4の三 アツム先生の建築魔法講義
一月になった。
アメリアイアハート魔法学園は一面真っ白な雪で覆われる。
吐く息が凍ってしまいそうな寒さ。
ライラは今朝方さらに厚みを増した雪を踏みしめながら待ち合わせ場所である部活棟へと向かう。
ケイマプレートでのんびりと向かうと、竜の絵画の正面にライラを呼び出した張本人、アツムが待っていた。
「ライラちゃーん!久しぶり!ホリデーはどうだった?」
ひらひらと手を振るとライラをハグして迎えてくれた。
ライラはなぜか抱きこまれた状態のまま会話することになる。
「楽しかったですよ。レイモンドさんの代わりにパーシヴァル様のお供してました。」
「えーすごーい!」と声を上げるアツム。
ーーー離れてくれないかなあ。
「あの、ニュートに抱きつかれる趣味はないっていうか、先輩のファンからの視線が怖いっていうか。」
ライラはぐいぐいとアツムを押すが、アツムはーーー明らかに身体強化を使っていると思われる力強さでライラを抱え込んでいる。
「相変わらずほっそいねえ。」
ライラの抵抗を全く気にした様子がなくウエストをさすさすと撫でてくるアツム。
ライラは諦めたように力を抜いた。
アツムは「あ、抵抗しなくなった!」と楽しそうに言っている。
ーーー何がしたいんだこの人。
アツムになぜかセクハラを受け続けたライラはーーー後からやってきたデニスの登場で、アツムの目的を知ることができた。
あまりにもくだらない理由にため息をつくことになるのだが。
「遅れました…って何やってんすかアツムさん!」
「え、デニスへの嫌がらせだけど。」
はああ!?と大声をあげたデニス。
ライラは思わず空いていた手で耳を塞いだ。
明るい人物ほど地声が大きい気がするのは気のせいだろうか。
ぎゃあぎゃあと騒ぐデニスをアツムはライラをダシにからかっている。
いつまでも騒いでいるデニスに、ライラは呆れていたが…不意に「くしゅん」とくしゃみが出た。
「あ、」
アツムが声を上げた時にはライラはデニスに回収されていた。
「首を冷やすな、肌を出すな。」と言われてあっという間にふわふわとした毛皮のようなもので覆われる。
「何これ!めちゃくちゃあったかいねえ。」
ニコニコとライラが笑うとデニスもようやく笑顔になった。
「プレゼント。スノウラビットっていって弱いんだけど毛皮はめちゃくちゃ人気なんだって。ーーー俺はキャラじゃねえからライラにあげようと思って。」
詰まるところ、「俺はキャラじゃない」のにわざわざ捕獲したという意味である。スノウラビットは警戒心が強く見つかりにくいことで有名だ。ついでで見つかるような魔獣ではない。
使役術師を志して以来、魔獣についてライラはそこそこに詳しかった。そのため、スノウラビットの希少価値も正しく理解していた。
ライラはしっかりと耐魔、耐破損加工されたそのプレゼントが一体いくらするんだろうと考えーーーポンと手を打った。
そう、今回はライラからもお土産があるのだ。
ライラはカバンをゴソゴソと漁りーーー二つの魔石を取り出した。
白金に輝くその魔石にデニスとアツムが息を飲む。
「ベルギー王国に行ってきたのでお土産です。…二人は甘いもの好きかわからなかったので魔石にしました。…綺麗でしょう?」
デニスは「白金は珍しいなあ。ありがとう!」と満面の笑みで受け取ったが、アツムは固まっている。
「…え、スノウラビットの毛皮とか白金飛竜の鱗とかって学生がホイホイ渡すものなの?結婚とか入学祝いレベルのプレゼントじゃないの?」
受け取った魔石を見て混乱するアツム。しかしほのぼのと休みの間の出来事を語り合う二人を見て考えるのをやめたらしい。スッとポケットにしまっていた。
ちなみにライラはミシェーラには白金魔石以外にもチョコレートやアクセサリーなどたくさんのお土産を渡している。
完全な贔屓であるが「ミシェーラは可愛いからね。」と理由になっていない説明をしてフェルを呆れさせていた。
「え?じゃあ、ベルギー王国の治癒院で見てもらったの?…すげえなあ、あそこ他国の患者は受け入れてもらえないって聞いたけど。」
「まあそこはジョシュア様がね。あとはシャロン先生も紹介してくれたみたいで。」
