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9 御子守

               ※




「ふあ……。なんだ、まだそれ着てたのか」


「スバルおはようなのだ」


「お、おう。おはようさん」


 朝食をと、頭を掻きながら一階へ下り食卓のあるダイニングルームへと行けば、寝ぼけ眼でもそれとわかるえんじ一色から朝の挨拶をもらう。

 居心地が悪いのか。えんじ色のジャージは、隣のセーラー服に比べて主張が大人しい。

 四角い食卓の一辺、縮こまる桜子と伸び伸びするシズクが横に並ぶ。

 残りの三辺を空けておく必要があるのかね。

 平日の朝だから親父はもう会社へ出勤しているし、お袋は台所だ。

 ガガ、と椅子の脚を鳴らしてから、俺は少女達の向かいの席へと座る。

 

「一応シズクは、桜子ちゃんに自分の洋服貸してあげますって言ったんだよ。でもお兄ちゃんのジャージがイイんだって」


「俺のジャージ”で”いいんだろ。動きやす、くはなさそうだが、汚れてもいい物だからな。知らないヤツの服借りても気い使うじゃねーか」


「知らないヤツじゃないですう。シズクと桜子ちゃんはもう友達なんだから、ね」


 シズクは同意を求めるとともに桜子へ抱きつく。朝からお熱いことで。

 妹の部屋で寝泊まりすることになった桜子。

 昨日は事の成り行きを説明しただけで、なんで俺の体育着を着ているとか、靴がないとか、よくよく考えれば不自然な細かいそれらを口裏合わせする暇がなかった。後で、どう誤魔化しているのか聞いとかないといけないな。

 しかしこうして朝を迎えてみれば、家族に桜子のことがバレたのは良かったと思える。

 一つに、俺が安眠できた。

 ちょっと前までは妹ととも寝たりしていた俺のことだ、高々女子と自分の部屋で一夜を過ごすくらいで取り乱したりはしない。

 けど、相手はそうじゃない。

 桜子は一人っ子だから誰かと一緒に眠るような経験もないだろうし、親父曰く年頃の娘だったりもする。

 俺はまったく以て全然すこぶる平気なんだが、あいつの方は俺が側にいたら緊張でそわそわして眠れなかったはずだ。

 だから桜子の相手をしなくちゃいけない俺は寝れない。うむ。……良かった。

 それと一つに、シズクから『可愛がり』を受ける桜子が、あうあう言って困るような様子を見せつつも楽しそうであるからだ。


「ホント、桜子ちゃんってお人形さんのように可愛い。肌も綺麗だしシズク羨ましい、のだ。ええい、スリスリ」


 桜子の頬に妹の頬がこすりつけられていた。

 こうみえてもそいつ俺とタメなんだぜ、と兄として縦社会の礼儀を教示してやりたいところだが、しばらくはこの少女達のやり取りを堪能することにしよう。

 ただし、じーと眺めていても、シズクから何を言われるかわかったもんじゃないので、食卓に乗る美味しそうなクロワッサン、プレーンオムレツパン、生ハムのサラダ……明らかに普段の食パンと目玉焼きが大半を占める池上家の朝食メニューからすると華やかだな。

 桜子がいるからか。お袋も存外、見栄っ張りらしい。

 ぱくぱく。もぐもぐ。ごくごく。

 豪勢な朝食もそこそこ味わえば、後は普段通りに胃袋へ流し込む。


「ねえねえ桜子ちゃん。今度の日曜日くらいまではここにいるよね? シズクと一緒にお買い物しに行こうよ。桜子ちゃんにはワンピースだね。絶対似合うよ」


「あう……シズクちゃんごめんなのだ。お買い物は無理っぽいのだ」


「用事があるの? それとも自分の家に帰っちゃうの?」


「用事はない。私はその日までここにいるかもしれない。けれど、けれど。あうう……スバル」


「お兄ちゃんがどうしたの」


 俺の視界から丸い皿が消え、丸っこい顔へ。黒い瞳が助けを求めていた。

 嘘がつけないというかなんというか、よくそんなんで一晩シズクと過ごせたな。


「シズク今度の休み、桜子は俺と遊ぶ約束をしてんだよ。だからお前は誰か他の友達と行って来いよ」


「その友達に桜子ちゃんを紹介したいんですけれど」


 不服とばかりに墨を吐くタコのような面――だったものが、ころっと口角を上げる。


「でもいいや。シズク、お兄ちゃんと桜子ちゃんのデートを邪魔するような気の利かない妹じゃありませんので」


「ぶふっ。そんなんじゃねーよ。何勘違いしてんだか」


 ったく。牛乳こぼしただろ。


「ふーん。ふーん」


「しつけーなっ。おい、桜子からも俺はただの友達だってシズクに言えよ。何気い使って大人しくしてるか知らねえけどさ、言うこと言わねーとこいつの妄想止まらねーかんな」


「そうか。私とスバルは友達なのだな……」


 独り言のようにして、桜子が思わせぶりな台詞を吐く。

 なんだよその言い方。まるで俺と――


「シズクちゃん。私とスバルは友達なのだ」


 刹那、はっきりとした口調で桜子はシズクへ告げた。明るく弾む声で断言しやがった。

 何かかグサリと心に突き刺さった。

 どうしてだかわからんが、すげーフラれた気分になった。告ってもいないのになんだこれ。新手の恋愛詐欺か。俺の純情がもてあそばれ被害にあった。

 

