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現実:Re  作者: 月桂樹
1/5

パイロット

第1章 招待状


オットーは本を読んでいた。


それ自体は、別に珍しいことではない。


珍しかったのは、音楽を聴きながら本を読み、目の前に座っている相手を完全に無視していることだった。


ネルソンが指を鳴らした。


反応なし。


もう一度、指を鳴らす。


それでも反応はない。


ついには身を乗り出し、オットーの目の前で手を振った。


オットーが顔を上げる。


ゆっくりと片方のイヤホンを外した。


「何?」


ネルソンは彼をじっと見つめた。


「何読んでんの?」


「本」


「見れば分かる」


「じゃあ、なんで聞いたの?」


ネルソンはため息をついた。


そして、本の表紙を指差す。


そこには奇妙な紋章が描かれていた。


いくつもの線が絡み合ってできた、円形の紋章。


「ヴィトラって何?」


オットーは本に目を落とした。


「ヴィトラ」


「そう。それ、何?」


「魔法」


ネルソンは目を瞬かせた。


「魔法?」


「そういうもの」


オットーは本を回し、ネルソンにもタイトルが見えるようにした。


「人間の体内に存在するエネルギーらしい。どうやら、一部の人間はそれを操れるんだって」


ネルソンはオットーを見つめた。


「お前、それ信じてんの?」


「いや」


「じゃあ、なんで読んでんだよ?」


「面白いから」


ネルソンは背もたれに体を預けた。


「……そうですか」


オットーは再び本を読み始めた。


その本には、ヴィトラは実在すると書かれていた。


超常的な能力。


奇妙な技術。


そして、普通の人間には知覚することすらできないエネルギーを操る者たち。


馬鹿げた話だ。


Googleで調べても、ヴィトラはフィクションとして扱われている。


それでも、この本には何か妙なところがあった。


オットーは数ページをめくった。


ヴィトラについて書かれた本は、彼が見つけたものだけでもすべて同じ紋章を持っていた。


――評議会の紋章。


「……興味深い」


オットーが呟く。


ネルソンが眉を上げた。


「何が?」


「ヴィトラについて書かれた本には、全部同じロゴがある」


「どのロゴ?」


オットーは表紙を指差した。


「評議会の」


ネルソンはオットーを見た。


それから本を見る。


そして再びオットーを見る。


聞かなきゃよかった。


「へぇ。面白いな。それで――」


ドアが開いた。


二人が顔を上げる。


そこには中年の男が立っていた。


男は部屋を見回し、その視線を二人に向ける。


「マリーはいるか?」



---


数分後。


四人は同じ部屋に集まっていた。


男はグレアムと名乗った。


ネルソンは壁にもたれ、腕を組んでいる。


「それで?」


ネルソンが言った。


「いつ盗まれたんだ?」


向かいでは、マリーが脚を組んで座っていた。


指の間には煙草が挟まれている。


「何を盗まれたの?」


「婚約指輪だ」


沈黙。


さっきまでふざけていたネルソンも、真顔になった。


「婚約指輪?」


マリーが聞き返す。


グレアムは頷いた。


「ヴァラリ宝石店で買ったものだ」


オットーが顔を上げる。


「ヴァラリ?」


「そうだ」


グレアムは額を押さえた。


「指輪は店で作ってもらった。ダイヤモンドも非常に珍しいものだった。五万七千ドル払ったよ」


ネルソンが小さく口笛を吹く。


「そりゃ高い」


「話はそれだけじゃない」


グレアムが続けた。


「私だけじゃないんだ」


オットーの目つきが変わる。


「他には?」


「ヘンダーソン一家。ジャクソン一家。それから、私が知っているだけでも六人ほどいる」


「全員、ヴァラリで宝石を買った?」


「そうだ」


「いつ盗まれた?」


グレアムが被害者たちの名前を順番に挙げていく。


オットーは注意深く聞いていた。


そして、慎重に尋ねる。


「名前を書いてもらえますか?」