「シャロン先生が?…あいつまじで何者だよ。シャーマナイト様ーーー国の上層部ならあのベルギー治癒院にも融通が効くのか。」
天気の話をするくらいの気軽さでとんでもない単語をぽんぽんと放つ二人。
アツムは「そういえばこいつら将来王族側近確定組だったな」と苦笑いしている。
ーーーまあ、「おもしろいこと」を確実に運んできてくれそうなコンビだよねえ。
アツムはニヤリと笑って、後輩二人をそばに停めてあった自前のプレートに乗せた。
ライラは首を傾げている。てっきり部活棟に入るものだと思っていたらしい。
「アツムさん、今日は何するんですか?」
デニスの疑問にアツムはニコニコと笑った。
「決まってるじゃん!期末考査が終わったらあとは卒業試験だけだよ。」
一年生二人はアツムの言葉に首を傾げる。
アツムは「まあ見ればわかるよ。」と説明を放棄してきた。
そんなアツムによってプレートは学園の南に広がる「試験場」と呼ばれているエリアに入って行った。
石で舗装されていた地面はいつの間にか土へと変わっている。
草の匂いと鳥たちのさえずりの中にプレートの動力魔石の音が響く。
ライラたちの視界には一面森の緑が広がっていた。
しかし、一言で森とはいってもやはり魔法世界。
ヒマワリと薔薇を掛け合わせたような植物と犬型魔獣が喧嘩をしていたり、木が煩わしそうに自分の枝に積もった雪を振り払っていたり。
極め付けは建物のように大きな傘をもつ色とりどりのキノコ。
ちょうど一行は三つ並んだ真っ赤なキノコの傘の下を通過しているところだ。
そしてその傘からパラパラと落ちてくる虹色の胞子にライラは目を奪われている。
試験場の森に夢中なライラとは対照的に、アツムは慣れた様子で三人を乗せたプレートを進めていく。道らしき道などないのにアツムには全く迷いが見えない。
デニスはそんなアツムのプレート捌きに終始感心しきりだった。
いくつかの小山が見えてきたあたりでアツムがプレートを停めた。
ライラたちはアツムに促されるままプレートから降りる。
フェルはスーッと移動してライラの頭の上にとまった。
そして偶然ライラの頭にとまっていた真っ青な蝶に向かって威嚇している。「ライラはボクの!」などと蝶に向かって話しかけ、ライラに笑われている。
そしてアツムは二人を手招きしてーーーある線の引かれた場所で止まった。
草地の中にはっきりと引かれた線。ライラは線がどこまで続いているのか見ようと思ったが、終わりは目視できなかった。どうやら山を一周するように引かれているようだ。
またアツムが寄りかかっている木製の立て看板にはなぜか真っ黒な字で「アツム=サクライ」と書かれていた。
二人が看板に目を向けたところでようやくアツムが口を開いた。
「見ての通り、ここは俺の場所です!…デニスたちは卒業試験の内容は聞いてる?」
アツムの問いに、ライラとデニスは顔を見合わせた。
「俺は兄ちゃんから聞かされてるから知ってるけど…。」
「わたしは知らないです。」
それぞれの回答にアツムは「おっけい」と答えると空中にスラスラと文字を書き始めた。
黒板がないなら空中に書けばいいということらしい。
魔力が少ない生徒なら「もったいない!」と憤りそうな行為だが、幸いここにいるメンバーはそんなことは気にしていなかった。
ライラが「アツムさん左利きなんだあ」という的外れなことを考えていると、アツムが指を止め「はい注目!」と手を叩いた。
「卒業試験の概要と流れを説明します。君らも来年受けるんでしょ?知っといたほうがいいよー。」
アツムはそう言って、主にライラを見ながら説明してくれた。
まず卒業できるのは十チームのみ。
これにはライラは青ざめた。つまり、十名しか卒業できない可能性もあるのだ。
「毎年卒業できない…いわゆる仮卒の生徒がたまっていってるんだよねえ。だから学生の在籍する生徒総数が百人近いわけ。」
「卒業試験の人数が七十人近くて変だと思ったのはこのせいか。」とデニスも頷いている。
入学人数は30名。その中で進級時に十名前後の落第者が出る。
すると最高学年では十名前後しか残らない計算になってしまうのだが…この、仮卒業組と三年次に加わる外部編入組の存在があり魔法学園の生徒の在席数自体は百名ほどになっていた。
