1の十二 部活動発表会
その日のグレイトブリテンは、光の魔素であふれていた。
屋外での発表を予定している生徒たちの願いが届いたのだろうか。
光の魔素を嫌う黒竜だったら、巣穴へ戻って出てこなくなってしまいそうなくらいに、雲ひとつない青空が広がる。
魔法学園の煉瓦造りの校内は、いつも以上の熱気に包まれていた。
生徒たちとその保護者ーーー他校からの生徒も来ているのではないだろうか?
人であふれかえる校内に、ライラはすぐに寮へと引き返したくなったほどだ。
部活動発表会ーーーライラの前世でいうところの文化祭当日。
想像以上の盛り上がりを見せる生徒たちに、ライラは圧倒されていた。
魔法学園校内は、発表会当日だけは全生徒に移動プレートの使用が認められる。
事前に知らされてはいたがーーーライラは、身をもってその意味を噛みしめていた。
今にもぶつかりそうなほど近くを通過していったプレートに怯えながら、そっと自分が乗っているプレートの中央方向に移動した。横に座るミシェーラに呆れた顔をされるのは何度目だろうか。
「ーーーライラ、このプレートには最高ランクの防御魔法が貼られているからぶつかっても吹っ飛ぶのは向こうって何度も説明したわよね?」
ーーーそう、ライラはミシェーラに連れられ…初めて見た色のプレートに乗っていた。
ミシェーラとライラだけをのせたプレートとーーーその上下を挟みこむように飛行する護衛のプレート。
その全てに、ミシェーラの実家であるビリンガム商会のフクロウの旗印が立っている。
そして、そのプレートの色がーーーなんと金色なのだ。
ビリンガム商会特注の、ジーゴ製プレートらしい。
しかも、ミシェーラに限っては彼女専用のプレートなのだとか。
確かに、上品なピンクゴールドの輝きは、彼女の魅力をよく引き立てている。
ライラもそれは認めた。認めたのだが…。
はっきり言ってめちゃくちゃ目立つ。
ライラは「高級です!」と言わんばかりの移動プレートにアングリと口を開けてしまった。
すぐに、護衛の人に急かされてプレートの上に乗せられたのだが、できることなら遠慮したかった。
金色の三枚のプレートがまとまって移動する光景は、異様だ。
輝くプレートの余りの眩しさに、ライラは今すぐに降りたい気持ちになったのだが…周りの生徒の反応は正反対のものだった。
「すげえ、あれ、ビリンガム商会の自家用プレートじゃね?初めて生で見た!」
「金色かっけえー!乗ってるのミシェーラ様か??こっち見てくれないかなあ。」
ライラが圧倒される中、ミシェーラは慣れているのだろう。
歓声には手を振り返し、プレートを並走させることで時折やってくるどこかのお偉いさんには、ビリンガム商会の娘としての対応をしていた。
本日よそ行きモードの彼女は、朝から絶好調だった。
そもそも格好からしていつもと違う。
ライラ基準で、いつもより3倍マシくらいにひらひらとしたワンピースを着ているミシェーラは、普段していない化粧も施し、学園指定のマントを含め、全身が魔石のアクセサリーで輝いていた。まさにフィメルの完全武装だ。
ーーーライラだから、「わー、キラキラ、ひらひらですごいね」といった反応で終わっているが、これが一般の学園生徒だったら羨望の眼差しでミシェーラを見ることになっていただろう。
ミシェーラは、商会の広告塔として、次のシーズンで扱う商品の広告棟の役目を担っているのだ。
だから、学園行事とはいえ、外部の人間が入る公式の場ではそれ相応の格好をすることになる。
今の彼女は、全身を各ブランドの一押し商品で飾っていた。
見た目、着心地、魔法付与まで、最高級の品ばかり。
子供ながらに、全てを着こなせるミシェーラもさすがだと言える。
実際に、来場している多くのフィメルがミシェーラを見てため息をついていた。
一番近くにいるはずのライラは、興味がないとばかりに、普段と変わらず学園指定の上下モノトーンの格好。口にはレモナリキャンディーなど舐めているのだが。
アパレル業界では、ミシェーラに気に入ってもらえれば、ビリンガム商会の来シーズンの目玉商品として全国に売り出される、というのは有名な話だった。
ミシェーララインとして並ぶそれらの品は、「先読みの占い師」としてのミシェーラの影響力もあり、上流階級の人間がこぞって買い求める。
ライラは知らないが、魔法界において、ミシェーラはかなりの有名人である。
そんなミシェーラは、学生でもある。
寮内ではライラに向かって熱く、今日の見どころを語っていたのだがーーークーガンが門の外に護衛を連れて来た途端、すっと「お嬢様モード」になったのだ。
ライラは初めて見るミシェーラのよそ行きの顔を、思わずまじまじと見つめてしまった。
それくらい、オーラが違ったのだ。
一輪の桜の花が、急に大輪の薔薇になったようなーーーライラにとってはそんな感覚だった。
目を見開いたまま固まったライラの反応を見てーーーミシェーラは少し恥ずかしそうな顔になった。
少し頬を染めてはにかむ姿。
その可愛らしさにーーーライラは思わず天を仰いだ。
ライラが「萌え」をこの世界において初めて体感した瞬間である。
実際、このギャップに多くの人間がやられることになる。
ミシェーラの親衛隊数が部活交流会を過ぎて、急増することになるのだがーーーこのときのライラはそんなこととは知らず、今日も可愛いねえ、などといってほのぼのと笑っていたのだった。
◯
周囲からは羨望され、ライラにとっては恐怖の移動を終え、ライラとミシェーラは競技場に来ていた。
透明な魔石に覆われた球体の建物。
ーーーそもそも学園内にこんな建物あったっけ?
