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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は飛び級したい
52/103

3の十二 先生たちの戦い

壁の真っ青なレンガと、選手が戦うフィールドの真っ白のコントラストが美しい競技場。

その中心に立っているのは「色欲」と「怠惰」だ。


予想通りの対戦カードとなった決勝戦。

その幕が切って落とされようとしていた。


ここまでの戦いでは、前回優勝者のシャロンを除いた四人でトーナメントを行い、フレイザーが得意の大規模魔法陣を使ってアルフやフィンといった他の教師を圧倒していた。


「魔法陣は実戦向きではないと思っていたが、これは予想以上。」


ジョシュアの呟きは皆の内心を言い表したものだった。

いや、ライラを除く皆、というべきか。

ライラはジョシュアの真横に座っているのだが、飽きることなくその横顔を見つめていたのだ。


ーーージョシュアに「試合を見なくていいのか?」と聞かれ、ジョシュア様の方が気になります。」と真顔で返答し、皆を呆れさせていた。

肝心のジョシュアは、「そうか」とうなずきーーー


「だったらチラチラ見るのをやめなさい。堂々と見ていい。」


ーーーえ、そっち?


というミシェーラやダスティンのツッコミは当然ライラに届かず、その日一番の笑顔になったライラは、ぶんぶんと首を振ってもはや何の遠慮もなくジョシュアの顔を凝視し始めた。


