3の十三 俺だけを見て
空がオレンジ色に染まる中でーーーイアハートとシャロンが向き合っていた。
一日目の最終戦。
チャレンジマッチが今まさに行われていた。
先ほどから二人は目にも留まらぬ速さで打ち合い、離れて睨み合うーーーという動作を繰り返していた。
[先程のスローモーション映像です!…アルフ先生、ここはどういう読み合いがあったんですか?]
会場の巨大スクリーンには二人の映像のスローモーション映像が流されていた。
そうでなければ大半の観客は「見えない」のだ。
ライラもそのうちの一人だった。
傍系王族だというイアハート学園長の戦いを見るべく、モニターを凝視している。
[この撃ち合いは、シャロンが左右にフェイントを入れつつ、下から魔法弾を飛ばして意識を逸らした後に本命の突きの攻撃がされているな!コンマ一秒の間に行われて、イアハート学園長は全てを見切って避け切っているーーーくぅぅう、痺れる戦いだ!まさかシャロンの剣技がこれまでとは!あっぱれだ!]
アルフが興奮気味に解説者として語る。
観客たちはアルフの大声で音割れする音声に苦笑いしつつも、対戦の行方を固唾を飲んで見守っている。
実は、この対戦。
普段はイアハートの作った魔力でできた竜からシャロンが逃げまくる、という形を取るらしい。
しかし、いつも十五分前後で捕まるシャロンにーーー見かねたアルフが言ったのだ。
「俺は!シャロン先生の戦闘シーンが見たい!!!」
真っ直ぐすぎるアルフの「お願い」にシャロンはタジタジになっていた。
なんとか断ろうとするも、「なぜだ!」とアルフが取り合わないのだ。
イアハートはシャロンの「助けろ!」という視線を受けても愉快そうに笑うばかり。
会場の「そうだ!戦え!」というコールもありーーーシャロンが根負けした。
条件は「魔力を纏わせない剣ならいいよ」というもの。
アルフはまだ不満げだったがーーーシャノンが苦笑しながら言ったのだ。
「イアハート先生相手に手加減とか無理だし?魔法剣ってなったら威力もスピードも段違いに上がるから…すっぱり片手切られました、とか流石にまずいでしょ?」
シャロンの意見にイアハートも頷いた。
「シャロンは首を落としにくる剣技だから、わたしもこういう大勢の試合に向くとは正直思えない。ーーー基礎魔法は使え、シャロン。それでいいな?」
イアハートのアルフの言い分も受け入れた上での提案でーーー試合形式は決定された。
真剣勝負。
基礎魔法の使用のみあり。(身体強化は当然可能)。
そして、冒頭に戻る。
スローモーション再生を見入る生徒。
解説に笑う生徒。
しかし、学園行事にもかかわらず保護者である青や黄色の制服を着た騎士団と魔法士団の関係者が一番真剣に二人の勝負を見ていた。
雑用が終わったと言って戻ってきたデニスも、ダスティンと興奮気味にああでもないこうでもないと言い合っている。
ミシェーラはずっとイアハートの肉体を称賛していた。
「完璧な筋肉!」とモニターを見て目を輝かせている。
ジョシュアはじっと二人の剣撃を見守っていた。
ライラはジョシュアの目に身体強化の魔力が流れていることに気がついていた。
ーーージョシュア様は当然二人の動きが追えるんだなあ。
ライラは流石のスペックの高さだと感心しつつも、モニターを見つめていた。
ジョシュアに話しかけるのはまずいと思ったのか、フェルにこそこそと問いかけている。
「どっちが強いの?」
フェルはライラの問いに、迷うことなく答えた。
「イアハート。剣技も魔力量もイアハートだね。真っ向勝負じゃ実力差ははっきりしていると思う。ーーー今の二人は遊んでるっていえばいいのかな?観客に魅せる剣技をしてるんじゃない?」
フェルの声にーーーなぜか、ダスティンとデニスがばっと振り返った。
そして、どちらも悔しそうな表情になっている。
「やっぱあれで本気じゃねえのか。」
「あれが黒竜団のトップーーーかっけえ。」
口調とは裏腹に、二人とも新しいおもちゃを手に入れた子供のように目を輝かせておりーーーライラは思わず笑ってしまった。
そんな時、ジョシュアが「あ、」と声をあげた。
「勝負がつくぞ。」
ジョシュアが言った途端ーーー二人の速度が、もう一段階上がった。
どうやら「遊ぶ」のをやめたらしい。
キンキンキンキンという金属音が響き、すぐにカーンという音とともに一本の剣が放物線上を描いて弾き飛ばされた。
競技場の中心に渋い顔をして両手をあげているシャロンと、シャロンの首元に剣を突きつけた状態でイアハートが固まっている。
[最後のはスローモーションでもよくわからなかったぁ!凄すぎる勝負の結果、勝者はイアハート学園長!]
