2の十五 自分に自信をもつということ
ダスティンの訪問や決闘騒ぎのあった日から一週間後ーーー授業終わりに、ライラたちは、学園から森の方へと南にいくらか進んだ場所に位置する、特別寮へと来ていた。
その日に迎えに来てくれたのはアツムだった。
「ヤッホー!団長がお待ちだから急ぐよ?」
ーーーと、授業が終わった途端、教師と入れ替わるように教室に飛び込んできたアツム。その胸には薔薇のブローチがつけられている。
突然現れた有名人に、ざわつく一年生の教室の中でーーーアツムはライラたちを見つけると、ズンズンと近寄っていき、ミシェーラは魔法で、デニスとライラは両手で引きずるようにして、廊下に停められていた赤いプレートへと乗せた。
周りの一年生が廊下へと顔を出す。
ジーゴプレートと持ち主のアツムへと羨望が集まる。
そして、それは当然、プレートに乗せられたライラたちも例外ではない。
「ミシェーラちゃん本当に黒薔薇団に入るんだな。」
「デニスと友達だから俺も乗せてもらえるかな?」
「ライラック、ずりい!」
ーーーなどという様々な声を背に、ライラたちは夕方の外へと飛び出したのだった。
魔力通話でチラチラと時間を確認しながら、アツムはものすごいスピードで学園内を走った。
ライラたちの目に、白いレンガといくつもの灰色の三角屋根を持った建物が見えてくる。
小さい城のようにも見えるその建物こそがーーー生徒たちの憧れ、特別寮だ。
黒薔薇団の生徒数名と教師が生活するその寮は、ライラたちが今住んでいる四角い建物とはまるで別物だった。
一人一人に三部屋分の個室が与えられるだけでなく、外壁が防魔加工してあるらしく、なんと室内で魔法を使ってもいいそうだ。
教師が授業の準備をすることもあるための防魔処置なのだがーーーライラは、帰ってからも課題ができると喜んで、フェルやミシェーラを呆れさせた。
ライラはイマイチ特別感がわかっていなかったのだがーーー白い封筒を受け取って以来、クラスメイトだけでなく、他学年の生徒にも話しかけられ、すごいすごいと言われ続けたため、さすがのライラも自覚せざるを得なくなった。
ーーーどうやらとんでもない集団に仲間入りしてしまったらしい。
デニスやミシェーラだけでなく、ライラの元にもいろんな生徒が押しかけてきて、この一週間は息つく暇さえなかった。
もっとも、ミシェーラの方が色々と大変そうだったが。
最初の三日は、ダスティンの婚約者であるダイアナの友人だという上級生が次々にミシェーラの元へと訪れた。言葉で語るものもいればーーー武力に訴えようとするものもおり、手袋が次々とミシェーラへと投げつけられていた。
フィメルは代理決闘人を頼めるとかで、デニスが決闘の肩代わりしていたのだがーーー追いつかなくなってきて、ミシェーラの親衛隊が駆り出されていた。
ここ数日は、さすがに落ち着いてきて、親衛隊でどうにかできるレベルになったらしい。
「わたしに向けて手袋を投げる動作に入ったら、親衛隊の子たちが人間ごと回収してくれるの。」
ーーーというのがミシェーラによってされた説明だ。
ライラは、何かいうことはとっくに諦めており、黙って彼女の頭を撫でていた。
肝心のダイアナは不登校になっているらしい。
そのせいもあって、ミシェーラは一週間の間、ずっと浮かない顔をしている。
騒ぎの原因であるダスティン本人も何度かミシェーラのもとを訪れてきて、時には二人で昼食を取ったりもしていた。
「さすがに、王族の方の申し出を断るのはちょっとね…。」
ーーーとライラたちにはこぼしながら、ミシェーラはクーガンと共にエスコートされていた。
ライラはダスティンのことは王族の一員としてしか見ていなかったがーーーミシェーラの魅力に気付いた時点で、好感度はだいぶ上がっていた。
周りはダイアナがかわいそうだとか、心変わりしたのはダスティンだからミシェーラは悪くないだとかで、騒がしかったがーーーライラは純愛などには興味がなかったのだ。