「まつげ長いなあ、魔力が綺麗だなあ。」


ーーーというライラのご機嫌な呟きに、フェルは呆れながらも一つ一つ反応を返していた。


「ボクに言われても顔の造形なんてわからないよ。黒の魔力が綺麗なのは賛成。」



ライラは放っておこう、という共通認識ができるまでに時間はかからなかった。

ジョシュアをはじめ、残りの面々は真剣な表情で試合を見守っている。


ミシェーラも非常に熱の入った応援をしていた。アルフの試合の時などーーー


「アルフ先生いけ!フレイザー先生を止めろ!」


と腕を振り回していた。ダスティンも顧問であるアルフを応援していた。


「アルフ先生の本気の身体強化…ちっ、フレイザー先生はかわすのがうまいな。ーーー大規模魔法陣の他にあれはなんだ?時間差で魔法陣を次々に描いているのか?」


戦況をぶつぶつと呟焼きながらも、青の瞳は興奮で輝いている。

フレイザーがオリジナルだと思われる魔法陣を見せるたびに、メモを取り出して描きつけていた。

記憶力の良いミシェーラも「ここが違います」だとか「ここが抜けています」などと横から口を出している。


ジョシュアはじっと試合を見ながらもーーーー時折、パーシやライラの方を向いて、「あれは参考になる」などとアドバイスをしている。


ライラはジョシュアにほら、と指差された方向を見ても、大抵はさっぱりだった。

こてんと首を傾げるライラに、ジョシュアが指先で魔法陣を描いてやるまでがセットになっている。ライラはその魔法陣をカメラでパシャリと撮っている。


ライラがわからなかったのも無理はなかった。

何しろ何十個という魔法陣が同時展開されているのだ。

魔法陣の中の何百という魔法記号が魔力で輝きながら浮かんでいる光景は、魔法が使える使えないを問わず、見るものを楽しませた。

フレイザーは性格に一癖も二癖もある人物だが、生徒に人気がある理由。

それは単純に「強い」から。

何十もの魔法陣を同時展開できる思考力。

全ての魔法陣に必要な魔力を流すことができる魔力量。

そして、どうしても発動の遅い魔法陣の弱点ともいえる短期攻撃を凌げる戦闘力。

フレイザーに一撃も入れることができずに大規模魔法陣に捕まったアルフは悔しそうに地面を殴り付けていた。


「くっそ、お前はなんで魔法士にならなかった!」


アルフがフレイザーを睨みつけるも、フレイザーはいつも通りの不機嫌そうな顔だ。

心底意味がわからないという顔でアルフに言い返している。


「騎士団と魔法士団がそんなに偉い?ーーー俺、規律とか大っ嫌いだから、あんなとこ入れない。」


この国のエリートである騎士団と魔法士団を正面から否定して見せるフレイザー。その音声はきっちりと拾われ、会場中に流されている。

保護者の中には騎士団や魔法士団に所属するものも多い。

何より、将来有望な若者を見つけるため、騎士団や魔法士団の上層部は大抵この最強位戦を見学に来ているのだ。


しかし、彼等は苦笑いしつつも、勝者のフレーザーに惜しみない拍手を送る。

一流の魔法使いであるフレーザーに皆が一目置いているのだ。


そうして行われた予選を経て、ついに決勝戦が行われる。

勝者がイアハート学園長へのチャレンジマッチへの挑戦権を手に入れるのだ。

ちなみに、すでに二戦戦っているフレイザーには最高品質の魔力と体力回復薬が渡されていた。

それをいやそうな顔をしつつも一気に飲み干したフレーザーを見て、ライラは少しフレイザーのことを見直していた。というのもーーー


「あの薬、死ぬほどまずいですよね…。」


ライラはパーシヴァルと黒の渓谷に行って倒れたときに飲まされたのだがーーー魔素の濃縮液であるせいか、ものすごく、それこそ吐き出したくなるほどに苦いのだ。

できれば一生飲みたくないと思うのに十分な味だった。

それを一気飲みしてでも決勝戦に万全の状態で臨もうとするフレイザーはただの「怠惰」な教師ではないのだろう。


「シャロン先生とフレイザー先生は学生時代からの知り合いらしいし、簡単に負けたくないんだろうな…。」


ダスティンの呟きに、ジョシュアもうなずいている。


「一年でこの日だけはフレイザーが本気で魔法を使っているな。…一度もシャロンには勝てていないが。」


ミシェーラが「ライバルってやつですか?」と首を傾げている。


ーーーフレイザー先生ほど「ライバル」って言葉が似合わない人もいないなあ。


ライラはそんな失礼なことを考えながらーーーさすがに決勝は見ろとジョシュアに促され、会場へと目を向けた。


砂の床の上に立った二人。

フレイザーは先ほどまでと違い、はじめから魔法陣を描いた大量の紙を手に持っている。

魔力もすでに練り上げ始め、試合開始から勝負をつけに行く気満々なのが見て取れた。


一方のシャロンはそんなフレイザーをニヤニヤと見つめている。


「まった大量に物騒なもん描いてきたわねえ。…全部跳ね返すけど、あんた死なないでよね?」


「ーーーしね、オカマ野郎。」


「ただの悪口!?」


ぎゃあぎゃあと言い合う二人。

生徒たちの方もシャロン派とフレイザー派に分かれて大盛り上がりだ。


「シャロンせんせー!頑張れー!」

「フレイザー今年こそ勝て!イケメンを倒せ!」


ライラは大人気なく喧嘩する二人を半目で見つめていたがーーージョシュアが、よく見ておけよとライラに話しかけてきた。

なんでしょう?と首を傾げたライラにジョシュアの黒の瞳が向けられる。


「シャロンは反魔法のお手本だ。ーーー国で一番かもしれない。」


ジョシュアの言葉に、ライラは金色を目一杯に見開いた。


反魔法は二年生で基礎を教えられる。

ライラも理論は習っているがーーー正直、複雑すぎてとても実戦で使えるような代物には思えなかった。

というのもーーー


「ま、まさか、シャロン先生は半魔法を実践で使えるんですか?反対属性の魔力を、完璧なタイミングで、同じ構築で練り上げて投げ返せると?」


信じられない、と呟くライラにジョシュアもうなずいている。


「高位の魔法使いほど反魔法に優れている。最小限の魔力で相手に大ダメージを与えられるからな。ーーーまあ、少しでも調整が狂えば自分のダメージが倍増するから余程の実力者しか使わない手法だが。」