そんなライラの疑問に、ミシェーラが答える。
「これは学園長の私物なんだって。ーーー行事の時に、取り出して会場として提供してくれるらしいわよ。」
「え、取り出す?提供してくれる?ーーーえ?」
ライラは自分の耳を疑った。
しかし、ミシェーラは同じ言葉を繰り返す。
「だから、イアハート学園長の私物なの。普段は置いてないのよーーー空間魔法の建物を持ってるらしいわ、学園長。出てくるのもののスケールが違うって、父様が褒めてた。」
建物が取り出されるという事実にライラは首を捻りーーーそういう世界なんだな、と無理やり自分を納得させた。
どうやら学園長は規格外の人物らしい。
四年生になれば、その学園長から直接授業を受けられると聞いている。
ライラは、進級して自分の目で見るぞと気合を入れ直した。
二人が到着したときには、すり鉢状の屋内の半数以上の席が埋まっていた。
護衛と共に、上の階へと上がろうとした一団をーーー一人のマスキラが引き留めた。入り口付近にずっと待機していたようだ。
スカーフの色からして上級生である。
ライラは見たことがない生徒だった。
しかし、ミシェーラは知り合いらしい。
何やら相談し始めた二人をライラは少し離れたところから見守る。
しばらく言い合っていた二人だったがーーーやがてミシェーラが呆れた顔になり、マスキラの生徒は何やら照れた顔だ。
ミシェーラがライラの方を振り返り、手招きした。
ライラは駆け寄る。
そしてーーーミシェーラの発した言葉の内容に驚くことになる。
「はあーーーなんか、私たちのために前列の席取っておいてくれたんだって。…そういうことはするなって言ってあるのに。もう、勝手なんだから。」
ぷくっと頬を膨らませ、ガタイのいい上級生のマスキラをにらむミシェーラ。
しかし、マスキラの方は先ほどからポリポリと頬などかいている。
ミシェーラが怒っているので態度には出さないよう努めているのだろうがーーーどう見ても嬉しそうである。
そんな二人を見た後ーーーライラはクーガンにこっそりと耳打ちした。
「ーーーあの、クーガンさん。あの方はどう言った知り合いなんです?」
ライラの小声にクーガンはクスリと笑った後ーーーこちらも小声で教えてくれた。
「ミシェーラ様の親衛隊の方ですよ。あの方は隊長さんです。」
「ーーーし、親衛隊?」
ライラは日常ではなかなか聞かない言葉に思わずぽかんと口を開けた。
そこで、いつの間にか会話を終えていたらしいミシェーラが二人の元へと寄ってきた。
どうしたの?と首を傾げるミシェーラに、クーガンが状況を説明している。
ミシェーラは「ああ、ライラは知らなかったっけ?」などと頷いておりーーー照れなどは全く見られない。
ーーーあ、親衛隊がいるの当たり前な感じなんだ?
ライラは改めて、ミシェーラの全身をまじまじと見てしまった。
ふわふわと揺れるオレンジ色の髪。
ブリテン人形のように整った顔のパーツ。
少し垂れ目のピンク色がかった赤い瞳は、保護欲をさそう。
ーーーあ、納得だわ。そういえばミシェーラ超絶美少女だったわ。
ライラが急に黙り込んだためか、ミシェーラはなあに?と見返してくる。
そんなミシェーラをライラが真顔のまま撫でようとしてーーー手を止めた。
ライラから見ても今日のミシェーラの格好は、気軽に触れていいものに見えなかったからだ。
しかし、引っ込められそうになった手をミシェーラ自らが自分の頭の上へと持っていった。
促されるままにライラがそーっと手を動かすと、嬉しそうにミシェーラははにかんだ。
今日もかわいいね、とミシェーラを褒めちぎりつつ…ライラは、はて、と首を傾げた。
ミシェーラとだいぶ仲良くさせてもらっている自分は、親衛隊とやらから目の敵にされているんではないかと思いたったのだ。
今のところ呼び出しなどはないがーーー何しろ存在さえ知らされていなかったーーーミシェーラの親衛隊について、後で誰かに確認してみようとライラは思った。
ちなみにライラはすっかりこのことを忘れる。
相変わらず、王族以外になるとどこまでも適当なライラなのだった。
◯
親衛隊のマスキラに連れられ、ミシェーラとライラたちは競技場の一階席へとやって来た。
ライラが驚いたのはーーー周りにいる数十人が、全てミシェーラの親衛隊だと聞かされたことだ。
学園のマントを着た生徒だけでなく、老若男女までーーーこれが、一部メンバーだというのだから、ミシェーラは何者なのだろうと真剣に考えてしまった。
「ーーーああ、お父さんの支援者の人も多いから、ビジネスの一環なの。」
ーーーというのがミシェーラの弁だ。
