4-14 命令(Side Ricardo)
「今年の夏季休暇は、最高だったなー……」
リカルドの同期の竜騎士エディは青い空を見上げて、そう呟いた。南国で見た透明度の高い美しい海を思い浮かべているのかもしれない。
リカルド達は南国で過ごした二週間の休暇をもう終えて、勤務へと戻っていた。
恒例の夏季限定の、竜騎士団の勤務調整期間だ。仕事中の鍛錬だとは言え、この時期だけは特別に上司の団長や副団長は出て来ないことが慣例となっていた。
気心の知れた同期全員が同じ班に居るので、まったりとした緩い空気が漂っていた。いつもの鍛錬内容を終えれば、後は時間が過ぎるだけと日陰に仰向けで寝っ転がっている者も居る。
ヴェリエフェンディ竜騎士団自体は、それほど人数が多い訳ではない。
特殊な騎士学校に熾烈な競争を潜り抜けて入学出来たとしても、竜騎士候補生となるためには、数多の狭き門を潜り抜け選抜される必要があった。その上に好みにうるさい竜に、この人間であれば契約を結んで良いと選ばれなければならないからだ。
そして、国防の要となる彼らは危急の事態に備え、二十四時間体制で数班に分かれて朝番昼番夜番勤務を続けることになる。ある班が遠征に行かねばならなったりすると、穴埋めをするために他の班が分担で長時間働くことになるのだ。
先輩後輩も、班が変われば密接に関わることになる。仕事ではあるものの仲が良くなることもあれば、どうしても相性が悪く合わない人が居ることもあった。
だが、長期間苦楽を共にした同期は、ただ働く場所が一緒の同僚とは言えなかった。
口下手であまり人付き合いが上手いとは言えないリカルドは、彼らと過ごす時間は気が楽だった。頭の痛い心配事から逃避したい時には、最適の存在と言えるかもしえない。
「ああ……また、行きたいな……」
エディの独り言に、敢えて言葉を返したリカルドは同じようにして空を見上げた。
「まあ、こういうのは一年に一回だから、あんなに楽しかったのかもなあ。俺もずーっと南国の無人島で遊んで暮らしたいかっていうと、そういう訳でもないしさ。けど、最高だったなー……憧れの南国……いつかまた絶対行きたい夢の楽園、みたいな感じでさ……」
陽気なエディは、悪気なくやらかすことも多いが気の良い男だ。リカルドの詳しい事情も、当の本人が何も言わずとも周囲が噂しているので知っているだろう。仕事中に王女カトリーヌに言い寄られて困っているところを、それとなく助けてくれたこともある。
だが、エディはリカルドに対して、その話を聞いたことはなかった。付き合いが長いだけに、精神的に参っていることもわかっているのだ。何も考えてないよう周囲に見せていて、実は繊細な男なのかもしれない。
「また、行けば良いじゃないか。レオは、休みに一人でも良く行ってるらしいしな」
竜に騎乗すれば、転移魔法を使わずとも高速移動が出来る。だから、レオも休みさえ取れれば時間を掛けずに、自分が買った別荘に行き来しているようだった。
「相変わらず、お前はわかってないなー……リカルド。ああいうのは、一緒に行く顔触れだって重要なんだよ。何か面白いことを、分かち合える人が居ないとつまらないだろー?」
地面に座り込んだエディは後ろ手をついて、立ったまま布で汗を拭っていたリカルドに向けて言った。
「確かに……そうかもな」
リカルドはエディの言葉を聞いて、苦笑した。リカルドも今年の夏季休暇が、これまでの中で一番楽しく思えたのはスイレンが一緒だったからだ。
(恋をすれば、人生が鮮やかに色付くという……あの言葉は、確かだったな)
いつかの酒の席で誰かが言っていた言葉を覚えていたリカルドは、そう思った。今までが白黒の世界だとすれば、今は極彩色だ。恋を知った後の世界は思わず心が痛んでしまうくらいに、眩い光を放つ。
「レオは、傷心だからな……一人で居る時間も、大事なんだよ。別れた人を忘れるためには、楽しいだけじゃダメだもんな」
「……エディ。この前は、失恋を忘れるには新しい恋だって言ってたぞ」
調子のよいエディに、リカルドは苦笑した。どちらもある方向から見た事実なのだろうが、真逆の行動ではあった。
この年齢にしてようやく初めての恋人と付き合っているリカルドは、恋を失った重みを知らない。
恋を失う度に憔悴する誰かの姿を見れば、辛いのだろうとは察する。だが、リカルドはスイレンとは一生一緒に居るつもりだし、この先失恋する予定もなかった。
「ん-まーなー……時と場合による。片思いの時に振られても、失恋は失恋だ。レオの場合は付き合いが長かった上に、向こうの浮気だからなー……あいつの状況は俺だって考えただけで、しんどい」
陽気なエディも、この時ばかりは難しい顔をしていた。恋人に浮気をされてしまうという、辛い状況になったことのないリカルドは、やはりどうしても実感が湧かなかった。
「なんで、浮気をするんだろう……好きで付き合ったんだろう? そんな相手を裏切る意味がわからない」
「リカルドは、真面目だからな。男は離れた時間が長くなれば長くなるほど余計に恋人を恋しく思うものだが、女の子は離れた時間が長いと、忘れていくように出来ている。どんどん相手に冷めていってしまうらしいぞ」
「……それは、本当なのか」
エディの恋愛講座に思わず真顔になってしまったリカルドは、眉を寄せた。