ライラはつい先日行われたペーパーテストでさえひいひい言いながら解いたのだ。

発動前から相手の魔法を読み取る洞察力が必要だし、何より、魔法から魔素量を計算するのが難しい。

まして、先ほどの戦いの様子からフレイザーは赤黄青以外にもオレンジや紫、緑といった複合属性の魔法陣も使っている。

ライラからすると、そんなものを瞬時に見極めて反魔法を使えるなど、とても信じられなかった。


ドキドキとしながら未だに言い争っている二人を見る。

憎まれ口を叩いているが、なんだかんだ仲がいいのでは?という疑念がライラには浮かんだ。


そして、アツムの「お待たせしましたー!」という声が響き渡る。

徐々に静けさを取り戻していく会場。

黙って睨み合っている二人のすぐ横に、ビュンッと突如現れた影。


[決勝戦はイアハート校長自らが勝敗判定をしてくれます!ーーーぶっちゃけ、この二人が暴れたらこの人くらいしか止められませんので、ありがたいですね。」


アツムのアナウンスにライラがすくっと立ち上がって叫びかけ、ギョッとした顔になったダスティンに座らされている。


口を塞いだのはフェルだ。

水の球を瞬時に作り、開いた口に押し込んでいた。

ゲホゲホと咳き込むライラ。

ミシェーラは二人の連携プレーに拍手を送っている。


涙目になりながらも、ライラは未だに文句を言いたいらしい。濡れてしまった顔を袖口で拭いながら、不満そうに口を歪ませている。


「ジョシュア様だって止められるよ。」


ライラの怒りの声が聞こえたのか、ジョシュアは「まあな」とうなずいた。


「来年は教師をやっているはずだからイアハートとどちらがやるか相談しよう。」


真面目にそんなことを言うジョシュア。

ライラは笑顔でうなずいているが、周囲は半笑いだ。


「「「(王族にやらせる仕事ではないのでは?)」」」


「よし、始まるからちゃんと見ておけよ。」


ジョシュアの声で、ハッとしたように面々が会場へと視線を落とした。

次の瞬間、イアハートの鋭い「試合開始!」と言う声が響き渡った。


先ほどの試合とは比べ物にならない量の魔力がフレイザーの方から膨れ上がった。

シャロンはといえば、攻撃に移ることもなく苦笑いでそんなフレイザーを見ている。

ライラはそんな光景を見ながら、ふと首を傾げた。


「なんでシャロン先生は今攻撃しないんですか?」


フレイザーは先ほどの試合と違い、小手先勝負のような細かい魔法陣を使っていない。

つまり、今のフレイザーには攻撃し放題なのだ。

しかし、シャロンは黙って魔法陣の完成を待っている。


ライラの当然の疑問にーーーなぜかダスティンは苦笑いしている。

淡々としたジョシュアの低い声が響き渡った。


「シャロンが着任したはじめの年は、一瞬でシャロンが切り込んで勝負がついた。シャロンの剣技は相当なものだからな。ーーーただ、そのあとが問題だった。」


問題?と首を傾げたライラにーーーなんともいえない表情になったダスティンがボソリと付け加えた。


「フレーザー先生、すねて一ヶ月授業ボイコットしたらしいぜ。…翌年から、シャロン先生はフレイザー先生の魔法陣が完成するまでああやって見守るようになった。」


ライラはパカリと口を開け、ミシェーラは容赦なく「子供過ぎません!?」と叫んでいる。ミシェーラはフレイザーにあたりが強いところがあるので、発言にも遠慮がない。


ダスティンはミシェーラの発言に吹き出しながらも、でもな、と続けた。


「観客の方も、フレイザー先生の全力の魔法を見たいだろうってことになって、学園長もああやって協力の姿勢だ。実際、勉強になるからありがたいけどな。」


ダスティンがそう言った瞬間、カッと光が上がり、競技場の床全体に、何十もの魔法記号が刻まれた魔法陣が浮かび上がった。学園長…イアハートはすでに観客席と競技場の間に設けられている塀の上に飛び上がっていた。

イアハートが魔法陣を見ながら若干呆れた表情なのは、ライラの気のせいではないだろう。

魔法陣が完成した瞬間、シャロンがニヤリと笑って軽く跳躍した。

そして、パチリと指を鳴らす。


「反魔法。」


シャロンのつぶやきと、魔法陣からとんでもない量の炎の矢が飛び出すのは同時だった。無数の矢が飛び出し、一直線にシャロンへと向かっていくーーー


ーーー危ない!