ライラは「へー。」とたいした関心もなさそうな顔だ。今まで生徒の人数が少ないことなど気にもかけていなかったらしい。
アツムはライラの顔を見て、「王族の話以外は本当に興味なさそうだな。」と苦笑いした。
「卒業試験…この間年末にやったやつね。あれに受かれば『仮卒業』の免状は出してもらえるの。魔獣ハンターとかになるならこれで十分かなあ。でも、大半の生徒は騎士団か魔法士団入りのために高等部に進学したいから卒業試験を受けるね。」
「仮卒業の存在は知らなかったね。」とデニスとライラが顔を見合わせている。
アツムは素直でよろしいとニコニコしている。
「まあ、君たちは受かる組だろうから眼中にないだろうね。ーーーそれで肝心の試験内容だけど、課題は三つ。」
アツムは空中の文字を指差す。
1、上位魔獣を十体狩る
2、建築魔法で城を作る
3、邪竜(仮)と戦う
アツムの説明を受けてデニスがハイッと手をあげた。
「上位魔獣十体ってそもそも見つけんのが大変じゃないすか?」
デニスの意見にアツムが「さすがいい着眼点」と手を叩いた。
そしてにっこりと悪い顔で笑う。
「ここよりずっと深いところに行かないと上位魔獣なんてまずいないし…普通は上位魔獣を見つけて狩るのに一週間はかかる。ーーーでも俺たちにはフェルがいるからね。ここは相当時間を短縮できると踏んでるよ。」
名前を呼ばれたフェルは、ライラの頭の上で「?」と頭を傾げた。
ちなみにまだ蝶はフェルの横にいる。よほどライラの頭は居心地が良いようだ。
視線を集めた彼は「一日もいらないよね?」という頼もしい発言をしていた。
ライラが「さすがはフェル!」と笑う。
アツムは内心で「まじでフェル君とデニス獲得できた俺ラッキーボーイ」と呟きつつ…デニスの方を見た。
「ライラちゃんフェル君コンビに一つ目の課題をクリアしてもらってる間に、俺たちは建築魔法の土台づくりをしよう。ーーー力仕事になるけど、デニスパワー系の魔法は得意でしょう?」
アツムはそう言って背後の小山を指差した。
「デニスは四分の一くらいあの山を削って欲しいんだ。そこに俺が巨大化の魔法陣を描くから。ーーーライラちゃんが戻ってきたタイミングで三人で建築魔法を発動するよ。」
山を削れという指示には「わかりました。」とうなずいていたデニスだが、次の「建築魔法」という言葉には顔をしかめた。
ライラも似たような表情だ。
ーーー「建築魔法」って細かいこと全く知らないけどなんだかややこしそうだよなあ。
二人の心の声が聞こえたのかアツムは「そんな顔すんなよ」と笑った。
「今日呼び出したのはーーーというかこれから一月後の試験本番まで、みっちり俺が建築魔法教えてあげるから!…卒業試験の補助員になってくれた二人への俺なりの謝礼だと思って。…出世には必須技能よ?」
アツムのいうとおり、建築魔法は騎士団、魔法士団問わず全ての魔法使いが使えたほうが良いとされている。
戦場、魔獣狩り、護衛任務…テントのような大きな荷物を持って行かなくても快適な住居空間を作れるこの魔法は非常に重用されているのだ。
渋々と納得させられた二人は、アツムの建築魔法講座を受けることになった。
「デニス、机と椅子出してー。」
アツムの命令でデニスは空間鞄の中を探る。
「よっと」という軽い掛け声でソファと立派なテーブルが飛び出してきた。
緑あふれるこの場にはあまりにも不似合いな豪華な家具類にアツムが引きつった笑みを浮かべている。
ライラは「高そうな家具、さすがはおぼっちゃま」と冷静に分析していた。
何はともあれ腰を落ち着けた三名。
アツムは先ほどの文字を消して新たに魔力を使って文字を書き始めた。
スラスラと書かれていく綺麗な文字や数字の羅列にライラは「先生にでもなれそうだな」と感心していた。
「何にも知らないと思われる二人には超基本から教えてあげるね。…詳しいことは高等部で習って、俺は自己流だから。」
そんな前置きと共に、アツムは「ジャーン!」と言って真っ白な粘土のようなものを取り出した。
ライラはプレートに謎の巨大な箱が積んであることには気がついていたのだが、どうやら中身は建築魔法の材料だったようだ。
アツムはニコニコと笑いながら説明を続ける。