グレアムは眉をひそめた。


「なぜ?」


「何か繋がりがあると思う」


グレアムは紙を一枚差し出した。


オットーはそこに全員の名前を書き込んだ。


それからネルソンを見る。


「来る?」


ネルソンは壁から体を離した。


「当然だろ」


マリーがため息をつく。


「何を企んでるのか知らないけど、気をつけなさい」


オットーは頷いた。


「分かってる」



---


ヴァラリ宝石店


翌日の午後。


二人の兄弟はヴァラリ宝石店の前に立っていた。


外から見る限り、ごく普通の店だった。


しかし店内に入ると、そこは光で満ちていた。


壁沿いにはガラスのショーケースが並び、その中には指輪、ネックレス、ブレスレット、腕時計などが所狭しと展示されている。


カウンターの向こうには、ヴァラリ兄弟の一人が立っていた。


二人を見ると、笑顔を浮かべる。


「いらっしゃい。何かお探しですか?」


オットーが前に出る。


「叔母に頼まれて来ました」


男の笑顔は変わらない。


「マリー?」


「はい」


「じゃあ、彼女とは親しいんだね」


「以前の顧客の記録を見せてほしい」


笑顔が消えた。


「申し訳ありませんが、それは機密情報です」


「重要なことなんです」


「でしょうね」


オットーは男を見つめる。


男は首を横に振った。


「マリーと友人だろうと、見ず知らずの人間に顧客情報を渡すわけにはいきません」


オットーは俯いた。


表情が変わる。


どこか悲しそうに見えた。


「僕の叔父も、ここで婚約指輪を買ったんです」


男の表情が少し和らぐ。


「彼は恋人にプロポーズするために指輪を買いました」


オットーが顔を上げる。


「でも、盗まれた」


店員は何も言わない。


「僕たちは犯人を探してるんです」


オットーの声が静かになる。


「お願いします。被害者たちに何か共通点がないか、それだけ知りたいんです」


店員は迷った。


「警察に連絡するべきだと思うがね」


「もう連絡してます」


オットーは男から目を逸らさない。


「でも、警察がまだ何も見つけられていないなら……僕たちが見落としている何かがあるかもしれない」


長い沈黙が続いた。


やがて男はため息をついた。


「分かった」


カウンターの奥にあるドアを指差す。


「ついてきなさい」



---


記録は小さな裏部屋に保管されていた。


オットーは書類を机いっぱいに広げる。


ネルソンはその隣に立っていた。


数分間、二人とも何も言わなかった。


そして――


オットーの目が細くなる。


「……あった」


ネルソンが身を乗り出す。


そこに記された名前は一致していた。


グレアムが挙げた人物全員が、ヴァラリで宝石を購入していた。


だが、それが重要なのではない。


順番だ。


被害者たちが襲われた順番と、ヴァラリの顧客名簿に記載された順番が完全に一致している。


オットーは名簿を下へと追っていく。


「偶然じゃない」


ネルソンも頷く。


「ああ」


そのとき――


店の方から足音が聞こえてきた。


誰かが入ってきた。


若い男が部屋の入口を通り過ぎる。


彼は兄弟をちらりと見る。


「失礼します」


そして、そのまま去っていった。


オットーは彼を目で追う。


「誰?」


店員がドアの方を見る。


「彼?」


「ああ。あんな奴、ここで見たことない」


「新人だ」


「新しい従業員?」


「ああ」


オットーは去っていく青年を見つめた。


青年は店の奥へと消えていく。


店員が書類をまとめ始めた。


「もう十分だ。君たちは帰りなさい」


オットーはすぐに書類へ手を伸ばす。


「これ、借りてもいい?」


「ダメだ」


「どうして?」


「機密情報だからだ」


オットーは男を見つめる。


男もオットーを見つめ返す。


やがて、オットーは手を引いた。


「分かった」


二人は店を出た。


しかしオットーの頭から、あの記録のことが離れなかった。


そして――


あの新人のことも。



---


賭け


二人は数ブロック歩いた。


