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十四 女子大で強奪

 コンピュータ教室のあるJ棟は、主に情報科目の講義で使われるらしい。

 学部の少ないこの女子大では、一部の講義において隣の大学の院からTAを雇うこともあり、J棟には彼らが出入りすることもあるそうだ。

 隣の大学というと、堀川たちの通う大学だ。俺が二年連続で落っこちた大学でもある。

 

 今年度は、その大学の院に籍を置くドクターが講師としてこのJ棟で教鞭を執っていると見崎さんが教えてくれた。

 某ミュージシャンに似た二十代半ばのイケメンで、学生に人気があるという。


 女子大でTAとか講師とか。なんて輝かしい未来なんだ。

 いまの俺と違って、彼らは胸を張って大学内を徘徊できるんだろう。堂々と女子大生とも交流ができるんだろう。警のつく職業の人たちを恐れることもなく。うらやましい。


「理系科目でTAが来るのは情報だけ?」

「たしか数学も来てたよ。うち文系の学部しかないから。ほかにもあるのかもしれないけど、私が知ってるのはその二つ」


 なるほど。将来のことを見据えて、いまから志望専攻を変えようか。

 そんな誘惑に駆られつつ白亜の教室棟を見上げる。と、教室の窓から怪訝そうに俺と見崎さんを見下ろしている妹と目が合った。


 はやくも目標発見。手を振ってやったらにらまれた。

 よく見ると、妹以外にも俺たちを見ている学生がちらほらいる。のでとりあえずそっちにも手を振っておいた。

 不審者じゃないよ! という思いをこめて皇室風に。


「妹さんいたの?」

「いた」


 よかった、と横で見崎さんが苦笑する。

 朝サークル棟で顔を合わせた法学部の後輩が、一限はここだと言っていたので来てみたそうだ。

 妹も同じ科目を履修していたことにほっとしたらしい。


 考えてみれば、大学の構内には入れても妹が見つけられない可能性だってあった。

 運が悪ければ、妹を探して延々と大学の中をさまようはめになっていたかもしれない。そう思うと恐ろしいな。今後は安易に女子大には潜りこまないようにしよう。




 数分後。

 講義が終わったらしく、棟の奥に女の子たちの騒がしい声が響き渡る。

 どのへんにいるのだろう、と探すまでもなく、真っ先に妹が飛び出してきた。


「なにしてんの!?」


 上階から走ってきたのか、肩で息をしている。

 落ち着きのないやつだな。廊下は走っちゃいけないって小学校で習っただろうが。


「なにって待ってたんだよ」

「私を?」

「ほかにだれがいる」


 妹は俺と見崎さんを交互に見比べ、状況がつかめないというように首を傾げる。


「どうして主幹までいっしょにいるんですか」

「え? えーと、菜月ちゃんが嶋本くんの妹さんなの?」


 困惑した表情の見崎さんが俺に問いかけた。

 ん?


「お兄ちゃんこれどういうこと?」


 妹もこちらを見て眉間にしわを寄せる。

 どういうことなのかは俺が聞きたい。

 妹と見崎さんはすでに面識があったのか?

 あまりに似てなくて同じ嶋本でも兄妹という発想に結びつかなかったのか、と思ったらそうでもないようだった。


「菜月ちゃんの苗字って嶋本なんだ。ごめん、私まだ新入生のフルネーム覚えてなくて」

「いえ、それはぜんぜんかまわないんですけど」


 見崎さんから申し訳なさそうに謝られ、妹が肩をすぼめて恐縮する。

 聞くところによると、どうやら見崎さんが主幹を務めるサークルに妹が入ったばかりという状況らしい。

 しかも朝サークル棟で顔を合わせた法学部の後輩というのは、実はうちの妹のことだったそうで。

 世間って狭いな、と感心しているとまた妹からにらまれた。なんなんだ。


「すいません。すこし兄と話してきます」


 見崎さんにそう言い残し、妹は俺を建物の影まで引っ張っていく。

 出入り口付近で立ち止まっていると目立つからかもしれない。実際、俺たちはJ棟に出入りする学生たちからじろじろ見られていた。

 なにあれ? とか、修羅場? とか。


 人通りのないところまでくると、振り返った妹が仁王立ちで問いかけてきた。射るようなまなざしとともに。


「見崎さんとつきあってるの?」

「いや。たまたま顔見知りだっただけだよ」

「ほんとに?」

「うそついてどうする」

「お兄ちゃんそういうのいっつも隠すから疑いたくなるの」


 そりゃあ家族には自分の恋愛事情など知られたくない。とくに両親には。

 たいした内容でもないし、彼女の有無なんて極力隠しておくのが俺のポリシーだ。が、隠しても大概ばれてしまう。妹が俺のプライバシーを侵害しまくって詳細を密告するせいだ。

