5の十 デニスの献身 (クラスメイト視点)
デニス=ブライヤーズとは腐れ縁で初等部から数えるともう八年目の付き合いになる。
デニスは飛び級したから学年が一つ上になったけど今でもミシェーラちゃんの話が聞きたくて俺がよく付き纏うからそこそこ付き合いがあったりする。
そんなデニスは世間的には大して有名ではなかったと思う。
ブライヤーズ家の子どもだから王族とかと顔見知りだったり、あのミシェーラちゃんの幼馴染みだったりとそこらへんにいる普通の子供ではなかったけど、少し…いやかなり顔が良くて勉強も運動もそこそこできるクラスに一人はいるかなってくらいのやつだった。
そんなデニスが魔法界でブライヤーズ家の子供からあのデニス=ブライヤーズなんて言われるようになったのは間違いなくこの大会からだ。
夏明けから一皮剥けたのか、前も同年代では頭ひとつ抜けていた剣技が中等部では敵なしってレベルになった。
夏に何があったのか聞いたらすげえ悲しそうな顔になったからそれ以上は突っ込んで聞けなかった。ライラックが具合悪そうにしているから何か関係があるのかもしれない。
最強位戦の朝、格子状の金属がはまったオシャレな窓がある控え室で俺は魔法剣術部の友達といつもみたいに談笑してたんだ。
競技場内の赤の魔素が異様に多くて暑いのが気になったな。天井の魔石のせいだろうか。明るいけど競技場に降りてくると熱気がすごい。観客席では気がつかなかった。
今日は誰がトーナメントまで生き残るかってみんなで話してたら控え室がザワッとして…俺らは入り口を見てびっくりした。
デニスが全身真っ白な服を着ていたから。
しかも、いつもつけている洒落たサークルストーンとか高級そうなベルトとか全部外していた。なんの魔獣かわからないけど耐魔加工はされてそうな白い服に真っ赤な剣。そして胸にはどこかで見たような気がする巨大なサークルペンダント。
隣の友人が「なんでデニス、ライラックのサークルストーンしてるんだ?」って聞いてきたから俺も思い出した。そうだ、あのサークルストーンはライラックがつけているものだ。
デニスに続いてそのライラックが入ってきた。
こっちはびっくりするくらいいつも通りだ。
飾りひとつないマントに購買で売ってる学校指定の競技服。
みんなに馬鹿にされてる杖を心底大事そうに抱えながら、ヒョコヒョコ歩くもんだから動くたびに首につけたチョーカーがシャラリシャラリと音を立てる。
一発で武道をやってないなってわかる鈍臭い動き。
胸にはサークルストーンがなかった。やっぱりデニスがつけているのはライラックのサークルストーンなのだろう。
友人たちは「ついにデニスの想いが届いたのか」って涙ぐんでるけど多分勘違いだ。
少し離れたところでライラックに自分の耐魔加工バッチリのマントをつけようとしてすげなく断られているデニスが見える。
「長くて邪魔だから」って…ライラックよ、もう少し言い方ってものがあるよな?
白をあまり好まないデニスの目新しい衣装は、肝心のライラックは興味なさげだったけど観客のフィメルたちの心は鷲掴みにしたようだ。王子様みたいなんて声も聞こえる。俺たちが挨拶のために競技場に出たら耳が痛くなるほどの悲鳴…歓声が上がっていた。
本人は隣に立ってるライラックがくしゃみなんてしたものだからそっちに夢中だったけど。あいつは本当にブレない。
俺は入学時から競技場には満員に観客が入ってるのが普通だったけど、父さんは驚いていた。そもそもの前提としてここまで大きい競技場を出すこと自体普通じゃないらしい。
シャーマナイト殿下から俺らの代くらいまでは黄金世代って呼ばれていて力の強い魔法使いが多いんだって。普段は学生の行事なんて興味がないような大人たちがこぞって中等部に押しかけてきているらしい。
そんなことを考えていたらもっと凄まじい歓声が上がった。
見るまでもない。エゲート殿下が入ってきたんだろう。
去年はずっと怠けてたと思ったら突然消えるし、今年は人が変わったように頼りがいのある部長になったけど、やっぱり王宮からの呼び出しが多いとかでしょっちゅういなくなるので同じ部活だがあまり接点はない。
