4の十八 「イアハートには怒られた」
魔石の扉で隔たれた王宮の一室。
ジョシュアの部屋は本人が許可したものしか入れない王宮内でも珍しい場所だ。
前期試験の勉強を自室で行っていたライラはーーー久々に現れたジョシュアとシリルによって王宮へと連行されていた。
ジョシュアがライラの首筋に手をはわせ、触診を行なっている。
ライラがその際に悩ましげな声を上げるものだから、同室にいるシリルの目が徐々に座ってきていた。
「はう…じょ、ジョシュア様…そこ、くすぐったいです。」
「我慢しなさい、今フェルとのパスを探っている、お、これか。」
ライラがついに膝から崩れ落ち…危なげなくその細い体をジョシュアが受け止めた。
「ロリコンめ。」
シリルの呟きを拾ったジョシュアが無造作に魔力の玉を投げつけた。
「うお!」と声をあげながらもシリルはその攻撃を避けている。
ーーー予想以上に気に入ってんだよなあ。本気で作戦変更した方がいい気がしてきた。
シリルはじっと二人を見つめる。
ジョシュアは相変わらずの無表情だ。
しかし、ライラを抱き抱えて自分の寝台へと運ぶ姿はどこまでも優しい。
くたりと横たわったライラに囁くように「すまない」と言っている。
「ライラ、どの色の魔力を流しすぎた?」
「あお…ちょっと多いです。きもちわるい。」
「わかった。」
ジョシュアは前髪を退けるとライラの額に触れ、ほんの少しの青の魔力を吸い出している。
「ーーーどうだ?」
ライラはふにゃりと笑みを浮かべた後でコクリとうなずきーーーすぐに寝息を立て始めた。疲れたらしい。
そんなライラにジョシュアが甲斐甲斐しく毛布をかけてやっているのをシリルは目を細めたまま見ていた。
寝てしまったライラの代わりに、飛び出してきたのはフェルだ。
「ボクふっかーつ!ってライラはなんで寝てるの?」
「それは、ジョシュアがーーー」
シリルの口をジョシュアがバッと塞いだ。
目線で「余計なことを言うな」と語っている。
「少し強引に治療を行ったから疲れたんだろう…それで、フェル。お前が寝込むほどの不調など異常事態だ。何があった?」
ジョシュアの問いにフェルは口を開きかけーーー何かに驚いたように固まった。
「じょ、ジョシュア。髪がほんのり赤いよ?…しかもその魔力って赤のだよね?」
ジョシュアはフェルの問いに「そうだ」とだけ応えた。
フェルは納得がいかない表情だったが…黙ったままのジョシュアと、悔しげな表情のシリルを見て何かを察したらしい。
「抱え込みすぎるなよ〜?ボクも言えないことはあるしお互い様かーーーそれでボクの不調の原因はよくわかんないんだよね。ヤナには近寄らないようにしてるし、季節がらかヤナもプレートの上からほぼ動かないし。」
フェルの答えにジョシュアは「やはりわからないか」と表情を曇らせた。
シリルも深刻な表情になっている。
「うちの女王の暗殺計画に、ライラの実家の空き巣騒ぎ…どちらも現場からは見慣れない『固有魔法』の魔力が出てるときた。」
シリルの発言をジョシュアが訂正する。
「わたしは見たことがあるぞ、うちに襲撃にきたイタリアの王族が同じ魔力だった。」
フェルは二人の会話を黙って聞いていたがーーー突然「あ!」と声をあげた。
「そういえば名前で呪われてる時こんな感じだったかも?一回あの方をめちゃくちゃ怒らせて百年くらい眠らされたんだけど、似たような感じだったかな?」
フェルの発言にジョシュアとシリルはピタリと固まった。
そして若干青ざめながら、顔を見合わせた。
口を開いたのはシリルだ。
「ライラの実家からなくなってたのって、ライラの両親の残した形見一式って話だったよね?…そこにライラの真名が書かれていたら…。」
ジョシュアも「最悪な事態だな」と渋い顔になっている。
「名前の呪いは強力だからその説が本当だとしたらすでに詰みか。」
