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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
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25/103

2の四 パーシヴァルと黒魔法

ライラたちは、先頭を歩くパーシヴァルとレイモンドの後に続いて、森の中を歩いていた。


そして、森の入り口から十五分も経たないうちに、パーシヴァルたちが立ち止まる。

レイモンドに地面へと下されたパーシヴァルが、一同を見る。

打ち合わせをしたわけでもないが、自然と四人はその場に(ひざまず)いた。


「ーーー今から黒竜の住処(すみか)への道を開く。俺とレイモンドは術後、しばらく動けなくなるからクリストファーとドロレスは俺らの警護、ライラとフェルは飛び出してくる魔獣がいないか警戒してくれ。」


護衛二人が了承を示すように、ザッと腰の剣を地面に突き立てた。

ライラも同じく敬意を示すために手のひらを心臓にあて。首を垂れた後、確認するように使役獣であるフェルの方を見る。

視線を受けたフェルが問題ないというようにライラの頭上を旋回した。


自然と集る緊張感の中ーーーライラはかつてないほど興奮していた。

もちろんライラの変化は一見しただけではわからない。その場にはライラと親しい者がいなかったため、誰も気付いていなかっただろう。

魔力の乱れを感じ取れるフェルは呆れていたが、朝から何度も経験していた乱れであり、またかと思うだけだった。


ーーーついさっきジョシュアに「運命」を感じていたのとは同一人物と思えない。


しかし、ライラからすると、気持ちが大きく膨らむあまり、ジョシュアの前では固まってしまうのだ。

その点、パーシヴァルにはある程度耐性があることもあり、騒げるだけの余裕があった。


ーーーパーシヴァル様、珍しくめちゃくちゃキリッとした顔してる!しかも…レイモンドさんも参加するのか?


レイモンドが空間魔法の鞄から二人分のバイオリンのように見える魔道具を取り出したのを見て、ライラは内心首を傾げる。


パーシヴァルとレイモンドが二人が何やら打ち合わせをしている中、ライラはフェルにだけ聞こえるような声でささやく。


「レイモンドさんも準備しているように見えるけど、黒魔法って王族以外でも使えるの?」


「いや、魔力を貸すんだよ。見た感じ、パーシヴァルは三属性の中で青の魔力が少ないんじゃない?だからレイモンドが補助として、青の魔力を流すんだ。」


ふむふむとうなずくライラ。


「あの楽器みたいな魔道具は?」


「魔楽器のこと?音楽に魔力を乗せて、協奏するのは複数人で魔力を使うときの常套手段だよ。まあ、相性が良くなきゃ成功しないけどね。」


フェルの解説により、ライラは自分が大きな勘違いをしていたことを知る。

レイモンドはパシリだと思っていたがーーー黒魔法の補助などという重要極まりない役割を任されているようだ。


ライラのレイモンドを見る目が尊敬へと変わったとき、二人の準備が整った。

護衛の二人がパーシヴァルの背後に立つのを見て、ライラも慌てて周囲を警戒しはじめる。

あらかじめ用意してあった魔法陣を両手に持ちすぐにでも発動できるように魔力を込めた。


キリッとした表情になったライラ。

しかし、やる気を出したライラにフェルの、のんびりとした声がかかる。


「楽しみにしてたんでしょ?ライラのことも僕が守ってあげるから、ライラは黒の魔法を見てたら?」


ライラは言われたことの意味がわからなかったのか、一瞬固まった後ーーーフェルの言葉に感動し、抱きつこうと腕を振り上げた。

避けられたが。


内心でフェルをたたえつつ、今にもはじまりそうな黒魔法に視線を合わせるライラ。

いつの間に取り出したのかカメラまで構えている。しかも、携帯端末ではなく、ミシェーラに借りた本格的なものだ。


ーーーライラははじめから警護する気がなかったのでは?


