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第329話:比翼連理の誓い


《あー、マイクテスト、マイクテスト。此方こちらはホープ=エンゲージ。当艦はまもなく【ステューディム渓谷】へと入りまーす! 岩肌への接触で多少の揺れが予測されますので、乗員の皆様はご注意くださーい》



 ――――強襲要塞【トロイメライ】、時刻は夜明け頃。ホープのなんとも気の抜ける艦内放送を聴き流しながら、俺は医務室の前まで来ていた。


 目指す目的地、戦艦【ラストアーク】の眠るアルカ・ナディア氷界域まであと数時間。医務室に居るラナからオリビアの様態が安定したと連絡を受けて、俺は居ても立っても居られずに此処に足を運んだ。


 扉の側で壁にもたれ、神妙な面持ちで俺を待っていたのはシスター=ラナだ。彼女は負傷したオリビアを教会から付きっきりで介護していた。その彼女がオリビアの側を離れたのなら、一通りの処置は済んだのだろう。



「あっ、ラムダ団長……もう来られたのですね……」


「もう“団長”は付けなくても良いよ、ラナ。ダモクレス騎士団はもう解散したからね。今の俺はラストアーク騎士団の一介の構成員だから……」


「い、いいえ! ダモクレス騎士団が無くなっても、ラムダ団長は私の頼れるリーダーです! どうかこれからも私たちの“団長”でいてください……!」


「……あはは、善処するよ。それで、オリビアの様子は?」


「え~っと……オリビア師匠の様態ですが、ひとまず峠は越えました。もう意識も回復しています……」



 ラナ曰く、オリビアの様態は安定し、意識も取り戻したらしい。と、結果だけを抜き取れば喜ばしい要素しか無い筈だ。しかし、ラナの表情や言葉選びには何か不穏な気配が見え隠れしている。


 命の危機は乗り越えたが、まだオリビアには抱える問題があるのだろう。それを俺に報告するのをラナは躊躇しているようだ。



「オリビアに何か問題があるんだね?」


「それは……はい……。オリビア師匠、怪我で重い後遺症を……」



 どうやら彼女は後遺症を負ってしまったようだ。


 教会でオリビアの身体を乗っ取った女神アーカーシャは避難者に殺傷性の高い魔弾を放とうとし、それをオリビアは自分の身体へと引き寄せて文字通りを身を盾にした。


 常人なら身体が撃ち抜かれるような凝縮された魔弾を顔に受けたのだ、生きている方が奇跡な状態だ。だが、その代償をオリビアは支払うことになったのだろう。避難者を誰一人として死なせること無く、自身の身体を支配した女神アーカーシャを退かせると言う奇跡を。



「ラナ、君は“木馬トロイメライ”の食堂に。其処でコレットとベルゼビュート姉妹が簡素だけど食事を用意してくれている。オリビアの看病で疲れただろ? 後は俺が引き受けるよ……」


「ラムダ団長……はい、分かりました。心遣い、ありがとうございます……」



 ラナの暗い表情を見ればなんとなく察しは付く。オリビアの負った傷はきっと深い。それこそ、自らの人生を左右しかねない程に。


 だからこそ、俺は彼女を支えなければならない。


 長い旅の中で、苦しい戦いの中で、俺を常に支えてくれたオリビアを今度は俺が支えるために。そう決意して、ここまで看病を続けてくれたラナから役目を引き継いだ俺はオリビアの待つ医務室の扉を開いて中へと足を踏み込んだ。



「オリビア……具合はどうだ?」

「ラムダ様……なのでしょうか?」



 白い内装で清潔感の溢れる医務室。医師が座るであろうデスク、見慣れない薬品が仕舞われた棚、旗艦アマテラスやノアの工房にも置かれていた医療用のカプセル、それらが壁に固定されるように設置された空間だ。


 その一角に置かれた患者を寝かせる為のベッド、其処にオリビアは腰を掛けていた。見たところ、身体に大きな外傷は無い。パッと見はいつものオリビア=パルフェグラッセだ。だが、決定的な部分が以前とは違っている。