ライラはどうやらアツムは建築魔法が好きなのだと察することができた。
普段の企んでいそうな笑みが少し純粋なものになっていたためだ。
「この白い粘土はね、スペインのある地方でしか取れない土に竜種の骨を混ぜ込んだものなんだ。アントニ=ガウディっていう魔法使いが開発したものなんだけどーーー二人とも名前くらいは聞いたことある?」
二人はうなずいた。教科書にも載っているような有名な魔法使いな一人だったからだ。
デニスは「俺、サクラダファミリア見に行ったことありますよ。」と発言してアツムに「ええええ!超羨ましいんだけど!」と叫ばれていた。
「建築魔法の祖って言われてるガウディのおかげで魔法使いは新しい力を手に入れたわけ。この粘土はすごいんだよ。魔獣の骨を混ぜれば同格の魔獣の攻撃であればある程度持つからね。…デニスありがとね。コネがあるとは思ってたけど、本当に竜種の骨三十体分買ってきてくれるとは思わなかった。」
お金いくらかかった?貯金で足りるかなあ…とため息をつくアツム。
しかしこの発言にデニスは「お金?」と首を傾げた。
「兄ちゃんたちにも手伝ってもらって狩ってきたんです。俺そんなに金持ってませんよ。」
はっはっは、と笑ったデニス。
アツムはピシッと固まっている。
そして笑みを引っ込めて「お前、実は十三歳じゃないだろ?十六歳くらいで年齢詐称してるだろ?」とデニスを揺さぶり始めた。
「三人で竜種狩ってくるってどんな家だよ!」
「ブライヤーズ家っす。ーーーまあ、兄ちゃんたちが注意を引いてくれなきゃ俺の攻撃とおりませんけどね。」
デニスは謙遜しているがーーーそもそも竜種というのは魔法攻撃が非常に効きづらく、身体強化による物理攻撃しか通らないとまで言われている。
物理攻撃が苦手ーーー竜種が天敵だというアツムが恨めしそうにデニスを見た。
「嫌味だわ。お前もはや存在が嫌みだわ。ーーーまあいい、味方である分には頼もしい限りだしな。」
報酬をどうするか話し合いを始めようとした二人をフェルが止めた。
「ライラは貧弱なんだからこの寒空の下に長居させたくないんだけどー。」
ハッとしたようにアツムが座り直した。
ライラは「今日は体調いいから平気だよ?」と主張しているがーーーいつまた再び魔力が乱れ始めるかわからないのだ。
フェルは「ライラは大丈夫しか言わないから信頼できない」と舌を出した。
「ーーーデニスの協力もあって邪竜…イアハート先生が作ってるらしいから(仮)ってつけたけど、この邪竜の攻撃に三日くらいなら耐えられる建物は作れると思うんだよね。それで肝心のデザインなんだけど、ここも評価基準に入ってるからちゃんと考えないとダメなんだー。いかに早く倒せるか、あとは優れた建築魔法を使えるか…評価ポイントはこの二つだね。」
「建築魔法」「スピード」と宙に書かれた場所をアツムが指差した。
アツムの感情に合わせてか二つの単語が若干ぴょんぴょんと動いていてライラは少し笑った。
デニスは頬に手を当て何か考えている。
「アツムさんは三位狙いでしたっけ?ーーーライバルはどういう風にきそうなんですか?」
「デニス、僕が一位取れるとはお世辞でも言ってくれないの?」
アツムが苦笑いするもデニスはさらっと「ダスティン先輩には勝てないっすよね?」と言った。
「ダスティン先輩なら多分森の中なら速攻で魔獣の場所も当てられるだろうし、しかも一緒のチームにはジョーハンナ様がいるから…。」
デニスの発言にアツムは「え゛!?ジョーハンナ様あそこのチーム入ったの?」と表情をひきつらせている。
「デニス、もしかしてダスティンとジェイクのメンバー知ってる?」
アツムの質問にデニスはあっさりうなずいた。
「俺には二人とも教えてくれなかったのになんで!」とアツムが叫ぶがーーー
「俺ジョーハンナ様と魔力通信の連絡交換してるんで。なんか教えてくれました。あと、ジェイク先輩はミシェーラちゃん経由で聞きました。」
「ナイス女たらし!」などとからかうアツムと「それ本命つくらなくて有名なアツムさんには言われたくねえ」などと怒るデニス二人のやりとりを聞きながら、ライラはミシェーラが教室で口を尖らせていた光景を思い出す。
「ジェイクさんとリサさん一緒のチームだって。…わたしも混ぜてくださいってお願いしたのに、危ないからダメだって。…代わりには仮卒の先輩が入るみたい。」