爪先から天辺まで無数の炎の矢に囲まれたシャロン。

刺さる!そう思ってライラが思わず顔を背けようとした次の瞬間、まさにシャロンの目と鼻の先で全ての矢が止まった。


シャロンがもう一度指を鳴らすと、何百本という炎の矢が全てフレイザーへと向かっていく。

フレイザーはこの事態を予測していたのだろう。

盛大に顔を歪ませながらも魔法障壁を展開している。


シャロンが返した魔力とフレイザーの魔法障壁がぶつかった。

一瞬、カッと明るさを増した城内。光に遅れて遅れて観客の耳に爆音が届く。


ズガガガガ!という破壊音を立ててフレイザーの前で日の矢が消えていく。

しかし、ライラの目にもフレイザーの魔力がかなり今の攻撃で削られたことがわかった。


フレイザーはそれでもまだ諦めていないらしい。

間髪入れずに次の魔法陣を展開させた。


「これならどうだ!」


フレイザーが短く叫ぶ。

すると同時に競技場の足元が崩れ砂のようになった後で、ズブズブと沈み始めた。

シャロンは先ほどと同じように反魔法を使いかけーーーピタリと止まった。

そして、なぜか魔法を使うことなく、砂の上を強く蹴り上げて跳躍し、沈まないように移動し始めた。


「なんだアレは。ーーーまさかただの身体強化か?」


呆然と呟くダスティン。

ふむ、とジョシュアもうなずいている。


「体重もいじっているように見えるな。ーーーいや、重心を移動させてるだけか?」


二人の会話にパーシまでもが混ざっていく。今のシャロンの戦い方は、武を極めているものから見ると声に出して賞賛せざるを得ないもののようだ。


「体の魔素の比重をいじって、着地の瞬間に足にできるだけ体重が乗らないようにしていますね。」


素晴らしい戦闘センスだ。とジョシュアが感心したように呟く。

パーシも渋い顔でうなずき、ダスティンはシャロンの動きを一瞬でも見逃すまいと食い入るように見つめている。


しばらくして、魔法陣の効力が切れたのだろう。

スッと元に戻った会場に、音もなくシャロンが降り立った。

若干顔色が悪くなっているフレイザー。

魔力の乱れもひどく、魔力切れが近いようだ。

ゼエゼエと息継ぎしながらも、最後の魔法陣と思われる一枚を宙に投げた。


「これは流石に避けれねえだろ。」


フレイザーが呟いた瞬間ーーーピカッという光と共にゴロゴロゴロ!という雷鳴が一直線にシャロンへと伸びた。

シャロンはサッと飛び退って直撃をま逃れている。

苦笑いしているが、その表情はやはり余裕そうだった。

フレイザーはシャロンを睨みながらも魔法陣に込める魔力の量をどんどん上げていく。


ガラス越しに真っ青に晴れた空。

しかし、青いガラス一枚通した会場には一瞬で大量の真っ黒な雲が浮かび上がった。


「天候魔法だ!こりゃあすげえ!」


会場からそんな叫びが上がった。

そうしている間にも、無数の雷が会場へと降り注いでいる。

中央に立っているフレイザーの周りには一切雷が落ちていなかった。

シャロンの姿はいつの間にか消えているがーーーフレイザーは指揮でもするように、手を振りながら膨大な量の魔力のエネルギーを操っている。


数秒間が何十分にも感じられるような試合。

会場中が固唾を飲んで見守る中ーーー「ちょっとフレイザー!」というシャロンの慌てたような声が聞こえた。


「反魔法!ーーーイアハートさん、ちょっと無効化よろしく!」


シャロンの叫び声と共に、下に向かって落ち続けていた落雷が全て天井へ向けて流れ始めた。


イアハートは一つうなずき、宙へと跳躍した。

そして、ガラスに突き刺さりかけていた無数の落雷をーーー腕を一振りしただけで生み出した巨大な炎の竜に食べさせていた。


しんと鎮まった会場。

観客たちは上を見ればいいのか下を見ればいいのかと、興奮した様子で首を動かしている。


シャロンはといえば、学園長に叫んだあと、すぐにフレイザーの元へと駆けつけたようだ。

いつの間にかぐったりと倒れ込んでいる彼の額に手を当て、ボソボソと何かを呟いている。


「ほら、魔法薬よ、二本目は身体に悪いのに無茶しすぎよ!」


そう言ってシャロンがフレイザーの口に流し込んでいる液体を見てーーーライラは眉を潜めた。


ーーーあれはよく似せてあるけど、魔素回復薬ではなく…


ライラが開きかけた口を、ジョシュアが「ライラ」と呼びかけることで遮った。


そこでライラはハッとしたように口をつぐんだ。

思い出したのだ。シャロンの「治癒魔法」は機密事項だと。


うっすらと目を開けたフレイザーをシャロンが叱り付けている。

普段の高めの声も忘れ、地声の低音で「魔素残量が一割切るまで魔法を使うなんて何を考えているのだ」だとか「そもそも跳ね返ってきて受け切れないような魔法陣を組むんじゃない」ーーーなどと説教を続けている。