レイモンド先輩が怖いしな。エゲート殿下につきまとった部員が裏で締められたって聞いた。俺はミシェーラちゃん一筋なので関係のない話だが。
今年の最強位戦。
どうせエゲート殿下があっさり勝って終わるんだと思ってた。
みんなそうだと思う。
体格に恵まれていないせいか、剣術はそうでもないんだけどーーーそれでも俺よりはうまい、悲しいけど。いつ練習してるんだろうーーーともかく魔力量が違う。剣を合わせただけでこっちが削られていく。シールドを破るのもキツいし反則だと思う。
だからびっくりしたんだ。
決勝でデニスがエゲート殿下と向き合ったとき、その目がまじで…「あ、こいつ本気で勝つ気なんだ」ってすぐわかった。しかもデニスはまっすぐで純粋だけど馬鹿じゃないから秘策も用意してるんだろうってなんとなくわかった。あれは勝てる相手に向き合ってる時の顔だったから。
そもそも一回戦の肉弾戦、二回戦の教師との戦い、途中のトーナメント…観客もすぐわかったと思う。決勝はエゲート殿下とデニスになるだろうって。
それくらい圧倒的だった。
肉弾戦でデニスと同じ組じゃないってわかった時心底安心したね。
最近の戦っている時のデニスの空気感は友達やってる俺でも怖いくらいだから。
レイモンド先輩とデニスが同じ組だったんだけど、レイモンド先輩よりはデニスを狙おうって数人が飛びかかって行って…魔法剣術部の部員たちは心底呆れてた。自殺行為だって思ったんだろう。俺もそう思う。一瞬でのされてたし。
レイモンド先輩はデニスからなるべく距離をとって数個風船を割ってた。今年はレイモンド先輩、デニス…ライラックやジョージ、ビバリーちゃん…言わずもがなのエゲート殿下。…有望株が多いから三回戦のトーナメントに残るのが去年より大変だ。
え、俺?風船破れなかったから二回戦でシャーマナイト殿下と当たって脱落したよ。…シャーマナイト殿下って腕輪外すと視界に入るのさえ恐れ多いと思ったんだけど、その状態の殿下にもわりかしべったり張り付いてるライラックって何者なんだろうな?馬鹿と天才は紙一重って言葉が浮かんだ。あいつはただの馬鹿ではないに違いない。
話を戻すとデニスは風船を五つも割ったので二回戦は三番目に指名権を手に入れてた。…一番はライラックで二番がエゲート殿下だったみたいだ。ライラックの使役獣がビームみたいなの放ってその組は阿鼻叫喚になってたな。
あの魔獣は攻撃してこないって事前に聞いてたけど…風船は人じゃないのでいいですよね?ってライラックがいけしゃあしゃあと言い放ってた。
アルフ先生は微妙な顔になってたけどエゲート殿下とかシャーマナイト殿下とかの顔を見て何も言えなくなってたな。…大人ってそういうところがある。
ライラックもエゲート殿下もフレイザー先生を指名してた。
二人とも体術特化のアルフ先生と戦いたくなかったみたいだ。
控え室でなんで?って聞かれたときにライラックは魔法陣の方が相性がいいって真面目に答えてたみたいだけど、エゲート殿下は「あいつ暑苦しいからやだ」って言ったせいで結構本気でアルフ先生落ち込んでた。…アルフ先生エゲート殿下のこと大好きなのにな。確かに暑苦しいけど。
デニスはアルフ先生を指名して一瞬でカタをつけてた。
アルフ先生も苦笑いだ。
デニスの身体強化から風船を守るのは無理難題だよな。
それこそシャーマナイト殿下みたいに一瞬でシールドを貼るとかしないと。…シャーマナイト殿下の魔法発動自然すぎて逆に不自然だった。瞬きしてたら壁貼られてたもん。どういうこと?
今年はレベルが高いぞって盛り上がる中でーーートーナメントが始まった。
俺は二年生だから一年の奴らと一緒に魔法剣術部の下っ端として治癒班の子たちと一緒に舞台袖で待機してたんだけど…横にいたイアハート先生が頭を抱えてたね。
みんなして競技場のシールドが震えるような規模の魔法をバンバン使うから。
魔法士団長の息子のジョージとかビバリーちゃんとかさ、中等部ではなかなか見られない規模の巨大な魔法竜とか作ってたんだけどーーー他のやつのインパクトが凄すぎて全く目立ってなかった。
だってライラックの使役獣の口が急に大きくなって向かってきた魔力の塊でできた竜を丸呑みしたんだぜ?