乗り換えなんて知らん、ミシェーラが可愛いことだけが動かしようのない事実、などと言い放ってデニスやフェルを呆れさせた。
もっとも、どうやらライラはダスティンからえらく嫌われているらしい。
ミシェーラが会話の中でライラの名前を口に出すと不機嫌になると言っていた。
なぜだろうと三人で首を傾げたのだがーーーそれも、もうすぐわかるだろう。
ライラは、自分のことが嫌いらしい王族に会いに行くため、今プレートに乗っているのだから。
プレートにつけられた魔石にアツムは全力で魔力を注いでいる。
いつもニヤニヤとしているイメージのあったアツムの真剣な顔にライラは驚き、デニスに先輩に失礼だぞと怒られた。
ライラたちの会話を聞いて、苦笑いを浮かべたアツム。
「ダスティンは時間に厳しいし、怒られるのは俺だから。」ーーーと遠い目をして語っていた。
どうやら、ライラたちがダスティンと交わした「一週間後の授業後すぐに」という約束はーーー本当に「すぐ」という意味だったらしい。
キキーッという甲高い音を立てて止まったプレート。
ミシェーラはアツムが押さえたので飛ばなかったが、ライラとフェル、デニスは慣性の法則で吹っ飛ばされた。
フェルはウヒャヒャと楽しそうに宙を舞い、デニスは持ち前の運動神経で、綺麗に着地していた。
ライラだけが、べしゃっという効果音がつきそうな落ち方をした。
顎を強打して涙目になったライラ。
フェルが慌てて舞い戻ってきて、怪我の心配をしている。
デニスはそんなライラの姿に爆笑していた。
しかし、のんびりしている場合ではないとアツムに急かされ、一行は石の階段を上がっていく。
目の前には木製の扉が現れた。
鍵をポケットから取り出しながらーーーアツムが苦笑している。
「ダスティンは終わった瞬間来ると思ってたからね。ーーーあいつ待たされるの嫌いだからなあ。怒ってないといいけど。」
アツムはそうつぶやきながらも、ドアノブをひねり、右手に抱えていたプレートをサッと片付けると、特別寮の中へとスタスタ入っていってしまった。
ライラは初めて足を踏み入れた特別寮の中を、キョロキョロと見回した。
そんなライラを見て、フェルが浮遊魔法を使っていた。
先ほどの落下の様子からして、ライラの体調があまり良くないと察したらしい。
金色に光った自分の体を見て、ライラはフェルにお礼を言った。
足を動かす必要もなくなったので、のんびりと辺りを見回す。
寮内は黒を基調としていた。
足元には絨毯が引かれており、洗浄の魔法だろうか?所々に、銀色の糸で魔法陣が刺繍されており、ホコリひとつない。
空中に浮かび上がった魔力灯はイアハートの作品らしい。
イアハートは自分で作ったものの、世に出せないような品をここに置いていくそうだ。
「あの人、最上階に住んでるんだけど、忙しいみたいで滅多に見かけないんだ。でも、たまに顔合わせると、変な魔道具とかくれる気のいい人だよ。」
ーーー俺、この間お掃除魔道具もらったんだ。
などとアツムは笑っている。
一年生の間では滅多に出回らない学園長と特別寮の話に、デニスとミシェーラは目を輝かせた。
ライラは興味がなさそうにしていたがーーー途中で通過した部屋が、以前ジョシュアが過ごした部屋だと聞いて、目の色を変えていた。
「今はエゲート様が使ってる。ーーーライラちゃんは来年あたりに呼ばれて入ることがあるかもね?」
アツムはライラの腕につけられた腕輪を見て笑いながらいった。
ライラも後で早速パーシヴァルに確認を取ろうと考える。
ーーー離宮の掃除を頼まれるくらいだ。寮内も掃除しろと言われるかもしれない。
ライラがそんな考え事をしている間に、アツムが足を止めた。
ライラも地面に下ろされる。
パーシヴァルの横の部屋がダスティンの部屋だった。
五階は代々王族が使用しているらしく、今はパーシヴァル不在のため二人しかいないらしい。
アツムがノックすると、中からダスティンの声が聞こえた。