 彼女の目元に巻かれた包帯、俺の声を聴いてキョロキョロと周囲に向けて腕を闇雲に伸ばそうとする様子、嫌でも理解できてしまった。彼女が負った後遺症の正体が。



「オリビア…………目が……視えなくなったのか?」

「…………はい。失明……してしまいました……」



 オリビアは失明していた。


 俺のすぐ側のデスクには、先んじてオリビアを診断したと思われるノアが記した診断書カルテが置かれている。そこには『強烈な“光”の魔法による網膜損傷による失明、及び【回復妨害】による治癒の阻害』と記されていた。


 太陽光などの強い光を直接見た場合、網膜を傷つけて視力の低下や失明を招く可能性があると習った事がある。オリビアが受けた光の魔法にも同じ効果があったのだろう。そのせいでオリビアは光を失ってしまった。


 診断書カルテに記された【回復妨害】についてはよくは分からない。想像できるのは“呪い”などによって回復魔法ヒールによる『治癒能力の活性化』が機能しなくなっていると言う可能性だ。だが、専門家ではない以上、俺には答えを断言する事は出来なかった。



「ラムダ様……何処に居るのでしょうか? ごめんなさい……まだこの状態に慣れていなくて……」


「隣に行くよ、無理に動いちゃ駄目だ……」



 オリビアは俺を探してベッドから身体を起こそうとしている。だが、目が視えないのなら、躓いて転んでしまう可能性がある。


 急いでオリビアの元へと歩み寄って、虚空を探る彼女の手を右手で握って、俺は彼女の隣に腰を掛けた。手を握った事で、視力を失った不安が和らいだのだろうか。それまでそわそわとした様子だったオリビアの動きに落ち着きが見えた。


 それから数分、彼女は俺の手を握ったまま、ずっと黙り込んでいた。



「オリビア……俺たちを庇って……」

「平気ですよ……目が視えなくなっただけですから……」



 彼女は気丈に振る舞っている。けど、握った手が発汗で熱と湿り気を帯びている。強い不安を感じている証拠だ。


 目が視えなくなっただけだと彼女は強がりを言うが、今まで色鮮やかに映っていた世界が真っ暗になれば誰だって不安を感じる。それはオリビアだって例外ではない。



「目は回復魔法ヒールで治せないのか?」


「…………いいえ、治せません。簡単に治せないように、()()()()()()()強力な【回復妨害】の呪いを刻みましたので……」


「――――ッ! それって……自分の意思で失明したって事か!? どうしてそんな事を! 何を考えているんだ!?」


「それは……女神アーカーシャに視覚情報を悪用させない為です。ラナさんから聴きました、わたしが気を失ってすぐに機械天使ティタノマキナが教会に襲撃を仕掛けて来たって……!」



 だけど、どうやらオリビアは自らの意思で視力を奪ったようだ。理由は女神アーカーシャによる身体の乗っ取りと、教会を襲撃したウリエルたちにあった。


 オリビアの身体に乗り移った女神アーカーシャは視覚情報を機械天使ティタノマキナに共有し、教会の近くにいたウリエルが襲撃を仕掛けて来た。これはウリエルの『女神アーカーシャからの信号を受信した』と言う台詞からも疑いようが無い。



「だから……視力さえ失ってしまえば、女神アーカーシャはわたし達の居場所を特定するのが困難になると思って……」


「だからって、自分の眼を……! もう視れないんだぞ、俺の顔も、俺が贈った指輪も、みんなの顔も……」



 だからオリビアは自らの手で光を奪ったのだろう。確かに、失明した状態なら、女神アーカーシャが再び彼女に意識を降ろしたとしても何も観ることは出来ない。


 そうなれば、俺たちが逐一居場所を知られる事も無く、何をしているかも把握するのは難しくなるだろう。だけど、その優位を取るためにオリビアが支払った代償はあまりにも大きすぎる。