「ジョージの魔力…美味しくない。」
ーーー勘弁してやれよって思った。あいつの決死の魔法だったのに。
決着つかなかったのも面白かった。ライラックの打った魔法をジョージが反射して使役獣が食うんだもん。キリがないよな。アルフ先生が引き分けを宣言してて観客からはブーイングが上がってた。でも、あの使役獣が戦ったらジョージの命が危ない気がするのでいい判断だったと思う。
その引き分けのせいでエゲート殿下が一回勝っただけで決勝進出していた。
ライラックの魔獣とエゲート殿下が戦うの見てみたかったな。
もう一つの山はデニスとレイモンド先輩が戦ってたんだけど…正直ショックだった。俺の中でレイモンド先輩ってかなり強いイメージがあったんだ。
それでもデニスがレイモンド先輩を一瞬で戦闘不能にしててさ。いつもの部活は手合わせがすぐに終わらないように手加減してたんだなって嫌でもわからされた。
しかもトンって首の後ろ叩くやつで気絶させてた。
あれかっこいいな、余計な怪我もさせないし。…実力差がないと成立しなさそうな技だけど。
決勝の前にデニスとエゲート殿下が何か言い争ってた。
マイクは切ってたけど俺は二人の近くにいたのでバッチリ内容も聞こえた。
「お前の剣プロイセンの赤竜のやつだろ」とか「なんでこんなに赤の魔素が多いんだ」とか。
ーーーデニスがいい笑顔で笑ってたので何か仕込んでいるのかもしれない。まあ、普通に戦ったら魔力差で負けるだろうし、事前準備に時間をかけるのは当然かもな。
というか暑いのお前のせいかよ。こっそりどうやったのか聞いたら「シリルに頼んだ」って。…シリルって噂で聞いたけど主席魔法士なんだっけ?なんでもありだな。
アルフ先生の合図で試合が始まった。
開始直後にデニスが胸のサークルストーンの青の魔力と自分の赤の魔力使って大爆発を起こしたもんだから俺は久々にマントのシールドを使った。死ぬかと思ったね。
爆発でもうもうとしている会場でまた真っ赤な魔力の柱がドーンって上がってた。
ーーーデニスだ。どうしちゃったの?さっきの首トンってやった時のおしとやかさはどこに置いてきちゃったの?
俺らがドン引きしている中でエゲート殿下が黒魔法でシールドを貼ってるのが見えた。
不機嫌そうだけどまだ余裕そうだ。
そのシールドに向かってデニスが真っ赤な剣を振りかぶって切り掛かっていった。
さっきプロイセンの剣って気になる言葉が聞こえたからこっそり見せてもらったんだけど多分国宝級の品だと思う。
なんで持ってるんだよって思った。借りただけって言われたけど借りれること自体がおかしい。
赤竜さまの加護がついてるとかで黒魔法も破れたりするんだって。
デニスの秘策はこれみたいだ。いろんな条件が重ならないと無理って言ってたけど、多分今の連続攻撃がいろんな条件だったんだろう。
エゲート殿下が切り掛かってきたデニスを見て「げ」って顔になってたもん。
ブンって唸るような音を立ててエゲート殿下の真上に躍り出たデニス。
デニスが振りかぶった剣の赤魔力の輝きは眩しいほどだった。
やべえ殿下が切られるって思ったのは多分俺だけではない。
シャロン先生とかイアハート先生とか慌てた感じで立ち上がってた。
視界が真っ赤に染まるほど赤い魔素が満ちた空間で、デニスの剣がエゲート殿下の頭上に振り下ろされた。
会場からは悲鳴が上がり…すぐにざわめきに変わった。
エゲート殿下が消えたのだ。
デニスは剣の勢いを殺してストンと地面に着地してた。
そしてキョロキョロとしてーーー観客席の方を見て呆れ顔になっていた。
「エゲート様…そこで何やってるんすか。」
デニスの言葉で会場のカメラが木星の小部屋ーーー黒薔薇団の生徒が集まってる特別席だーーーを抜いた。
そして、なぜかエゲート様に絞め技をかけられているシリルが映し出された。
「お前なんてもん貸出してんだよ。ふざけんな。」
「痛い、パーシヴァル痛い!」
ポカンとする観客。
混乱した場を収めてくれたのはイアハート先生だった。
「ゴホン。エゲート殿下の離脱により優勝はデニス=ブライヤーズとする。…殿下は我が国のために黒魔法をあまり多用されないようにされている。すでに何度か今の試合で使用されたので限界と判断されたようだ。」