わああああ!と湧き上がる歓声。
剣を下ろしたイアハート。
シャロンは飛んでいってしまった剣を回収してからーーー拗ねたような顔でイアハートと握手している。
「もう歳なんだからちょっとくらいなまっとけよ。」
「はっはっは、剣ならお前には当分負ける気がしないな。」
破れるような歓声の中、二人は最後にハグをしていた。
ライラも笑顔で拍手を送る。
素人目にも素晴らしい試合だとわかった。
試合終了後からジョシュアが少しソワソワとして、オズワルドに釘を刺されている。
「ジョシュア様、あなたは保護者としてきているのですからね?」
ーーー勝手にこの後イアハート学園長に手合わせを願いに行ってはいけませんよ!というオズワルドの指摘に、ジョシュアにしては珍しく目線を彷徨わせていた。図星だったらしい。
ライラはその光景を見て、グフっという奇声を上げていた。
「年齢相応のジョシュア様ーーー尊い!」
フェル、もう無理…と非常に幸せそうな顔で倒れ込みかけ、フェルを呆れさせていた。
突然金色に発光し始めたライラを見たオズワルドが心配していたが、フェルが「あ、興奮しすぎただけだから大丈夫〜」と答えてオズワルドを困惑させていた。
ちなみに閉会式の後、ジョシュアは一時間ほど姿を消した。
いつの間にか魔封じの腕輪を外し、オズワルドへと渡している。
「一時間後、プレートの前。」
それだけいうと、何もないところに歪みを作り出し、唖然とする周囲を置いて消えてしまった。
我慢できなかったらしい。時空をいじれるジョシュアを本当の意味で止めることができる人間などいないのだ。
ジョシュアが姿を消した後、ライラとオズワルド、パーシーの三人は他の皆と別れセンターオブジプレートの停留場へと移動していた。
オズワルドはしばらく頭を抱えていたが、「オズワルドを困らせるジョシュア」という構図はライラとしてはかなり新鮮な光景だった。
「ジョシュア様はたまにこういったお茶目なことを…どうしても外せない公務などには絶対に来てくれるのですが、財務官僚との定例会議よりも、滅多に捕まらない黒竜団団長との手合わせを優先してしまったようですね。」
頭が痛い、と言いながらオズワルドはどこかへ連絡していた。
アイリーン、謝っておいてくれ、といった単語からどうやら秘書に予定変更を告げているようだとライラにも察することができた。
ライラは可愛い一面もあるんだなあとニコニコしていたがーーーこの後、さらに仰天させられることになる。
きっかり一時間後に戻ってきたーーーまあ、現れたと言った方が正しいのだがーーージョシュアは、いつもよりも若干ウキウキとしたような雰囲気だった。
魔力がゆらゆらと揺れているのだ。
いつも水面のように静かなジョシュアの魔力が揺れているのは珍しい。
よっぽど楽しかったに違いない。
ライラだけでなく、オズワルドもそれに気がついたようで、怒ることはせず苦笑していた。パーシは若干顔色が悪い。ジョシュアの魔力に当てられているようだ。
「では、ジョシュア様、王宮にーーー」
オズワルドが言い切る前に、ジョシュアは素早く空中に何かの魔法陣を描きつけてしまった。
ライラが、ジョシュアが魔法陣を使うのは珍しいなと首を傾げているとーーーとんでもない量の魔力が魔法陣に吸い込まれた。
そして、生徒たちが行き交っていた学園の外の緑豊かな森の光景はーーーどこかの屋内…黒を基調とした家具が並べられた部屋の中へと変わっていた。
瞬きする間も無く、学園にいたはずのライラたちはキラキラと光る魔法陣に乗せられて全く別の空間に立っていたのだ。
王宮の一室だとライラはあたりをつけた。窓からは見覚えのある離宮が見える。
ーーーこれは来てしまってよかったのか?