シリルの呟きにフェルは「そんな!」と悲痛な叫びをあげた。
しかし、ジョシュアは「まだ諦めるのは早い」と顎に手を当てて言った。
「おそらくフルネームは掴まれていない。…わたしが強引に相手の魔力を打ち消すことで状態が回復するくらいだ。不完全な呪いの魔法だと考えていいだろう。しかもフェルの方が症状が重そうなことも奇妙だ。」
ジョシュアの推理にシリルはほっとした顔になったがーーーフェルが気まずそうに声をあげた。
「あー、多分相手はフルネーム掴んでるよ。そういえば、ボクがすっごく眠くなる前にライラの魔核に向かって嫌な感じの魔法が飛んできたんだよ。だからボク急いでそれ食べたんだ。」
「「…。」」
「ボクの方がライラよりも頑丈だし、今もライラは平気そうだからよかった。」
フェルから告げられた内容にジョシュアは「そうか…。」と答えていた。
彼にしては珍しいほどわかりやすく顔をしかめている。
ジョシュアは真っ黒な瞳をツウッとシリルに走らせた。
シリルも心当たりがあったのかびくっとなっている。
「シリル、フェルが跳ね返せないほどの呪いの魔法を使う魔法使いがいるのなんて、今ではプロイセンくらいだと思うんだが。」
「わ、わからないじゃん。イタリアにもまだいるのかもよ?」
「あれほどあっさり国が崩壊したのだぞ?壁も貼れずに。ーーーお前の国も調べているだろう?わたしのとこにきた王族の魔力が一番大きかったし、その王族も今では非魔法使いだ。」
ジョシュアの視線を受け…シリルは降参とでも言うように両手をあげて見せた。
「確かにうちの魔法使いが怪しい。ーーーでも俺はその件には全く関係してない。これは本当。」
ジョシュアが「女王に誓えるか?」と聞くも、シリルは間髪入れずに「誓える」と頷いた。
ーーー関係はしてないけど、俺以外にもライラ抹消の命令が出てる可能性は高いな。…情報を明かすのが早すぎたか。身内だと思って油断した。
シリルが内心で舌を噛んでいると、ジョシュアが「シリル」と名前を呼んだ。
シリルは顔を上げ、人形のように整った美貌のジョシュアを真っ直ぐに見返した。
いつの間にかジョシュアの合図を受けてフェルが防音魔法を貼っている。
黒いカーテンで覆われた空間の中で、ジョシュアは言った。
「端的に言う。ーーー国を裏切れ。」
シリルは「は?」と気の抜けたような声を発し…すぐに怒りで瞳を燃え上がらせた。
しかし、そんなシリルを見返すジョシュアの表情はどこまでも凪いでいる。
「ジョシュアは自分が何を言ってるのかわかってるのか?俺は主席魔法士だぞ?」
シリルがジョシュアにつかみかかる。
襟元を鷲掴みにされ、怒りの形相で凄まれようが、ジョシュアは全く動じていない。
「ーーーお前も感じただろう?このままではプロイセンは内側から崩れ去る。王族が一人になっても内輪揉めしているんだ。赤竜さまが早く眠りにつくことになってしまった意味を考えなかったわけじゃないだろう?」
シリルはハッとしたように「なんでお前がそれを…。」と呟き、次に何かに思い当たったらしい。悔しげな表情になった。
「まさか、お前が転移魔法を使えるようになってるのって赤竜さまのせいか?」
ジョシュアは応えることはなかったが、否定もしなかった。
シリルはジョシュアの襟元を離し、ふらふらと離れて行った。
悔しげに壁を殴りつけている。
ジョシュアはそんなシリルを感情のこもっていない目で見つめていたがーーーやがて口を開いた。
「お前にはうちの国で何か指示が出ているんだろう?…それを裏切ってこっちにつけ。もっといえばライラを守れ。ーーー今までも毒物や攻撃魔法は弾いてただろう?そのまま続けてくれればいい。」
シリルは「なんで毒物の件とか知ってんだよ。」とジョシュアのことを不可解そうに見た。
黙ってジョシュアがシリルを見つめている。
