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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は飛び級したい
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3の四 慰霊祭

七日間続いたミーティアウィークは慰霊祭で締め括られる。

黒竜の力が不安定になったここ十年間。


グレイトブリテンにはのちに災害と呼ばれるような、痛ましい事故が立て続けに起きた。

有名なのは、十年前と二年前に起きた事故だろう。

赤魔法の使い手だった第二王妃や魔法士団長も務めたライラの両親。ーーー彼らをはじめとした国内屈指の魔法使いたちが、犠牲になった。


黒竜に関連した事故の遺族はこの日、王宮内の広間に集められる。

白の人々ーーー魔法を使えない一般人を庇うなど、国のためにその命をかけた犠牲者たちに、王族から感謝を示すのが式典の目的だった。

そしてーーー十年前の事故の遺族の一人であるジョシュアの手で、慰霊祭が行われるのだ。


出席者はスタージュエリー以外の装飾品は一切外し、黒と白を基調とした衣装に身を包む。

出席者は数百人にものぼる。

魔法使いたちは先祖代々伝わるような揃いの衣装を身につけているものも多い。

ライラの生家、ガブモンド家にも伝統衣装と呼べるものがあった。

黒地に黄色のラインが入った衣装を着たガブモンド家の集団の中でーーーなぜか、ライラだけが、ミシェーラからもらった天の川の流れるような煌びやかな衣装を着ていた。


ちなみにフェルはいない。

親戚たちが、よくわからない魔獣を家の中に入れることに反対したためだ。

フェルは渋ったが、ライラがこれは自分の戦いだと言い切ったため、引かざるを得なかった。

しかし、フェルはそれならばと、何かあったときのために姿を隠せるクルミに命令し、ライラのことを見張らせている。


入り口に立っていた騎士が、ライラの服装を見て顔をしかめた。

所持品検問の際に、ライラは騎士から声をかけられる。


「ーーーお前の衣装はやや華美だな。もう少し地味なものは用意できないか?」


その問いかけにーーー周囲にいたガブモンド家の人々から、クスクスと、嫌な感じの笑い声が上がる。

ライラは親戚と面食らった顔の騎士両方の反応を見てーーー騎士の方に向き直り、肩をすくめた。


「ご覧の通り、ちょっと嫌われてまして、衣装を用意してもらえなかったんです。ーーー王宮に上がれるような黒い服の持ち合わせがなくて、これできたんですがーーーダメなら帰ります。」


シャアシャアと言い放ったライラ。

聞こえる範囲にいた騎士たちが、非難の目線を親戚に向ける。


親戚の大人たちはライラの発言を聞いて、さっと顔に朱が走らせた。

そんな大人たちの反応を見て、一緒になって笑っていた子供たちは不思議そうな顔になっている。


先頭に立っていたでっぷりとした中年の男性がーーーライラの叔父だ。ライラの父に個人的な恨みがあったらしく、ライラへのあたりがきついーーー怒ったように、ライラと騎士の前に進み出た。


「人聞きの悪い。打ち合わせの時に帰ってこないから、採寸が間に合わなかったんだ。まるで、こちらが服を与えなかったような口ぶりはーーー。」


しかし、叔父の発言を、「はあ?」というライラの低い声が遮った。


「ーーー知らないと思ってんの?予備の服なんて腐るほどあるのに、全部使用人に言って隠したんでしょ?器ちっさ。…てかさ、こんなとこでやるような話じゃないし。ーーー騎士さん、お仕事邪魔してごめんなさい。わたし帰りますよ。」


明らかにまだ学生のライラが、遠慮して帰ろうとしたところでーーー別の騎士が、どこからか走ってきた。そして、ライラの方を見て何か話している。


渋面だったライラを呼び止めた騎士の顔がーーーだんだんと青くなっていく。

ライラはどうしたんだ?と首を傾げたが、帰るためだろう、くるりと踵を返した。


ーーーもともと、衣装がないって聞いた時点で一人だけ衣装を用意しないで浮かせるような、くだらないいじめに参加しなくていいと思ったんだよね。…まあ、ジョシュア様が見られるって聞いたからきたけど。