一瞬で完璧な観戦の態勢に入ったフェルはそんなことを思った。


フェルは正しい。ライラは自分が護衛任務を命じられると思っていなかったので、こんなものを持ってきていた。

実際に命じられれば、肉壁にでも何にでもなるつもりだったが。


ライラが真剣な表情でカメラを構えたのが視線の端に映ったレイモンドが、頭を抱えるような動作をしていた。

しかし、すぐにパーシヴァルに何か命じられたのだろう、真剣な表情に戻っている。


パーシヴァルがスッと息を吸い込み、歌うように呪文を唱え始める。

魔楽器の操作は魔法で行うようだ。

まるで指揮するように、パーシヴァルの指が動くと、黒の糸ーーーパーシヴァルの魔力が魔楽器へと伸びていく。

パーシヴァルの指の動きに合わせ、宙に浮いたバイオリンが音を奏で始める。


レイモンドもパーシヴァルに合わせて旋律を奏ではじめた。

こちらは両手を使い、集中のためか両眼は閉じられている。

レイモンドの楽器が青い光を帯び始めたとき、パーシヴァルの歌がピタリとやんだ。


「レイモンド、ご苦労。後は一人でやれる。」


パーシヴァルの一言で、レイモンドが目を開ける。

彼は額ににじんでいた汗を拭い肩から魔楽器を下ろすと、パーシヴァルの横に立った。


「ーーー魔力が溜まったみたいだね。」


フェルの呟きにより、ライラは状況を理解する。

ちなみにカメラはずっとパーシヴァルに固定である。

一瞬たりともレイモンドを取らないのが、ライラらしいと言えるだろう。


さあ、何がくるのか。

緊張感が高まる中ーーーパーシヴァルが空を見上げた。


そして、楽器を放り投げーーーレイモンドはなんてことがないように、キャッチしていた。ライラは、自分だったら受け取れないなと変に感心したーーーパチンと指を鳴らした。


次の瞬間、漂っていた魔力がパーシヴァルの指先へ集中した。

黒でありながら、赤、青、黄色の輝きを放つその球体を、パーシヴァルはある一点に向けて打ち出した。


そして叫ぶ。


「黒竜のところに行きたい!!!!」


ーーー次の瞬間、ライラたちは黒竜の住処である黒の渓谷に飛んでいた。



力を使い果たしたのだろう、糸が切れた人形のように崩れ落ちたパーシヴァルをレイモンドが受け止めている。

彼自身も相当魔力を使ったはずなのだが、見た目以上にタフなようだ。


パーシヴァルとレイモンドを抱えて周囲に警戒しなければいけないと考えていたドロレスとクリストファーは、サッと目配せをした後、周囲の警護に当たり始めた。


ーーー内心最後のパーシヴァルのセリフに動揺していたが、きちんと護衛任務に当たっていた。

二人にとっても初めて間近に見た王族の黒魔法。

厳かな雰囲気で行われると思っていただけに、自分たちは何か聴き間違えでもしたのでは?といまだに思っていた。



ーーーバーン!ズドーン!


動揺から立ち直り切っていない護衛の二人が周囲を見回したとき、すでに攻撃態勢に入っていたフェルから光の矢が放たれ、近くにいた魔獣の気配が無くなった。

ついでに、光が通過した場所に生えていた木もなくなった。


あまりの威力にレイモンドは顔を引きつらせている。


威力はともかくーーーライラがグフっという声を上げて崩れ落ちる中、使役獣であるフェルはきちんと任務を遂行しているようだ。


「ーーーむり、急に可愛すぎか。行きたいって!しかもそれで行けちゃうって。」


むり、尊すぎる。可愛いのは反則ーーーと言ってうずくまるライラの上を、旋回しながら閃光を飛ばしているフェル。

混沌としていた。


「「…。」」


ーーー周囲の魔物の殲滅(せんめつ)はフェルに任せるか。

護衛の二人は早々にそう結論づけた。考えるのをやめたともいう。


フェルの魔法に巻き込まれないように気をつけながら、クリストファーは後ろにいるパーシヴァルの無事を確認する。

そして、彼は視線を向けたことを後悔した。


ーーーライラックも大概だが、こっちはこっちでいちゃついてやがる…!


クリストファーの視線の先には、意識を失ったパーシヴァルを横抱きにしているレイモンドがいた。

レイモンドも立ったままパーシヴァルを支えていることが限界だったのか、彼らは地面に座っている。

座っているのだがーーーレイモンドのパーシヴァルを見る視線が、汗を拭ってやる手つきが、クリストファーを渋い顔にさせた。


普段は軽そうに見られがちなレイモンドだがパーシヴァルに触れるときはその印象がガラッと変わるのだ。

まるで壊れ物を扱うかのような、非常に優しい手つきでパーシヴァルに触れる。


しばらくして、ようやく目を開けたパーシヴァルに水を飲ませてやるレイモンド。

力が入らない様子のパーシヴァルを見たドロレスが補助に入ろうとしたが、レイモンドが断っていた。


「護衛騎士の方々の手を煩わせるほどのことではないですよー。」


口調こそいつものものだった。

しかし、クリストファーは「ドロレス、やめとけよ!」と言いたくなった。だってーーー


ーーー目が!笑ってねえんだよ!!


