1の十四 天才と執着
会場はなんともいえない空気に包まれていた。
魔法剣術部の目玉ともいえる王子同士の最終戦。
ガキンガキンと剣のぶつかり合う音が響く。
込められた魔力があまりにも多いせいだろう、二人の剣がぶつかり合うたびに、眩いばかりの魔素が、光の粒子となって弾ける。
赤、青、黄色ーーー様々な属性の色が観客たちの目に写る。
はじめはダスティンがパーシヴァルを押しているように見えた。
パーシヴァルが防戦一方だったからだ。
しかし、徐々に観客の間にざわめきが広がりだす。
それは、画面に映し出されたダスティンの表情がどんどん強張っていくのに対しーーーパーシヴァルの表情は、はじめからずっと涼しげなままだったからだ。
ここまでくると観客の、パーシヴァル防戦一方だと思われた試合の見方も変わってくる。
ーーーわざと打ち込ませているのでは?
そんなざわめきが会場に広がる。
そもそもなぜダスティンの攻撃は受けられてしまうのか。
明らかに体格の面ではダスティンが勝っていた。
パーシヴァルは160リュウほどしかない。
20リュウの身長差があるにも関わらずーーーパーシヴァルは涼しい顔をして、ダスティンの重そうな一撃を受け流し続けていた。
そんな二人を見ながら、ミシェーラが不思議そうにデニスに尋ねた。
どうしてパーシヴァルは攻撃しないのかと。
それに対し、デニスは真剣な表情で二人の試合から目を離すことなく、答える。
「多分、今のこれが一番エゲート様にとって、確実な戦い方なんだ。ーーー普通に打ち合ったら、エゲート様が押し負ける。だから、初めからずっとエゲート様は一撃で勝負が決まるような魔力の一発を打ち込もうとしてるんだ。…エゲート様の作った弾丸なんて、誰にも止められない。だから魔力を集める暇がないように、ダスティン様はずっと攻撃し続けてる。」
デニスはそこまで言ってーーーダスティンが剣の型を変えたことで、より一層試合に引き込まれたようだ。一瞬も見逃せないとばかりに二人の動きを目で追い続けている。
黙り込んでしまったデニスを見てーーーミシェーラは今の説明だけではよくわからなかったのだろう。首を傾げている。
デニスの言葉に、ライラも頷いていた。
ライラも魔力感知は得意なのだ。
ミシェーラのため、黙り込んでしまったデニスの言葉を少し補足してやる。
ーーーちなみにライラは試合をはじめからずっと録画している。パーシヴァルの勇姿を後で見返すためだと真顔で言い放ち、周囲を呆れさせていた。
「デニスが言いたいのは、剣術勝負じゃなくて魔力量の勝負にパーシヴァル様は持ち込んでるってことだと思う。」
ライラの補足にーーーミシェーラがハイッと手をあげた。
ミシェーラの可愛らしい姿に場が和む。
どうぞ、ミシェーラさん、とライラが笑いながら先を促す。
「でもライラ、ダスティン様の攻撃をパーシヴァル…エゲート様がずっと受けられている説明にはならないんじゃない?」
ミシェーラの最もな疑問にーーーライラは確かに、と頷いた。
それに関してはーーーパーシヴァルが規格外というしかなかったからだ。
「パーシヴァル様は、全身にものすごい正確な身体強化をかけてるんだよ。だから、打ち込んでいくパワーはなくても、いかに受け流せばいいのかは判断できるんだと思う。ーーー天才なんじゃないかな、いろんな意味で。」