まあ、口調とは裏腹にカバンから次々と包帯や軟膏やらを取り出し、テキパキと治療を続けているので、観客からは笑い声が起きているのだが。


フレイザーは嫌そうな顔でそっぽを向いているが、シャロンの膝に頭を乗せられたまま抵抗しない様子を見るに、相当具合は悪いらしい。


シャロンがちょうど包帯を巻き終えたあたりでーーーイアハートも二人の元へと戻ってきた。

スタスタと歩き、シャロンの横に膝をついた。

そして険しい顔でフレイザーを覗き込む。


「ーーー無茶するな。」


ーーーイアハートの言葉は流石のフレイザーも無視できないらしい。

渋々と言った表情でうなずいている。


そこでようやくシャロンもはあ、と一息ついていた。

最後にフレイザーの額にもう一度手を当て、イアハートの目を見てうなずいている。

イアハートはシャロンに頷き返すと、パンパンと手を叩いた。


「救護班!フレイザー先生を運んで差し上げろ!」


そこでようやく、競技場の入り口付近で石のように固まっていたオレンジ色の髪の集団が競技場内へと走り寄ってきた。

彼らは治癒魔法の適性のある上級生たちだ。

もちろんシャロンのように「国家医師資格」は持ち合わせていないがーーー普段から、専門の授業を受けているため、こういった戦闘系の行事では実習も兼ねて動員されているのだ。

わらわらと集まってフレイザーを担架に乗せると会場を出て行った。


そんな彼らを見送るシャロンにーーーイアハートはお疲れ、とでもいうように肩を叩いている。


マイクの方に無効化魔法を飛ばし、会場中に会話が拾われないようにした後でーーー苦笑いしている。


「わたしに頼むとか言っておきながら、フレイザーの受け切れないような魔法は跳ね返してないじゃないか。ーーーせっかくわたしが近くまで来たのに、もっと頼れよ。」


少し不満げな口調の学園長に、シャロンは「えーだって、」と普段の口調で言い返した。


「イアハートさん脳筋だし?フレイザーみたいなか弱い子は巻き込まれそうじゃないですか。あいつなんてさっき出してた竜の残像でも火傷しますよきっと。」


シャロンの言い分に、学園長は思うところがあったらしい。グッと呻き声を上げている。


「特にあの砂漠化の魔法陣?ーーー素晴らしい構築でしたけど、反魔法にしたらどうやって跳ね返るのか怖くて怖くて。フレイザーをお姫様抱っこして逃げるかも考えたんですけどね?」


うーんと腕を組むシャロンをイアハートが睨み続けている。


「ふざけんな。あいつが教師辞めるなんて言い出したらどうするんだ。魔法陣指導にあれ以上の適任なんていないぞ。」


「ですよね?だから避けてあげたでしょ。ほら、アタシをもっとねぎらって!」


「一割も魔力使ってない奴の何をねぎらうんだ」とイアハートが呆れたように言い、「ひどい!頑張って戦ってたのはアタシも一緒なのに!」などとシャロンが言い返している。


その辺りでマイクの音声が復活した。イアハートの使った防音の魔法陣が切れたのだ。


[おい、どうなってんだよ…あ、マイク戻った?ーーーゆ、優勝者、色欲のシャロンセンセー!無敗の色欲の名は伊達じゃなかったー!]


アツムの声に、シャロンが微妙な顔になった。

色欲ってやっぱり嫌だわ、と呟きながら湧き上がる会場に向けてひらひらと手を振っている。


会場からは「シャロンー!」という声とお祝いの魔法弾がいくつも上げられた。

色とりどりの魔素が会場中を埋め尽くす。


ニコニコと笑うシャロンを見ながらーーーフェルが楽しそうに言った。


「すっげえ、シャロン予想以上に強そうだね!自分から攻撃魔法一切使ってないよ!」


キャッキャと騒ぐフェルに、ライラは確かにとうなずいた。

ミシェーラは戦闘シーンがよほど衝撃的だったのだろう。


「天候魔法?ーーーいや、それ以前に地面全部沈ませてたわよね?…なのに無効化?え?」


などと先ほどから呟き、ダスティンに宥められている。

他の場所でも似たような現象が見られた。

上級生は何度か見たことがあるからか、比較的落ち着いているように見える。

ぽかんとしている下級生たちを見て、慰めたり、からかったりと楽しそうだ。


ライラはフェルやジョシュア、パーシヴァルと行動を共にしたことがあるせいか、ミシェーラほどの衝撃は受けていなかった。

「わあ、すごい人って結構いるんだなあ」などと呑気に考えていたが、ジョシュアの呟きで現実に引き戻される。


「ーーーシャロンは徹底して攻撃魔法を使わない。剣を振っているのさえほとんど見たことがない。」


ジョシュアが告げた言葉に、ライラは「え!?」と声をあげた。


「それって…力を見せたがってないみたいですね?」


ライラの問いかけに、「ああ。」とジョシュアは頷いた。


「間違いなく理由があるんだと思う。ーーー前に直接聞いてもはぐらかされたから、国王か、はたまたその関係者か…シャロンには教師でないもう一つの顔があると見て間違いないと思っている。」


ライラはジョシュアの言葉に、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

ジョシュアにさえ知らされていない国の幹部。


ーーーシャロンと仲良くなっちゃったけど、もしかして結構な地雷?