レイモンドは自分の主人が動けないほど弱ったときに、他人に触れさせたくないのだろう。

たとえそれが護衛の騎士であったとしても。


恐らくレイモンドも疲れているのだ。

普段は隠されている「独占欲」のようなものが剥き出しになっていた。


ーーーこれで、レイモンドは無自覚なのだから困るのだ。本気で利害関係で仕えてると思っているのだから困ったものである。


首を傾げているドロレスをクリストファーは回収する。


そして、いまだにうめいているライラに近寄り、ビデオカメラを没収しようとした。

予想外の俊敏さで阻止されたが。


「ーーークリストファーさん、ダメです!これは家宝にするので!」


睨み合う二人。

少し離れたところで見ていたドロレスにはゴーン!と試合開始のゴングがなったような気がした。

ギャーギャーと言い争いを始めた二人。


「却下だ。目がダメだ、完全に街にいる性犯罪者の目だ。」


「か弱いニュートになんて暴言を!ーーーいえ、なんと言われようと渡しません!」


「か弱いやつは自分でそんなこと言わねえ。ーーーおい、その鞄にしまったら、空間魔法ついてるから出せなくなるだろ!」


鞄を抱えたまま動こうとしないライラにクリストファーが舌打ちする。

彼の中でより一層「色なし」への苦手意識が強まったのは…仕方がないのかもしれない。


ーーーライラのあまりの強情さに本人から直接取り返すのを諦めたクリストファーは別の作戦に出た。

未だにパーシヴァルを抱えたまま、動いていないレイモンドの元へと詰め寄る。


「ーーーというわけで、気付いてましたよね?カメラ回ってましたよ!没収した方がいいのでは?」


クリストファーの指摘もーーー予想外のことに、レイモンドは無関心だった。


「問題あったらパーシヴァル様が命令するでしょ。」


淡々とした口調でそう返され、レイモンドは納得いかないような顔をしていたが、引き下がるしかなかったのだった。


「ーーーライラちゃんの本名はジョシュア様だしね。」


レイモンドの呟きは誰に聞かれることもなく、戦いの喧騒の中に吸い込まれていった。



そんなわけで、無事黒竜の住処のある「黒の渓谷」に到着した一行は、パーシヴァルの回復を待ち、滞在期間の間拠点にする場所を探していた。

パーシヴァルが一月を過ごす場所なので、選定を任されたドロレスとクリストファーは真剣な表情でああでもないこうでもないと話し合っている。


ライラはパーシヴァルに所望されるがまま、彼の寝そべる椅子を出したり、用意していた甘味を出したり、うちわで仰いだりーー甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼いていた。

ライラにパーシヴァルの世話を任せたレイモンドは、ぐったりと地面に座り込んでいる。パーシヴァルがだいぶ自力で動けるようになったので、周囲への警戒を解いたようだ。

パーシヴァルが寝息を立て始めたのを確認した後ーーーライラはレイモンドにもシートを引いたり、送風機をつけたりし始めた。

レイモンドが怪訝そうに顔を上げる。


「ーーーライラちゃん、俺の世話まで焼くことにしたのー?」


「はい、黒魔法の補助ができるなんて…今まで、同じパシリ仲間だと思っていてすみません。レイモンドさんは尊敬する人に格上げしました。」


目を輝かせるライラに、レイモンドは苦笑を浮かべた。

しかし、表情を取り繕っているものの、その顔色は悪い。

まぶたもいかにも重そうでーーー今にも意識が途切れそうに見えた。


「パシリ仲間…いや、あながち間違いでもないか。ごめん、俺ちょっと意識落ちそうなんだけど、パーシヴァル様のこと頼んでいい?」


ライラが答える前に限界だったのだろう。レイモンドは眠りに落ちていた。


このときライラは違和感を感じた。

レイモンドが護衛の二人ではなく、ライラにお願いした点にだ。

フェルの存在も大きいだろうが…ライラを選んだというよりは、騎士の二人を信頼し切っているというわけではないのだろうと考える。


そして、ライラの中で一つの疑惑が生まれた。


ーーー王宮でのパーシヴァル様のお立場って、微妙なのかな?