「あーあ。お兄ちゃん残念だったね」


 シズクは俺にいらぬ慰めをくれると、椅子の脚を鳴らす。

 それに連れ立って桜子も食卓から離席する。


「桜子連れて、どこ行くんだよ」


「ご飯食べたから歯磨きするんです。なにか問題でもありますか」


「スバル。歯ブラシは予備を貰うことにしたから、心配いらないのだ」


 そこは心配してないから。

 俺を尻目に少女達は和気あいあい、リビングを抜け去って行く。

 歯磨きってそんな楽しいイベントだったっけな。

 しっかし、


「ニ、三日が限界かもな」


 先輩からの助力で池上家の家主から公認された桜子は、堂々とウチで生活できている。

 だが、俺の家族と接する機会があるということは、さっきのシズクみたく”どこかへ出かける”シチュエーションに遭遇する可能性が発生してしまう。

 シズクだけじゃなくお袋が桜子を買い物に誘うケースもあり得るし、洗濯物を取り込むから手伝ってと、お袋は頼んだりするかも知れない。

 いつまで桜子のアテラレを隠し通せるか。

 日にちが経てば経つ程、外出しない桜子を家族は不審がるだろう。

 それと、仮にアテラレがバレた場合どうなるのか少し気掛かりだ。

 妹やお袋が桜子のアテラレを知って、信じる信じない卒倒するしないとは別に、桜子自身へのペナルティはないのだろうか。

 あいつなんて言ってたっけな、なんとかさんから怒られるとかどうの言っていたし、登城先輩の親父にとった常識に欠けた行動が、余計にアテラレを隠したい、隠すべきものだと俺を勘ぐらせてしまう。


「気合でも根性でもなんでもいいから、早々にゲートリンクをもう一度発動させて桜子ん家とここを繋げないといけないな」


 とは言ったものの、条件の検討も直感もよくある力をくれてやろう的謎の声も俺にはない。


「どっかに取説とかあったりしないのかね」


「スバルはいいのか?」


 悩める俺の後ろから、一番悩まないといけないヤツのお気楽な声。


「何が?」


「シズクちゃんはもう、学校へ行ったのだ」


 椅子から身を投げリビングの時計を見た。


「うげ、もうこんな時間なのかよっ」


 朝の時間っておかしい。オレタイムだとほんのちょいばかり考えにふけっていただけなのに。

 ドタドタと廊下を走り、シャカシャカ、ゴボボボ――ぺで歯磨きを済ませ、バタバタと支度を整え、せかせかスニーカーを。


「ぬご、濡れてる」


 すっかり忘れてた。昨日雨だったけ。

 いずれ乾くと、そのまま履いて玄関を出る。んで、ものの数秒で帰宅。

 戻り開けた扉の先では、パツンと前髪を切り揃えたの少女が立つ。

 本物を見たこともなくジャージ姿ってのもイメージにないのだが、なんか座敷わらしっぽいなと俺に思わせた桜子が、丁度良く居てくれた。


「なあ、桜子。今ならお袋が皿洗っているだろうし、ちょっとここから外に出てみてくんない」


 桜子のアテラレは元居た場所へ転移する能力。発現条件は建物の外へ出ること。

 アテラレを見せてくれと頼む俺は、その力が発現した場面をこの目で見たわけじゃない。

 この家で唯一、桜子の秘密を知るのは俺だけだ。俺だけが桜子の相談に乗れる。

 多少の好奇心もあったりするが、今後を考え、桜子のアテラレを想像ではなくしっかり把握しておいた方がいい気がする。


「わかったのだ」


 返事の後、桜子が駆けっこでお馴染みのよーいどんの構え。

 裸足のまま桜子が開きっぱなしの出口に向かって、ホップステップでジャンプ――。

 なぜゆえ三段跳びとかの謎が、ぶっ飛ぶくらいの衝撃だった。


「き、消えやがった」


 玄関の外との境界にある空間とでも言えばいいのだろうか。そこに飛び込んだ桜子全部が、姿をくらますとか闇に紛れたとはではなく、朝の綺羅びやかな陽射しに溶けた。俺の前から忽然と消えた。

