4-8 勘違い
朝早くから洞窟探検に行こうと動き出した面々は、海側から通り抜けて発見した山への入口に辿り着いた。そこは鬱蒼とした蔓植物に隠されて、普通であれば気がつきにくいぽっかりとした黒い穴だった。
「……おおー……というか、暗くない? なんで携帯用の灯りを持ってこなかったの?」
先んじて暗い洞窟内を覗き込んだゴトフリーは、灯りがなければ身動きが取れないだろうと困ったような顔で探索の発案者でここまで先導して来たエディに目を向けた。
そんな彼に、エディは自信満々な態度で奥を指差した。
「少し先に行ったら、洞窟に良くある光り苔が天井に生えてる。そんな場所に魔道具の灯りなんて持って行ったら、せっかくの気分が興醒めだろ。洞窟探検の、浪漫を存分に感じろ」
スイレンがエグゼナガルに会いに行った時に見た青く光る苔は、こういった洞窟では良く自生するものだったらしい。
「はー……なるほど。アリス、俺と手を繋いで行こう。足元見えなくて、危ないから」
呆れた様子のゴトフリーはエディが言葉を続けようとしたのを無視して、さっさと手を繋いで行ってしまった。
(本当に、真っ暗……目が慣れたら、大丈夫なのかしら)
前に洞窟に入った時は元々が夜だったし、とにかくリカルドとワーウィックを救わねばと、スイレンは必死になっていた。周囲の様子も見ることなく、洞窟へと入ったが、今回は明るい外側からなので目も慣れない。
「スイレン。大丈夫?」
「はい。大丈夫です。なんだか、緊張しますね……」
リカルドはスイレンを気にしつつも、両手にはエディから持ってくるように言われた大きな荷物を抱えていた。そんな彼は自分と手を繋げないのはわかっていたので、スイレンは微笑んで自分のことは気にせずに洞窟へ入るようにと手を上げて促した。
わくわくした様子で洞窟へと入ったエディは、これから始まる何かを思ってか、楽しそうに鼻歌を歌っていた。やがて目が慣れ出すと、確かに暗いが足元や道が見えない程でもない。
スイレンはほっと一安心して、リカルドとブレンダンの二人に続いて洞窟の道を歩き出した。
「うわ。洞窟内でエディの鼻歌と水の落ちる音が反響してる」
「はは。まずい。この不協和音、夢に出て来そうだ」
軽口を叩きながら二人が進む後を追いながら、やはり頼りない視界に不安になってしまったスイレンは、前を進んでいるリカルドの服を掴んで歩くことにした。
前を行く彼は、そのことに気が付いて歩く速度を落としてくれたようだ。すぐに光る苔が見えるからという、エディの言葉通りそこには美しく青く輝く天井があった。
「わあっ……」
「うん。すごく……綺麗だよね」
ほんのすぐ近くで聞こえた声が思っていた人と違っていたために、スイレンは慌てて服を掴んでいた彼に謝った。
「……ごめんなさい! 私……てっきり」
両手で口を押さえたスイレンがその言葉の先を言うことを躊躇った意味を正確に把握したのか、青い光の中でブレンダンは苦笑した。
「大丈夫。気にしないで。あいつには、後から続いた彼女と歩幅を合わせるくらいするように、言っておくよ。本当に、気が利かなくてすまない。僕が甘やかして、教育不足だったんだ」
弟が仕出かした悪戯を謝るようにして、ブレンダンは仕方なさそうに肩を竦めた。大きな荷物を持って開けた空間の中央でエディとリカルドを見てから優しく微笑んだ。驚いて慌てていたスイレンを落ち着かせようと、冗談を言ってくれた彼の優しさを感じてスイレンは息をついた。
「ふふっ。ごめんなさい。私、ろくに確認もせずに服を掴んでしまったから……」
先に声を掛けて誰だったか確認すれば良かったと謝るスイレンに、ブレンダンは首を緩く振った。
「……ちゃんと、勘違いだったって、わかってるよ。大丈夫。気にしないで」
◇◆◇
そして、無事に全員が揃ったことを確認したエディは、三つのグループに別れてこの洞窟内にある宝探しの勝負をしようと提案した。
「この中で、一番良さそうな宝物を見つけたグループには……何か、良いものを用意しておく!」
「それは何か、言わないんだ……一番、重要な気もするけど……」
呆れたゴトフリーがそう言った時に、ブレンダンが率先してエディと組もうと申し出て、後は二組の恋人たちが残った。
入口から向かって奥の方へと続く道は、五本。全員違った道を選んで、宝探しが始まった。