ライラたちがアツムの後に続いて足を踏み入れるとーーー中に置かれたソファにダスティンが腰掛けていた。
側には使用人が何名か控えている。
予想外に広い室内に、一年生三人が息をのんだ。
フェルがぼそっと呟く。
「ジャーマンの技術がなんでこんなところに?ーーー今の空間魔法ってこんな使い方できるのか。」
立ち尽くす三人を、ダスティンが座るように促した。
アツムは、また後でくるね、と言って姿を消す。
ダスティンは並んで腰掛けた三人を順番に見た後ーーー使用人に合図して、一枚の紙を配らせた。
ライラが目を通すと、それは黒薔薇団の規則のようなものだった。
三人が内容を確認するのをしばらく待った後で、ダスティンが紅茶を片手に、説明を加えてくれる。
「そこに書かれている通り、学園裁判なども行うがーーー俺たちは学園のイベントの実行委員みたいなものだ。報酬として、住む場所やプレートが与えられてるって感じか。直近では、十月の頭にミーティアウィークがある。一週間の間、パトロールをするだけだが、毎年、フられた腹いせに魔法をぶっ放す生徒がいるから気が抜けないイベントだ。ーーー知っての通り、俺とジョーハンナは国の守りのために王宮に呼び出されるから学園には残れない。」
そこまで一気に話した後で、ダスティンは一度考え込むようにして黙った。
ちなみに、ミーティアウィークというのは、空から魔石がドカドカと降ってくる一週間のことだ。王族が全員総出で国全体に魔法障壁を張ってくれるため、国民に被害が及ぶことはない。
幼い頃、空から降ってくる無数の魔石を初めて目にしたとき、あまりの恐怖にライラは泣いた。
光の尾を引く魔石が防御壁に阻まれ消えることがわかるとーーーすぐに慣れて、キレイキレイとはしゃぎ出したため、両親に笑われた記憶がある。
なぜ魔石が降ってくるのかは解明されていないがーーー死者の魂が帰ってくると言われており、ライラの持っている父親の形見の魔石もその一週間は光り続ける。両親が亡くなって以来、ライラにとっても特別な一週間だ。
思わず胸の魔石に手をやったライラが、もうそんな時期か感傷に浸っているとーーーダスティンがチラリとライラの方に視線を向け、すぐに逸らした。
そして、ライラ以外の二人へと目を向けて語り始める。
「正式な加入は来年度からだがーーーデニスは、今年からパトロールに加わってくれ。戦力になりそうな奴は一人でも欲しい、頼まれてくれるな?」
ダスティンの頼みに、デニスは間髪入れずにうなずいた。
ダスティンに憧れてると以前も言っていた通り、デニスの顔はやる気に満ちている。
「ミシェーラはーーー自分の身を守ってくれ。今年一番、スタージュエリーの申し込みが多いのは君だというのが、我々の予想だ。」
俺がいない間に怪我しないでくれよ?とダスティンに見つめられ、ミシェーラは頬を染めていた。コクコクとうなずく彼女とそれを優しく見つめるダスティンはお似合いに見える。
ーーースタージュエリーというのは、ミーティアウィークの間に、大切な人や愛する人に送る星形の宝石をあしらったアクセサリーのことだ。
バレンタインの豪華版だな、とライラは解釈している。
ーーーわたしは親以外からもらったことないけど…ミシェーラと、あとデニスも大量にもらいそうだなあ。
普段から告白のために生徒が訪ねてくる二人だ。
さぞミーティアウィークは大変なことになるだろうとうなずいているとーーーライラにとっては意外なことに、ダスティンの視線がライラに向けられた。
てっきりいないものとして扱われるのかと思っていたライラは、驚きながらもピンと姿勢を正した。
ライラに向けられた青い瞳は何かに葛藤しているようにも見える。
ライラが内心首を傾げているとーーーダスティンが、ボソリと言った。
「俺はーーー黒薔薇団のリーダーとして公平でありたいと思っている。…生徒の見本として。王族に生まれたからには差別したくない。でも、一つだけ聞かせてくれ。」
ーーーなぜ、お前が選ばれた?