ライラは思わずフェルと顔を見合わせた。
「びっくりしたね」と言うフェルに無言で頷き返している。
オズワルドとパーシーも何が起きたのかわからないと言わんばかりの表情で固まっていたがーーーすぐに、真っ赤になって口を開いた。
「ーーージョシュア様!多人数の移動魔法陣は魔力消費が激しく負担がかかるからやめてくださいと何度もーーー」
しかし、オズワルドを気にすることなく、ジョシュアはポケットから魔力通話を取り出して何処かへと連絡し始めた。
「ーーーアイリーンか?もうアポイントメントは消してしまったか?…そうか、よくやった。」
「ちょっとジョシュア様、聞いてらっしゃいますか?」
オズワルドは目を釣り上げているが、ジョシュアは真っ直ぐに彼の目を見返した。
「あと五分で財務官僚が来る。使用人への指示を頼んだぞ。ーーーわたしは着替えてくる。」
必要事項だけ言ってまたもや姿を消してしまったジョシュア。
オズワルドは「ちょっと!」と怒っていたが、諦めたように首を振るとすぐさま近くの使用人を呼び寄せている。
ライラはあまりの展開についていけず、ぽかんとしていたがーーー部屋の隅に移動していたパーシに手招きされた。
トトト、と走り寄るライラ。
すぐに使用人たちがテーブルや椅子を運び込んできて、ようやく邪魔にならないようにパーシーが気遣ってくれたのだということに気がついた。
ライラがお礼をいうと、パーシーは「気にするな」と頷いた。
パーシーは自分の前で立ち止まったライラを見ながら、口を開く。
「自由モードに入ってしまったジョシュア様には常人はついていけない。ーーーしばらくしたら落ち着くと思うから、こうやって邪魔にならないところで待機しよう。」
パーシーの言葉にライラはパシパシと目をしばたかせた。
「自由モードとは?」
「当たり構わず亜空間を渡ってしまう状態だ。次元魔法が使えない凡人は唖然とする以外の道はない。しかも仕事は着々とこなされるから文句も言いづらい。」
言い切ったパーシーがどこか遠い目をしていてーーーライラは思わず同情してしまった。ジョシュアの側近たちもなかなか苦労しているらしい。
フェルがけらけら笑いながら言う。
「護衛対象が消えちゃうって大問題だね。」
あはは、と笑うフェルの口を塞ごうとライラが慌ててフェルに手を伸ばしたがぴゅっと逃げられてしまった。
パーシーは「護衛として不甲斐ない」と肩を落としている。
「ライラックはジョシュア様の魔力に耐性があるそうだな?ーーー心底羨ましい。わたしはジョシュア様の魔力が少し乱れただけでこのザマだ。」
そう言って悲しそうな表情で、いまだに震えている手を見つめーーー隠すようにぎゅっと握り込んだ。
ーーー私は耐性はあるけど、魔力発動ができないっていう魔法使いとしては致命的な弱点があるからなあ
ライラはなんと声をかけていいのかわからずおろおろしたがーーーやがて、悟ったような顔になった。
「全く側近として役に立てる気がしませんが、おそばに置いていただけてるだけ幸せだと思って過ごします。」
「そうしよう、深く考えないことを勧める。」
ウンウンとライラたちが頷き合っているとーーーようやく指示を出し終えたらしいオズワルドが近づいてきた。
そして、ライラを見て言う。
「ライラさん、このまま王宮に泊まっても構いませんか?あなたはまだ子供ですし、体も弱いのでしょうから早く休んだほうがいいと思うのです。ーーーアイリーンの横の部屋を貸しますから。」
「じゃあ、学校にーーー」
ライラが魔力通話を取り出そうとしたのをオズワルドが押しとどめた。
そして若干凄みのある笑顔を浮かべた。
オズワルドはジョシュアの魔力抑制効果のある腕輪をずっと「シャラン、シャラン」と一定のリズムで揺らしていた。
その仕草が、いつも無駄な音を立てない綺麗な身のこなしをするオズワルドらしくないものでーーー無意識にライラを後ずさらせる。
「なぜだかわかりませんが、ライラさんと話しているジョシュア様は少し楽しそうなのです。ーーー普段はそれが喜ばしいのですが、今日これ以上ジョシュア様を喜ばせると…ね?」
ーーーあ、はい、すぐにひっこみなさいって事ですね?
