10 天之虚空
俺は刑事ドラマなんかで観る取り調べの場面を描く。
配役はこうだ。
刑事役に、御子守家のモデルのようなスレンダー女子。犯人役に池上家の普遍的な平々凡々男子。
のこのこと槇邸へ連れられて来てみれば、話し合いの”合い”がない、尋問、責問、詰問、これらの類によって桜子がウチの箱入り少女となった経緯を根掘り葉掘り聞かれた。
洗いざらい吐いた俺は、肉体的ダメージはまったく受けていないものの、精神的に疲弊した。
相手の気の強さからだろう。始終怒られている気がしてならない話なんて、気が滅入るばかりだからだ。
それでその相手と言えば、エントランスホール正面の大きな階段前を陣取り、堂々とした立ち姿で携帯電話を使用中。
こちらからの質問タイムが用意されないことに、フラストレーションを覚えた俺は、燕尾服の老紳士さんとこそこそ話をしている。
声のトーンを下げるのは、脇で電話している人がいるのだから当然のマナーであり、鋭い眼差しを向けられていることとは関係ない。
執事の瀬良さんからは御子守女史が俺とタメだったことや、上着の袖から見える包帯が腕に負う火傷を隠すためのものであることを教えてもらう。
包帯のことは瀬良さんから気を回されたようだ。
俺が誤って彼女に尋ねてしまい、悲惨な目に遭わないためのものだと思われる。
「池上スバル殿。今携帯はお持ちか」
背中の長い髪が揺れた。
電話を終えた様子の御子守女史は、とにかく電話が好きらしい。……とか呑気なことを思えたらどんなに良いやら。
「持ってますけれど……。その目は出しなさいってことっすかね」
「桜子から電話があるので受けて欲しい。これから桜子のいる池上殿の部屋とここの扉を繋げる」
桜子から? それに繋げるって。
「俺にゲートリンクを使えってことですか? でも無理っすよ。桜子を家へ帰らしたい気持ちは俺も一緒ですけど、まだ発動の条件を特定していない」
「成る程、そのような名をつけているのか」
綺麗な眉の線が歪む。
ヤメて、そんな顔されたら自分のネーミングセンスに自信が持てなくなる、とかじゃなく、
「だから、その条件を探れないかを俺は御子守京華さんと話したいんすよね。桜子に聞いても、なんかあんまりアテラレに詳しい感じじゃないっていうか……登城先輩とは連絡取れないし」
「桜子は阿呆ゆえ、否、失言であった。登城と同じく、槇家も我々の役目と比べれば致し方ない事ではある」
力強い視線は俺から逸れていた。追えば微笑みを絶やさない執事の瀬良さんの元へ行き着く。
それから予告通りなのか、俺の手が小さな振動を察知する。
桜子からの電話だった。
顔を起こすと、再び遠慮のない眼差し。
「受けてもらって構わない」
眼差しの主は、それを向ける相手に着信への対応に自由がないことを教えてくれる。
これ俺のスマホなんだけど。
『……もしもし、スバルか』
「俺の電話に掛けたんだから、そうだろうな」
『……京が出るかもと思ったから、確認した』
「ああと……悪い。なんか俺、お前に卑屈なこと言ったような気がする。すまん」
電話の向こうの桜子に元気がない。
俺の嫌味が後を引いているっていうより、京――御子守京華が桜子も苦手なんだろうな。わかるぞ、その気持ち。
『スバル。京から話は聞いたか』
「聞いたっていうか、聞かされた」
『そうか……』
「お前から電話があるって話と、俺のゲートリンクで」
ふと届いた耳元のスマホからではない音。
俺の言葉を途中で止めさせた気配に体が反応する。
両開きのエントランスの扉、その片側が開く。
開けばそこから、黒い頭、ちっこい体格に不釣り合いなダボダボのジャージ。
桜子……ああ、桜子か。
開扉された向こうに見慣れた部屋がある。本当なら夕焼けの景色があるはずのそこから、桜子がひょこっと出て来た。
扉を介して、今このエントランスホールと俺の部屋が繋がっている。
「京。どうして、電話なのだとわかったのだ」
「根拠は経験と勘であるが、目的の位置を測り定める道具として考えれば、理に叶っているのでな」
俺の部屋を背にする桜子に、呼ばれた相手は垂れ下がる長い髪を揺らして歩み寄った。
二人の話から、ゲートリンクの発動条件に電話が関係しているらしいことがわかる――けどさ。