ライラの言葉にーーー意外にも二人の会話を聞いていたらしいデニスが頷く。
「薄々感じてたけど、エゲート様は才能の塊っていうか…多分、全く稽古とかしなくても自然と体が動くんだと思う。しかも、普通は身体がついていかないんだけど…有り余る魔力を使った身体強化ができる。ーーーなんであの人が、落ちこぼれって言われてるのか、俺には全く理解ができねえ。」
首を捻ったデニスに、確かに、とライラは頷いた。
その疑問に答えたのはトーマスだった。
「エゲート様は、一、二年の頃は魔力量が多すぎて全く制御できていなかったんだ。発動さえ満足にできない状態でーーー発動したらしたで、授業中に教室を破壊とかして、よく話題になってた。…それが、三年、四年と学年が上がる間に、魔力の量に体の方が慣れてきたのかもな。俺も知らなかったけど…あんなにすごい人だったのか。」
トーマスの説明に、三人はなるほどとうなづきあった。
そして、複雑そうな表情になったミシェーラがこぼす。
「エゲート様は実力を外に見せたがらないし…今だって、みんなの解説がなかったら、私みたいな魔力感知が得意じゃない大半の生徒は、この状況がなんで起こっているのかわからないわ。どうしてダスティン様は止めを刺さないのか、って思っちゃいそう。」
デニスはそんなミシェーラにうなずきながら、剣士らしい意見を述べる。
「俺が見本にできるのはダスティン様だな。あれは基礎に忠実な、お手本みたいな剣技だ。ーーーエゲート様の動きは無理でも、ダスティン様の姿なら目指せる気がする。」
そんなことを言い合っているとーーー一瞬だけ、ダスティンがよろめいた。
魔力の枯渇が近いのかもしれない。膝の力が抜けたように見えた。
その隙を見逃すパーシヴァルではない。
ニヤリと笑いーーーパーシヴァルの剣が紫色に、ひときわ強く輝いた。
ダスティンは焦ったような表情を浮かべたがーーーすぐに、パーンという破裂音が響き渡った。
割れたのはダスティンの魔道具だ。
会場からは、わーっという歓声が上がった。
残念そうな声も多く聞こえるのは、やはりダスティンの人気が高いからだろうか。負けたにも関わらず、あちこちで、ダスティン様ー!と叫ぶ声が飛び交う。
スッと剣をしまい、スタスタと競技場から出ていこうとするパーシヴァル。
そんなパーシヴァルをーーー試合終了直後から剣を地面に突き刺し、苛立ちを抑えきれない様子のダスティンが怒鳴りつけた。
「おい、パーシヴァルーーーお前は、俺には挨拶さえしないのか。」
ダスティンの怒りの形相が大画面いっぱいに映し出された。
突如張り詰めた空気。
会場中がシン、と静まり返る。
数百人が固唾を飲んで見守る中ーーーパーシヴァルは、面倒くさそうな表情を隠そうともせず、足を止め、ダスティンの方を振り返った。
パーシヴァルのアルトの声が響く。
「ーーーこんな大勢の前で突っかかってくんなよ。お前は大好きなジョシュアにだけ目を向けてればいいだろ。」
パーシヴァルの言葉にーーーダスティンの顔が真っ赤に染まった。
ライラはそんな光景を見て、あちゃーと頭を抱えていた。
ーーーそこで煽っちゃうんだ!
