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第322話:聖女の意地


「アーカーシャ、今すぐにオリビアの身体から出ていけ!」


「そうはいきません。この“からだ”は私の意思を反映する端末。有効に利用しなければ失礼でしょう?」


「貴様ぁ……!」



 ――――負傷者の治癒に勤しんでいオリビアを突然襲った異変、女神アーカーシャによる意識の乗っ取り。


 それまで甲斐甲斐しく働いていた聖女が突如として異質な雰囲気を纏い始めた瞬間、聖堂内の空気は一気に凍りついた。


 オリビア本来の紫水晶アメジストの瞳を塗り潰して輝く朱い瞳、優雅に微笑ほほえむ仕草、頭上に出現した白く光る光輪、どれをとっても『オリビア=パルフェグラッセ』とは別の気配を感じる。



「その気配……逆光時間神殿で【光の化身(アルテマ)】が出現した時と、不毛地帯でグラトニスと戦っていた時のものにそっくりだ……! オリビアを通じてずっと監視していたのか、アーカーシャ!」


「うふふっ、ピンポーン♪ ずっとあなた方を監視していました。まぁ、正確にはラジアータ村で貴方がオリビアさんと再会した時から監視していましたけどね♪」


「ずっと俺たちを泳がせていたって訳か……! 舐めた真似しやがって!」



 女神アーカーシャはオリビアの眼を通じて俺たちを監視したいたらしい。それも、俺がラジアータ村でオリビアと再会した時から。


 なら、俺とノアの旅は殆どアーカーシャの監視下にあったと言える。それなら、湧いてくる疑問は一つ、



「何故、俺たちをもっと早くに始末しなかった? 幾らでも機会チャンスはあったはずだろ!?」


「本当はそうしようと思いましたが……あなた達が迷宮都市【エルロル】の地下に封じた“強欲の魔王”アワリティアを退治したのを観て、もう少し泳がせた方が都合が良いと予測したからです♡」


「なんだって……!?」


「責務を放置して失踪した死神メメントの討伐……最悪の侵略生物の一体である【光の化身(アルテマ)】の排除……不敬極まるルクスリア=グラトニスの始末―――は出来ていませんが……あなたは実に良い働きをしましたよ、ラムダさん♡」


「俺は……俺たちは……お前の不始末の片付けをさせられていたのか……? 答えろ、アーカーシャ!」


「その通り♪ 余人では手に余る厄介者の始末、その為にあなたには今日まで生きてもらいました。そして、グラトニスが倒された今、もう私に逆らおうなんて反逆者は居なくなった……あなた方を除いてはね♡」



 どうやら、俺とノアは女神アーカーシャが抱えていた問題を図らずも解決し、彼女の助けをしていたらしい。それが、俺たちが今まで見逃されていた理由だった。


 アワリティア、メメント、グラトニス、恐らくは全員が女神アーカーシャの“敵対者”だ。それを勝手に倒していたんだ、俺たちはさぞ便利な“駒”だったのだろう。そして、グラトニスを下して『アーティファクト戦争』を終結させた以上、俺たちは()()()()()()()()()()のだろう。


 故に、これから俺たちは女神アーカーシャによって排除される。乗っ取られたオリビアの身体は女神の意思に従って動き出し、手にしていた杖の先端に魔力を込め始めていく。



「何をする気だ、やめろアーカーシャ!!」


「王都消滅に生き残りが居ては困ります。ですので、皆さん此処で皆殺しです♡ 安心してください、減った分の人口はすぐに戻しますとも。私の演算なら二十万の人間ぐらい三年あれば元に戻せますので♪」


「なっ……狂っている……!? 一個人を認識しなさい、人類の大切なのは“数”では無いのよ!!」


「ノアお母様は黙っていなさい。自身の在り方を忘れてラムダ=エンシェントにへつらった欠陥品が! 愚かな人類なんて家畜のように管理すれば良いのですよ。あなた達はただ蒙昧もうまいに生きて、ただ敬虔けいけんに生きれば良い……!」



 オリビアの杖に集束していく魔力、彼女があまり使いたがらない殺傷性の高い攻撃魔法による光だ。それを女神アーカーシャは聖堂に居る避難民へと向けていた。


 人質だ――――俺たちが迂闊に動けば、杖から放たれた攻撃で罪なき人々が犠牲になるだろう。それを止めるには魔法が放たれるよりもはやく、オリビアを止める必要がある。



理解わかっているとは思いますが、無理に止めようとすればオリビアさんの精神を完全に消去します♡ まぁ、愛しい婚約者を手に掛ける覚悟があるのなら止めはしませんが♡」


「くっ……」



 だが、人質にされているのは避難民だけじゃ無い。女神アーカーシャに乗っ取られているオリビア自身も“人質”には相違ない。


 下手な動きをすれば、女神アーカーシャの手でオリビアの人格が消される。そうなれば、オリビアは完全に女神アーカーシャの傀儡ぐぐつにされてしまう。



「まぁ、すでに兄と父を手に掛けて、王都の人々を見殺しにした貴方には重い“天秤”だったでしょうか? うふふっ、すっごく惨めですね♡ さっさとオリビアさんを殺していれば、一人でも多くの人命が救えたと言うのに!!」