「スイレン。ごめん。大丈夫だった?」
早々にブレンダンに先程のことを怒られたのか、身を屈めたリカルドは反省した様子で、自分より大分背の低いスイレンの顔を覗き込んで言った。
「はい。ごめんなさい……私もちゃんと、誰だか確認しなかったから。勘違いして、恥ずかしいです。まだブレンダン様で良かったですけど」
もし、服を掴んだのが他の人だったら、もっと恥ずかしかっただろうと想像してしまったスイレンは、熱くなった頬を両手で包んだ。
「……きっと、スイレンなら喜ぶよ。そう思う。ブレンダンも、喜んでると思う」
そう言ったリカルドの声音は、いつもの彼らしくなく硬い。スイレンの背中に当てていた彼の大きな手も、どこか所在なげに感じられた。
その後もスイレンが何回か話し掛けても、生返事ばかりのリカルドは何か考え事をしているようだ。
「あの」
しんとした狭い洞窟の中で、妙に反響した自分の声に驚きつつ、スイレンは勇気を出して聞くことにした。
(私も……リカルド様の服を違う女の子が掴んでいたら、嫌だと思う。だから、彼だって、もしかしたら)
「間違えていたら、ごめんなさい。リカルド様……もしかしたら、嫉妬しました?」
さっきブレンダンの服を掴んで彼を頼りに暗闇を歩いていたスイレンのことを聞いて、もしかしたら彼もそういう面白くない気持ちを抱いたのかもしれないと、スイレンはそう思った。
リカルドは青い光の中で、複雑そうな表情を見せつつ頷いた。
「うん……これが、嫉妬っていう感情なのかなと思っていた。今まで、こんな風に感じたことなんてなかったから、新鮮で。ごめん。不安にさせた?」
「……はい。けど、私が確認もせずに間違ったことがいけないので……ごめんなさい」
「いや、俺が心が狭いから。けど、俺はスイレンが好きなんだと、そう思う。誰にも取られたくないと思ってるから、こういう感情が出て来るんだと思って……少し考えていた」
そうした彼の真摯な視線に見つめられれば、スイレンは何も言えなくなる。最初はリカルドと会えるだけ、一緒に居るだけで、それで良いと思っていた。けれど、両思いになってよりこうして欲しいという欲が増していく。
彼を自分だけのものにしたくて、そんなこと出来る訳なんてなくて、そうだったとしても。
彼に恋をしたスイレンの心は、世界には絶対に有り得ない願いを求めてしまうのだ。リカルドの中での、絶対的な唯一の存在になりたいと。
「私も……きっと一緒ですよ。リカルド様が、綺麗なご令嬢たちと一緒に居た時を、偶然見掛けたことがあって」
「……え? いつのこと?」
人気のあるリカルドにとってみれば大して珍しくもない、なんてことのない出来事だったのか。彼はいつどこでスイレンがそんな光景を見たのかと、心底不思議そうだった。
「リカルド様がもし……また、檻の中に居たなら。私だけの人に、なってくれるのかなって。少しだけ、怖いことを考えてしまったりしました。人ってなんだか、不思議ですね。どんどん欲が増して……最初は、リカルド様の姿を、一目見られるだけでも。それだけで、良いと思っていたのに」
切なげに呟いたスイレンに、より近付こうとしたリカルドは一歩踏み出した時に、二人の下にある床がいきなり光り始めた。
「……え?」
スイレンが呟いたその時には、さっき居た場所ではない別の部屋へと、二人は瞬間移動してしまっていた。
青く光る苔は、この場所の天井にもびっしりと隙間なく生えていて、辺りの視界は明るいままだった。スイレンが呆然としてしまっている間に、リカルドは冷静に不慮の事態を竜を通じた伝言ゲームで、洞窟の中に居る他のメンバーに知らせたようだった。
「心配をかけたら、いけないから……とりあえず、俺たちは変な仕掛けで奥の方に先に移動したって言っておいた。この場所に風が吹いているから、風穴か出口のようなものはすぐ近くにあると思う。外に出られさえすれば、すぐにワーウィックが迎えに来てくれるから。さっき、連絡のために教えたら、この洞窟のことを知らなかったワーウィックが、僕も行きたかったのにと騒いでうるさい。あー。こちらからも、心が閉ざせれば良いのにな……」
憮然として片手で頭を押さえているリカルドは、僕も行きたかったと希望して騒いでいるワーウィックの心の声に悩まされているようだった。