(スイレンが、そんなこと……いや、女の子は繊細で取り扱い注意だと、これまで色んな人に何回も言われている。スイレンだって、普通の女の子であることは間違いない。これまで会った誰よりも可愛い上に中身も良いことには間違いないが……何かの理由があって、魔が差してしまうということも確かに考えられる。先人の知恵を聞いて、何か対処しておいた方が良いのかもしれない)
リカルドは自分よりも恋愛経験を積んでいるエディから、対処法を聞こうと決めた。優秀なリカルドは自分には未知の分野に挑戦する前は経験者の意見を聞くことを、幼い頃から大事にしていた。
「残酷な事実だが、これは本当だ。リカルド。大抵の女の子は、雨あられのように気の利いた愛の言葉と好みに合った贈り物を欲しがる。それは、お前の彼女だって一緒だ。そんなものは欲しくないと言われても、それは強がりか素直になれてないだけだ。良いか。リカルド。女の子の言葉は、半分は疑え」
「……半分を疑う?」
良くわからないと言わんばかりに首を傾げたリカルドに、エディは訳知り顔で頷いた。
「本当に、まだまだだなー……あれの最中だって嫌だと言われたら、それはして欲しいの裏返しになるだろ? 長い時間離れても大丈夫って笑っても、それは私は実は大丈夫ではないですという裏返しの意味だ。お前は彼女に大丈夫と言われたら、そうなのかと正直に信じそうで心配だよ。おい。言われても、信じるなよ? 大抵は、強がりで言葉だけだ。そう言われたら、ありったけの愛の言葉でも囁いて、全力で心を繋ぎ止めるんだ」
「彼女の言葉をそのままに取ってはいけないことは、理解出来た……だが、難しいな」
健気なスイレンは確かに仕事中のリカルドに心配を掛けまいとして、そういった言葉を口にしそうだ。
だが、言葉に応じた個別な対応が必要となりそうで、こういった経験の少ないリカルドは、自分に上手く対処出来るだろうかと不安になった。
「まーなー。けど、簡単な恋愛なんて、楽しくないだろ? 言ってしまえば、女の子の性格にもよるし気分にもよる。彼女の反応を見つつ正解を探るしかないが、謎解きみたいでだんだんと楽しくなるよ。寂しがる彼女を面倒に思うような致命的な言葉を使ってしまえば、関係自体ダメになることもあるだろうが。お前は優しいし今の彼女に首ったけだから、それはないだろ」
にやにやとした笑いで、エディはリカルドを揶揄った。
「リカルド! リカルド、団長が呼んでる!」
突然同じ班の先輩からの呼ばれ、エディにしては久しぶりに役に立ちそうな話だったので、続きを聞きたかったリカルドは渋々団長の元へと向かった。
「……リカルド。カトリーヌ殿下が今滞在中のロズタインの使節団に同行し、急遽ロズタイン王都に訪問するそうだ。王族の護衛任務になる。ご指名だ」
この任務自体を面白くないと思っていることが良くわかる態度の団長キースは、団長室に入って来たばかりのリカルドに言い渡した。
「……はい」
上司の命令に対しそれ以外何も言えないリカルドに、キースは眉を寄せた。
「悪い。俺も、断ろうと粘ってみたが……血の繋がりがあろうが、微妙な関係の国に行くのに、王族の少数の護衛を同行するのなら、お前と何人かの竜騎士を連れて行くのが最適だと押し切られた。王も、頷くしかなかった」
「……期間は?」
「決まっていない。面倒な案件だ……リカルドを連れて行くその代わりに。俺も同行することを、カトリーヌに了承させた……お前も、次から次へと災難が続くな。流石に同情するわ」
急に言葉が砕けたキースは、面白そうな視線を真面目な性格の部下に向けた。仕事についての話を終えたことを悟り、立ったまま姿勢を正していたリカルドは肩を竦めた。
「自分で苦難を望んだつもりはありませんが」
「まーなー……お前は恵まれているものを運良く持っているんだろうが、その代わり不運も付き纏う運命だな。そういうもんだ。諦めろ」
「……団長は運命という言葉は、嫌いだと思ってました」
王族の身であるのにも関わらず常に努力する姿勢を崩さない団長は、だからこそ部下に恐れられていても慕われていた。
リカルドの言葉を聞いて片眉を上げたキースは椅子の背もたれに背中を付けて、肘を付いた。
「いいや。俺は運命を何もしない言い訳にする奴が、嫌いなだけだ。お前は苦難の中にあっても、それを乗り越えることが出来る。出来るからこその、辛い立場だ……同情はしないが、気持ちは察する」
「なるべく早く帰りたいです。可愛い恋人が出来たばかりなので」
真剣な顔をしたリカルドは上司に素直な気持ちを伝えると、キースはなんとも言えない表情になった。
「はー……それ、俺の前で言えるのかー……まあ、若いもんなー……良いなー……若いって。それより、お前のために同行してくれる上司に対しては、何か一言ないのか」
王族であるカトリーヌの要望を跳ね退けられるとしたら、同じ立場のキースだけだ。長期間守るべき国を離れることは、彼にとっても不本意だろうが、厳しい態度を崩さない彼も実は自分の部下に対して甘い。
「尊敬しています。団長」
「そうか。心がこもっているようで、安心したわ……家に帰って、すぐに準備をしておけ。使節団はもうすぐ帰国する」
「はい。団長」
急に表情を引き締めた団長に対し、リカルドは姿勢を正した。




