3-13 神喰い
淡々とスイレンが一人で危険なことをしてしまったまでの経緯を語ったワーウィックは、無表情で黙ったまま腕を組んで聞いていたリカルドを見つめた。
先程まで怒りの感情がまるで身体を取り巻くようだったリカルドは、落ち込んでいるワーウィックと彼をフォローするスイレンの話を聞き終えても、まだ何も言わない。隣に座っていたスイレンはリカルドが知らない間に我が身を危険に晒してしまったという事実に、今更ながら気が付き身を縮めた。
(……沈黙が……痛い)
リカルドの茶色の瞳には、いつもであれば思いの通じ合ったスイレンに向けられた愛しさで溢れているはずだ。それはまだ彼に親に決められた婚約者が居て、スイレンのためにそれを解消しようと動いていた時からもそうだった。
けれど、今のリカルドは目の前に居るワーウィックをじっと見つめたままで、まるで透き通る色付き硝子のように、何を考えているのかまるでわからない。
両手を膝に置いて座っていたワーウィックも、自分の我儘と浅慮のせいで、スイレンにとんでもないことをさせてしまったと思っているのか。リカルドからどんな非難を受けても、これは仕方がないと覚悟を決めている様子だ。
「……俺に、竜のつま問いの季節のことを言えなかったのはなんでだ?」
真顔のままで黙っていたリカルドがやっと重たい口を開いたのは、どのくらい経った頃だろうか。スイレンは部屋の中を支配していた強い緊張感が緩んだのを感じて、そっと息をついた。
「……リカルドが若い時同期と一緒に、女の子に告白して成功するか失敗するかで賭けをしていた頃を知っている。僕はただでさえいつになく気が立っているのに、そんな風に揶揄われたくはなかった」
ワーウィックが眉を顰めてそう言えば、リカルドは大きく息を吐いた。
「それは、何年前の話なんだ。俺も賭けに参加していないとは言わないが、あれだって告白前の緊張を解すための友人同士の遊びのようなものだ。失恋してから気まずい雰囲気になるよりも、冗談を言い合って笑って終われるだろう。俺だってやって良いことと悪いことは、弁えている。お前の大事な時に、そんなことをしたりはしない」
淡々とそう語ったリカルドは、未だ感情が見えない。だからこそと言うか、彼の心を読めるはずのワーウィックは謝罪するために頭を下げた。
「僕が、成竜になってから初めて参加するつま問いだとは言え、神経質になり過ぎた……リカルド。すまない。君は、何も悪くない。それに何も知らずに無防備なスイレンまで危険に晒してしまったのは、完全に僕の過失だ。冷静な判断を欠いた。悪かった」
「……俺も、スイレンが攫われれば、お前と同じことをしただろう。彼女の命をいち早く救うためならば、どんな可能性でも試したはずだ。だが、お前だって俺と逆の立場であれば? どう思うか、良く考えてくれ。もう、こんなことは絶対にしないようにして欲しい……それで、プリシラは大丈夫なのか?」
難しい表情をしたリカルドは、いつもの彼なら絶対にそんなことはしないと言い切れるほどのワーウィックが、理性を欠いた判断をすることになった原因であるプリシラの身も心配していたようだった。
「うん……竜舎に残っていた竜に聞いたら、もう彼女は山の中に戻ってるって。何の怪我もなく……スイレンからも聞いた通りに、彼らだって苦しい思いをしていたから……自分はもう良いから追わないでくれと、そう言っていたと」
「……そうか。被害者本人がそう言うのなら、俺もこの事については口を噤まねばならないだろう。今は外国の使節団が来ている。陛下もイクエイアス様も、この事で国を騒がせたくはないはずだ……ワーウィック。お前が事前に言ってくれれば、自分を守る術を持たないスイレンが犯人本人と鉢合わせするなどという危険な目に遭わずに済んだ」