シリルは観念したように口を開いた。
「ずっと気もち悪さがあるっていうか、何か大きな見落としがあるとは思ってた。ーーー女王の命令だったから遂行する気しかないけど、俺以外の人間が動いている時点で読み筋が狂ってきてる。」
そう言って黙り込んだシリルにーーージョシュアが最後のカードを切った。
「このままだと、女王、赤の王族全てが消える。お前はそれでもいいのか?」
「ーーーーーーは?」
シリルは信じられないとでも言いたげに茫然とジョシュアを見つめた。
ずっと黙っていたフェルが納得したように口を開いたのはその時だ。
「赤竜が自分を犠牲にしてまでかけた魔法だから何かあるとは思ったけどーーーなるほどね。赤がいなくなるんだ。」
そりゃあ大変だ、とたいして大変だとも思ってなさそうなフェルの声が響いた。
シリルはふらふらとよろめき、ぱっとその場から消えた。
ーーーリン。
鈴の音だけが残される。ジョシュアはサッと踵を返し奥の自室へと消えていった。フェルもふよふよと飛んで彼に続く。
「ねえジョシュア。」
フェルの呼びかけにジョシュアが足を止める。
「ボクがいなくなっても、ライラを守ってね。」
「…。」
フェルはジョシュアの見た光景は知らない。
それでも急に変わったジョシュアの態度から、彼の知っている未来でライラの身に何かが起きるのだと想像することは容易かった。
「多分ボクは赤の払いきれなかった代償を精算しないとダメな気がする。ーーーいっしょにいられる時間があまりにも短かったなあ。」
フェルはそう呟くと、眠っているライラに近寄っていって頬擦りした。
ジョシュアは言葉を発さずに一人と一匹のやりとりを見守っていた。
◯
翌朝。
ライラはパチリと目を覚ましーーー自分のすぐ横にあるジョシュアの整いすぎた横顔に声にならない悲鳴をあげた。
「◯△#$%&!!??」
「ライラック、起きたか。ーーー学園に行くぞ。」
ーーー寝起きの美形の色気、心臓に悪すぎる…。
目を瞑っていただけで眠ってはいなかったジョシュアに体調は大丈夫か?と確認され、ライラは放心しながら頷いている。
今なら何を聞かれてもライラは首を縦にしか降らないだろう。それくらい混乱していた。
ジョシュアの芳しい香りが自分にも写っていることを感じ、ライラが「幸せすぎて死にそう」しか言わなくなっている状態のまま、二人は学園へと登校した。
跳ねまくっているライラの髪を整えたり、鞄にしまってあったマントを引っ張り出してつけさせたりしたのはフェルだ。
「しっかりしなよ〜」
と呆れたようにいいながらもテキパキとライラの身支度をしていく使役獣を見て、ジョシュアの使用人たちは感心していた。
ライラが正気を取り戻したのは教室に入ってからだ。
「ハッ!」と声をあげてパチリと瞬きをしていた。
ほぼ同時に教室へと入ってきたシリルがライラの横を通るときに「めちゃくちゃ黒薔薇の匂いするじゃん。」と呆れたように言っていた。
デニスが「お、フェル久々に飛んでるな!」と元気な声をあげている。
ライラはスキップでもしそうな勢いで自席へと向かった。
浮かれ切ったライラを現実へと引き戻したのはミシェーラだ。
「ライラ、一限目の魔法薬学のテストのこと覚えてる?」
「ーーーあ。」
ライラはその日、初めて小テストで赤点をとった。
C評価をつけられながらもいまだに少し機嫌が良かったためにミシェーラやデニスに呆れられていた。
ミシェーラが何度もライラのうなじを見て首を傾げていたのにも気がついていなかったくらいだ。
「じょ、ジョシュア様の寝台で寝た!?」
昼休み。あまりにもご機嫌なライラの様子を不思議に思ったミシェーラの質問によって、ライラとジョシュアが昨日同じ寝台で寝たということが暴露された。
大声で叫んだデニスをミシェーラが叩いている。
案の定、近くにいた生徒がギョッとした顔で振り返っていた。