後から中継の映像でも観ようとライラが思ったところでーーーその背中に、慌てたような騎士の声がかかった。


「ライラック=ガブモンド様!この度はこちらの若造が大変失礼いたしました。ーーー黒竜の咆哮の英雄のご子息で、ジョシュア様からも認められたあなたが参加しないなど、あり得ないことです。」


ライラを呼び止めたのは、後から走ってきた騎士だった。

どうぞと言いながらライラの背中にそっと手を添え、ライラを親戚から守るように、彼は会場内まで付き添ってくれた。


「ご両親はわたしの同級生でしてね。ーーー洞窟での事故のことを聞いて、人が良すぎるあいつららしい死に方だと思いました。おかげで観光に来ていた白の民や新米冒険者は全員が助かったとか。…新聞などでは英雄だなどと崇められましたが、そんなことより、わたしはあいつらにも生きて欲しかった。」


そう言った騎士の声は震えており、目元には涙が浮かんでいた。


両親を慕う人に、ライラは今まであまり会ったことがなかった。


ーーー英雄なんて、呼ばれてるんだなあ。


「両親の話をあまり聞く機会がないのでーーーありがとうございます。」


ライラが笑うと、騎士も笑った。

そして、名残惜しそうにしていたが、彼も持ち場に戻らないとまずいらしい。

しかし、親戚たちを見回して、ライラが心配だと顔を曇らせる。


「ーーーガブモンド家がこれほど腐ってるとは。魔法士の家系は陰湿な奴らが多いとは聞くが、こんな幼い子にやることじゃない。」


ライラはそうこぼす騎士と視線を合わしーーーニヤリと笑った。


「心配しないでください。ーーーここに来るまでに、いっぱい落ち込みましたし、泣き言も言いましたけどーーーわたしは負けないんで。今日限りでこいつらにはもう近づかないって決めてますし。」


ーーー心配しないでお仕事に戻ってください。


ライラが笑うと、騎士が再び泣き笑いになっていた。

ライラの笑顔が母親に似ているらしい。


「何かあったら言うんだぞーーー俺はお前の味方だ。職務中は名乗れないが、12番の騎士って呼べば駆けつけるから。」


そう言ってライラの頭をひと撫ですると、騎士は足早に去っていった。

再び集団の中にポツンと一人になったライラ。

暇そうに辺りを見回すライラに一人のフィメルが近づいていった。


「ーーーライラ、あなたもう家に戻ってこないって話本当なの?」


子供たちの輪から抜け出してきたのはビバリーだった。

ライラは嫌そうに一瞬顔を歪めたがーーーコクリとうなずく。


「へえ、逃げるんだ。この家から。」


ニヤア、と笑ったビバリーをライラが無感情に見返す。


「わたし、本当に時間がないんだよね。嫌なことは嫌って言って、やりたいことやらないと二年後後悔するだろうし。ーーーわたしに絡んでないで、ビバリーはガブモンド家のこと心配すれば?このくだらなすぎる嫌がらせのせいで、会場中の騎士と魔法使いから白い目で見られてるの気がついてる?」


ビバリーは真っ赤になってライラに言い返そうとしたがーーーようやく周りの視線に気がついたらしい。口をモゴモゴとさせたがそれ以上は何も言わずに、元の場所へと戻っていく。


ライラ本人とーーープライドばかりが高く他家との交流が希薄なために王宮の情勢を把握することができていないガブモンド家の面々は知らないのだが、ライラは今や王宮での有名人だった。