そう言ったダスティンは、苦悶の表情を浮かべており、どこか泣きそうにも見えた。
見つめあいながらーーーライラはパーシヴァルのことを思い出していた。
ジョシュアが嫌いだと言った時のパーシヴァルの姿と、今のダスティンがなぜか重なる。
ーーーきっと、王族の中でも、ジョシュア様は特別なんだ。
黒の魔力を誰よりも多くその身に宿し、国王から一心に愛を受けるジョシュア。
王族だって人間だ。嫉妬や羨望といった負の感情が生まれても不思議ではない。
いろんな感情が複雑に絡み合ったようなダスティンの表情を見てーーーライラは笑ってしまった。
わかってしまったのだ。
ダスティンがジョシュアのことが愛しくてしょうがないのだろうということが。
ーーーだから、パーシヴァルとも馬が合わないのかもしれない。
パーシヴァルはジョシュアと一番仲は良さそうだしな、とライラは推測などしてみる。
ライラの中で、大人びて見えていたダスティンが、急に身近な存在になった。
そして、ダスティンはきっと、ものすごく真っ直ぐで善良な人なのだと理解する。
大嫌いなライラにも、平等に接しようとする姿に、ライラは好感を持った。
だから笑う。彼を解放しなければいけない。
「ーーージョシュア様のお考えなんてわたしにはさっぱり。OZが目をかけてくださっているようです。このチョーカーも、頂いただけで、音沙汰ないですし。」
ライラは自分で言っていて悲しくなってきた。
ハア、とため息をついたライラをダスティンが意外そうな顔で見た。
どうやら誤解されていたようだと苦笑いを浮かべるライラ。
「誰も平等ーーー素晴らしいお考えです。でも、嫌いな人間がいるのは当たり前ですよ。ダスティン様のような方に、嫌われるなんて…わたしからしたら、認識していただいてるだけでありがたいと思っちゃいます。」
あはは、とライラが笑う声が室内に響く。
ダスティンはそんなライラを黙って見ていたがーーーやがて、ひとつため息をついた。
「どうやら俺は大きな誤解をしていたようだ。ーーーお前のいとこから、聞かされていた印象とまるで違う。」
人を見る目をまだまだ養わなければ、と言って首をふったダスティン。
一方で、ライラは予想外の人物の名前が出てーーー思いっきり顔をしかめた。
「ーーーダスティン様がなぜビバリーのことを?」
心底嫌そうな顔になったライラを見て、ダスティンが意地悪く笑った。
どうやらライラが嫌いだというのをーーー本人の許可が出たせいかもしれないが、隠す気がなくなったらしい。
「あいつも綺麗な顔してるだろ?しかも魔法使いとしても、将来有望だ。取り巻きになりたいと言ってきたから、仲良くしているよ。」
ーーーライラがパーシヴァルの周りをうろついている間に、ビバリーも色々と動いていたらしいと察したライラ。
しかも、あらぬことを風潮しているらしい。
ビバリーが色々とライラの悪口をいう姿が容易に想像できたライラは、非常に苦い気持ちになった。
「ずいぶん仲が悪そうだな?ーーーまあいい。お前のことは気に入らないし、そのチョーカーも見る度に毟り取りたくなるがーーージョシュアの考えはやはり誰にもわからないんだな。」
はあ、とため息をついたダスティン。
一方で、毟り取りたいなどと言われたライラは、ヒッと悲鳴を上げて少し後ろに体を傾けた。
真顔で立ち上がったデニスを手で制し、ダスティンが笑顔で冗談だ、と言う。
ーーー絶対半分くらい本気ですよね!?