後でデニスに聞いたら突然消えたエゲート様は時空魔法?で空間を渡ったらしい。
デニスの斬撃が受けれないと判断したから…「空間って渡れるんだっけ?」っていう疑問を俺は賢く飲み込んだ。
突然出てきたり消えたりできるんなら太刀打ちのしようがない。
デニスが「色々察したらしいエゲート様に勝ちを譲られたよ」って悔しさと嬉しさが混じったみたいな顔で言うから凡人の俺はただうなずくことしかできなかった。
シンと静まり返った会場で…デニスが、泣きそうな顔で胸のサークルストーンに手を当てていた。
魔力が空っぽになっているのか今は透き通っているその青い石を握って剣を地面に突き立てる。
黒竜団が王に向かって誓いを立てる時みたいに片膝をつき、剣の柄を額に当てたデニス。
「我が忠誠はあなたのために。ーーー優勝したよ。ライラ。」
その目は真っ直ぐに木星へと向けられていた。
デニスのささやき声はーーー多分その場にいた俺らにしか聞こえていなかった。
だからアルフ先生がマイクに向かって叫んだもんでデニスはギョッとした顔になってた。
「ライラックのために戦った愛の騎士…デニス=ブライヤーズに大きな声援を!優勝おめでとう!」
アルフの放送もあり…観客は先ほどのデニスの行為を少し遅れて理解したようだ。
悲鳴のような歓声のような…ともかく会場からは割れんばかりの声援と馬鹿げた量の魔力弾が打ち上げられてた。
色とりどりの魔力で埋め尽くされた会場で、デニスは驚いた顔をしていたけどすぐに太陽みたいな顔で笑った。
ここで照れるのではなく笑顔で剣を振れるあたりがデニスだと思う。
その後の表彰式でもシャーマナイト殿下とエゲート殿下に連れられてまさに名前を呼ばれていたライラックが出てきたもんだから会場は大盛り上がりだった。
…いや、普通に決勝トーナメントに残ったから出てきたんだけどね。
デニスが駆け寄ってライラックを抱き上げたりするのもいけない。見せつけないで欲しい。
肝心の二人はーーー
「優勝おめでとうデニス!パーシヴァル様に傷一つつかなくてよかった。」
「ちゃんと寸止めする気はあったんだぜ?…ただちょっと焦げるかなとは思った。逃げられたけど。」
ーーーなどというずれた会話をしていたんだがな。
「愛の騎士に一言」などとアルフ先生が悪ノリしてライラックにマイクを向けてたけど「デニスはわたしにはもったいない子です」と母親のようなことを言っていた。
アルフ先生がなんか欲しかった回答と違うって顔になってたな。
ライラックが涼しげな顔で応えたせいもある。
やはりシャーマナイト殿下の側近になるだけあって只者じゃなさそうだ。羞恥心とかないのだろうか。
俺としてはライラックが意外とまともな回答をできることに驚いた。
口を開けば王族のことかミシェーラちゃんのことを言ってるイメージしかなかったからな。
デニスはその日高等部への授業料免除での進学権とーーー山ほどの勧誘を手に入れてた。
騎士団ではすでにどの隊に入れるかで盛り上がってるらしい。
ついでにライラックも有名人になってた。本人は気がついてなさそうだったけど。王子二人ががっつり見張っているせいで近づけないのが原因だろう。
最高にかっこいいヒーローになった友人が全部終わった後で俺に聞いてきた。
「俺の行動は自己満足じゃない…よな?ライラのためになったかな。」
実力も容姿も一流で全てを持っていて、これほど周りから称賛されているのにーーーどこまでも一人しか見えていない友人が俺は世界一馬鹿でかっこいいと思った。
「ニュートの俺から見てもお前の行動はカッコよかったよ。ライラックも喜んでるだろ。」
出まかせではない。ライラックも珍しくちょっと照れていたようなのだ。
「自分を大切にしないあいつの代わりに俺があいつを大切だって宣言してやる…そう決めてたんです。」
デニスが試合後に語ったスピーチの一節である。鉄仮面とか言われているライラックも流石にスルーできなかったようだ。
ミシェーラちゃん親衛隊情報だ。こっそり教えてやるとデニスはルビーみたく目を輝かせてどっかへ走っていった。
ライラックがなぜニュートのままなのかが学園七不思議になったとかならないとか。
ライラはこの日自室でひとり悶え…少し泣きました。