子でんかななんかに付き合いきれないっ! 不敬罪だのなんだの言われても、王太子殿下がわたしに謝罪をするまでっ! 王城に来ないし、王太子妃教育も受けないわよっ! 国王陛下にもそうお伝えしてちょうだいっ!」
「お、お、お、お嬢様……」
「うるさいわ、エリン! 婚約を結んだ十歳のときから今日のこの時点まで、ずううううううっと大人しく、令嬢らしく、耐えに耐えてきたけどっ! 人間には我慢の限界っていうものがあるのよっ!」
まあ、大人しく王太子に従っていたのは、トラック転生した日本人としての意識がこの体の奥底に眠っていたから。今の今までは、令嬢の鏡、王太子殿下の婚約者として相応しい言動をしていただけなのだけど。
意識が、目覚めた今は、阿呆に付き合ってなんかいられない。
我にお茶漬けを!
我にお茶漬けを!
我にお茶漬けを!
食わせろおおおおおおおおおお!
淑女としてみっともないかもしれないけど、急ぎ足で馬車乗り場に向かう。
「さ、急いでラインシュ侯爵家に帰るわよ!」
御者を急がせて、王都にある我がラインシュ侯爵家のタウンハウスに向かう。
帰り着いた時には既に夕日も沈み、黄昏時さえ過ぎていた。
そうっ!
時は既に日没後!
夜なのよ!
ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国の一般的な貴族たちは、お昼ごろに神への祈りを捧げてから、昼食をとる。
昼食というか……内容的にはボリューム満点のフルコールだろう。
食べ終わるのは、日本時間で述べれば三時や四時だ。
当然、夕方の六時や七時などのガッツリとした夕飯なんて食さない。
夕食は、昼ご飯よりもかなり軽めのメニュー。ぶっちゃけ、軽食。
軽く食べて、身支度をして、夜会や観劇に向かいましょう……というのが王都の貴族の日常だ。
もちろん帰りは真夜中。下手をすれば朝方。
昼近くまで眠って、昼前に起きて、入浴をして、お茶を飲みながらゆったりと昼食時間を待つのよ……。
わたしが王太子殿下との交流のため王城に呼ばれる時は、そんながっつりの昼食は食べられない。朝早めに起きて、軽く朝食をいただくだけ。
我がラインシュ侯爵家の厨房の料理人たちだって、メインの昼食作りに忙しい時間帯だ。簡単にパンとスープ、果物。その程度しかわたしには提供されない。イジワルとかじゃなくて、朝の時間に大量のご飯を食べるっていう習慣がない世界なのよ。仕方がない。
日本時間で言うところの十時ごろ、馬車に乗って王城に向かって、到着するのが十二時前。神に祈りを捧げつつ王太子を待ち……、来ない王太子を待ち……、腹が減る。
ガッデム、王太子! 腹減るんじゃあああああ! と思わず叫びたくなるが。
転生前の記憶を取り戻す前までは、わたし、日没すぎても大人しく待っていたんだよねええええええ。阿呆かわたしも。
だが、思い出した以上、空腹など耐えられないっ!
王城に着ていったドレスを脱ぎ、室内用のワンピースに着替えている間に食事を用意してもらう。
本日の我がラインシュ侯爵家の夕食メニューは白身魚のゼリー寄せ。それからパン。
……いや、見た目は美しいわよ? トマトっぽい野菜の赤と、オクラっぽい野菜の緑色。そこにパプリカっぽい黄色も加わって、カラフルな野菜使いのお洒落なゼリー寄せ。その上に、鯛の切り身っぽい白身魚が乗ってます……って。
味も悪くはないわよ? コンソメ的な感じのするゼリーだし。白身魚もふっくらと蒸されているみたいだし……。
でも、違う。
今わたしが食べたいのはコレじゃない。
今日は外で長時間過ごしても涼しさなんて全く感じないくらいの秋晴れだったから、我が家の料理長がさっぱりと食べやすいメニューにしてくれたっていうのは分かる。
分かるけど……。
「さっぱりとした食べやすさを追求するなら、わたしは冷やし茶漬けが食べたい。たとえば……、そうっ! 叩き梅をご飯に乗せて、そこにおかかとワサビを添える。そこ淹れてから氷で冷やしたお茶を投入。夏バテしていても、これならば何杯でも食べらえる……」
ぶつぶつ言いながら食べるゼリー寄せ。
作ってくれた料理人には申し訳ないわ……。だけど、ごめんなさい。わたし、口も舌も胃袋もっ!
今は、お茶漬けを求めているのおおおおおお!
続きは2~3日後になります。