特徴的な銀色の髪に、ガラスのように透き通った金色の瞳。

色なしにも関わらず、強力な魔獣を使役した功績から、ジョシュアからはチョーカーを、パーシヴァルからはブレスレットをそれぞれもらったとされているライラ。

黒竜の儀のことはあまり公になっていないので、フェルを使役したことが評価されたのだと思われているのだ。


今日はそんなフェルがいないため、すぐに気がついたものはいなかったがーーーいろんな意味で視線を集めていたライラの正体に、思い当たるものも当然いた。


そもそも、ライラの父親は、かの魔法士団で青の副団長を務めていたのだ。

王族からの信頼も厚かったにも関わらず、娘可愛さにやめていった彼のことを未だに慕う者も多い。

ライラに話しかけたそうにしている魔法使いや騎士が何人もいたのだが、ガブモンド家の異様な雰囲気に一歩が踏み出せないでいたのだ。


そんな会場にーーーボーン。という鈍い音がなった。

話し声が徐々に静まっていきーーー人々の視線は中央の魔石の扉へと吸い寄せられる。

そして、ゴゴゴゴゴゴ、と言う思い音が立って、左右に扉が開いた。


現れたのは左右を騎士に固められたジョシュアだ。

いつもの青みがかったジャケットではなく、今日は全身真っ黒な衣装に身を包んでいる。

胸で淡い光を放つのが、彼の母親、第二王妃の形見であるサークルストーンであろう。

ライラはポーッとなりながらジョシュアを見ていたが…やがて、眉を潜めた。


ーーージョシュア様、ちょっと痩せた?…やっぱり、魔法壁貼るの大変なのかな?


スラッと背が高いジョシュア。

その線が少し細くなったようにライラは思ったのだ。


心配と親愛のこもった眼差しでライラはジョシュアを見つめ続けている。

よく響く声で追悼文を読み上げたジョシュアは、最後に黒魔法の祝福を遺族たちの頭上に放った。


「ーーー国のために命をかけた彼らに敬意を称して、黒竜さまからの祝福がありますように。」


「「「黒竜さまからの祝福がありますように。」」」


参列者の声に合わせて、ジョシュアがさらに腕を一振りした。

会場中が、黒の魔力で包まれる。

黒の魔力が魔力灯の魔素を打ち消していき、一瞬で闇夜のように暗くなった会場。

参列者たちのサークルストーンの光のみが会場を照らす。


〜〜〜La La La ミーティア ミーティア。星になったあなたのことを思い出す。


暗くなった会場に、悲しげなバイオリンの音が流れ、参列者たちが歌い出す。

ライラがちらりと目をやりーーー驚きで見開いた。

なんと、演奏団の中にパーシヴァルがいたのだ。



ーーーバイオリン!そういえば、前も弾いてたな!


ライラが歌詞を口ずさむのをやめ、ぽかんとしているとーーーライラの視線に気がついたらしい、パーシヴァルが一瞬顔をしかめた。

パーシヴァルはなんでこんな暗いのに瞬時にわかったんだと思っているが、それはライラだからとしか言いようがない。

すぐにそらされた視線。でも、パーシヴァルの口元が、微かに動いている。


ーーーま・え・み・ろ。


ライラは意味を理解して、こてんと首を傾げた。そこは、歌えではないのか。

そしてーーー向き直った先に立っている人物を見て、さらにあんぐりと口を開けることになった。


「ーーーじょ、ジョシュアさま!?なぜここに!?」


黒の魔素が濃すぎて、今の会場では視界が不明瞭なのだ。

一応ライトアップされているパーシヴァルの場所とは違い、ジョシュアは暗闇を歩いてきたようだ。ライラが気がつかなかったのも無理はない。


一応周りの状況をはばかって小声でライラは叫んだが、ちょうどそのタイミングで歌と演奏が終わった。

明るくなった会場。

人々はジョシュアの姿が壇上に見えないことに気がつきーーーすぐに、参加者に衝撃が走る。


周囲の反応に気がついているのだろうに、ジョシュアはライラを見下ろしたまま、微動だにしない。


しばし二人は見つめあいーーー沈黙に耐えきれなくなったライラが、おずおずと尋ねた。



「あ、あの、ジョシュアさま。お仕事の方は?」


ライラの問いかけに、ジョシュアはようやく瞬きをした。

ライラはジョシュアの顔の綺麗さも相まって、人形と話しているような気分になっていたので、ホッとしたように息を吐いている。


「魔石が降ってくるのもおさまったし、さっきの挨拶でほぼ終わりだ。あとは参加者との懇親会なんだがーーーわたしのモノが不当な扱いを受けているようだったから、気になってしまってな。」


ライラはこの発言を無表情で聞いていたがーーー途中で、フラッと倒れかけている。

いつもならフェルが支えるのだが、今ここに彼はいない。


慌てたように、走ってきたレイモンドがライラの腕を掴んで、なんとかライラの顔面は守られたがーーーライラの内心は大混乱だった。


ーーーわたしの、物?モノ?つまり、ジョシュアさまのモノってことだよね!!!


