4-13 相談(Side Ricardo)
ブレンダン・ガーディナーはリカルドにとって、良い相棒だ。同い年で同期の上に、二人の持つ力量が近いこともあり、幼い頃から何かと組むことが多くあった。
人の心に敏いブレンダンは、言葉が足りない自覚のあるリカルドがどうしたいのかを何も言わずとも察してくれた。彼は人の欲しいと思うあらゆる才能に生まれつき恵まれているので、性格には曲がったところがなく悪意もない。物心ついてすぐの幼い頃から、親切で付き合いやすかった。
そして、裕福な平民の息子なので、まだ稼ぎのないはずの騎士見習いの頃から、誰もが羨むような物をすべて持っていた。
この国でも有数の商会の跡取りであるのに、親の教育方針で若い内は自由にやれと、花形の職業である竜騎士になることも許されていた。リカルドは何にも縛られぬ彼の身の上が、羨ましくなかったと言えば嘘になる。
スイレンをこの国に連れて来てすぐに、ブレンダンは彼女を連れて空を飛んでいたことがあった。あの時は咄嗟に奪い返したものの、スイレンが好きなのはリカルドなのだから、何があっても大丈夫なのだという、慢心がその頃もあったことを否定は出来ない。
思いを通わせ彼女のすべてを手に入れたつもりになり、将来の約束だって何度もした。リカルドはスイレンのためなら憧れだった竜騎士であることだって、辞めても構わない。今でも、そう強く思っている。
しかし、そうしてしまえば誰よりも可愛いあの子は、自分を責めてしまうかもしれない。
彼女だけを連れて、どこか違う国に逃げてしまうことは、いつだって出来る。だから、それは最終手段にしようと、妹のクラリスとこの先について相談した時にリカルドはそう決めたのだ。
「お兄様は本当に、脇が甘いのよ。ジャック・ロイドの件が知れ渡れば、イジェマと婚約解消したことだって知られることになるわ。私の誤算は、王女が思ったより早く、なり振りを構わぬようになってしまったことかしら。現王派は、宮廷で騒いでいるそうよ。お兄様と彼女が婚約することになれば、中立派の大多数は王女派に流れるでしょうね」
兄の代わりにデュマース家を取り仕切るクラリスは、腕を組んだまま難しい表情を崩さない。現時点で王に権力の秤が傾いているのは、守護竜イクエイアスの支持があることが大きい。そして、リカルドはその上位竜のお気に入りだとして、国中に知られていた。
「……とは言っても、何度無理だと言っても聞いては貰えない。イジェマが居なくなって、殿下は本当に遠慮がなくなってしまった」
大きく溜め息をついた兄に、クラリスは片眉を上げて途端に嫌な顔になった。
「やめてよ。確かにあの時は、イジェマがお兄様を守る防波堤みたいになっていたけど……そうね。確かにお兄様がこんなにまで女心に疎くなってしまったのも、社交界でやたらと目立つあの女のせいだったとも言えるわよね。二人とも同じように婚約解消したかったんだから、早々にしたら良かったのよ」
「クラリス。パーマー家のご当主を知ってるだろ。俺だって、何度も掛け合ったさ」
婚約解消が叶ったのは、あの時二人にスイレンとジャック・ロイドという恋人が出来て居たことと、彼の望むような多額の慰謝料を払ったからだ。リカルドの父と仲が良かったイジェマの父は、決して若造があしらえるような簡単な人間ではない。
「こうなってしまったのは、もう仕方ないわよ。竜騎士団長に相談しましょう。協力を頼んで、あの王女の思惑を出し抜くしかないわ」
リカルドの上司にあたる竜騎士団長キース・スピアリットは、前王弟の息子だ。直系の王女が一人しか居ない現状のために、王族入りして彼は王位継承権も王女に次いで高い。そして、彼は伯父である現王派の筆頭だった。
「団長も忙しい。それに、彼にだって立場はある」
上司キースが宮廷でも難しい立場に居ることを知るリカルドは、クラリスの提案を渋った。王族の要請を断れないリカルドの苦しい立場を思いやり、彼が幾度となく動き助けてくれたこともある。
「……けど、お兄様が何かで陥れられて、王女側に立たねばならなくなったら。一番に困るのは、彼でしょう。解決策はすぐに浮かばないにしても、現状の相談だけでもすべきだわ」
「……何かって……なんだよ」
縁起でもない言葉に眉を顰めた兄に、クラリスは溜め息をつきつつ続けた。
「もし、スイレンが人質になるようなことがあったら? あれだけ、家出の捜索に王都を騒がせたのよ。彼女がお兄様の心臓であることは、誰だって知っていることでしょう」
「彼女に手を出すようなら、誰であっても許さない」
「もう……ほんの、例え話だから。お兄様。その顔、怖いから止めてよ。けど、彼女に手を出すと言うのなら、ブレンダン・ガーディナーの方が危険度は高いでしょう。スイレンのこと、諦め切れない事は彼の顔を見てればわかるもの」
仲が悪いクラリスとブレンダンとの間に以前何があったのか、今まで興味もなかったのでリカルドは知らない。クラリスは家にも良く遊びに来ていたリカルドの同期の竜騎士五人の中でも、ブレンダンとは何故か上手くいかなかったようだった。
「スイレンが、俺を裏切ることは有り得ない」
そう言い切った真面目な兄の顔を、クラリスはなんとも言えない表情で見た。
「本当に……頭が固いんだから。女心はね、底が抜けている茶器と同じなのよ。付き合い始めに器を満杯にしたと思って、安心していてはダメよ。もし、彼女を自分の元に、繋ぎ留めたいと思うなら。延々、飽きることなく愛情を注ぎ込まないと。自分は愛されてないかもしれないと、不安に思ってしまうものなのよ。女の人は男性が思うより、繊細で複雑なの。そして、ブレンダン・ガーディナーは、そういう普通なら難しいことも息を吸うようにして上手く立ち回れる男なの。だから、私は心配なのよ」
「……ブレンダンは、スイレンの嫌がることはしない」
それは、言い切れた。ブレンダンは元々、女性に対してことさら優しい。決して嫌われたくない好きな女の子に対し、彼が自分勝手なことをするとはリカルドには思えなかった。
「ええ。それは、嫌がることはね……お兄様が王女の思惑に振り回されている間に、不安になったスイレンを優しく慰めることは、嫌がらないかもしれないわよね」
「クラリス」
「とにかく、現実を見るべきよ。今どういう状況なのか。把握しましょう。現実逃避したって、何も変わらないもの。王女について対策を練るのは、早い方が良いわ」
「別に……俺は、スイレン一人連れて国を出ても良い」
どこか投げ槍な態度の兄に、クラリスは肩を竦めた。真面目なリカルドは贅沢も好んでいなければ、貴族の仕事である社交が上手い訳でもない。彼女と旅をして新天地を求めようという考えに辿り着くのも、特におかしなことでもなかった。
「お兄様。国を出ることは、いつだって出来るわ。それは、最終手段にしましょう。スイレンだって、自分が面倒なことから逃げる言い訳にされたくないはずよ」
「……わかった」
耳が痛いということは、リカルドだってクラリスの言葉が事実であると理解しているからだ。スイレンだってリカルドから何かを奪ったと思えば、自分を責めるだろう。
(あの子は、可愛くて健気だ。檻の中の俺に挨拶してくれた、あの日から。今までずっと変わらずに……そうだった)