 ほんとどうにかなんないかなこいつ。


「菜月ちゃん、私お兄さんとはつきあってないよ?」


 俺たちの後を追ってきた見崎さんが否定すると、妹は彼女にさわやかな笑顔を向けた。


「よかった。こんなのとつきあったら人生最大の汚点になりますからね!」

「おまえひどいこと言うな」

「遊び呆けて三浪した人間に対する妥当な評価じゃない」

「自分が現役で合格したからって、浪人生に対する偏見はやめてもらおう」

「まじめに勉強して落ちたならだれも文句言わないっての。てかいまのんきに彼女とかつくってる場合じゃないんだからね! そこんとこわかってんの!?」


 怖い顔でつっかかってくるというか詰め寄ってくる妹。

 なぜか虫の居所が悪いようだ。

 この上また機嫌を損ねると面倒なので、むやみに刺激しないよう両手でなだめながら半歩下がる。


「わかってるわかってる。今年は勉強に専念するってこないだ言ったろ?」

「それ高三のときから毎年言ってるよね!? でも一度も実行できてないじゃん」

「だから過去のことは若気の至りだって。今年の俺はいままでとは違うんだって」

「は? どこが? 夜遊びやめたの? 最後まで寝ないで試験受けられるようになったの?」

「あー難しい質問だな。おまえの知らないところではそういった事実が存在する可能性もなきにしもあらず」

「なにわけわかんないこと言ってんの。あほなの?」


「あはは。あ、ごめん」


 突然笑い出した見崎さんが、はっとしたように口もとを押さえる。

 そこ笑うとこじゃないよ。

 てかなんで俺こんなところで妹に説教されてるんだろう。

 特別悪いことはしてないのに。ちょっとしたスリルとオープンキャンパス気分を味わったくらいでさ。


 理不尽な思いを抱く俺に、妹が不機嫌そうな上目遣いで尋ねてくる。


「で、お兄ちゃんはいったいなにしに来たわけ?」

「これを届けに来たんだよ」


 すべての元凶である携帯スマホを渡す。

 忘れたことにすら気づいていなかったのか、妹はきょとんとしてからそれを受け取った。


「え、あー、ありがと。ってわざわざこのために?」

「そうだよ。感謝しろよ」

「べつに忘れたからって持ってくるほどのものじゃ」

「感謝の気持ちがあるなら昼飯をおごるがいい。カレーがいい」


 さっき教えてもらった学食の方向を指さすと、妹はちらりと腕時計を確認し、俺のほうは完全に無視して見崎さんに頭を下げた。


「すいません、私もう二限目行かないといけないので、申しわけないんですがこの粗大ゴミを大学の外に置いてきてもらってもいいですか」

「うん、最後まで案内するから心配しないで」

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてほんとすみません」

「いえいえ」

「じゃあお願いします」


 再度深々とお辞儀をする。


 なんだろうこのお荷物的な扱いは。

 どっちかというと荷物を届けに来た宅配業者的な立ち位置にいるはずなのだが。

 妙に疎まれているような気がする。おかしい。

 家族とは助け合うべきものじゃないのか。

 危険を冒して女子大に潜入した兄に、一食や二食くらいおごってくれてもいいんじゃないだろうか。


 そんなかんじの念を送っていたら、念を受信したらしい妹がぱっと振り返った。


「あ、お兄ちゃん、くれぐれも変な行動取らないでよね!」

「もちろん。言われるまでもなく、俺は常に紳士的な行動を心がけてるから」

「どこが紳士なの? あほなの?」


 そう言って俺のサングラスをもぎ取る。

 いままで母も見崎さんもだれもなにも指摘してくれなかったので、もしや見えてないんじゃないかと心配していたやつだ。


「なんなのこれ? ただの怪しい人にしか見えないし」

「眼鏡の代わりだよ。講師はあきらめてSP風に」

「意味わかんない。あほなの?」

「おまえは俺をあほにしないと死んでしまう病気かなにかにかかってるのか?」

「は? とりあえずこれは没収」

「ああっ!」


 奪ったサングラスを自分の頭に載せると、妹は踵を返してつぎの講義がある教室へと向かっていった。

 本当にどうにかなんないかなあいつ。


 俺たちのやりとりを可笑しそうに眺めていた見崎さんが、妹の消えた方向を示しながら「学食行ってみる?」と聞いてきた。


「いまなら空いてると思うよ」

「いや、あれは冗談だから」

「そうなんだ」

「行きたいのは山々だけど、さすがに俺がここの学食でカレー食ってたら警備員さんとか来ちゃうかもしれないしさ」


 あはは、と見崎さんが笑う。

 どうしよう。いまいち彼女のツボがわからない。

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