「なんで桜子の方から扉を開けて、こっち……相手も通れるからそういうことなのか?」
「スバル……」
目が合えば、桜子が顔を曇らす。
「池上殿。こうして目の当たりにしたのだ。そろそろ認めてはどうか」
「認める? 何が、何を」
「貴方はアテラレではない。私はそう言っている」
俺がアテラレではない? そう聞こえた言葉に少し胸がざわついた。
「いやいや、そこの扉を見てくれ。明らかに異常でしょ。これでアテラレじゃないって言われたら、俺は何者って話でしょ」
「池上殿がゲートリンクと呼ぶ現象は、桜子の天之虚空によるものだ。桜子の力に巻き込まれただけで、貴方はアテラレでも
何者でもないただの人だ。故に狼狽えるような心配もない」
「俺は取り乱してなんかいないっ」
胸辺りに食らいた何かを振り払おうとした。だから大きな声になっただけだ。
俺は、俺の力は存在している。
だってそうだろ。ここから遠く離れた桜子が、俺ん家から出られない桜子が実際にいるんだから。
「なあ桜子。お前のアテラレのことちゃんとこの人に説明してやれよ。どうしてお前が俺ん家に来れたのか、全然わかってもらえてないみたいだからさ」
「スバル。……京は『鏡眼』を持っている。鏡眼はアテラレを視るアテラレ。京がアテラレじゃないと言うなら、スバルは本当にあてられていない人なのだ」
こんなことを言う桜子に、俺は沈黙で応えてしまう。
彼女達は思うだろう。俺が自覚したと。
「いつまでも空間接合を発現させておくわけにもいかない。池上殿はこのまま自室へ戻られるがよかろう」
俺と桜子の間に割って入る御子守京華に言われた。
俺は彼女が促す出口へ向けて足を運ぶ。
近づく自分の部屋。すれ違う桜子。
アテラレのような不思議能力なんて元々持っていたものじゃない。
だから初めの俺に戻った、ただそれだけ。そうそれだけ……。
「なんで俺を騙した」
「違う。私は騙そうとしたわけではないのだ。私も知らなかった。私はスバルが」
「知らなかったって、自分のアテラレなんだろっ。ゲートリンクはお前の力なんだろっ」
言い放ってから、自分がすごく嫌になった。
桜子は嘘をつけるようなヤツじゃない。俺は桜子が知らなかったことを知っている。なのに俺は自分の気持ちやり場のためだけに、こいつの言葉を信じてやることを放棄した。望んでそうした。
「池上殿」
制する声に、黙って扉をくぐることで理解していることを示す。
踏み込む先に、一瞬の戸惑いと緊張はあった。
そして、一歩前へ。匂いが変わった。空気が別物になった。紛れもなく俺の部屋だ。
これも転移だよなと思い、空間接合と聞いた力が桜子のものだと肌で感じた。
「一度申したが、貴方は我々と関わるべきでない側の人だ。そちら側とこちら側。この扉は池上殿と我々を繋ぐものではなく断つものだと心得て欲しい」
「……ごめんなさい」
振り返る最中、扉が部屋のドアとしてぴしゃりと閉じた。
しばらく部屋から出る気がしなかった。
ベッドに転がって、天井を眺めるだけだった。
今までの自分に戻っただけ。ただそれだけなのに、どうしてだか胸の辺りにぽっかり穴が空いているのを感じた。
異能の力に夢見て、本当に夢だったと知った翌日。
傷心している俺の予定だったが、なんてことはない、一晩寝たらケロっとしていた。
学校へ行き、向島とくだらない話で盛り上がり、放課後になって帰宅する。
ここ最近日課になっていた桜子との電話以外、普段通りの一日を送れた。
次の日も、こっちから電話したら電源オフられていて
イラとしたり、家族が桜子のことを尋ねてくるなんてのを除けば、平穏な一日だった。
そうして迎えた三日目の今日。
学校が休みの朝なんてのは、遅い朝を迎えて休日であることをガムのようにしっかり
噛みしめ味わうことから始まるのであるが、この日は平日の起床時間に起きてしまった。
なんとも損した気分である。
なので俺は二度寝という、これまた休日ならではの醍醐味を堪能するべく目を閉じた。
それで、どれくらいウダウダしていただろうか。
眠気はどこかへ旅だったらしく、ベッドで横になるだけの時間に飽きた俺はヨレヨレのTシャツとパンツ、寝癖せ全開のままに、充電器からスマホを奪い取る。
