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誰も残らない --ノーワン・バット --  作者: なつ
序章 日比野からの手紙
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  5

 わずかな明かりに照らされて、篠塚桃花の顔は白く浮かんで見える。彼女にしては珍しく、一冊の本にただ向かいページをめくっている。ベッドに腰かけ、両膝に置かれた本に彼女の足は完全に覆い隠されていた。

 ふと顔を上げる。それから顔を左に向けると、じっと動きを止める。

 キシ、という音が訪問者を教えてくる。この時間に無遠慮に現れる人物は、指が四本あれば足りるほどの数しかいない。もっとも、この場所を知る人物も同じ程度であるが。

「もも、入るよ」

 篠塚の空間の前でその声が響いた。彼女は本を持ち上げると、それを隣に置く。どうやら今日はもう読書はできない。残念だ。とも思うが、それなら当初の目的を果たすこともできなくはない。

「なんだ、甲斐、お前も暇だな」

「暇じゃないよ、この学校って課題が多すぎるんだから。宿題ってレベルじゃないよ」

「頭が悪いからだ」

 それには答えず、甲斐雪人はまっすぐ彼女の元に歩いてくると、本と反対側に座った。ばふっと、軽い音と同時にベッドが大きくたわむ。座っても、彼女よりも彼の頭は一つ飛び出る。けれど、彼も決して背が高いほうではない。

「なんだ、ようやく決心してくれたのか?」

「違うよ。ももも、そろそろ理解してくれたものだと思ってたけど」

「分からん奴だな。わたしには時間がないと言っているだろう」

 が、なぜだろうか、まともに甲斐の顔を見ることができない。篠塚がなぜ、という感情を抱くこと自体不思議なことだ。

「では、甲斐は、今日は何をしに来たのだ。ここに来ると、今日はもう帰れないのだろう?」

「帰れないこともないけどね、危険は避けたいだけ」

「それで、何をしに来たのだ」

 甲斐は、大きな身振りで封筒を出した。それを裏返すと、そこに書かれた文字を彼女に見せる。これ見よがしに大きな文字が書かれている。

「日比野」

 どうやら、日比野警部からの手紙のようだ。

「またあいつか、まったく、わたしを何だと思ってるんだ」

「頼られて悪い気はしないんじゃない?」

「あれだって、無能な男じゃない。方向性は基本的に合っているのだからな。インスピレーションが鋭いのだろう」

 甲斐がすでに開けられている封筒の中から便箋を取り出す……十枚以上入っているのではないだろうか。

「この間の件だってそうだ。彼女が犯人ではないと気がついていたはずなのに、その証言を(とら)まえ間違えるなんて、情けない話だ」

「その日比野警部から、ひと通り読んだけど、僕もよく分からない。それに、この間の事件と全く無関係じゃないみたいなんだ」

「あれは終わったのだろ?」

 この間の事件、と言っても篠塚も甲斐にしても当事者ではない。それとは別の、香川定吉が起こした事件の事後処理で日比野警部がこの学園に来た時に聞いた話だ。いや、実際は事後処理が目的ではなく、篠塚に事件の概要を説明することが日比野警部の主たる目的であったと考えられるが。それに、篠塚は日比野警部を有能だと判断している。その時に本人にも直接言ったが、足りないのは「速さ」だけだ。時間があればこの間の事件も日比野だけの力で解決ができたはずだ。ただ、あの時日比野は、別の心配もあり、どうしても早く事件を解決したい、と篠塚に助言を求めた。

「あれはあれでね。ほら、あの事件のとき、スーサイダー・バーサスというサイトの話が出てきただろ。最近、集団自殺って結構ニュースになってるじゃない」

「知らない」

「ニュースになってるんだよ、全く、ももは世間に疎すぎる」

「ネット社会が整備されれば、起こりうる事態だということくらい分かる」

「それで、彼はそのサイトをマークしていたんだ。もしかしたら、集団自殺を未然に防げるかもしれないと思ったらしく」

「思ったらしくだと、防げなかったようだな」

「それが分からない、んだって。集団であるが、すべてが自殺ではない、というのが彼の見解」

「けれど、全員が死んでいた、と?」

「そう。どう?」

「読んでくれ」

 甲斐はその便箋をきれいにもつと、日比野からの手紙を読み始めた


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