レイモンドに引っ張られて体制を整えたライラ。

しかし、ライラの顔は耳まで真っ赤である。


何とか立ったライラに、ジョシュアが大丈夫か?と聞いている。

ライラはフルフルと首をふった。


「ーーーそうか、やはり大丈夫ではないのだな。…さて、どうするか。」


考え込むジョシュアにーーーいつの間にか近づいてきていたパーシヴァルの冷静なツッコミが入る。


「いや、そいつの大丈夫じゃないとジョシュアの考えずれまくってんだけど。」


ーーーもう嫌だこいつら、会話する気ないだろ。

天を仰ぐパーシヴァル。レイモンドもその横で苦笑いしている。


真っ赤になって幸せそうに微笑むライラ。

真剣に腕を組むジョシュア。

真っ青を通り越して、土気色になっているライラの叔父と、こんな状況でも、心ここに在らずといった様子で最後尾に立つライラの祖母。


しばし沈黙が落ちーーージョシュアがライラの方へと向きなおった。


「ライラックには大人が誰も衣装を用意しなかったと思っていいのだな?」


予想外のジョシュアの問いにライラは首を傾げつつも頷いた。

その反応を見たジョシュアがーーー魔力通話をおもむろに取り出した。

どこかへ通話するジョシュア。

ライラが状況について行けずにぽかんとしているとーーー数分もしないうちに一人の使用人が駆け込んできた。

サッと差し出された黒い塊。

ジョシュアはそれを受け取ると、無造作に宙に放り投げた。

ふわりと黒い布が広がる。

ジョシュアが、ぼそりと告げた。


「ライラックに黒竜の祝福を。」


ジョシュアの指先から黒力が迸り、手の平ほどの黒竜の形になった。

二体いる黒竜は器用に宙に投げ出されたマントの端を加えると、パタパタとライラの方に飛んできた。そして、器用に、ライラに巻きつける。


「ウデ!アゲロ!」

「ソコ!ヒッパレ!」


ワタワタと黒竜二体に手伝われライラがマントを着込むのを、会場中の人々が見守っている。


そして、近くでスタンバイしていた使用人が仕上げとばかりに、ライラの腰にベルトを止めた。

黒地に青のラインが入った衣装は、よく見ると一体の羽ばたく竜の刺繍が施されている。


ジョシュアのマントを作るための布をどうやら持って来させたらしい。

長身のジョシュアに合わせてあるのでライラには少し長い。

足元まで黒のマントですっぽりと覆われたライラを見てーーージョシュアが満足そうに頷いた。


「ーーーいや、大きいだろ。普通にサイズ感考えてやれよ。」


ーーーというパーシヴァルのツッコミは、ライラには聞こえていなかった。

着替えた後は、魔力でできた黒竜たちと戯れるのに忙しいようなのだ。


はあ、吐息をついたパーシヴァルに、意外なことにジョシュアから返答があった。


「ーーー喜んでいるんだから問題ないだろう?あまりきちんとしたものを送ると、後々ライラックが困ることになる。」


小声でパーシヴァルにそう告げたジョシュア。

パーシヴァルは意外そうにジョシュアを見上げた。


「わざとなのか。いつものおとぼけかと思った。」