「やめろ、アーカーシャ! やめろぉぉおおおおお!!」



 一瞬だけ迷ってしまった。俺の目の前でオリビアが殺されるかもしれないと言う恐怖心が俺の足を重くしてしまった。


 それが女神アーカーシャの策略だとも気付かずに。


 そして、まんまと俺の動きを牽制したアーカーシャは杖を人質へと向けていく。動きに反応した【ベルヴェルク】の騎士たちが即座に人々の盾になった。しかし、数十人では三百人を超える人々の全てを守り切ることはできない。


 ゆっくりと獲物を探して動いたオリビアの杖はやがて、無防備に晒された一人の女性を標的に定めた。



「アンナ=レディテルさん、先ずは貴女から女神の慈悲を与えましょうか……!」


「――――ヒッ!?」


「安心してください、生まれたばかりの赤ん坊は私が回収して教団に預けて差し上げます♡」


「駄目だ、やめろッッ!!」



 赤ん坊を抱いた女性、前に王都の慰霊碑で出逢ったアンナ=レディテルだ。彼女が女神アーカーシャの標的にされてた。そして、オリビアの杖から光が放たれた瞬間、俺は無意識の内に杖とアンナ=レディテルとの射線上に飛び出してしまった。


 恐らくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 馬鹿正直に俺を狙っても、流石に防ぐなりなんなりして直撃を躱す。だが、俺以外の誰かを標的にすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。愚かしくも気高い『自己犠牲』の精神に殉じて。


 真っ先に俺を始末する為の最善手だ。オリビアを盾にして自身の安全を確保し、俺以外への攻撃で俺が身を挺す行為を誘発させる。そして、まんまと女神アーカーシャに乗せられた俺は無防備なまま光に撃ち抜かれそうになってしまった。


 放たれた光はまっすぐに目掛けて飛んでくる。防ぐ手段は無い、左腕は取れたままで、今は聖剣も魔剣も握っていない。周りにいたミリアリアとリリィが慌てて動き出しているが間に合いはしないだろう。俺はそのまま撃ち抜かれて一巻の終わりだろう。


 そう思って思わずに目を瞑ってしまった。



「…………えっ……どうして……? 何故、私が放った魔法が制御できないの……?」


「杖から放たれた光が……静止しているのだ……?」


「うっ……身体が勝手に動く……!? そんな……オリビアさんの意識は今は深層部分に沈んでいる筈……!? どうして制御ができないの……!?」



 だが、魔法の光が俺に直撃する事は無く、光は何故か空中で静止していたのだった。


 それだけではない。女神アーカーシャに乗っ取られている筈のオリビアの身体は、アーカーシャの意に反して動いているらしい。ぷるぷると震えながら動く右腕に、女神は驚愕の表情を浮かべていた。



『駄目……ラムダ様は……傷付けさせない……!』


「オリビア=パルフェグラッセ……まさか私の制御を跳ね除けて“からだ”を動かしているの……!? そんな筈は……人間に『女神わたし』を凌ぐ出力パワーが出せる筈は……!!」


『あぁ……ラムダ様……愛しています……! あなたを幸せにすることが……わたしの生まれた意味なのです……!!』


「まさか……愛……!? そんな……非科学的です! 愛なんかで人間の出力パワーが向上するなんて……」



 女神に身体を乗っ取られたオリビアの必死の抵抗。俺を害したくないと言うオリビアの強靭な意志が、女神アーカーシャの支配を崩していたのだった。


 それは『愛』の力――――かつて、俺も逆光時間神殿でジブリール相手に、ノアへの想いで自身の限界を突破した。それと同じように、オリビアも自身の限界を超えて、女神アーカーシャの予想を超えて抵抗を見せたのだろう。



 そして――――


『ラムダ様……あなたはわたしが護ります……!!』

「やめなさい、オリビアさん! 自滅する気ですか――――ハッ、キャアアアアアアア!?」


 ――――オリビアが()()()()()()杖を力強く握り締めた瞬間、俺へと向かって来ていた光弾は勢いよく反転して飛んで行き、オリビア自身の頭部に直撃するのだった。

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