ライラはオズワルドに向かってカクカクと頷き、すぐにフェルに運ばれてベットで眠りについた。
久々に一日中はしゃいだせいか、よほど疲労が溜まっていたらしい。
翌日になっても高熱が下がらず、朝イチでシャロンの元へと行くことになり、ジョシュアが少し反省した顔になっていたことをライラは知らない。
◯
最強位決定戦二日目の朝。
白い絵具に墨を垂らしたような、じんわり広がるような真っ黒な筋雲が頭上をゆっくりと流れている。
ライラとフェルはポツポツと今日の予定を話しながら巻貝でできたオブジェの前に立っていた。
ライラがいるのは競技場である竜宮城の入り口。
ミシェーラと一緒に観客席に向かおうと入り口で待ち合わせしていたのだ。
だから忘れていた。ライラが一人でいると…必ず絡まれるという事実を。
白銀の髪に透き通った金色の瞳。
細い首には存在感のあるシャーマナイトのチョーカーがはまっている。
胸には巨大な真っ青なサークルストーンと黒薔薇のペンダント。
それらのアイテムは、色なしのライラには相応しくないと考えるものも未だに多い。
また、ライラの黙っていれば儚げな雰囲気が一部の嗜虐的な生徒を酷く刺激するらしい。
いつの間にか取り囲まれーーー「ちょっと付き合えや」というお決まりのセリフによって近くの人気のないスペースまで連行されたライラ。
ーーーうわあ、油断した。
すんっと表情がなくなったライラを見て、黒のスカーフをはめた上級生たちはゲラゲラと笑っている。
実際は「めんどくせせせ」と思っているだけなのだが。
すかさずフェルを捕獲してポケットに突っ込むあたり、絡まれ慣れている。
フェルの方も大人しく捕獲されていた。
「何〜!?」と少しはしゃいだ声を上げているあたり、状況が分かっているのか怪しいものだが。
「お前調子こいてんじゃねえぞ!」
ーーーなどと怒鳴り始めた上級生を、ライラはガラス玉のような目で観察する。
ーーー右三人は文字通り雑魚。左の一人は比較的魔力量も多いか。
状況を分析し…自分で対処可能と踏んだらしいライラ。
上級生が黙り込んだタイミングでーーーニコッと笑い顔になる。
スタスタと一番左のライラは「リーダー格」と踏んだ生徒に近づいてきーーースッと顎に手を当てた。
「な、なんだよ!?」と怯む生徒にグッと顔を近づける。
ーーー今日はお色気作戦で行こ〜♪
四人全員がライラよりも魔力量が少ないことは確認済みだ。
唇が触れそうなほどに顔を近づけ…耳元でささやく。
「どうやってジョシュア様やパーシヴァル様を陥落させたか…体験してみる?」
ふっと耳に息を吹きかけるとーーーズサササっと上級生が後ずさった。
何が起きたのかわからないというように固まっている。
横で茫然と成り行きを見守っていた…さっきまで怒鳴り散らしていた生徒が顔を真っ赤にしているのを見てライラはクスクスと笑った。
「先輩たちウブですねえ。」
ライラが「じゃ」と言って立ち去ろうとすると…ま、待てよ!と呼び止められた。
腕を掴まれそうになったところをポケットから顔だけ出したフェルが「さわんな!」と魔法ではじき返していた。
ライラが面倒臭いというのを隠そうともせずに振り返る。フェルを再び押し込むのも忘れていない。
「お前なんかよりふさわしい生徒はいっぱいいるんだよ!王族やミシェーラちゃんに言い寄って挙げ句の果てに黒薔薇団にまで入りやがって!」
耳にタコができるほど言われたこの文句。
ライラは「みんな揃って芸がないなあ」などと呆れつつ…「で?」と言った。
全く動じないライラに上級生たちが怯む。
ライラからすればこの程度でビビると思われていたほうが癪なのだが。
「文句はそれで以上ですか?わたしに相応しくないからしりぞけと?」
じとっとした目で見られ…上級生たちは「お、おう!」となんとか強気で切り返した。
そんな彼らをーーーライラは「ハッ」とわざと声を上げて笑ってやるのだ。
「そんなに王族に仕えたいなら、ミシェーラと知り合いたいなら、自分で頼みに行けばいいじゃないですか。わたしは行きましたよ?ーーー他力本願ってやつ?こんなとこで吠えてる暇があったら行動しやがれ。」
ライラから投げられた正論。
真っ赤になった上級生は逆上したのだろう。
青の魔素が魔力となって練られ始めたその時…
ライラがあっと声を上げた。
「時間かけすぎたか…。」
苦笑いするライラの前にーーー真っ赤な髪のマスキラが現れた。
ズサササっと滑るようにして走り込んできたデニス。
来た瞬間ライラへと向き直りーーー試合用の手袋をはめた手でペタペタとライラの額や首筋に触れる。
「大丈夫か?ーーーさっきシャロンのとこ行ってたじゃねえか。無理すんなよ。」