しかし、デニスにブンブンと揺さぶられながらもライラは「ウヘヘ」と締まりのない顔で笑うばかりだ。
「お前隙だらけなんだからもうちょっと警戒心もてよ!ジョシュア様だって立派なマスキラだぞ?だったら俺とも…痛え!」
デニスは再びミシェーラによって叩かれている。
ライラはといえば「ジョシュア様がこんな平凡にどうこう思うわけないじゃん」と真顔で返していた。
「ーーーその割には仲むつましげじゃなかった?」
シリルの呟きに応えるものはいない。
途中で合流してきたパーシヴァルとレイモンドも、フェルから事情を聞き、驚きで目を見張っていた。
「あいつが自分のテリトリーに入れたの?…ライラって本当に人間?竜の子供ですとか言われたほうが納得できる。」
フェルはそんなパーシヴァルを見て笑っている。
「赤竜に何か言われたみたいだね。ボクも目が覚めたら急に過保護になっててちょっとびっくりした。」
フェルの言葉にパーシヴァルは「竜に頼まれたならありえるな」と納得の表情を見せていた。
「ジョシュア様に優しくされても大騒ぎするだけでフィメル化しないのがライラらしいわよね。」
ミシェーラの呟きにパーシヴァルが吹き出した。
「ライラはおこちゃまなんだろ。ーーージョシュアもペット可愛がってる感覚なのかもな。」
「でも赤点取るからかまいすぎるなってジョシュアに言っとかねえと」とパーシヴァルが言い、レイモンドが「どちらが年上なんだかわかりませんね」と笑っていた。
ミシェーラも合わせて笑い「勝てないなあ」と隣に座ってるパーシヴァルにしか聞こえないような声で呟いた。
パーシヴァルは目線だけでミシェーラに問いかける。
「儀式が失敗するかもって思って、もう希望なんてないって思ったけど…ライラを見ていると全てがどうでもよく見えるっていうか。」
ミシェーラの言葉に確かにとパーシヴァルはうなずいた。
「あいつ何が起ころうとジョシュアがいれば幸せだって本気で思ってそうだよな。」
「単純馬鹿だな」と笑ったパーシヴァルの目は口調とは裏腹に優しいものだった。
どんなに辛い時でも、人は笑うことができる。
上機嫌なライラは意図せずして周りを笑顔にしてしまうような雰囲気があった。
「この後は黒魔法ですよね!?またジョシュア様に会える!」
ライラが授業万歳!と言ったタイミングでちょうど予鈴が鳴った。
一同は廊下を移動しながら、わいわいと話し続けている。
時折周りの生徒が「黒薔薇団の皆様だ」などとささやいているのだが、彼らは慣れた様子で注目されていることを全く気にかけていなかった。
デニス様〜!黄色い声が上がり、デニスが照れたように手など振り返していると…一人の生徒がデニスの横を歩いていたライラの前に進み出てきた。
「あ、あの、ライラック様、これボクの自作の魔道具で、その、身体が弱いって聞いたのでよかったら使ってくださいっ!」
耳まで真っ赤にしながら差し出された箱にライラは驚いたように目を見開いたが…すぐににこりと笑って箱を受け取った。
意外と中身が重かったのかライラが荷物を取り落としそうになるが、デニスがすかさず横から支えている。
「俺が持つよ」「いやいいって」などというやりとりの間にその生徒は何処かへ走り去っていってしまった。
ミシェーラは見慣れない顔ね、と首を傾げていた。
スカーフの色から一年生だと思われる生徒。入学したばかりの一年生と三年生であるライラたちは大した接点もない。
「お礼も言えなかったな。」
ライラが苦笑いしていると、デニスが「授業遅刻すんぞ」とライラの袖を引く。
ライラは後で中身を確認しようと鞄に箱をしまうと急ぎ足で黒魔法の教室へと向かったのだった。
ジョシュアの黒魔法学の授業は週に一回しか行われない。
対象は最高学年の四年生。
