4-15 未完(Side Brendan)
(……明日は、休みか)
竜騎士としての勤務時間を終えたばかりのブレンダンは城の広い廊下を歩きながら、明日はまた朝から実家に帰ろうかとぼんやりと思った。
このところ、周辺国でのゴタゴタが続いたため、何日もに渡るような長期間の遠征も少ない。どうしても最強と呼ばれている竜騎士団頼みになるヴェリエフェンディの国防も、今は軍部が動いているのだろう。
ブレンダンが実家に帰るなど、成人して竜騎士となってからは数えるほどの回数しかなかった。
小さな頃から手伝わされていれば商売の基本はある程度知っているし、ブレンダンは父親が出来ることが自分に出来ないとは全く思っていないからだ。
だが、ここ何か月かの彼は、予定のない休日は実家のガーディナー商会に入り浸っていた。
自分に良く似た息子の思惑などお見通しな店主の父親は、呆れているようだが成り行き上とは言え家業の手伝いもこなしているから何も言わない。
何故そんなことになっているかと言うと、ブレンダンには決して手を出せない女の子が、得意の花魔法を使って働いているからだ。いつもは何か理由がなければ会う事が出来ないが、彼女に会えると思うだけで自然と足が向いてしまった。
会えない日は何気なく扉を開けたあの瞬間のことを、何度だって思い返す。
目を奪われ何も考えられなくなってしまうという出来事など、数多くの女性を見る機会が多い商売を営んでいる実家を持つブレンダンの人生の中で、そう何度もある事ではなかった。
ブレンダンは幼い頃から、異性から無条件に好かれていることが当たり前だった。目的もなく外に遊びに行けば、どこからか集まった女の子たちは複数でこっちに来てとブレンダンの両手を引っ張り取り合った。
可愛らしい女の子たちから何もせずとも好かれると思えば、心には余裕も生まれ会話を楽しみ優しく接することが出来た。その流れがより異性を惹き付ける要因になってしまうことは、もうどうしようもなかった。
それは好循環だと呼べるのか、人より異性に好かれ過ぎるという弊害を産む悪循環だったのか。今はわからない。
リカルド・デュマースは、ブレンダンにとって幼馴染でもあり良い友人だ。
騎士学校の教官からも、同期のこともあり二人は力量が同程度と判断されて組むことも多かった。何故かというと、戦闘力を高める際に互いの力量が釣り合わなければ鍛錬にならないからだ。
リカルドと共にやって来たあの子が、知り合った時から完全に付き合っていたなら、ブレンダンは心の中をもっと上手く制御していたのかもしれない。
だが、あの時にはまだリカルドには美しく有名な婚約者が居た。
誰とも本気の恋愛をしてきたとは言えないブレンダンは、自分にもまだ希望があるはずだと、あの時縋り付くようにして思ってしまった。
それは、二度と救われることのない悲劇のはじまりだったのか、まだ名前を付けるには早過ぎると思ってしまうのだ。完全な恋の勝敗など、もうとっくに付いているはずなのに。
友人の恋人に手を出すことが禁忌であることは、重々理解はしていた。
ブレンダンは良い友人達が周囲に居る恵まれた環境に居る自覚はあるし、自分勝手な我が儘で、彼らと気まずくなりたくはなかった。だから、彼女に振られてしまってから友人の恋人へ対する礼儀正しい態度は崩さなかった。
仕事を紹介した彼女にとっての職場で会うことは、もう仕方ない。その場所はブレンダンには、実家であることは事実だからだ。
何も彼女が目的で、実家に帰っている訳ではない。自分はいつか、近い将来店を継ぐから勉強のために通っているのだ。
そう自分を含めた全員に言い訳すれば、彼女の傍に短い時間だけでも居ることは出来た。たとえ、将来的に結ばれることがなくても、それで満足していた。
(何か、買って行こうか……甘いお菓子でも。クライヴも、喜ぶかもしれないし……)
(僕のことは、気にしなくても良い。明日の休みも実家に帰るのか)
急に頭の中に相棒の竜クライヴの淡々とした声が響いて、ブレンダンは思わず苦笑した。彼と契約を交わした竜騎士となり、心の中を読まれてしまうことは、いつしか気にならなくなっていた。種族の違う彼らは、自分に関係ない部分に関しては気にもしていないようだ。
これはブレンダンがクライヴの名前を思い浮かべたので、その部分に反応してくれたのだろう。
(うん。そう思っている。クライヴはどうする? 僕は、朝から帰るけど)
クライヴは氷竜で、彼の持つ性質か飄々としていて、あまり感情を見せることは少なかった。だが、クライヴはブレンダンの想いを誰より知っている。結ばれることなどないという苦しみ嘆く声を、彼はその気になれば簡単に耳にすることが出来るからだ。
(……僕も、一緒に帰るよ。ブレンダン。一緒に居ても、切なくなるだけじゃないか?)
胸を思わず掻き毟りたくなるような、辛く切ない思いをわざわざ自分からしに行くという心の自傷行為にも似たことが、クライヴにはどうしても理解し難いようだった。
(それでも……会えるだけで、嬉しいんだ。挨拶をしただけでも、心が浮き立つんだ。今まで、僕はこんなに強い感情を持つことはなかった。自分から傷付きたいと思う行動を取るなんて、バカだと思うか。クライヴ。バカだと思われても、良いんだ。僕は報われないとわかっている恋に、何の意味もないとは思えない)
(ブレンダンの、好きにすれば良い。君の人生は君のものだからね)
(はは。それは、違いない)
そして、ブレンダンは立ち止まっていた廊下を、歩き出した。
やたらと身体に纏わり付く名前も知らない異性からの好意的な視線は、気にもならないし慣れたものだ。
成人女性ともなれば、ブレンダンの腕を引っ張り取り合うことはなくなった。だが、隙あらば自己紹介をして話し掛けようとしてくることは変わらなかった。その姿を見て可愛いとは思うものの、だからと言って心は特に動くことはない。
友人の恋人に恋をして、はっきりと振られて、それでも諦め切れずにまだ好きだ。
人はそんな姿を見て、無様だと嘲り笑うかもしれない。それでも、良かった。この想いをそんな大したこともない犠牲で捨てずに済むのなら、気のすむまで思う存分に、笑われて良い。
ただ焦がれ灼けつく嫉妬に苦しみ嘆き、それでも捨てきれぬ叶わない恋を、笑いたければ笑えば良い。