やがてネルソンが口を開く。


「それで?」


オットーは歩き続ける。


「ヴァラリが犯人だと思う」


ネルソンが彼を見る。


「それが結論?」


「記録を見せたがらなかった」


「それだけじゃ証拠にならない」


「疑うには十分だ」


「間違ってる」


オットーが足を止める。


ネルソンが振り返った。


「賭けようぜ」


オットーが眉を上げる。


「何を?」


「負けた方が、明日の家事を全部やる」


ネルソンがニヤリと笑う。


「乗る?」


オットーは手を差し出した。


「いいよ」


二人は握手を交わした。


「でも、明日までにどうやって正しいか分かるんだ?」


ネルソンが尋ねる。


「捕まえる」


「捕まえる?」


「現行犯で」


ネルソンの表情が変わる。


オットーはポケットからリストを取り出した。


「次の被害者はルイス一家だ」


ネルソンが名前を見る。


「どうして分かる?」


「ヴァラリの記録」


オットーはリストを指差す。


「グレアムが教えてくれた被害者は、ヴァラリの顧客名簿に載っていた順番とまったく同じ順番で襲われている」


ネルソンの目が少し見開かれた。


「じゃあ、次はルイスか」


「その通り」


「いつ?」


「今夜」


「どうしてそこまで分かる?」


「息子だ」


ネルソンが眉をひそめる。


「息子がどうした?」


「僕のクラスメイトなんだ」


オットーは再び歩き始めた。


「一週間ずっと、家族旅行の話をしてる」


ネルソンはすぐに理解した。


「家族全員が家を空ける……」


「誰も家にいなくなる」


「それを犯人が知ってる?」


「たぶん、標的を監視してる」


ネルソンが笑う。


「なるほど」


拳を鳴らす。


「じゃあ、どうやって捕まえる?」


オットーが彼を見る。


「まず、ルイスさんに話をする」



---


ルイス邸


その日の夜、十時。


ルイス一家は、本来なら空港へ向かう途中にいるはずだった。


だが――


家は無人だった。


少なくとも、外から見ればそう見えた。


明かりは消えている。


カーテンも閉じられている。


家は完全に無人に見えた。


しかし、その中には二人の人間が潜んでいた。


オットーとネルソンは、ルイス氏に協力してもらっていた。


家族が出発したあと、二人は家に残った。


そして待つ。


ひたすら待つ。


犯人が来るまで。


ネルソンは窓の近くにしゃがんでいた。


「長すぎるだろ」


「静かに」


「三時間も静かにしてる」


「じゃあ、あと三時間静かにして」


ネルソンはため息をついた。


「本当に来ると思うか?」


オットーは暗い窓の外を見る。


「来る」


確信があった。


証拠はあまりにも一貫している。


誰かがヴァラリの顧客名簿から標的を選び、一人ずつ襲っている。


そして今夜の標的は――ルイス。


二人は待ち続けた。


そのとき――


外から、かすかな物音がした。


オットーが指を一本立てる。


ネルソンはすぐに黙った。


フェンスの向こうに二つの影が現れる。


一人は背が高く、筋肉質。


もう一人は明らかに細身だった。


二人はレンガの塀を乗り越える。


細身の男が少し苦戦しながら反対側へ降りた。


そして二人は玄関へ近づいていく。


細身の男がしゃがむ。


数秒後――


カチッ。


鍵が開いた。


暗闇の中でネルソンが笑う。


オットーが囁いた。


「まだだ」


二人の泥棒が家の中へ入っていく。


五分。


十分。


やがて家の中から、くぐもった声が聞こえた。


「見つけた!」


オットーとネルソンが顔を見合わせる。


二人は金庫を見つけたらしい。


兄が弟を呼ぶ。


「こっちへ来い」


弟が駆け寄る。


「どけ」


弟はバッグを開き、中から小さな道具を取り出した。


数分後――


カチッ。


金庫が開いた。


兄が中を覗き込む。


宝石。


現金。


今回の仕事を十分すぎるほど成功させられる量だった。


「大当たりだ!」


兄が笑う。


「バッグに詰めろ」