「言い訳のしようがない。スイレンを危険に晒したことについては、本当に悪かったと思っているし、僕も反省している」
「団長だって仕方のない事情を聞けば、俺の勤務についても融通をしてくれたはずだ……いくら、いつもとは違う状態であるとは言え……自分勝手な判断を、ちゃんと反省しろよ」
これまで湧き上がる怒りをどうにか抑えようとしてか、必要以上に丁寧な口調になっていたリカルドが、いきなり砕けた口調になったので、ワーウィックはまた顔を歪ませた。
「ごめん……」
ワーウィックはしゅんとして、項垂れている。リカルドを言い負かすまでに勝気ないつもの彼であれば、考えられないことだった。
(ワーウィック。人生で初めて、そういう季節で異性に愛を乞うんだもの。緊張を感じてそんな風になってしまっても、仕方ないわ……)
「リカルド様。ワーウィックも、反省しています。それに、私も何の怪我もしていませんし……」
スイレンがそう言えば、リカルドは大きく息をついた。彼だって思わぬ出会いの檻の中で出会ったスイレンへの初恋で人生が変わった一人なのだから、そう言われればきっと何も言えないはずだ。
「……ワーウィック。わかった。俺への説明はもう良い。彼女の無事な姿を、確認したいだろう。早く行け」
「うん! ありがとう! リカルド」
とにかくリカルドに対し真摯に謝罪しなければと我慢していたらしいワーウィックは、心の中では早くプリシラの無事を自分の目で確認したかったのだろう。
リカルドの言葉を聞いて、素早く立ち上がって玄関に向かって走って行った。
「転ばないと、良いですけど……」
足が縺れてしまいそうなほどに慌てて走って行ったワーウィックを心配するスイレンに、リカルドは何とも言えない顔を向けた。
「うん。スイレンは急ぎいなくなったワーウィックとの中途半端な約束を守っただけで、何も悪くないことはわかっている。けど、危険な場所に考えなしに一人で行ったことは……ダメだ。それを後から聞いた、君を誰よりも愛する人の気持ちは、少しでも考えた?」
リカルドの茶色い瞳は、スイレンを決して責めてはいない。純粋に不思議そうだった。何故、危険な場所に行くのに。
彼女を守るべき自分が帰ることを、待てなかったのだと。
「リカルド様。ごめんなさい……言い訳になってしまうんですけど、久しぶりにライデン様に会えて舞い上がって……あの時の私は、正常な判断が出来なくなっていたのかもしれません。それに……」
「それに?」
スイレンはこれから一生を共にすることになるリカルドには言っておいた方が良いだろうと、上位竜の一匹ライデンヴァーガルから、世にも珍しい約束を貰ったことを口にした。
「あのっ……ライデン様に、私が呼べばいつでも来てくれると言って頂けて……私。本当に驚いてしまって……つい、舞い上がってしまいました」
興奮に顔を赤くしてそう言ったスイレンを見て、一瞬ぽかんとした表情になったリカルドは何かを言い掛けて口を手で塞いだ。
(……リカルド様?)
この世界の生態系の頂点辺りに位置する上位竜の気まぐれだろうがなんだろうが、彼ら竜が一度口にしたことは守られる。
いわばスイレンは上位竜から、破格の待遇である個人として守護を授けるという約束をされたのに。リカルドの顔は、複雑な表情を浮かべていた。
「スイレン。君には、まだ言っていなかったことがあるんだけど……」
「リカルド様……?」
「あの……あの時に会ったライデンヴァーガルは、上位竜の中でも……異色であることで有名なんだ。彼は、神喰い青竜と呼ばれている」
リカルドはこのことを喜んでいるスイレンにはあまり言いたくはなかったのか、難しい表情をしてそう言った。
「神喰い……?」
不穏な、呼び名だった。意味をそのままに取れば、あのライデンヴァーガルは……神か、神と呼ばれる者を屠ったということになる。