ライラからすると、マスキラの多くはミシェーラの姿を見て目を輝かせていたし、フィメルたちは、ミシェーラがよくしているツインテールにしてみたり、彼女が好んでつけるサークルペンダントに似たものをつけていたりとーーーどう見てもビジネスの関係ない「ただのファン」だった。
しかし、ミシェーラ自身はこの状況に不満らしい。
ずっと拗ねたような顔をしている。
どうやら、自分のせいでこのスペースに座りたかった生徒たちの邪魔をしてしまったと思っているらしい。
優しい彼女らしい考え方に、ライラは温かい気持ちになった。
親衛隊の人たちは、そんなミシェーラを見ておろおろしている。
ライラは両者をみていたのだがーーー仕方がないので、仲裁に入ることにした。
ライラと逆側のミシェーラの隣に座る、マスキラ生徒に話しかける。
「あの、ミシェーラが特別扱いを嫌がるってわかっててなんで席を用意したんですか?」
自分が話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
マスキラの生徒は驚いた顔になったがーーーすぐに、気まずそうにミシェーラのことをチラチラと見ながらライラに返答する。
「反対意見も多かったけど、俺が無理言って進めたんだ。ーーーミシェーラちゃんは公の場で、あまりはしゃがないから。こうやって、仲間で周りを囲んじゃえば、観戦の間くらいは、学生らしく振る舞えるかなって。」
ーーー俺たち、ミシェーラちゃんのありのままの姿が一番好きだからさ。
そう言って笑ったマスキラの生徒。
ライラはーーー感銘を受けていた。
ーーースカーフの色が黒だから、最上級生?3つ年上だーーーまだ学生なのに、なんて気が効くんだ!
ライラはウンウンと頷いた後ーーー横にいるミシェーラの方に向き直り、横にいるミシェーラの名前を読んだ。
ミシェーラは不満そうにずっと前を向いていたのだがーーー呼ばれたためか、渋々とライラの方に向き直った。しかし、視線は交わらない。
ライラは呆れたように目を細めた。
ミシェーラの形の良いあごに、ライラはそっと人差し指を添える。
優しく持ち上げ、ミシェーラと目線を合わせた。
周りの生徒たちが、突然の出来事に息を飲む。
しかし、ライラはミシェーラと目を合わせたままだ。
しばらく見つめ合っていた二人だがーーーミシェーラが降参、とでもいうようにふにゃりと笑った。
シャッター音が聞こえた気がしたのは、おそらくライラの気のせいではない。
ライラに目線で責められーーーミシェーラは観念したようだ。
スリっとライラの手をとりほおずりした後、スッと立ち上がった。
「ーーーみんな気遣いありがとう。本当に、特別扱いはやめてほしいんだけど…心置きなく楽しめることにはお礼を言うわ。トーマスもありがとう。」
やっと笑顔になったミシェーラに、周りがほっと息をついたのがわかった。
ライラもその様子を見守っていたのだがーーーよかったよかったと肩をすくめる。
一件落着、となったところでーーータイミングよく競技場にファンファーレが鳴り渡った。
いよいよ、競技開始のようだ。
雑談していた観客が鎮まり、競技場へと視線が集まる。
数百人が、固唾を飲んで見守る中、バンっと扉が開きーーーペガサスに乗った生徒たちが勢いよく飛び出して来た。
黒いマントはためかせながら、選手たちが競技場内を飛び回る。
自らのチームの色の魔力の球を空に向かって打上げながら、時には回転したり、加速したりとなかなかに楽しそうだ。
見事な飛行術に、観客たちからは歓声が上がった。
ミシェーラも、選手が見えた瞬間からきゃーっと歓声を上げている。
「ーーー魔法剣術部のパフォーマンスが始まるわ!ライラ!みて、みて、あれがダスティン様よ!」
ミシェーラが指差したのは、ライラでも知っている有名人だった。
魔法剣術部に所属しているというダスティン王子だ。
最上級生ですでにマスキラ化している彼は、180リュウを超える長身だ。引き締まった足の筋肉が、ミシェーラのイチオシポイントらしい。
王族の一人なので、ライラ自身もチェックしているのだがーーー何より、休み時間のミシェーラの話題の半分はダスティンのことだった。だから、ライラも彼のことはよく知っていた。
かっこいいね、とライラもうなずく。
黒魔法が使えない王子なので、ライラはそこまで興奮はしていなかった。
王族なので、もちろん好感は持っているが。
ミシェーラは先ほどから、ダスティン様ー!と叫んでいる。
そんなミシェーラのはしゃぐ姿を、親衛隊の面々は嬉しそうな顔で見守っていたのだった。
「「「(席、確保してよかった!!!!」」」
親衛隊長であるトーマスは、涙ぐんでいたとかいないとか。