今思えばミシェーラは「仮卒」の存在もきちんと把握していたのだろう。ライラはわからない単語があってもスルーしがちなので聞き流していたのだ。
アツムはといえば、ひとしきり騒いだ後でデニスからメンバーを聞き出し…頭を抱えていた。
「ラビさんとワイアットさんとか建築魔法のスペシャリストじゃん。ーーー火力に恵まれなくてダブってたって聞いたけど…だいぶ厄介だな。」
考え込むアツムにデニスは「二位狙いで行きましょ」と肩を叩いていた。
「なんかムカつく」と振り払われている。
この二人はエルダーとして入学当時からの付き合いなのだそうだが仲がいい。
ライラは最近退学が決まったという悲しみの連絡がきた自分のエルダーのコーラのことを思い出して少し切ない気持ちになった。
ーーー泣きながら教室まで来てくれたのにミシェーラが威嚇して追い払ってたのは少し気の毒だったなあ。
アツムはデニスと言い争いながらも文字を書き足し始めた。
やがて手を止めーーー楽しそうに目を輝かせながら二人に向き直る。
「場所は事前に申請すればおっけい。早い者勝ちだから来年は二人も出遅れないようにね。資材は粘土が支給されるから個人で用意しておけるのは魔獣の骨くらいだね。粘土で模型を作って、拡大の魔法陣で好きな大きさにしまーす。ぶっちゃけ金持ちが有利。それでこっからがお楽しみの建築魔法です!」
アツムの楽しげな声に反して、デニスとライラは顔をしかめた。
アツムが指差した先には計算式が並んでいたからだ。
しかし、アツムは二人の表情を見て呆れた顔になる。
「まさか二人とも『勉強は苦手ー』ってタイプ?」
ライラとデニスは躊躇なくうなずいている。
しかしアツムは「勉強って楽しいのになんで?」と首を傾げた。
「みんな嫌そうにやるよねえ。でも、知識が増えるとさ、世界が変わって見えるじゃん!…建築魔法なんて特にそう。このモデュロールって聞いたことある?人体寸法とフィボナッチ数列をもとにル・コルビュジェが考案したんだけど魔法みたいな数字なの!182.9…この数字をもとに計算すれば俺にも美しい建物の図面が引けちゃう!」
スラスラと専門用語を語り始めたアツムにデニスとライラは引いてしまっていたが…不思議と本当に楽しそうに説明されると、聞き手側も興味が湧いてくるものだ。
やがてライラとデニスの瞳にも輝きが灯り始めた。
アツムの「好き」が伝染したのだ。
「じゃあもしかして学園長のコレクションもガウディに影響されてるんですか?」
だんだんと内容を理解してきたデニスの質問にアツムが嬉しそうにうなずく。
「めちゃくちゃ影響されてるだろうね!というかあの人コネを使ってガウディのお弟子さんから建物買ってるし。ーーーこの前の竜宮城は特にすごいよね。あの螺旋と放物線の使い方、まさにガウディの影響バリバリ受けてると思う。綺麗だったなあ。」
ライラはこの時のアツムが子供みたいで少し笑ってしまった。
アツムは笑われたことに気がつき少し気まずげな顔になったがーーーまた、にっこりと楽しそうに笑った。
「俺はル=コルビュジェを魔法使いの中で一番尊敬してるんだあ。『過去という偉大な教師以外に先生というものをもたない』ーーーめちゃくちゃかっこよくない?ほんと痺れる憧れる…あと二百年くらい前に生まれたかったなあ。」
アツムはそんなことを言いながらもライラとデニスに基本的な図面の弾き方を教えてくれた。「初心者はこれをもとにちょっとずつ書き換えながら練習するといいよ〜」とお手本の図面までくれる親切さだ。
ライラは計算が苦手なのかだいぶ苦戦していたが、デニスは持ち前の頭脳と器用さですぐに一軒家程度なら図面を引けるようになった。
「才能の差よ…。」と落ち込むライラをデニスが慰める。
「大丈夫、俺ライラから離れないからライラが建築魔法苦手でも俺がやってあげるよ。」
デニスの甘やかし発言にアツムが笑う。
「ーーーでもライラちゃんも一軒家くらいは作れるようになろうね?…どんな魔法を使っているのか理解してるのとしてないのとじゃ魔力効率がまるで違うから。…大丈夫、一月時間はあるよ!」