以前、フィメルをすごい剣幕でフっていたパーシヴァルの姿が思い出される。

それに加えて今回の超少数精鋭部隊。


ライラのパーシヴァルへの親愛が変わることはありえないのだがーーー王宮勤めをしたいのであれば、人間関係も調べておく必要があるかもしれない。


ライラはそう考えながらフェルに指示を出す。


「周囲の警戒よろしくだって。」


「はいよー。」


ライラの頭上をふよふよと飛んだままフェルが答える。

先ほどの戦いぶりからしても、彼に任せておけば大丈夫だろう。


ーーーライラはフェルの戦いぶりをたいして見ていなかったが、戦闘後の魔獣の残骸は確認したので自分より何倍も頼りになると理解できていた。

また、自分が頼まれたと言う事実は重視せずあっさり丸投げするあたりがライラのライラたる所以だった。



その後、結局ほとんど移動しない場所で野営することになり、空間魔法の鞄から出てきたテントがテントとは名ばかりのただの豪邸だったのを見て、ライラは想像していたようなサバイバル生活にはならないことを察した。


ライラは戦闘にも参加しなかったため、実質、運動量としては森の中を15分程度歩いただけだったのだ。

あまり体が強くなイライラからするとありがたいことではあったが。


ーーージョシュア様のセンターオブジプレートに乗って、15分歩いてパーシヴァル様の転移でここに来て?豪邸で寝るーーーもうこれ、芸能人と行く観光ツアーじゃん!最高以外の何者でもないわ。


夜になり、ドロレスに頼んで撮ってもらった写真をライラはデニスに送った。

豪奢なソファーに腰掛け幸せそうに微笑むライラ。

百キロ以上の移動があったはずだが、課題に追われる普段の学園生活よりもよほど元気そうだ。

その通信の件名が「サイコーすぎた。」でデニスは混乱したのだった。


「あいつってバカンス行ったんだっけ?」



同時刻、拠点の一室で「うわわあああああ!」と絶叫したパーシヴァルが体を起こした。

はあはあはあ、とまるで全力疾走した後ように息切れするパーシヴァル。


手元のベルを使ってレイモンド呼ぼうとし、何かに気が付いたのだろう。

舌打ちして手を下ろした。


「くっそ、あれだけの魔法でここまで魔力が乱れるとかまじでだせえ。」


ゆらりと魔力を漂わせたまま、パーシヴァルがガシガシと乱暴に乱れている髪を直した。

パーシヴァルは黒魔法があまり好きではなかった。

レイモンドの魔力を借りねばならない不便さもあるが、それ以上に黒魔法を使うと引っ張られるのだ。黒竜の記憶に。


パーシヴァルは黒魔法を使った後はしばらく眠りがちになる。

そしてその間にみる夢が…とてつもなく悲しくて切なさに満ちたものなのだ。



夢の中で、パーシヴァルはいつも一人だ。

そしてーーー巨大な木をひたすらにかじり続けるのだ。

壊したくてたまらない。全て消えて無くなってほしい。


だってーーー


「あいつって…誰だよ。ふざけんな。」


夢の中でパーシヴァルは黒竜になる。

そして、ずっと苦しみ続けるのだ。

大切な人の名が浮かんでは消え浮かんでは消えーーー最後に全てを破壊しようとするところでいつも目が覚める。


パーシヴァルは黒魔法に愛された王族である。

故にジョシュアと比較され続け、そのことに苦しんできた。


…とはいえ、パーシヴァルが満足に黒魔法を使いこなせるようになってきたのはここ一、二年のこと。


だからこそ苦しんでいた。

また、少しばかり後悔もしていた。

彼の母の違う兄ーーージョシュアが憎くてたまらない。

たまらないのだが、あの人間の感情があると思えない兄がごくたまに寂しげな目をしてふらりといなくなることがあるのだ。

珍しいこともあるものだと気味悪くさえ思っていたのだがーーー今なら合点がいく。

ジョシュアはパーシヴァルと比較にならないほどに黒魔法を多用している。

周囲が当然のこととしてそれを求め、ジョシュアもまた当然のようにその期待に応えるためだ。


つまり同じような夢をジョシュアも見ているのだ。

他人事とはとても思えないような黒竜の記憶。


「まあ、だからといって慰めてやったりはしねえけどな。」


パーシヴァルはそう呟きーーー再び眠りについた。

夢の中で一人泣いている黒竜に会うために。


レイモンドくんはある日突然マスキラになりました。理由は察してください。

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