黒竜の儀の器探しを終えたため、実技の授業に顔を出さなくなったジョシュアが唯一受け持つ授業でもある。
その唯一の授業には、一、二、三年生までもがジョシュアの授業を見ようと教室に押し寄せるためーーー自然と全校生徒参加のような状態になってしまっていた。
ライラは飛び級予定なので在籍は三年生だが四年生の授業を受ける権利がある。
ジョシュアの目の前、真ん中の最前列をいつも通り陣取ってジョシュアを見上げてニコニコとしている。
いつも巻き添えにされるシリルは渋い表情だ。
「後ろで寝てたい」などとぶつぶつ文句を言いながらも、一応は授業を受けている。
名目上はジョシュアの授業を受けるための留学なのだから当然かもしれないが。
イアハートが行っていた去年までは座学が中心だったこの授業だがーーー今年だけは、ジョシュアが実演する黒魔法を見た生徒たちが感想を書いてレポートとして提出するというものに変わっていた。
ジョシュアは教壇に立つとーーーぐるりと教室全体を見回した。
教室に集まっている生徒の数を見て「他の授業はいいのか…?」と首を傾げるところまではいつも通りだった。
しかしライラは知っていた。むしろ教師たちが率先して自習にしてこの授業を見にきていることを。
ジョシュアが教師の魔力を覚えればその事実に気がつくのだろうがーーー
これまでの授業では生徒が放った魔法を無効化してみせたり、魔獣を倒して見せたりとしていたのだが…その日は少し趣向が異なっていた。
「黒薔薇団からわたしのもとにこのような嘆願書が届いている。『魔力増幅を競う大会をやらせてほしい』と。ーーーイアハートに相談したが却下された。今年の学生は質が良く、魔力量が多いために制御できなかったら困るというのが却下理由だ。」
イアハートの一番の却下理由は「万が一シャーマナイト様に何かがあったらどうする気だ!」というものだったのだが、ジョシュアはその辺りの配慮は全く汲み取らなかったらしい。
「生徒たちのためか」と真面目に頷いていた。
一部の生徒たちから落胆のため息が上がる中ーーージョシュアの話は続く。
「しかし、わたしは学生たちがせっかく考えてくれた企画を全くなくしてしまうのはもったいないと思った。そこでこの授業だ。ーーー好きなだけ増幅してわたしに放ってみなさい。順位をつけてやろう。」
ジョシュアの提案に教室からはワッと歓声が上がった。
シリルは「え、俺もやっていいかな?」とつまらなそうだった表情を一変させて珍しく瞳を輝かせていた。
今日を第一回目として毎月開催することになった魔力増幅大会。
ライラは「へえ」と完全に他人事のように盛り上がる生徒たちを見ていたがーーー横からシリルに突かれている。
「何関係ありませんみたいな顔してんだよ。ライラもあっちいって参加者の列並ぶぞ。」
「え、でもわたしは増幅なんてやったこともないし…。」
ライラがやったことがないというのは当然の話だった。
そもそも魔力増幅は体内の魔素ではなく空気中の魔素に働きかける魔法なので、反魔法と同じで難易度が高いのだった。
危険度も高いために普通は高等部で学ぶ内容なのだ。
しかし、例外もある。
シリルが言っているのはまさにそれだった。
「確かに増幅は高等技術だけどーーー黄色属性は別だろ?フェルを連れてるライラが参加しないなんてなしだろ。」
そう言ってシリルはライラをずるずるとひきずっていった。
「ジョシュア様に魔法なんて放ちたくない…。」と渋っているライラの訴えは完全に無視されている。
ジョシュアはオズワルドを使って生徒たちを一列に並ばせていたがーーー真ん中らへんにいたシリルとライラ、フェルを見つけると「お前らは最後尾に行け」と顎をしゃくった。
なぜ?と首を傾げるライラ。
シリルは対照的に納得の表情の後で「そんなこと気にするなんてお前本当に丸くなったな」と軽く驚いている。
