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何も言わずに受け入れて




「ダメな子。」

そう指摘される俺は笑う以外の返答を持っていなかった。

自分がそう言われるのは仕方がないことだ。大丈夫、俺は傷ついてなんかいない。暗示のように大丈夫と唱えて、ひどく苦しい胸と息ができない事実から目をそらした。

そんな俺を必ず姉さんは抱きしめてくれる、その心地のいい腕の中が世界で一番安心する場所だった。




----------


俺は誰が見ても、どうしようもないできない子であった。

物覚えは悪く何度か繰り返さないと覚えられない。間が悪く何かをすると必ず失敗してしまい、いつも家庭教師や母に叱られていた。それが俺、ダリアス・シルヴィークである。


俺には優秀な姉と弟がいる。四つ上のアリシアと二つ下のジュリアスだ。劣等感は常にあったが、それでもたぶん兄弟仲は上手くいってるほうだった。特にアリシアは何かと俺に構ってくる。どれだけ馬鹿なことをしても、全ての人に否定されても俺を愛しいと抱きしめてくれる。むしろダメなところを愛しているらしい。変わった姉だ。


そんなアリシアに俺は人には決して言えない劣情を抱いていた。アリシアの紅をささなくても紅く色づく唇をむさぼって、白くて無垢な肌に跡を残し、滅茶苦茶に抱き潰してしまいたい。一生俺のことだけを考えて、片時も離れないで、伯爵令嬢という立場も姉という役割も全部捨てて俺を求めて欲しい。醜い独占欲だ。姉としてのアリシアも、一人の女性としてのアリシアも、全部俺のものにしてしまいたい。頭の天辺から爪の先まで、髪の毛一つだって誰にも渡したくない。こんな感情をアリシアに知られたら怯えてしまうことなんてわかっていた。だけど、アリシアの全てを奪ってしまいたいという欲望は日に日に膨れ上がり抑えきれなくなる。アリシアと情交することを夢に見ては、罪悪感と抑えられない劣情がない交ぜになって吐き気が止まらなかった。



もちろん初めからそんな感情を抱いていたわけではない。



「姉さんを見習いなさい。」


母さんはいつもそう言った。敵うはずのない優秀な姉と比べては出来損ないの俺を叱った。

どれだけ努力をしたってすべては無意味。姉さんに追いつくことも超えることも幼い俺にはできなかった。頑張れば頑張るほど自分の無力さを痛感して、情けなくて悔しくて、諦観の視線に消えたくなった。そんな優秀な姉に苦手意識を持たなかったのは、出来損ないの俺を庇ってくれるのが、姉さん本人だったからだ。姉さんは欠点のある俺を好きだといい、誰でもできるような小さなことでも大げさに褒めてくれる。俺が叱られた時は、背に俺を隠しよく回る口で言葉巧みに庇って匿ってくれて、落ち込んだ時には何も言わなくても慰めてくれる。投げ出すことも逃げることも許してくれて、俺の不始末を喜んで片づけてくれる。不出来のあまり誰にも求められなくなった俺を、唯一必要だと言ってくれる。この世界の中で、唯一俺に甘く優しく安心を与えてくれる人。そんな姉さんが一身に注いでくれた愛情を、俺は愚かにも幼い恋心に変えてしまった。



そして、無残にも時は過ぎていく。



いくら逃げ癖があって無気力な俺でも、成長はするものだ。跡継ぎとして強制的に学ばざるを得なかった俺には、時間とともに出来ることも見えることも増えていった。あれだけ比べられて、大きく聳え立っていた姉という壁は、いつの間にか跡形もなく消えていた。幼い頃の優劣なんて、成長すればなんの意味も持たない。敢えて、気づかないようにしていた傷ついていた心も無駄な痛みであったのだ。


姉は聡明な人だったが、それは”女にしては”という言葉がついて回った。当時、次期伯爵として多くのことを学ばざるを得なかった俺と、令嬢として結婚の道具として美しく着飾るのみの姉とはどんどん大きな差が開いていく。気づけば姉は俺よりも小さく、華奢でとても弱い人になっていた。変わらずに差し出してくれる腕は非常に脆く、抱きしめてくれる胸は柔らかで簡単に傷ついてしまう。俺を愛しいと言う口が、本当は愛を乞うていることを知った。その憐れな姿は、無垢な恋心を愛欲に染め上げるには十分だった。



見えてきたのは寂しい幼いままの姉さんの本性。子息ではない彼女は期待もされなければ、落胆もされない。”いい子”である姉さんは空気のような存在だった。姉さんを見ている人は一人もいなかった。ただ都合よく家の利益の為に結婚するだけの道具。頭のいい姉さんはその事実を理解してしまい、そして誰にも求められない自分に耐えきれなかった。そこに都合よく現れたのは無垢な幼い俺。初めて”姉さん自身”を求めた俺に昏い執着心を持つようになった。


誰でもよかったのだ。自分を求めてくれるのなら。・・・俺は、運がよかった。


きっかけや理由なんて些細なことだ。始まりの美しさなんて求めていない。姉さんに注がれた愛情が偽りではなかったことくらい身をもって知っている。過ごした時間と注がれた愛情だけが、俺に必要な真実だ。一身に受けた姉さんの愛情は俺の内側からじわじわとその姿を恋に変え、そして引き返せない程にどす黒い欲望に染まっていた。姉さんの好きに愛欲が混ざっていないのは知っていた。けれど、姉さんの執着を増幅し、姉さんが俺なしでは生きられなくなったとき、姉さんは俺を繋ぎ止める為に俺の情欲を受け入れることも簡単に予想出来たのだ。


それからの俺は姉さんの望むどうしようもない子を演じ、姉さんが逃げないように姉さんの策が全て上手く行くように根回しした。家督相続を破棄し、孤独を保ち、出来ない振りをして嘆いてみせた。姉さんはそんな俺に面白いほど構ってくれて、執着してくれた。










「何をやっても貴方はダメね。」(とても愛しい子。愛しているわ。)


「こんな簡単なこともできないなんて、知恵遅れかしら?」(出来ないと私を求めて。)


「レベルの低い子達と遊ぶからそうなるのよ。」(他の人を見ないで。私だけを見て。)


「貴方を誰が求めてくれるのかしら。」(他は何もいらない。私には貴方だけが必要なの。)




姉さんは毎日、俺に死ぬほど焦がれている。





「だけどそんな貴方も私は好きよ。私のかわいいダリアス。」(私のダリアス。私を愛して。)






いつも姉さんは待っているだけ。自分の昏い感情をおかしいのだと正しく理解していて、自分の暴走したその感情を、止めてくれる人を、引き返させてくれる機会を待っている。だけど今更逃がす気はない。


欲しい欲しいと手を伸ばしながら、絶対に一線を越えてこない。諦めることもできないのに、強引に奪うこともできない臆病で可哀想な愛しい人。





「俺をこうしたのは姉さんなんだから、最後まで責任とってよ。」





眠る姉さんの額にキスを落とす。


アリシアを追い込んで俺のすべてを受け入れざるを得ない状況を作る。そこに俺と同じ情欲が伴っていなくても構わない。俺を怯えずに受け入れてくれるのなら。種類は違っても愛し合っていることに変わりはないのだから。



最初は妥協からで構わない。俺を受け入れて、全身で愛されて、居心地の良さに恋だと錯覚すればいい。




”好きだよ、アリシア。”その言葉をいう日は必ず来るのだ。







恋愛感情は思い込みや錯覚の心理であるという説があるそうですね。

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