怯えた顔をしたライラをーーー急に真顔になったダスティンが見つめる。
緩んでいた室内の空気がピリッと張り詰めた。
「お前の言い分はわかった。ーーーでも、それをつけて歩くなら、もっとふさわしい人間になれ。お前は自己肯定感が低すぎる。」
ピシャリと言い放ったダスティン。
ライラは言い返すことができずに俯いた。
ライラにもわかっていた。ジョシュアにふさわしい人間になれていないことが。
学園で一人でいると、こそこそと陰口を言われる。
それ自体にはなれてしまったのだがーーーその中に、ジョシュアの名前が出ると、ライラは叫び出したいくらいに悲しくなる。
自分がチョーカーをつけることで、ジョシュアの品位に傷をつけるのでは?ーーー毎晩のように、ライラは自問していた。
ダスティンに向けてライラに代わって何か言い返すように立ち上がったデニスをミシェーラが制した。
なんでだよ!と睨みつけたデニスに、ミシェーラが告げる。
「私たちは黙って聞いていたほうがいいわ。ーーーいつも守れるわけじゃない、デニスだってわかってるでしょ?ライラ自身の問題だもの。」
デニスは何か言いかけーーー苛立たしげにソファに沈み込んだ。
ダスティンはそんな二人を見守っていたがーーー再び、ライラを見据えた。
ライラは相変わらずうつむいている。
しかし、もしこの時顔を上げていれば、ダスティンが泣きそうな顔をしていることに気づけただろう。
「ジョシュアにふさわしい人間になりたいなら、傷ついていても、堂々としろ。俺に何を言われたって俯くな。お前は魔法で強くなれないなら、心を強くするしかないだろう?」
ーーー頼むから、お前が選ばれたんなら仕方ないって思えるような人間になってくれ。
苦しげにそう呟いたダスティンの表情が気になって、ライラはそろそろと顔をあげた。
ダスティンの表情は見えなかった。彼が両手で顔を覆っていたからだ。
ライラが見つめているとーーーダスティンが大きく息を吐き出した。
すでに、彼の表情はいつもの自信の満ちたものになっている。
というか若干怒っている。
なぜだ?ーーーと首を傾げたライラに、ダスティンは大きく舌打ちした。
なんでこんな奴が、と睨まれても、ライラは苦笑いすることしかできない。
だってーーー
「自分をーーー誇れるところなんて、わたしにはありません。」
ライラは再び視線を下げかけたが、ダスティンに止められた。
すぐに下をむくな!という叱責が飛び、ライラはびくりと肩を震わせる。
「お前の誇れるところならあるだろう!ーーージョシュアの横に立っても、平然としていられること。俺も持っていない、お前の長所だ。」
正直羨ましくてしょうがない、と言ったダスティンを、ライラが不思議そうにみた。
そんなライラの反応を見て、周囲は信じられないといった様子だ。
フェルだけが変わらずに宙を飛んでいる。
ますます首を傾げたライラにーーーミシェーラが恐る恐る問いかけた。
「自室に行ったって聞いた時から薄々感じてたけどーーーライラって、封魔の魔道具を外したシャーマナイト様の近くに行っても何も感じないの?」
感じるって何が?と首を傾げたライラの反応が、答えを物語っていた。
びっくりして固まってしまったミシェーラの代わりに、口を開いたのはデニスだ。
「シャーマナイト様の黒魔力は強大すぎて、近くに行くとみんな震えが止まらなくなるんだ。ーーー竜のそばによったみたいな感覚だって父様は言ってた。」
初めて明かされた情報にライラはぽかんと口を開けた。
ライラは周囲の反応とは真逆ーーーむしろジョシュアの黒の魔素を感じる度に、泣きたくなるほどに幸福感を感じるのだ。
「も、もしかして、わたしがチョーカーをもらえたのってそのおかげ?」
ライラの問いかけに頷いたのは、ダスティンだった。