暗殺者、密偵ーーーそんな単語がライラの脳裏を過ぎる。


黙り込んだライラを見て、ジョシュアが「心配はいらない」と言ってきた。


「味方なのは間違いない。ただ、あれほどの実力者の身元が割れていないのが気になっているだけだ。」


「味方」ーーーその言葉に、ライラはほっと肩の力を抜いた。

フェルも「そーだそーだ」と同意を示した。


「シャロンはボク的役に立つ人間第一位だよ!ライラを元気にできるのはあいつしかいないからね!」


フェルが嬉しそうにチロチロと舌を出し入れするのを見て、ライラも笑った。

ジョシュアが不思議そうに言う。


「わたしは何位だ?」


ジョシュアが興味を示すと思っていなかったのか、フェルは「え、気になるの?」と言っている。

ライラはかなりハラハラしていた。不敬になる気配しかしなかったからだ。

ジョシュアがそういったことを気にしないのはすでにわかってはいたのだが。


「二番だね!三番がパーシヴァル!やっぱ黒の子は力が強いよねえ。」


ーーー王族に順位付け、あれ、これ大丈夫?


ふっと意識が遠のきかけたライラを、すぐ横にいたジョシュアが支えた。

「大丈夫か?」と尋ねるも、ライラはぎこちない笑顔でうなずいている。


オズワルドたちの方を怖くて見られない…とライラが頭を抱える中、フェルは「でもねー」と話し続けている。


「ボクとしてはやっぱりジョシュアに頑張ってもらいたいよね。竜が襲ってきても耐えられそうなのジョシュアくらいだもん。」


フェル、もうやめて…とライラが呟くも、フェルは「なんで?」と不思議そうにしている。

ライラが言い募ろうとした瞬間ジョシュアが「じゃあーー」と口を開いた。


「じゃあ、今後頑張るとしよう。ーーー評価項目の戦闘の割合を上げてくれ。わたしは治癒魔法の適性はゼロなんだ。」


ライラはギョッとしたように目を見開きーーー恐る恐る、ジョシュア、オズワルド、パーシの三人を見比べた。

ジョシュアはいつも通りの何を考えているのかわからない無表情だったし、幸い残りの二人も苦笑いするだけで怒っている様子はなかった。


そこで、わーいと叫んでいるフェルを捕獲し、ポケットに押し込んだ。


「ーーーうちの使役獣が大変失礼なことを…」


ライラがしょぼんと肩を落とすもーーージョシュアは全く違うところが気になっていたらしい。


「今の試合の反魔法はどうだった?」


ジョシュアの問いかけに、ライラは真顔で「何が起きているのか全くわかりませんでした」と言い切った。

ミシェーラが吹き出していた。いつの間にかこちらの会話を聞いていたらしい。

ジョシュアはそんなライラをひたと見つめ、「そうか。」とうなずいた後、パーシの方を向いた。


「PEはどう思った?」


ジョシュアに話を向けられたパーシーは渋い顔になった。


「四方八方から飛んでくる炎の矢や落雷の魔素量を一瞬で計算したのもとんでもないと思いましたが、途中で雷を身体強化だけで避け切っていたのが特に…あれはレベルが違いました。自分は自分のやり方で実力を伸ばします。」


ジョシュアはうむ、とうなずいた後に「精進しよう」と言った。


「魔法使いの全盛は四十歳前後と言われている。シャロンはその辺りの年齢のはずだ。私たちはまだまだ鍛錬しなければいけないし、逆にいえばまだ伸び代がある。」


間違いなく国で一番の魔法使いのジョシュアが、「鍛錬しなければ」と言うのだ。

周りは「自分も頑張らなければ」と強制的に引っ張られる。

ピンと空気が張り詰めたところで、ライラが「わたしも頑張ります!」と立ち上がり、よろめいたところを飛び出してきたフェルに支えられていた。


「ライラはまず体調管理!」


フェルに怒られたライラがうめき、周囲からは笑い声が上がった。


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