当日は巨大でド派手な建物作るつもりだからフェルも合わせて魔力流しまーす!というアツムの宣言にライラは「うげ」という顔になった。
ライラの表情を見て「フェルがいるならライラはいいんじゃ?」とデニスがフォローしようとするが、アツムは首を振る。
「残念ながらそれはできない。ーーー邪竜は黒属性に分類されるから全ての属性を均一にするのがいいと思うんだよね。…デニスが赤、フェルが黄色、俺とライラちゃんで青。この分担でいくしかない。俺は巨大化の魔法も使うから魔力枯渇させるわけにいかないし。」
ライラは「魔力流すだけならできるかな?」と不安げな顔になっている。
ライラとて特別扱いしてもらいたいわけではない。しかし、アツムの卒業がかかっている場で安請負いはできないと思っていたのだ。
アツムは「ライラちゃんならダイジョーブ!」と非常に軽く笑っていたが。
フェルは「ライラは魔力回復薬飲めないからそこだけわかっといてね。」とアツムに言っていた。
アツムは「わかってるよ。」とうなずいている。
「ライラちゃんは魔力飽和症なんだよね?よく薬飲んでるって噂になってるよ。ーーーその辺もお兄さんはちゃんと考えてるから。…そもそも今回は長期戦だから反動が来そうな魔力回復薬はできるだけ飲みたくないんだよね。」
フェルが「僕が倒してあげようか?」とアツムに尋ねたがひらひらと手を振られていた。
「後輩を補助員にする条件は『卒業生が主力で戦うこと』なんだよね。足止め頼むよ。最後は俺の全力で攻撃する。ーーーデニスとフェルは保険ってことにさせて。」
「青魔法と邪竜の相性がイマイチそうでちょっとしんぱーい」と笑うアツムは軽薄そのものだが…当たり年と呼ばれている学年でダスティンに続く次席をとっている生徒だ。
代々魔法士団長を輩出している名門フックス家のジェイクを抑えての次席ということで、外部からも注目されていたりする。
ーーーいつもヘラヘラとしているアツムを見ているとそんなことは忘れそうになるのだが。
三人は森の中でひたすら建築魔法を練習し続けた。
ライラが「182.9…これをこの比率で…。」などと数字と格闘している間にデニスは五階建てくらいの建物を作れるようになってアツムに呆れられていた。
「お前まじ才能ありすぎだろ。普通にすごすぎだわ。」
「アザーっす!…アツムさん、ここなんですけど黄色属性増やしたほうが強度上がりません?」
「ーーーほんとだ。でもそれだとこっちが弱くなるから…ライラ!サボってるの見えてるよ!」
ライラがフェルが誘拐…もとい友人になったという魔獣と会話してアツムに注意されたりしていた。
「キュルルルガガガ!(でもこの子親と逸れたらしいんですよ!)」
「「なんて言ってるかわかんねーよ!」」
「ピーーーー。キューキュー!(ママぁ、怖い蛇に捕まったあああ!)」
「うるせえこのちび!食べるぞ!」
ーーーライラが一軒家を作れるようになったのは二十日後だった。「当日は魔力流してくれればいいから。」とアツムに慰められてライラは非常に複雑な気持ちになった。ライラと違いしっかりと建築魔法を自分のものにしたらしいデニスは上半分の図面を引くらしい。
「ーーーリアルにパーフェクトなんじゃないかって思えるデニスなんなの!」
ライラが口を尖らせるとデニスは「自分の騎士が優秀で嬉しいだろ?」と笑っていた。
さりげなくらいらへと手を伸ばし、ライラの顔にかかった髪を払ってやっている。ライラを見るデニスの赤の瞳はどこまでも甘い。
普段の魔法剣術部でのデニスの行動を知るアツムからするとーーーその些細な仕草からもライラへの愛おしさが溢れ出ているのがわかってしまう。
ライラの方も口では「何でも簡単にこなしてずるい」などと言いつつ、後ろから抱き込むようにして近づいてきたデニスにもたれかかるようにして甘えていた。
アツムは二人の距離感を見て「こいつらパートナーじゃないんだよね?」と首を傾げていたのだった。
アツムはニュートですが自分のことをお兄さんって言います。ファンもフィメルが多いです。
そして試験場の森の浅い場所にライラたちはいます。このあたりには弱い魔獣しかいません。
フェルに誘拐されたのもいたいけな猫型魔獣の幼体です。この後で決死の覚悟で母親が特攻してきたりします。