再びシリルに引きずられながら、ライラは「なんで最後尾?」と首を傾げたままだ。
シリルは「なんでわかんねーの?」と呆れ顔だ。
「お前…というかフェルと俺は明らかに魔力量と増幅の熟練度が違うから他の生徒に気を使ったんだよ。俺らの後にやるのがかわいそうだと思ったんだろ。」
ーーーそうなの?まあ、わたしはジョシュア様の黒魔法が見られればなんでもいいんだけどさ。
一列に並んだ生徒たちは見事に黄色属性を持つものばかりだった。
ジョシュアの「前から順番に来い、発動のタイミングはいつでもいいぞ」という指示に合わせて次々に魔法を行使していく。
どこから取り出したのか、ジョシュアが「10点」などと書いた札をあげているのを見てシリルとライラは顔を見合わせて笑っていた。
「いつの間に用意したんだよ。ーーーお、9点が出た。」
ちなみに今まで出た最高点が10点…ちゃっかりと参加していたジョーハンナだった。次点でジョージの9点だった。
皆が「10点満点か」と勝手に想像している中でーーーいよいよシリルの番になった。
シリルはジョシュアの前に出ていくとーーーニヤリと笑った。
「どんくらい本気でやっていい?シャーマナイト先生?」
ニヤニヤとしているシリルに対しーーージョシュアは片眉を上げて見せる。
「誰にものを言ってるんだ?ーーー俺だぞ。本気でやっていいに決まってんだろ。」
ジョシュアのこの発言に会場からは歓声が上がった。
シリルはおかしそうに笑っている。
「失神するやついても文句いうなよ?ーーーリミッター解除。」
シリルが呟くとーーー彼のつけていた腕輪が三つ弾け飛んだ。
ブワッと広がった魔力にーーーシリルの言葉通り、バタバタと倒れた生徒が数名いた。
ーーーえええ、隠してた風だったじゃん。急にどーしたの?
ライラは内心困惑する。
実は敵でいる必要がなくなったためにシリルは面倒な気遣いをやめたのだがーーーライラはそのことを知らない。
「いくぞー。魔力増幅。」
テニスボール大の真っ赤な魔力球がシリルの掌に現れた。
グングンと魔力濃度を上げていくシリル。
バチバチと空気の魔素が震える音がする。
生徒たちは凄まじい量の魔力がどんどん圧縮されていくのを見て目を見開いている。
そう、「魔力が多い=球も大きくなる」だと思っていたためにシリルのやり方は生徒たちにはないモノだったのだ。
シリルが魔力を解放した次点でライラのそばへと駆け寄ってきていたデニスはぽかんと口を開けていた。
ミシェーラは参加者側だったのだがーーー呆れ顔になっている。
「姿がいくら学生でもこれはバレても文句言えないわよ。ーーー肌がヒリヒリするってこういう感覚を言うのね。」
ジョシュアはといえば「流石にこれは外すか」などと言って腕にはめていた魔力制御の腕輪をオズワルドに放っていた。
ジョシュアからも魔力がばっと膨れ上がりーーーさらに数名の生徒が失神した。
「わー、魔力大戦って感じ!」
フェルが心底楽しそうに舌をちらつかせた。
ライラは「ジョシュア様ちょっと楽しそう!」と目を輝かせている。相変わらず魔力の威圧は感じていないらしい。
しばらくしてピタリとシリルの魔力の動きが止まった。
「いくぞ。ーーーたのむから全吸収してよ?俺責任取らないから!」
ブンっと勢いをつけて投げられた真っ赤な魔力の球は凄まじい熱量を上げながらジョシュアへとまっすぐ飛んでいく。
生徒たちからは悲鳴が上がりーーーすぐにその声は歓声へと変わった。
「だから要らぬ心配だと言ってるだろう。」
ジョシュアは涼しい顔で腕を一振りしてシリルの魔力の球を消して見せたのだ。
シリルは「ちょっとくらいてこずれよ」と口を尖らせている。
ジョシュアはオズワルドに目配せしてーーー受け取った札をあげた。
点数は98点。
会場からはどよめきの声が上がった。
ーーー10点満点じゃなかったんだ!