心配症だなあとライラは苦笑いしつつもーーーせっかく来てくれたんならとことん利用しようと思ったらしい。
何か考え込むような仕草をした後で…両手を上げて「抱っこ」と言い始めた。
デニスは「仕方ねえなあ」と口では文句を言いつつもーーー真っ赤な瞳をドロドロに甘くしてライラをヒョイッと担ぎ上げた。
俵担ぎだ。聞き手を開けているのはーーー上級生たちと遊ぶため。
突如始まった二人のやりとりにぽかんとしていた上級生たちもーーーやがて我に返ったらしい。ワイワイと楽しそうに言い合う二人を見て、「無視すんなよ!」とキレ始めた。
すぐに「ヒイ!」と悲鳴を上げるハメになるのだが。
「あ゛あ゛!?俺のものに手を出すってことは喧嘩売ってるって認識で間違えないっすよね?」
誰がお前のものだよ、というライラのつぶやきは意図的に無視された。
フェルはピュッとポケットから抜け出している。
デニスの魔力の揺らめきを見てキャッキャと楽しそうだ。
「丸焼きにしろ!いけ、デニス!」
「ちょっとフェル!丸焼きはやばいって。ミディアムレアくらいがギリギリのラインだよ!」
緊張感のないやりとりをライラたちがする中でーーーデニスにすごまれただけで戦意を失ったらしい上級生たちがいつの間にかいなくなっていた。
「ーーーびっくりするくらい手応えねえな。試合前の準備運動くらいにはなるかと思ってたのに。」
デニスが心底残念そうに言う。
ライラは「メンチの切り方が堂に入ってきたね!」と変なところで感心していた。
そこでデニスに担がれたままのライラがハッと顔をあげた。
ばしばしとデニスの背中を叩き始める。
デニスがその叩き方が痛くなさすぎて「こいつめちゃくちゃ軽いけど人間に必要な筋肉ついてるか?」と不安になっていたりするのだがーーーライラは焦った様子でデニスを急かした。
「待ち合わせ時間に遅刻だよ!わたしよりも一億倍可愛くて絡まれやすいミシェーラをあんな目立つところで一人にしてるなんて由々しき事態だ!」
「行け!」と運ばれているくせに偉そうに命令してくるライラに苦笑いしながらデニスがダンっと地面を蹴った。
校門で待っていたミシェーラがーーーよってこようとするマスキラは親衛隊らしき人達が追い払っていたーーー近づいてきたライラたちに手を振っている。
開口一番。
「ライラ、また絡まれたんだって?上級生たちにまた連行されていったってクラスメイトが心配してたわよ?」
「またっていうのやめてもらっていい?」
ライラが口を尖らせても「事実でしょ」と言い返されている。
デニスは試合時間が近いためか名残惜しそうにライラを下ろしーーー再び駆け出そうとした。
そこをライラがマントを掴み引き止める。
どうした?と首を傾げたデニスにライラはギュッと抱きつく。
「ありがとう!」と笑っているライラを見てデニスがくしゃっと顔を緩ませた。
「はいはい、スキンシップが今日も激しいことで。」とミシェーラが呆れ顔になっていたのだがーーー今日はデニスの方が上手だった。
「今日の試合で俺以外のマスキラに目移りしてたら許さないから。」
わざとライラの手の甲にキスしーーー流れ込んできた魔力にライラがふらついたところを抱きとめて、デニスが楽しそうに「シシシ」と笑った。
「運んでやったタクシー代はもらった。じゃあな!」
くたっとなってしまったライラを取り残して楽しそうにデニスが去っていった。
ライラはしかめっ面で杖を取り出して赤魔法を使っている。乱れた魔力量を調節しているのだろう。
魔法の私用利用は怒られるので、すかさずフェルが炎の球をパクッと食べて証拠隠滅していた。
渋い顔になったライラとミシェーラが競技場内へと移動する。ジョシュアの元へと向かう道中でライラが放った一言にミシェーラは呆れていた。
「…今度から杖持った上でデニスに運んでもらおう。」
「自力で歩くっていう選択肢はないのね。」とミシェーラがいうも「だって楽だし」とライラは反省した様子がない。
先に到着していたジョシュアに「遅かったな」と言われたライラたち。
ミシェーラが苦笑いして状況を説明する。
ジョシュアは「そうか」と頷いただけだったが、オズワルドは心配顔だ。
しかし、ライラはジョシュアにあった瞬間から機嫌がよさそうに笑うばかり。
オズワルドの心配にもーーー悪い顔になって言っただけだった。
「色なしは相応しくないって?ーーー気にするわけないじゃないですか。ストーカーって呼ばれてまで手に入れたこの地位、羨ましいだろざまあみろ!って感じですね。」
オズワルドは「言葉遣いが悪いですよ」と注意しつつも笑った。
パーシーは驚いた顔だ。ライラの意外な一面を見たと感じたのかもしれない。
「お前かっこいいな。」
パーシの純粋な称賛に…ライラが照れた顔になった。




