第21話 白い車を追って
『各車共有、各車共有。
レンガ倉庫案件対象車両は午前3時18分、橋ノ海公園付近でナンバープレートを交換。
以降の表示は、《千葉 え 94-63》。繰り返す』
一拍。
その通達で、603号車の車内が妙に静かになった。
「……毘乃木さん」
助手席の廣目が、ゆっくりとこちらを見る。
私も、同じことを思い出していた。
数時間前、東品川で聞いた重低音。
暗がりを抜けていった、白い軽バン。
そして。
《千葉 え 94-63》
「……それ」
喉の奥が、少しだけ乾いた。
「私たち、見てる」
これは、報告すべきことだ。
迷ってる余裕はない。
私の左手がマイクを取った。
「こちら603。班長お願いします」
『どうしてん?』
「対象車両ですが、数時間前に目撃しています」
『……いつ? どこ?』
「仮眠後の午前3時40分ごろ……東品川、八ツ山通り近くです」
続けて、廣目も無線へ口を寄せる。
「《千葉 え 94-63》です。アタシもナンバーを確認してます。白い軽バンでした」
『進行方向は?』
「品川方面からです。八ツ山通りを、そのまま北へ」
『速度とか、運転の仕方は? 何でもええ。覚えとること全部ください』
廣目が少し考える。
「見た感じ、不自然な走り方はしてませんでした。速度も……普通だったと思います」
『なるほどな。毘乃木は?』
ハンドルに添えた指が、少し止まった。
普通。
そう。
車の走り方は、普通だった。
でも。
「……音がしました」
『音?』
「はい。低い音です。エンジン音とは別に……重低音みたいな」
そう。
震えるような腹への重低音だ。
(あ)
私、これ……前にも聞いてる。
いや。
これで、2回目だ。
「……は、班長。あの、ずっと黙ってたんですけど、私……2回聞いてます」
一拍。
「過信はよくないと思って言いませんでした。すみません」
無線の向こうで、岡本先輩の動きが止まったような気配がした。
『……なるほどな』
息を吐く音。
『それ、俺が昔言うたこと気にしてた?』
「……はい」
気にしてたというよりは、ただ守ろうとしていただけなのだが。
『そっか。なら俺の言い方が悪かったな。
過信せんのは大事。でも、“気になった”は報告してええ。確証にするかどうかは、あとで俺らが決める』
そっか。
「はい」
『で。最初にその音を聞いた場所は?』
「はい……TOKYOレンガ倉庫の南駐車場です」
『車は見た?』
「すみません。その後は、班長との会話に戻っちゃったんで……」
『いや、それはええ。音は?』
「……おんなじです」
『言い切れる?』
一瞬だけ、あの二つの音を頭の中で重ねる。
レンガ倉庫。
東品川。
腹へ響く、あの低い振動。
「はい。言い切れます」
『分かった』
重い一言。
『ほんなら、レンガ倉庫で聞いた音と、東品川で《千葉 え 94-63》から聞いた音は一致。これは共有に上げる』
「はい」
『ただし、同一車両って断定はまだせん。そこは別で詰める』
「はい。了解しました」
警務通信受信機の保安チャンネルが光る。
『各車、追加共有。603が午前3時40分頃、東品川で対象ナンバーを視認。
レンガ倉庫南駐車場で確認された特徴的な低周波音との一致あり。ただし同一車両については現在確認中』
「……こういうのも、報告していいんですね」
廣目が小さく言う。
マイクを置いた私は少し考えて、助手席へ顔を向けた。
「うん。私も今、教わった」
「……ですね」
「……とりあえず、巡視続けよっか」
「はーい」
サイドブレーキを解除する。
603号車は、再び朝の街へ走り出した。
白み始めた空の下。
朝の東京は、何事もなかったみたいに動き始めていた。
その時。
警務通信受信機が、もう一度光った。
『603、601から』
思わず首を傾げる。
「はい、603」
『今の目撃情報、Hekatēにも回した。東品川周辺から先の記録、洗ってもらってる』
「了解です」
『お前らは引き続き、その周辺頼むわ。対象車両そのものやなくてもええ。気になるもんあったら全部上げて』
一拍。
『今度は、遠慮せんでええからな』
「……はい」
私の返事を聞いて、横で廣目が言った。
「班長、絶対わざと言いましたよね」
「……うん」
ネイビーブルーの車両が、一般道を走っていく。
――
「来ねぇかな〜、千葉ナンバー」
604号車。
信号待ちの運転席で、久世さんが眼鏡を直しながらぽそっと言う。
「んな簡単に来ませんよ」
「ちょっとした希望だって、榊。捕まえられないまま日勤へ注意事項として引き継ぐより、さっさと手錠かけた方が楽じゃないですか」
言葉を一旦切って、往来を見守る。
「俺達も、気持ちよ〜く帰れますし」
「……そっちが本音っすか」
「そりゃそう。……あれは違うか。どこ行ったんでしょうね、その千葉ナンバー」
「そうっすね。3時40分に東品川で北向いてたなら……今どこら辺だろ」
「港区、大田区、渋谷区……どこへでも行けちゃうねぇ。Hekatēから一報来ないかな。いや、来い」
「やめてくださいよ」
(平穏に終わりたいです。俺は)
ピッ。
警務通信受信機が光った。
『各車共有、Hekatēより追加情報』
「「……」」
久世さんが、ゆっくりこちらを見る。
「来たね」
「……久世さん、殴っていいっすか」
「……朝飯奢るから許して。榊、ボリュームあげてくれます?」
俺はため息混じりに、ツマミをちょいと回す。
信号待ちだった車両が、ようやく直進した。
『午前3時40分以降、東品川周辺の記録を追跡。対象と思われる白色車両を複数地点で確認』
久世さんが身を乗り出す。
『ただし、その後の記録から対象車両が消失。現在、車体特徴を基準に追跡を継続中』
「……消えた?」
「だから言ったじゃないですか、久世さん」
「いや、俺が呼んだのは朗報だけだよ」
久世さんが苦笑しながら、警務通信受信機へ目を向ける。
『最終確認地点は、山手通り』
「……山手通り。そこから消えた?」
眼鏡の奥の目が細くなる。
「ナンバー替えたとかじゃないんすか」
久世さんが軽く首を横に振る。
「Hekatēはもう車体特徴で追ってます。プレートだけ替えても、それじゃ消えません」
一拍。
「じゃあ……」
久世さんが前方を見たまま、低く言う。
「どっかに入った」
「建物とか?」
「駐車場、私有地、地下……車を隠せる場所なら何でも」