ライラも皆と同じく驚いていたが…すぐにジョシュアに名前を呼ばれて前へと進み出た。
同じく始めようとしたライラにストップがかかる。
ジョシュアはライラとーーー頭上を飛ぶフェルを見ながら言った。
「私の魔力暴走が起こるのはさっきのシリルの魔力の五倍からだ。ーーーフェルわかったな、それ以下だぞ?」
ジョシュアの指示にフェルは「えー!」と不満げな声をあげた。
「もっと増幅しよーよ!さっきのシリルも途中でやめちゃってたしさ。」
フェルの声にシリルはびくっとなっていた。
「言うなよ…。」とフェルを睨みつけることでーーー「まだ本気じゃなかったの!?」と周りの生徒を引かせている。
しかし、ジョシュアは首を横に振った。
「イアハートが顔色を変えて合図を送ってきたんだよーーー察しろ。」
現状ですでに三割程度の生徒が失神していた。
これほどの魔力に当てられたことがなかったのだ。
実はこっそり授業を見学に来ていたイアハートが「これ以上はやめてくれ!」とシリルに見える場所で大きくバツ印を作っていたのだ。
フェルは不満げだったが「しょうがないなあ」と妥協の姿勢を見せイアハートをほっとさせた。
フェルはライラへと向き直り、「青にしよっか」と舌を出した。
突然話を振られたライラは「へ!?」と声をあげている。
「わたしも参加するの!?」
「当たり前じゃん。増幅はボクがやってあげるから大きな魔力の感覚に慣れときなよ。…それに黄色の魔力をぶつけるとジョシュアの負担が増えるからね、無難に青にしとこう」
囁くように最後の方は告げられた。
ハッとしたようにライラはうなずく。
ーーーそうか、いくらジョシュア様が最強だからって相性の法則は成り立つわけね。黒と黄色はお互いが弱点なんだっけ。
ライラはそんなことを考えながら杖を取り出した。
「あいつ杖使うとかダッサ」と数名の四年生が鼻で笑いーーーその後の光景を見て顔色を変えた。
ライラは杖を出すとさらさらと空中に魔法陣をかいた。
基本的な水の玉を出す魔法陣である。
「水よ。」
短い言葉とともにかなりの魔力が込められた青い巨大な球が浮かび上がった。
生徒からはどよめきが上がる。
「増幅もせずにあの水球出せるって何気にすごくない?」
「ジョージも出してただろ?」
「ジョージって9点じゃなかった?」
しかし、フェルが鼻歌まじりに水球の周りを回り出した途端ーーー膨れ上がった魔力に皆が口をつぐんだ。
ーーーちょ、フェル!もっとゆっくり!破裂しそうなんですけどおおお。
ライラは内心大パニックだったが、なんとか水球の形を変えずに魔力の球を支え続けた。
「フェル、そこまでだ。」
ジョシュアの静止によってフェルはピタリと止まった。
そして渋々と言った様子でライラの頭上に戻る。
ライラは額に玉の汗を浮かべながらも、なんとかジョシュアの方へと杖を向けた。
「行け!」
ライラの掛け声とともに大量の魔力を含んだ水球がジョシュアの方へと飛んで行った。
ジョシュアは先ほどと同じように腕を一振りしーーーほんの少しだけ口元をあげた。
「きれいな魔力だ。点数はーーー100点。」
「え。ずるくねえ!?これ贔屓でしょ!」
シリルのそんな叫びだけが教室にはこだました。
やいやいといい争いを始めたシリルとジョシュア、二人に挟まれてオロオロとしているライラを呆然と生徒たちは見ていた。
「これが、魔力増幅…。」
そんな呟きが自然とこぼれ出ていた。
魔法詠唱学の座学で理論ではすでに習っていた。
頭ではわかっていたのだがーーー実際に目にしたことで皆の理解が数段深まったのだ。
騎士団の身体強化と魔法士団の魔力増幅。
お互いの得意分野として語られる技術だがーーートップ層に至ってはどちらも使いこなせて当然の、重要な魔法操作技術なのだ。
身体強化にばかり力を入れがちだったデニスなどにも「魔力増幅も練習しなきゃダメだ」と気づかせるのは十分だった。
授業を放り出して見学に来ていたイアハートやその周りにいた教師陣は「若いうちにこれが見れるとは今の生徒たちは恵まれていますなあ」と羨ましそうな顔になっている。
イアハートはやれやれと言った様子で首を横に振っていた。
「百聞は一見に如かずとはまさにこのことーーー殿下には感謝してもしきれませんな。…失神者の多さは考えものですが。」
ジョシュアがシリルに魔力の球を投げつけたシーン。普通の魔法使いにやったら死んでます。
シリルだから「やめろよ〜も〜。」で済んでます。はい。