パーシヴァルの嫌味にもーージョシュアは少し考え込むように視線を逸らしただけだった。

思い当たる節がないらしい。


パーシヴァルは嫌そうに顔をしかめーーーふと、視線を滑らせ、真っ青になってガタガタと震えている、ガブモンド家の面々を見た。


「ーーー小物だねえ。俺らのジュエリーストーンを贈られた存在って意味、一回も考えなかったの?」


ハッと笑ったパーシヴァルをジョシュアが戒める。


「パーシヴァル、彼らも我々王族に支え日々魔力を提供してくれている国民だ。そのような発言はよしなさい。」


ジョシュアが嗜めるとパーシヴァルは口を尖らせガブモンド家の人々はわかりやすく息を吐いた。


ちなみにライラは未だに黒竜二匹を手の平に乗せ観察している。

黒魔法が大好きなライラにとって、ジョシュアの魔法を間近で見られたことが何よりも嬉しかったらしい。

ジョシュアに向き直ってお礼を言い、黒竜を観察しては褒めてーーーを繰り返している。


ホッと緩んだ空気。

しかし、ジョシュアの発言は終わっていなかった。

ライラの方をーーー少しだけ優しげな表情で見た後、ガブモンド家の面々へと向き直った。

スッと腕にはまっていた、魔道具を外している。

次の瞬間、わずかにだがジョシュアから魔力が溢れ出した。


ほんの微量だったにもかかわらずーーー近くに立ち、ジョシュアの魔力のオーラに当てられた面々は固まった。

特に威圧していなくても、彼の魔力は人を従わせる力があるのだ。


「ライラックはまだ幼い。保護者によって大切にされ、ああやって笑っているべき歳だ。ーーーわたしは今日の光景を見て心配になった。優秀な魔法士を出してきたガブモンド家の魔力が…濁っているように思う。大人の魔力の質の悪さは、子供へと移っていく。魔法の技術だけでなく、心の鍛錬も怠るな。ーーー悪感情を持つなとは言わない。でも、飲み込まれてはいけない。魔法使いたるもの、己を律し、力なき弱いものを守るのだ。」


ジョシュアはそこまでいうとーーー会場中を見回した。

彼の魔力がブワッと広がりーーー自然と参列者が膝をつく。

立っているのはジョシュアとライラの二人だけだ。

パーシヴァルたちはいつの間にか姿を消している。


ライラはざざっと膝をついた面々を見て、自分も膝をつこうとしたがーーー黒竜の二体に引っ張られて阻止されていた。


「ーーーえー?まだ遊び足りないの?はああ、可愛いねえ。」


一箇所だけ空気が違うが、突っ込めるものはいなかった。

ジョシュアが、普段穏やかな彼がーーーわずかにだが、怒っているように感じたのだ。

高まる緊張感の中ーーージョシュアが口を開く。


「ーーーわたしは、力を持って生まれてきた王族として、黒竜さまの力の余波によって、多くの国民が命を落としていることが大変悲しい。自分に憤りも感じている。…でも、万能な人間などきっといないのだ。だからーーー愛するわたしの国民であり、優秀な魔法使いである皆よ、力不足のわたしの手助けをしてくれ。犠牲を払ったあなたたちに、これ以上を求めるのは酷かもしれない。でも、同じ思いをする人がこれ以上増えて欲しくないのだ。」


