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転生悪役令嬢はお茶漬けが食べたい【長編版】  作者: 藍銅 紅@『お姉様はずるい』コミカライズ連載中


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第1話 転生前を思い出しました。お腹がすきました。


快晴。澄み切った秋の空。

夏とは違って、だいぶ空が高くなってきたなあ……、空高く馬肥ゆる秋……。

なーんて目を細めながら、わたしはスーパーに行くために、大きな通りの横断歩道を渡っていた。


わたしの少し前を歩く幼稚園くらいの男の子。歩くっていうか、白線だけを踏んで、跳ねているみたいに進んでいく。

横断歩道を半分くらいまで進んだところで、男の子の足がぴたっと止まった。

男の子のお母さんと思しき女性が「遊んでないで早く渡りなさーい! 信号、赤になっちゃうよー」と大声を出した。

おお、急いで渡るか……と、足を速めようとしたら。


「ママー、トラックー!」


男の子が指をさした右手側。

つられるようにしてわたしも見た。

……ものすごい勢いで、トラックが突進してきていた。

わたしはとっさに手を伸ばして、男の子を抱きあげた。走らなきゃ……と思った瞬間に、背中に衝撃を受ける。

青い空に吸い込まれるようにして、男の子ごと、わたしの身体が吹っ飛ぶ。

ガードレールに頭から突っ込んで、首がゴキリと音を立てた。

男の子の泣き声も聞こえてきた。


その瞬間、わたしが思ったのは。


「ああ……、男の子が無事でよかった。わたしの人生には子どもを救ったという意味があったのだ……」


なーんていう、善人的な考えではなく。


「お茶漬け食べたい……」


であった。



   

    ☆ ☆ ☆




快晴。澄み切った秋の空。

今、わたしが居るのは、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国の王城にある薔薇園。

何千株、何百種類もの薔薇。

とにかく華やかで賑やかだ。

香りの強いダマスク系の薔薇。シナモンやクローブのようなスパイス系の香りがする薔薇。もちろん香らない種類もある。

花壇に咲いているだけではなく、薔薇のアーチの小道もある。噴水を囲み、石畳の道沿いに並び、幾何学的に配置され……。

わたしのいる少し小高い位置にあるガゼボから薔薇園を眺めると、まるで絵画のようだ。

国内最上の美と言っても過言ではない。


だが、何時間でも薔薇を鑑賞していられる……わけではない。

お昼前から夕方前までの長時間、じっとガゼボの椅子に腰を掛け、婚約者を待っていれば……。


空腹で鳴りそうなお腹をぐっとへこませる。

侯爵令嬢たるもの、お腹の音を王城の薔薇園に響かせるなんて……してはならないのだ。


王城の侍女が用意してくれた薫り高い紅茶をごくごく飲んで、空腹を誤魔化そうとすれば……、ご不浄が近くなってしまう。


以前、今日と同じように、王太子殿下を何時間も待って待って待ち続けて……。さすがに限界を超えそうになって、ほんの短い間ご不浄に向かったら……。その隙にやってきた王太子殿下に嫌味を言われた。


「この俺様を待たせるとは! トリクシー・フォン・ラインシュ、侯爵家の令嬢というのは、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国の王太子であるこのアントン・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルクよりもよほど偉いのだな!」


……ふざけんなこの野郎。オマエが何時間も待たせるからご不浄に行っていたんだよ! 


怒鳴りつけたいのをぐっと我慢して、わたしは「申し訳ございません」と頭を下げるしかなかった。


以来、熱中症にならない程度に口に紅茶は含むが、飲み干さないと心に決めている。

たとえ何時間、王太子に待たされたとしてもだ。


侯爵令嬢として、十六年間育てられた矜持というものがあるのだ。


馬鹿にされてたまるか!


その一心で、これまでやってきた。

血反吐を吐きそうになるようなほど厳しい王太子妃教育もこなし。

貴族の通う学園では淑女の手本として、常に微笑みを浮かべ。成績もトップ。というか、もう既に受けるべき授業の単位は修得し、単に王太子殿下との交流のために学院に通っているだけなのだが。

当の王太子と言えば、わたしの挨拶など無視して、お気に入りの女生徒と戯れている……。

学院に行く意味などもうない。

ここ、王城での婚約者同士の交流のための昼食会だって、時間通りに来たことはない。

数時間、待たされた挙句、来ないときだってある。

今日もそうだろう。きっと来ない、絶対に来ない。


きゅる……っと、わたしのお腹が小さく鳴った。

侍女や護衛が、音に気が付かないフリをした。

あ、あああああああ……。


恥ずかしさのあまり、ブチ……っと。わたしの心のどこかがキレた。

心……、いや、胃袋かもしれない。


あああああああ……っ! 

お腹がすいたあああああああああ!