 俺は桜子が飛び込んだ虚空をぶんぶん手で払う。

 驚きの中、気持ち悪さがあった。

 グロテスクとかの意味ではない。

 人間が姿を消す想像はあっても認識はない。けど今、それを目の前で見て体感してしまった。

 ウゴゴゴゴでゾドドドドな言葉にできない落ち着かなさ。


「どうだスバル。ちゃんと見ていたか」


「二階に飛んだのか……」


 どことなく得意気な桜子が階段を下りて来る。

 てとてと、また俺のところへと戻った。


「これが私のアテラレなのだ」


「……確かに転移テレポーテーションだな。これがお前のアテラレ、天之虚空あまのみそらなんだな」


「大切なアテラレなのだ」


「大切?」


「うん。大切」


 桜子の浮かべた表情は俺の考えるものと違う。

 今朝の天気のように明るい。


「それで、スバルは学校に行かなくていいのか」


「あ、やべっ。いいか桜子、俺が帰ってくるまで大人しくしてろよ」


「わかっているのだ。スバル、気をつけて、いってらっしゃいなのだ」


「お、おう……行ってきます」


 後ろの扉が閉まるのを合図に俺はダッシュを決め込んだ。

 近くのバス停まで走る。走る。走りながらに閉まる扉の隙間から見えた桜子の顔を思い出す。

 もの悲しげだった。寂しそうだった。

 こっちの方が俺にも納得できる表情だった。

 天之虚空あまのみそらは現象だけなら驚きのポテンシャルを持つ。なんたって瞬間移動だ。インパクトに度肝を抜かれるくらいにすごかった。

 けど中身は、桜子を籠の中の鳥、家の中の少女にするだけのアテラレだ。

 あいつ口にはしてなかったが、きっとシズクと買い物に行きたかったんじゃないのか。学校へ行く俺やシズクが羨ましかったんじゃないのか。


「お前が大切って言うなら、それで構わねーけど、自分の気持ちは大切にしないのかよ……」


 空模様とは裏腹に晴れない心を抱えて、俺は走った。






 普段より少し真面目な学校生活を過ごし訪れた放課後のことである。


「なんか、既視感が半端ない光景なんだけど」


 下校時間、学校の校門、幅寄せされた車。側には女性の影。

 違いは登城先輩の時との違いは車がワンボックカーであるのと、待ち構えていた人物が先輩ではないこと。

 俺、そんなに人の顔を覚えるのは得意な方じゃないんだけど、

 悲しいかな一度ときめいた容姿は網膜に焼きついているし、それこそ昨日の今日なので、忘れようがないわけで。

 番傘の代わりに竹刀入れだよな、縦長い帆布の袋を手に持つすらりとした女子を避けるようにして、俯きながら校門をくぐる。


「池上スバル殿」


「うぐ。やっぱ俺待ちだった……すか」


 案の定、凛とした声にて呼び止められた。

 長い髪を後ろで結うポニーテール。パンツルックの装いはスリムな体の線を隠そうともしない。


「無論だ。貴方以外の者に用はない」


「その、俺今日は早く帰りたいんで」


 きりっとした佇まいからか、なんか叱られている気分になる女子を相手にして、今だけ限定解除の未来予知能力が開花した。

 示めされる未来は、”俺、拉致られる”だ。


「御子守京華(きょうか)昨日さくじつはもう会う事もなかろうと名を告げるのは控えていた。この名が何を意味するか。池上殿には理解できるであろう」


御子守みこかみ家の人……だったのか」

 

 登城先輩と繋がりのある人だとは思っていたが。

 俺はもう、以前なら神社の人なんだ程度で済ませただろうその名が、アテラレに関わる三家の一つと知っている。


「理由は後程話す。池上殿は私と同行してもらおうか」


 相手は俺が首を縦に振るものだとして言ってくる。

 最たる悩みの種がアテラレであるアテラレ以上、この御子守さんからの誘いを断る理由はない。

 そして、桜子はあんなだし登城先輩とは会う予定がないから、この人は数少ない頼れる相手でもある。

 だから、ご一緒するのがどう考えても正解のはずなんだけど……すんごい気乗りがしない。

 睨まれてはいないのに眼力が強いっていうか、威圧的っていうか、ちょっと苦手意識を感じる相手っていうか。


「あの……先に目的を聞いても」


「すまぬがここでこうして貴方と接触している事自体を、周囲の目から避けたい。速やかにこちらへ乗車して頂こう」


「その割には、十分目立っていると思いますが」


 外から車内が見えないワンボックスカーのドアが引かれると、座席にごつい男性が先客として乗っていました。

 どうやらボクの指定席は、このいかつい顔で座席をぽんぽん叩く黒服男性の隣らしいのです。


――億劫おっくうだ、他人事にしたいくらい億劫だ。


 しかし、ノーと言えない日本人こと池上スバル高校二年生は覚悟を決めるのである。

 大方の予想はあるんだ。桜子のことだろう。なら、他に選択肢はない。

 御子守家の車は俺を乗せ学校を出発した。

 道中、張り詰めた空気の車内から眺めた景色はいつかの時とそっくりで、到着した場所にはレンガ壁の立派な洋館があった。

 槇邸、桜子の家だ。

 

「池上スバル殿とは桜子のことで話がある」


 そうして、遅すぎる一言が凛として放たれた。




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