…偶然にも、退場口付近で待機しているレイモンドがライラと同じような反応をしているのだがーーーダスティンは侮辱されたと感じたのだろう。今にも魔力を放ちそうになっている。
そんな一触即発の空気を打ち破ったのはアルフだった。
「お前ら喧嘩はやめろ!試合は終わった!ーーーエゲート、試合の後は胸に手をあて相手への敬意!初等部で習っただろ。…ダスティン!勝負で気が立っているのはわかるが、エゲートの態度はいつもこんなもんだ。大人な対応をしろ!」
アルフの合図により、二人の側近の生徒が入ってきた。
パーシヴァルは気を削がれたらしい。
いまだに睨み続けるダスティンから視線を外し、ポンポン、と軽く胸を叩いた後、走り寄ってきたレイモンドの方に向き直ったのだった。
○
魔法剣術部の演目の後は、ライラとミシェーラはペガサス部へ行ったり、一瞬だけアツムがいるIGO部に顔を出したりして、残りの日程を過ごした。
IGO部をはじめとした、屋内でできる部活の発表は、終日校舎内で行われていたため、ライラは今まで存在さえ知らなかった多数の部活を目にすることになったのだった。
寮へと帰ってきた二人は、共有スペースでホッと一息をついていた。
ミシェーラも一日中「外行きモード」を続けたせいか、くたびれたらしい。
いつも背筋を伸ばしている彼女にしては珍しく、ソファにだらっと寄りかかっている。
しかし、その表情は満足感で満ち溢れていた。
「魔法剣術部最高だったわ。ーーー他の体術部とかも迫力あったけど、やっぱりあそこに勝るものはないわね。」
ミシェーラのこの意見には、ライラも賛成だった。
「パーシヴァル様、本当にかっこよかったなあ。あの人のもとで長期休みを過ごせるかもしれないなんて…明日から死ぬ気で頑張らないと。」
ほうっと二人が息をついたところでーーーピロロロロ、とライラの魔力通話が鳴った。
表示されている宛先はデニスだ。
ライラは画面を開きーーー歓声をあげた。
「うおー!デニスってば、最高じゃないか!音声データ送ってくれたの!?」
急に立ち上がったライラを見て、ミシェーラはびくっと身を竦ませていた。
しかし、その内容に、興味がわいたらしい。
ミシェーラも立ち上がり、ライラの元へ走り寄る。
そして、今すぐここで流せと詰め寄った。
デニスが送ってきたのは、レイモンドとパーシヴァルの会話を録音した音声データだった。
なんでも、面白がった生徒の一人が一部始終を撮影していたらしい。
ミシェーラに急かされながら、ライラが魔力通話の画面をタップする。
会場のざわめきとともに、ライラには聴き馴染みのあるテノールと、それより少し高いアルトの声が聞こえてくる。
[ーーーパーシヴァル様、頼みますよ。ほら、俺留年したくないです。]
[どうせアルフが適当なこと言ってるだけだろ。お前が留年なんてありえねえ。]
[いやいや、あいつーーーゴホン、アルフ先生ならやりかねませんって。パーシヴァル様への執着?熱意?すごいですし。]
[…、だとしても嫌だ。こんな目立つところで、ダスティンに勝ったりしたら、ぜってえ面倒なことになる。あいつがサイキョー、それでいいだろ。]
[ちょっと、パーシヴァル様、自分の可愛い可愛い側近が盾にされてるのに助けてくれないんですか!?]
[ーーーそもそも、お前を引き合いに出してくんのがうぜえ。あいつを今すぐクビにしてやりたいくらいうぜえ。]
[横暴な王族きたー…って、ふざけてる暇ないんですって。…俺、みんなの前でパーシヴァル様が活躍するところ一回くらい見たいなあなんて?]
[…。]
[強い主人に仕えたいなあなんて?ーーーはあ、まあ、そこまで嫌なら、自分でどうにかします。最悪ジョシュア様頼るか…、パーシヴァル様、失礼しまーーー。」
[ーーー今回だけだぞ。…お前はジョシュアんとこ行くな。]
「ーーーはあーい。…皆のもの、我らが大将が個人戦に出てくれるぞ!!この、レイモンド様に感謝したまえ!!!]
レイモンドの叫び声の後は、笑い声や、どやし声などが入りーーー動画は終了した。
ライラは震えた手で、画像を巻き戻していた。
もう一度聞くつもりらしい。
ミシェーラはそんな姿に呆れながらーーーレイモンドについて調べなくては、と考えていた。
「思ったよりもエゲート様の執着がすごそうね。」
ボソリと呟いたミシェーラに、お茶を入れていたクーガンが振り返る。
ミシェーラはそんな使用人に、なんでもないと手を振りつつーーー魔力通話をいじり、早速情報集めに勤しむのだった。