頼む、そう言ったジョシュアは悲しげでーーーいつも堂々として隙のないジョシュアばかり見てきた魔法使いたちは誰しもが驚きで目を見張る。


黒の王族の見せた人間らしい姿。


会場の参加者は、普段忘れ去られている事実ーーーこの王子がまだ十九歳の青年であることを思い出していた。

そしてーーーある騎士が、叫んだ。


「ーーーシャーマナイト様!万歳!わたしの命に変えても、国のために尽くします!」


この叫び声を皮切りに、ワッと盛り上がった会場。


ジョシュアはありがとうと満足げに頷きーーー未だに黒竜を見つめているライラへと歩み寄った。

ガブモンド家の一人が何か言おうとジョシュアに走り寄ろうとしてーーー跪いたままだった祖母に抑えられていた。

ライラたちは全く気がついていないが、本日初めてライラの祖母が言葉を発していたのだ。


「ーーー我々はもう、あの子に関わる資格はありませんよ。…わたしがレイに囚われている間に、ずいぶん大きくなったのですね。」


祖母に促され、まだ興奮で湧き立つ会場をガブモンド家の面々が気まずそうに退出していく。

ライラはそちらをチラリとみたがーーーすぐに横に立つジョシュアに向き直った。


「ーーーありがとうございます。」


ニコニコと笑うライラを見て、ジョシュアは一つ頷いた。


「いつもの笑顔に戻ってよかった。ーーーわたしはな…ちょっとこっちへこい。」


ジョシュアに手招きされ、ライラはジョシュアの方へと近づいた。

不思議そうに見上げるライラをチラリと見た後、ジョシュアは何かを魔力を使ってさらさらと紙に書き付けた。

ジョシュアによってライラの手にそっと小さな紙切れが乗せられる。


ーーーライラックの目は、喜ぶと竜の魔石のようになる。わたしは結構気に入っている。


ライラはメモを読んだ後ーーーぱっと喜びで魔力を弾けさせた。

ニコニコを通り越してデレデレとなったライラ。

ジョシュアはそんなライラを満足げに見た後でメモをサッと奪い返し魔力の字を消していた。それと同時に黒竜も消えた。


ライラはアッと声を上げーーーメモを目線で追うと、悲しげな顔になる。

しかし、ジョシュアはそんなライラに申し訳なさそうに告げる。


「わたしは王太子だ。ーーー将来は、この国全員の父になると言ってもいい。一人を特別扱いすると、周りがうるさいんだ。…ライラが大人になって、周囲を跳ね除けられるようになったら、今のメモもまた書くから。」


ジョシュアの言葉にライラはなるほどと頷いてさすがはジョシュア様ですね。といつものよそ行き用の顔になって笑った。


ーーーやはり子供にやるには酷だったか?ーーーでも、ライラックのためだしな。


先ほどのように笑わなくなったライラを見てーーー彼が見ているのは魔力なのだが、ライラは感情が魔力に現れやすいのだーーージョシュアが一人考え込んでいるとどこからともなく現れたオズワルドがライラを回収して行っていた。

ここからジョシュアは参列者に挨拶される立場だ。ライラがいると好奇の目に晒されるという配慮だろう。


会場から抜けるとーーーライラが突然がくりと、膝をついた。

慌ててオズワルドがライラに駆け寄る。

ライラはペタンと座り込んだ姿勢でーーー無理やり笑い顔を作っている。


「あはは、気を張ってたせいか、力が抜けちゃいました。フェル!浮遊魔法頼むよ!」


ライラが宙に向かって呼びかけた後ーーー三秒ほどで、ピカッと一瞬廊下が照らされ、フェルが現れた。


「ーーーライラ!?どうしたの?魔力がめちゃくちゃ細波だってるよ!?」


フェルはおろおろとした後ーーークルミを呼びつけようとして、ライラに止められている。


「ーーー誰も悪くないから大丈夫だよ。…フェル、寮までわたしを運んでよ。」


ライラはプレートだけを貸してもらい、マントはオズワルドに返却した。

ミーティアウィークが終われば、このマントは必要ない。

しかも、メモでさえ渡すのをはばかるジョシュアのことを思えばライラにマントを持って帰るという選択肢はなかった。

心配そうにライラの顔色を伺うオズワルドと別れた後でーーーライラは悲しそうに笑った。

そして、フェルにだけ聞こえる声でポトリと落とされたつぶやき。


「ーーー今日ほど、大人になれたらなって思ったことはないよ。」


ライラのつぶやきの意味を理解したフェルはーーーライラをなぐさめるようにすり寄った。



深夜のジョシュアの私室で、返却された黒いマントをジョシュアは眺めていた。

オズワルドはそんな主人の姿を見てーーー心配そうに告げた。


「ーーージョシュア様、国民全員に平等に接しようとする姿勢は素晴らしいですが…そのせいで、ジョシュア様ご自身の幸せを見失われてはいませんか?」


「OZーーーお前は、わたしが幸せなどという曖昧で複雑な感情を理解できないことは知っているだろう?」


キョトンとした顔になったジョシュアを見てーーーオズワルドは苦笑いして失礼しましたと言った。オズワルドはジョシュアを残して部屋を出る。


パタリとしまった寝室のドアに向けて、思わずといったように振り向いたオズワルドからこぼれ落ちたつぶやき。


「ーーーそのお顔の反対が幸せですよと告げたらどういう反応をなさるんでしょうか。」


グレイトブリテンには、一週間ぶりの静かな夜が訪れている。

オズワルドの問いかけは、そんな夜の闇に吸い込まれていったのだった。

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