第二章3「事業用口座という整理」
全面的に自己責任でお願いします。
銀行のロビーは、相変わらず静かだった。
待合の椅子に座っている人間のほとんどが、スマートフォンを見ている。
誰も、特別な表情はしていない。
優守も同じように、スマホを手にしていた。
だが見ているのは娯楽ではなく、数字と規約だった。
(個人口座と事業口座は、分けた方がいい。これは基本やな)
開業前に、税理士から言われていたことを思い出す。
派手なアドバイスではない。
だが、こういう地味な指摘ほど重要だということも理解している。
番号が呼ばれ、窓口へ向かう。
手続き自体は驚くほど簡単だった。
書類にサインをして、説明を受けて終わる。
「こちらが事業用口座になります」
淡々とした声だった。
特別な意味を持たない業務の一部として処理されている。
優守はカードと通帳を受け取りながら、小さく息を吐いた。
(これでようやく“分ける”ができたな)
家に帰る途中、コンビニの前で立ち止まる。
コーヒーを買うかどうかだけで、数秒だけ考える。
その程度の迷いしか、生活にはもう残っていない。
家に戻ると、机の上に書類を並べた。
通帳。
カード。
管理用のメモ。
すべてを一度、並列に見る。
(資産はある。収入もある。問題は“見え方”やな)
金は減っていない。
むしろ、管理のために形を整えているだけだ。
優守はスマホを取り、連絡先を開いた。
税理士。
会計士。
弁護士。
順番に短い報告を入れる。
「お世話になってます。事業用口座の分離が完了しました。帳簿側の整理も合わせて進めています。現状、特に問題はありません」
返ってくる言葉は、どれも同じだった。
「了解しました」
「問題ありませんね」
「順調ですね、良かったです」
それだけだ。
だが、その“それだけ”が重要だった。
誰も慌てていない。
誰も止めていない。
誰も警告していない。
つまり、この状態は正常であり、何も間違いは起きていないということになる。
優守は画面を閉じ、椅子に背を預けた。
(……やっぱり、もう生活費のために働く段階は終わってるな)
改めて、静かに実感する。
家賃。
食費。
光熱費。
それらを気にする必要は、すでにない。
それでも手続きをし、管理をし、記録を残している。
理由は単純だった。
崩れない、きちんとした形にしておきたいからだ。
ただ、人から怪しまれたり指摘されない形にしておきたいだけだ。
窓の外は夕方に近い光になっていた。
車が通り、人が歩き、日常は変わらない。
優守は小さく呟いた。
「……もう、生活を守るために働く必要はないんやな」
その言葉に、実感はほとんどなかった。
だが否定もなかった。
ただ事実として、そこにあるだけだった。
そして次にやるべき作業を、自然に考え始めていた。
(あぁ、今晩は何を食べるか……)
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