弟は金庫の中身を見つめる。


「本当に?」


「俺たち、金持ちだ」


兄は現金を集め始める。


「しばらく盗みをしなくてもいいかもな」


弟が笑う。


「じゃあ……」


一瞬、言葉を詰まらせる。


「これで足りるかな?」


「何に?」


「母さんに」


兄が弟を見る。


そして笑った。


「もちろんだ」


弟の顔が明るくなる。


「本当?」


「この金で最初に買うのは、母さんの治療だ」


弟の肩から力が抜ける。


「女神様、ありがとう」


弟もバッグに金を詰め始めた。


「早く出よう」


兄が頷く。


「ああ」


その瞬間――


カチッ。


明かりが点いた。


二人の泥棒が凍りつく。


暗闇からネルソンが姿を現した。


ニヤリと笑う。


「兄弟、か?」


兄が振り返る。


ネルソンは腕を伸ばした。


「どうやら俺の勝ちみたいだな」


その後ろからオットーも姿を現した。


「賭けはもういい」


ネルソンが笑う。


「それは助かる」


そして、大柄な兄を見た。


「じゃあ、こいつが賞品だ」


オットーは肩をすくめる。


「好きにしろ」



---


兄弟


オットーは弟の方へ歩いていった。


注意深く彼を見る。


「ヴァラリの新しい清掃員だな」


青年の顔が険しくなる。


「黙れ」


青年が飛びかかる。


オットーは身をかわした。


戦いが始まった。


一方、ネルソンは兄と向き合っていた。


笑っている。


「来いよ」


大柄な男が襲いかかる。


ネルソンも正面から迎え撃った。


一撃。


二撃。


三撃。


八撃。


ネルソンの拳が次々と男に命中し、相手を後退させる。


「それだけか?」


兄は口元を拭った。


ネルソンが笑う。


「大したことないな」


そのとき、背後から声がした。


「まだ終わらないのか?」


オットーが部屋に入ってくる。


弟の方を見る。


「脚を折った。もう逃げられない」


ネルソンが振り返る。


「もう?」


そして――


何かがおかしいことに気づいた。


大柄な男が立っている。


完全に平静だった。


ネルソンの笑みが消える。


男の目は冷たい。


「油断しすぎだ」


男が動く。


拳がネルソンを一度打った。


ネルソンの体が硬直する。


膝から床に落ちた。


「な……?」


男がネルソンを蹴る。


ネルソンは横へ倒れた。


オットーが駆け出す。


「ネルソン!」


同じことが起きた。


一撃。


オットーの体が硬直する。


そのまま倒れた。


大柄な男は二人を見下ろした。


「武術の技だ」


バッグを拾い上げる。


「正確に一撃入れれば、十分間は相手を動けなくできる」


男は弟を見る。


「バッグをよこせ」


弟は兄を見つめた。


「お前……」


「早くしろ」


ゆっくりと弟がバッグを渡す。


兄はそれを肩に掛け、出口へ向かって歩き始めた。


弟の顔が信じられないという表情に変わる。


「待てよ」


兄は止まらない。


「俺を置いていくのか?」


「そのようだな」


「金は?」


兄が笑った。


「まさか、山分けするつもりだったのか?」


弟は兄を見つめる。


「でも、母さんは……」


「母さんがどうした?」


「治療に使うって言ったじゃないか」


兄が振り返る。


一瞬、何も言わなかった。


そして、また笑った。


「本当に信じたのか?」


弟の顔から表情が消える。


「お前に金庫を開けさせるために言っただけだ」


兄は笑う。


「最初から、お前に分けるつもりなんてなかった」


弟は兄を見つめた。


「俺たち……兄弟だろ」


「だから?」


兄は出口へ向かう。


「いい子にしてろ」


軽く手を振る。


「それと、警察に捕まったとき、俺のことを話すなよ」


笑いながら、兄は去っていった。


部屋が静まり返る。


ネルソンの指がわずかに動く。


まだ体は思うように動かない。


立とうとする。


動かない。


もう一度。


それでも動かない。


筋肉が動くことを拒む。