「ほんとにほんとに最後だかんな」
この電話で起こされろと祈り、俺はここ最近電源オフっているムカつくヤツに電話した。
結果、聞き慣れた『お客様のお掛けになった』うんたらを朝っぱらから聞くハメになった。
不快だ。
舌打ちしてベッドに放ろうとした時、スマホが震えた。
叩きつけずに済んだスマホの場面には見知らぬ番号が並ぶ。
普段ならシカトだが。
『スバルさん。お早うございます』
「あ……と」
『私です。登城ユイです』
たぶん名乗られなくてもわかった。
先輩からの電話と思わなかったので、お久しぶりですね、とかおはようどざいますとか気の利いた挨拶が咄嗟に出てこなかった。
『突然申しわけありません。どうしてもスバルさんとお話がしたくて』
「桜子のことですか」
考えるよりも先に出たこの返しで、俺は先輩の言葉を切ってしまう。
「先輩は知っていたんですよね。俺の、いいや桜子のアテラレがどういうものかってこと」
『いいえ、と私は首を横に振ることはできません。謝罪はさせて頂きます』
「別に俺は謝罪なんていりませんよ。ただ、……なんで登城先輩が、アテラレでもなかった俺をそっち側へ引き込こもうとしたのか、その理由は知りたいっすね」
”玄関開けたらどこか知らない場所へ繋がった”あの出来事は、俺自身でさえ眉唾ものだ。
アテラレていない俺なのだから放って置いても問題なかったはず。
なのにそれを口実として使い、俺をアテラレと関わらした。
『私がスバルさんを特別だと思ったからです』
俺はアテラレてもないし、頭もぱっとしないし、ちょっと体力に自信があっても運動部には劣る。
だから先輩の特別はこういったものと違う。
「桜子が力を発現させた時、俺がいたから。ただそれだけの特別ですよね……そして、先輩はその特別をただ潰したくなかった」
『はい。その通りです』
そっちの都合のためなら俺を振り回すのも厭わない。そう読める返事から、俺は先輩の覚悟を感じ取る。
決して良い感情は抱けない。けれど、察してしまう。先輩の根底にあるものが桜子のためであるのだと。
俺は箱入り少女たるあいつの境遇を、まだほんの一部しか知らない。
それでも先輩が俺に、桜子と友達になって欲しいと言った頼みが、とても大きなものだとわかるくらいには知っている。
だから、
「この電話の意味を聞いてもいいですか……」
こんな言葉が出て来てしまう。
『私はこれから槇邸へ行く予定です。ですからスバルさんにもご一緒にして頂こうと思いまして――』
「すみません。俺その誘いは断ります」
『スバルさん』
「先輩の気遣いはわかっているつもりです。でも、あいつがケイタイの電源切ってるってことは、俺に会いたくないからだろうし、それをわかってて俺もあいつに会おうとは思いません」
『厚かましいお願いだとは思います。けれども』
「登城先輩。お節介は止めてください」
それだけ言って、一方的に電話を切った。
一息つく暇もなく感情が高ぶる。血の温度が上がる。わなわなと肩が揺れる。
ムシャクシャする。イライラする。
先輩に桜子に、そして俺に。
何がお節介は止めてくださいだっ。きっと先輩には見透かされている。俺は桜子と直接会う気まずさから逃げただけだろっ。
ガンっと硬い机を叩き、拳の痛さにイラつまた叩く。
「ふー、ふー」
呼吸も荒くグルグルぐるぐる部屋の中を回った。とにかく回った。
いつ回転が止まったのかなんてわかりりゃしない。
我に返った時には着替えを始めた。
忙しくジーンズ履き、新しいTシャツに替えたらジャケットに袖を通す。
スマホをポケットへ放り込み、机の上に置いていた自転車の鍵をさらう。
そうして部屋を出て階段を駆け下りれば、妹とぶつかりそうになった。
「お兄ちゃんどうしたの、そんなに慌てて?」
「ちょっとな」
「あ、そっか。今日は桜子ちゃんとデートの日だったっけ」
「ちげーよっ。ジャージだっ。ジャージを返してもらいに行くんだよ、俺はっ。コンチキショウめっ」
そうシズクに言い放ち、俺は家を飛び出すのだった。
毎回思うのがありまして、
一人称で初めて耳にした名前の漢字が、なんでわかるんだろうと
無駄に引っかかるかえるです。