叫びだしそうになった瞬間、ふっと浮かんだのは、熱々炊き立てのご飯。

ああ、そう言えば、わたし、お茶漬けの具材を買うためにスーパーに向かって、そしてそこでトラックに轢かれたんだった……。


唐突に思い浮かんだのは転生前の記憶。

そうだ、あの時もお腹がすいていたんだ……。


「お茶漬け……!」

「はい? オーチャズケ、ですか?」


ラインシュ侯爵家の侍女であるエレン・フォン・マーテラーが、首を傾げたけど、わたしはそれどころではなかった。


食べたい。

お茶漬けが。

湧き上がる渇望。

どうしても! 今! ここで! すぐに! お茶漬けが食べたああああああああいっ!


用意するのは当然、お茶碗に盛った炊き立て熱々の白米。


焼き鮭の身をほぐし、パリパリに焼いた皮を刻む。

更に薬味として小葱、青じそ、白ごま。

更に梅干し。

漬物も必ず用意する。

それを小皿に乗せて、テーブルに並べて置く。

熱々のお出汁とほうじ茶の二種類も必須。


全ての用意が出来たら、まず、茶碗に入れた白米の上に、鮭、小葱、青じそ、白ごま、鮭の皮を乗せて、厳かにだし汁を注ぐ。

そして、食す。


……五臓六腑にしみわたる美味さ。

ふはー……と、息を吐いてから、ネクストお茶漬け。


白米の上にシャケ、小葱、小葱、青じそ、白ごま、鮭の皮……までは同じ。

だけど、今度はだし汁ではなく、ほうじ茶でいただく。

だし汁とは異なって、これはこれで趣があるのよね……。


しかし! ここで終わりではない。

漬物をポリポリと食べて、一息つく。

ポリポリしながら、梅干をほぐして、種を避けておく。


さあ、三杯目だ!

白米の上に、ほぐした梅干しと、少量ずつ余らせておいた薬味を全投入。

かけるのはだし汁でもほうじ茶でも、そのときの気分による。


がががががっと、勢いよく食べ終えたら、空になった茶碗に梅干しの種を投入して、残ったほうじ茶を注ぐ。


行儀は悪いが、梅干しの種入りのほうじ茶はサイコーだ。

ほうじ茶の香ばしさが梅干しの酸味を和らげ、梅干しの酸味がほうじ茶の香ばしさを引き立てるだけではなくっ!

健康増進効果もあるんだよ!

ほうじ茶に含まれるカテキン類。梅干しに含まれるクエン酸などの有機酸。体内の活性酸素を除去し、老化防止や健康増進、美肌効果もあるってさ!


ああ、素晴らしき日本のお茶漬け。

思い出したら、どうしてもお茶漬けが食べたくなったあああああああああ! 

なのにっ!


この世界には、少なくともブラウンシュヴァイク=リューネブルク王国には米がないっ!


もう一度言おう! 米がないのだっ!


「どうして異世界転生……!」


そうっ! 異世界転生だ。

わたしは横断歩道を渡って、スーパーに行く途中、トラックに轢かれて死んで、そして、トリクシー・フォン・ラインシュ侯爵令嬢に生まれ変わったのだ……っ!


今思い出したよ! 空腹のあまり、お茶漬けが食べたいという欲求によって‼


うわああああ……、と頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


わたしの金色の長い髪……しかもドリル状の巻き髪……が、地面に垂れたけど、そんなのはどうでもいいっ!


「冗談じゃないわ⁉ この世界には米がない。シソもない。鮭もない。ゴマはあるけど梅干しなんてないいいいいいい……!」


シルク素材の上に、薔薇の花なんかが刺繍をされているハンカチを口にくわえて、手でギューッと引っ張って。「きいいいいいいっ!」と叫んだ。


侍女のエレンが目をひん剥いているけど、気にしている場合じゃない!

この世界にはお茶漬けはないっ! こんなにも腹減りだというのに、米がないっ!


うぎゃああああああああああああああ! 

お米、プリーズ! 

我が口に、我が胃袋に、炊き立てのお米様ををををををを‼


米なしでは生きられない日本人を、似非中世ヨーロッパ的世界に転生させるな!

転生させるなら、是非とも似非でもいいから日本で! 

平安時代でも江戸時代でも未来でもいいから、日本の食文化が可能なところで! お願いしますよ転生の神様! 


……って、もう遅いか! 転生後だ!


しかもほんとに転生の女神様なんて、ラノベでよく登場する存在がいるかどうかも分からないけど。


死んで転生、そして今、空腹のあまり転生前思い出してしまった……なんて。あああああ……泣く。





長編版、書き始めてみました!

異世界転生しない女子高生話と並行して書きますので、更新頻度は遅めです。週に二回くらい更新できれば……。


よろしくお付き合いくださいませ!




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