 それでも、彼女は自身の選択に『後悔』だけは感じていなかった。



「ラムダ様……手を握って……」


「オリビア……」


「ほら、手を握ればあなたが側に居る。視えなくても、わたしの指には綺麗な指輪が輝いている。声が聴こえれば、みんなはわたしの側に居る。なぁんにも怖いことなんてありません!」


「…………オリビア…………」


「だから……わたしは大丈夫です、きっとあなたのお役に立てます……! だから……だから……わたしを捨てないで……!」



 彼女は俺から離れる事よりも、失明してでも俺の側に居続ける事を選んだのだ。それでも、後悔こそ無いが、オリビアは失明を理由に俺から捨てられる事を恐怖していた。


 それだけは彼女の意志ではどうにもならない。だからこそ、彼女は恐怖を抱いたのだろう。


 女神アーカーシャに情報を渡すかも知れない、失明したことで『足手まとい』だと切り捨てられるかも知れない、後遺症を理由に俺が愛想を尽かすかも知れない、と彼女は怯えている。目が見えず、俺の表情が分からないからこそ感じる恐怖なのだろう。


 だからこそ、その恐怖を払拭することが今の俺の使命だ。



「馬鹿だな……みんなを護る為にここまでしてくれた君を俺が嫌いになる訳ないだろう……!」


「ラムダ様……」


「俺が君の『眼』になる! だから、安心して俺の手を握っていてくれ! 約束する、絶対にオリビアの覚悟は無駄にはしない! 俺がオリビアを女神アーカーシャの呪縛から解き放つ!!」


「ラムダ様ぁ……うぅ、あなたを好きになって良かったぁ……!! もうお顔を視れないのが……辛いよぉ……!」



 オリビアの身体を強く抱き締めれば、自身の抱いていた“恐怖”がただの杞憂きゆうだと気が付いた彼女は感情を露わにして俺の身体を抱き返してくる。


 きっと、俺たちは色々なものを失いすぎたのだろう。


 オリビアは欠けに欠けた俺の“心”を支える柱で、俺はオリビアの失われた“眼”を照らす光。つがいのどちらかが欠ければ、俺たちはたちまちに動けなくなってしまう。


 比翼連理ひよくれんり――――それがラムダ=エンシェントとオリビア=パルフェグラッセの関係性だ。だからこそ、俺は彼女を失いたくない。絶対に護り抜かなければならない。


 そんな誓いを胸に灯して、俺たちは求めるように唇を重ね合わせた。



緊急事態エマージェンシー緊急事態エマージェンシー緊急事態エマージェンシー! “木馬トロイメライ”、全搭乗員に通告! 当艦後方に敵性反応を感知! 繰り返す、当艦後方に敵性反応を感知!》


「これは……!? 敵襲を報せる警報アラートか……!」


機械天使ティタノマキナラファエル接近! 機械天使ティタノマキナラファエル接近! ラストアーク騎士団及び戦闘可能要員は至急、作戦会議室ブリーフィング・ルームに集合せよ!》



 そんな折、“木馬トロイメライ”にけたたましく鳴り響いた緊急事態を報せる警報アラートとホープによる艦内放送。


 どうやら遂に追手が姿を見せたらしい。


 相手はラファエル。ウリエルと同格の【大天使アーク・エンジェル】だ。理由は不明だが、何らかの方法で“木馬トロイメライ”を補足したのだろう。


 ラストアーク騎士団に危機が迫っている。急いで作戦会議室ブリーフィング・ルームに向かわないと。



「オリビア……君はまだ此処に居るんだ。俺が必ず君を護り抜く……!」


「ラムダ様……分かりました、此処で待っています……!」


「ありがとう、行ってくるよ!」



 不安そうに再び俺の手を握ったオリビアを安心させるように再び軽く唇を重ねて、俺は医務室を飛び出して作戦会議室ブリーフィング・ルームへと駆け出していく。


 グランティアーゼ王国から脱出を目指すための第二の関門、機械天使ティタノマキナラファエルの襲撃。それを乗り越える為に。

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