「間違いなくそうだ。OZは、自分以外にもジョシュアの魔力の波長と合うやつをいつも探してる。ーーー他にも理由はあるだろうが。」
ーーーそれはわざわざ教えてやらねえ。
ダスティンは内心でそう吐き捨てた。
彼は知っている。
ジョシュアのもっと大きな秘密を。
だからこそ、ジョシュアに所有の印を与えられたライラが憎くて仕方なかったのだ。
ダスティンは、ドロドロと溢れ出す憎しみの感情にひとまず蓋をしてーーー黒薔薇団の証である薔薇を模した黒魔石のブローチを渡し、三人を解放した。これで周囲には三人が黒薔薇団に加入決定したと知れ渡るだろう。
細かい説明はまた寮の移動の時にすることを約束してある。正式な加入は来年度だ。入寮は三月を予定しているし、三人とこの場所で会うのは年明けになるだろう。
静かになった自室で、ダスティンは魔炎を取り出した。
未成年の魔炎の服用は表向きには禁止されている。
使用人が咎めるようにみるがーーーダスティンは、一笑して彼らを追い払ってしまう。
フーッと魔素を吐き出しながらーーーどうしても考えてしまうのは、パーシヴァルとライラのことだ。
二人の共通点は、ジョシュアが認識できている、ということ。
ジョシュアの大きな秘密ーーー欠陥ともいえる秘密をダスティンが知ったのは、七歳の時だった。
第四夫人の子供だったダスティンが、第二夫人の子供であるジョシュアに初めて会ったのはダスティンが五歳、ジョシュアが九歳の誕生日会の時だ。
周囲から聞かされていたが、初めて見たときは衝撃を受けた。
真っ黒な人間がこの世にいることに驚いたのだ。
しかも、周りを取り囲んではしゃぐ子供達からジョシュアは浮いていた。
九歳の時からすでに感情が顔に現れない子供だったジョシュアは、まるで人形のようだったのだ。
それが溢れ出す魔力を揺らさないためだと聞かされたのはずいぶん大きくなってからだったがーーーダスティンはすぐにジョシュアの元へと走り寄って自己紹介した。もっと近寄りたかったのだが、不思議と周囲の子供たちがいるあたりまで、後ずさってしまう。
ジョシュアはそんなダスティンを見ると、コクリと頷いた。
そして、自分はジョシュアだ、これからよろしくな、と言ってくれた。
ダスティンは満面の笑みを浮かべた。
周囲から、黒の魔力が少ないダスティンは臣下としてジョシュアに仕えることになるのだと言い聞かせられていた。
笑わないジョシュアは、冷たい印象を与えたがそれでも周囲を惹きつけてやまぬほどに美しかった。
ジョシュアのそばには誰も寄れないがーーー孤独でさえも、彼を輝かせる要素の一つに見えた。
ダスティンは未来の自分の王が、大好きになったのだ。
そして、次に会った時ーーー再び自己紹介され、ダスティンは首を捻った。
幼いながらも王族としての教育を受けていた彼は、癇癪を起こしたりせず、自分は兄弟で以前も会ったと説明しながら、もう一度自己紹介した。
それが、数回繰り返されーーーさすがにおかしいと気がついた。
よくよく観察していれば、すべての子供がジョシュアに覚えられていない。
唯一の例外がパーシヴァルだった。
たまに彼が姿を表すと、ジョシュアは珍しく柔らかい表情になって、ずっと隣を離れないのだ。
ダスティンは素直な子供だった。
だから、自分の教育係にこの話をしたのだ。
すると、そのマスキラは困ったように笑ってーーーここだけの秘密ですよ?と噂を教えてくれたのだ。
ーーージョシュア=シャーマナイト殿下は、他人を覚えられない。
勉強も素晴らしくできるというジョシュアは、記憶力は抜群に良かった。
それなのに、なぜか、周りの人間の顔だけは覚えられないのだという。
はっきりとわかっていそうなのは、両親とパーシヴァルのみ。
ダスティンは絶望した。