だが、ネルソンは歯を食いしばった。


「それ……」


手を床につく。


「……が……」


体を持ち上げる。


「……兄貴……」


震える脚で立ち上がる。


「……なんかじゃ……」


弟が彼を見つめる。


ネルソンは立ち上がった。


「……絶対にない」


走り出す。


兄が外へ出てから、まだ数歩しか進んでいない。


ネルソンが追いついた。


男が振り返る。


遅かった。


ネルソンの拳が、男の顔面を正確に捉えた。


泥棒はその場に倒れた。


ネルソンはその上に立つ。


しかし、ついに全身から力が抜けた。


そのまま地面に倒れ込む。


「……よかった」



---


招待


翌日の夕方。


オットーとネルソンは家へ向かって歩いていた。


二人ともアイスキャンディーを持っている。


ネルソンが一口かじる。


「そういえば……」


オットーが彼を見る。


「明日の家事、お前が全部やるんだからな」


「なんで?」


「俺が賭けに勝った」


「勝ってない」


「俺があのデカい奴を倒した」


「僕が事件を解決した」


「俺が戦った」


「僕がもう一人の脚を折った」


ネルソンがオットーを見る。


「それはノーカン」


「カウントする」


二人は言い争いながら歩き続ける。


やがて、地下道へと続く高架下に差しかかった。


二人は気づかなかった。


その上に、一人の男が立っていることに。


男が声をかける。


「オットー」


二人の足が止まった。


「ネルソン」


二人が上を見る。


高架の上に、一人の男が立っていた。


笑っている。


「君たちを――」


男は傘を開いた。


「ヴィトラ協会へ招待する」


オットーは男を見つめた。


ネルソンが瞬きをする。


「……は?」


男は高架から飛び降りた。


一瞬、落下する。


しかし――


傘が完全に開く。


風を受けた傘が男の体を支えた。


男はそのままゆっくりと下降してくる。


まるで――


宙に浮いているかのように。


ネルソンの手からアイスキャンディーが落ちた。


「なんだよ、それ!?」


男は二人の前に静かに着地した。


そして傘を閉じる。


「驚いたか?」


「当たり前だろ!」


ネルソンが叫ぶ。


男は微笑んだ。


「どうやってやったのか、知りたいか?」


オットーは男の持つ傘を見る。


「……知りたい」


「我々の中には、ある未知のエネルギーが存在している」


男は自分の胸を指で叩く。


「普通の人間なら超常現象と呼ぶようなことさえ可能にするエネルギーだ」


ネルソンの目が大きくなる。


「魔法みたいな?」


男は笑った。


「ああ」


オットーの表情は変わらない。


「どうして僕たちが信じると思う?」


男が笑う。


「信じる必要はない」


オットーは目を細める。


「じゃあ、なぜここに来た?」


「見せることができるからだ」


男はコートの内側に手を入れ、一通の封筒を取り出した。


そして二人に差し出す。


「興味があるなら、七十二時間以内に開けなさい」


ネルソンが封筒を見る。


「開けなかったら?」


「興味がないと判断する」


男は再び傘を開いた。


「それだけだ」


傘の下に入る。


「では、また」


傘が持ち上がる。


男の足が地面から離れた。


ネルソンが叫ぶ。


「待て!」


男はさらに高く上がっていく。


「お前、何者なんだ!?」


返事はなかった。


ただ、夜空へ消えていく男の笑い声だけが残った。


オットーは男が消えるまで見つめていた。


そして、自分の手にある封筒へ目を落とす。


そこには、見覚えのある奇妙な紋章が印刷されていた。


本で見たものと同じ。


――評議会の紋章。


オットーの表情が、初めて変わった。


その日の彼は、好奇心を抱いていたのではない。


興味を持っていた。


封筒を裏返す。


七十二時間。


この手紙の中にあるものは――


きっとヴィトラと関係している。

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