残雪とベンチ
眠れない夜というのは些か寂しいもので、明かりを落とした部屋の静けさに耐えきれず、こうして言葉を紡いでしまう。
久しぶりに畑に来たものだから、雑草もいたるところに生えているし、看板も曲がっている。私は粗末なベンチの座面を軽く手で払い、腰を落ち着けた。
物書きの営みというのは、自分が経験したことのない出来事を思い出すことだ。
そんな言葉をどこかで聞いた。大変衝撃的だった。これほどに私が何かを書く時の感覚を端的に表している言い回しがあったものかと思った。
例えば一昨日あなたは何をしていただろうか?
私がこうして文字を編んでいる今は火曜日の夜(正確には水曜日の午前)なので、まあ甘く見積もって日曜日だろうか。
友達3人と新宿へ行って、いくらかの店を見て服と本を買い、日が暮れかけたら混み合わない時間に人気の店に入り、夕飯を食べて帰った。とか、そんなところだ。
これをもっと掘り下げて、警察にアリバイを問われた時のように、慎重に思い出して書けばより臨場感が出る。
友達3人というのは、高校時代に仲の良かった同級生で今は大学院生の私を除いてみんな職に就いている。銀行員と証券会社とアパレル関係だ。それぞれバラバラのところに暮らしているが、一番集まるのに都合が良いということで新宿に集まった。たくさんの路線が様々な方向からやってきて交わる新宿は、東京近郊に住む人なら大概がアクセスしやすい。昼過ぎに集まった私たちは、夕飯までの間ショッピングを楽しんだ。ちょうど私はニット帽がほしくて、かわいいのを探していたのだが、西口と南口をつなぐモザイク通りのお店で良いのを見つけたので買った。やや暗めの赤のシンプルなデザインで、値段もお手頃であった。それから、南口の方にある書店で本を買った。まだ読んでいないので内容は分からないが、最近話題になっているネット小説 (おそらくヒューマンドラマのようなもの)が文庫本になったものだ。友達3人はもう社会人なので、学生の私よりもお金がある。――。
飽きた。
こんな風に、実際に起こった出来事であれば詳細に思い出すことで文章の細部を彩ることができるはずだ。
ぱっと出てこなくても、自分で自分にいくらか質問をしてやればいい。天気はどうだった? 友達の様子は? 夕飯は何を食べた? そんな具合に。
フィクションの時も似たようなプロセスで書いてやればいい。自分で自分に質問をしながら。そうすることである程度リアルな表現になると思うし、登場人物の心境も理解しやすい気がする。
とはいえ、やはり実際に経験したことの方が断然書きやすい。だから理論上、私の中で最も書きやすいのはエッセイなのだろう。エッセイにするほど面白い人生を送っているわけではないので書かないが。純文学を書きがちなのもそういう辺りが関係するのかもしれない。フィクションとはいえ、やはり私の経験の断片を使えるのならば、ファンタジーやミステリより幾分書きやすい。
プロット作りとかその他諸々は置いておいて、文の紡ぎやすさで言えばやはりこの傾向はある気がする。
他の物書きの皆さんはどうなのだろうか。
もし違う書き方の人がいれば是非話を聞いてみたい。その書き方で私も試しに書いてみようかな。
逆に他流派の人も思い出し法を是非試してみてほしい。本当のことのように嘘を書くことができると思う。
先程の私のように。