聡かった彼は、大好きな兄に、将来の王に、一生自分は覚えてもらえないのだと即座に理解した。
それでも憧れることはやめられなかった。
黒の魔法を自由に操るジョシュアはいつまでも眩いばかりに輝いて見えた。
ある時ーーージョシュアと二人きりで話す機会があった。
勇気を出して、ダスティンは尋ねたのだ。
ジョシュアに周りの人はどう写っているのかと。
その頃になると、どうやったのかはわからないが周囲の人間の名前をジョシュアは覚えるようになっていた。
だから、少し期待したのだ。幼い頃の噂は嘘だったのではないかと。
しかし、ジョシュアから告げられたのは残酷な現実だった。
「わたしは他人が認識できないと言われているがーーー正確に言うと違いがわからないのだ。魔力の色はわかるから、その混じり具合で個人は特定できるようになった。記憶できるようになるのに何年もかかってしまったが。」
犬や猫と同じように人間が見えると言ったジョシュアの言葉に、ダスティンは言葉を失った。
黙ってしまったダスティンの横で、ジョシュアの独白は続く。
「今は『感情』について覚えているところだ。わたしは人間より竜に近いのかもしれない。黒の魔素を多く持ったパーシヴァルだけが同じだと感じられる。」
ーーーわたしのことを化け物だという者がいるが、あれは案外的を得ている。
淡々と、そんなふうに言ったジョシュアをーーーダスティンは自然と抱きしめていた。
ジョシュアは驚いてたがーーーダスティンが泣いているのを見て、頭を撫でてくれた。
感情がわからないと言ったジョシュア。泣くのは悲しいからだと誰かが彼に教えたのだろう。
でもそんなジョシュアが、誰よりも国民のためを思って、日々血の滲むような努力をしていることは、王族であれば誰もが知っていた。
軍事や政治、外交までーーージョシュアは魔法学園に入学する前から、すでに官僚並みの知識を持っていたのだ。
早く後を継いでほしいという国王の期待に、ジョシュアは日々応えている。それが「漆黒」を持って生まれた宿命だとわかっているのだろう。
魔力の動きで感情を覚えるーーーそれがどれほど困難なのか、ダスティンだってわかった。うねりを上げた波のような魔力から、微妙な違いを読み取ろうとしているのだ。
ーーー自分のせいで、周りの人間が傷つくことがないように。
その日以来、ダスティンは誓ったのだ。
自分が立派な家臣になって、不器用な王を支えようと。
だからこそ、誰よりも責任を持ってジョシュアを支えるべきであろうパーシヴァルの態度がダスティンは許せなかった。
ジョシュアにあんなに愛されているのに、それを邪険にするパーシヴァルが憎くて憎くて仕方がなかった。
そして新たに現れたライラ。
はじめは嘘だと思ったがーーーダスティンは、直接会って会話したことで確信した。
ーーーこいつはジョシュアに認識されている。
パーシヴァルほど魔力の質が近いわけではない。
もしかしたらジョシュア自身は気がついていないのかもしれない。
でも、確かに、ライラは何かが違うとオズワルドは思ったのだろう。
チョーカーを与えたという彼の判断はおそらく正しい。
オズワルドはジョシュア以上にジョシュアの心に詳しい。
おかしな話だが、それが紛れもない事実だとダスティンは知っていた。
だから、オズワルドが提案したのであれば間違いないだろう。
「ーーーあーあ。なんで俺じゃねーんだよ。」
フーッと吹き上げた魔炎はキラキラと光って消えた。
そんなダスティンのつぶやきを、使用人たちが黙って聞いていた。
しかし、言葉にしなくてもそっとジョシュアの好む紅茶を差し出す彼らは、主人の葛藤を理解しているのだろう。
ダスティンはチラリと彼らを見てーーーそっと微笑んだ。
「人に偉そうなこと言ってないで、俺ももっとしっかりしなきゃな。」




